勇者業・1-15
…………ともだちって、なんだろうな。
「依頼を完了した報告に来た」
ギルドへ戻り、依頼の受注用カウンターでそう告げる。
ギルドに登録するために赴いたカウンターと、普段依頼を受注するためのカウンターは別の窓口となるらしい。今回の依頼に関してははじめての受注だったため、登録用カウンターで受けることが可能だったが、次回以降はこちらのカウンターで依頼を受けねばならぬとオーラムから聞いた。
ふむ、人間のシステムとは面倒なことよな。
しかしオレはちゃんと解しておる。郷に入っては郷に従えというのであろう。ふ、できる魔王ゆえ、許してやる。
「はい。ではギルドカードの提示をお願いします」
カウンターの向こうの人間は、前の人間と違うようだ。やたらびくびくしていたあやつと違い、しっかりとした口調で言われ、ひとつ頷いてからカードを手渡す。
それを受け取ったカウンターの向こうの人間は、なにかの機械にそれを通した。するとその機械から宙に文字が浮かび上がる。
どうやらあのカードとその機械は対となる魔法具のようだな。映像ではなく文字を用いた記録媒体で、それを報告書としておるのだろう。さして容量のある魔法でもないゆえ放置していたが、よくよく考えるとオレの行動を記録されている度合いによっては、偽った能力以上の能力を使用したことがバレてしまう。
むう、侮らずに対処しておくべきだったか。と思いつつ、実際にはそれほど危惧もせず、それでも念のためホログラムとして浮き上がった文字をオレも確認する。
ふむ……まあ、やはりというべきか、さした魔法でもないと判じたとおり、簡素な記録しかできぬ仕様になっておるようだな。なんの依頼をこなしたか、のみの報告しかないようだ。
だがしかし、受けた依頼以外の依頼に関しての報告もできるようにはなっているらしい。ギルドで受注できる依頼のすべてを登録し、そこから該当する依頼を引き出し報告できる仕様にしてあるようだとわかり、思ったよりも容量があったのだなとちょっと感心する。いや、うむ、舐めてかからずきちんと見極めておけば子細把握できていたことではあるのだが。
よし、そのあたりは棚に上げておこう。
ともかく、あのちいさなカードにそれを収めておる、と考えると、人間の魔法具の技術はちょっとだけ見るべき価値があるとも言えるか。
まあ、オレには特段必要でもない技術だがな。
ああ、逆に、それだけの容量の魔法を詰めてあるのだ。だからこそ報告用の記録は簡素になってしまっておるのやもしれぬ。
などと。ちらりと観察し分析しておる間に、カウンターの向こうの人間も報告を把握し終えたらしい。……なぜか何度も何度も報告用のホログラムとオレの顔とを見比べておる。
「え、えっと……。本当に、これを、あなたが……?」
「それ以外にだれがいる。それはオレのカードだろう」
「い、いえ、それはそうなのですが……」
そうなのならそうでしかなかろうに。戸惑う様子を見せるカウンターの向こうの人間は、そのままちらりとオレの周囲に視線を馳せる。それからどこか納得した表情を浮かべた。
「あ、ああ、そうか、そうですよね。仲間のかたもいらっしゃいますし」
「なに言ってるのよ。この依頼、ルウさんがひとりでこなしたのよ」
「そうそう、俺ら出番全然なかったし」
「ええ。経験値はもらってしまいましたけど」
カウンターの向こうの人間の言いざまに、素早く人間どもが食らいつく。ずずいと身を乗り出したこやつらは、不服そうに異議を申し立てていた。
うむ、事実でしかないことを述べただけだが、その態度は評価に値する。オーラムとユフォルはともかく、弓使いの人間の名も覚えてやってもよい。
…………あとでメルナにでも聞いておくか。
「え、いや、でも、ゴブリンに関する依頼だけならともかく、クアナの森の異変まで解決って……」
「? クアナの森の異変?」
「クアナの森って、あの森だよな?」
知らぬ名称は、人間どもの会話からどこのものか察した。まず間違いなく、この町の近くのあの森のことだろう。異変というのはあの呪詛のことか。
「最近あの森に異変が起きていることはギルドでも把握していたのですが、情報はそれだけで……。なので、その調査依頼がCランクで登録されているんです」
「調査依頼が、Cランク……ということは、それを飛ばして解決したとなると……」
「ええ。Bランク相当の依頼をこなしたことになります」
つぶやくようなユフォルのことばに、やけに神妙な面持ちでカウンターの向こうの人間が頷く。
ギルドのシステムに不慣れなオレにはそのやりとりの意味がまったく理解できぬのだが、オーラムたちの顔色がさっと変わったことは理解できた。互いに顔を見合わせた三人は、なにやらことばを失っている様子。
ふーむ。よくわからぬが、オレはおそらく、Bランクの依頼とやらをこなしたことになるのだろう。あの程度の呪詛にどれだけの脅威を人間が覚えるかは知らぬが、オレのギルドでのランクはEと言われておるからな。随分と不相応なランクの依頼をこなしたように見えるのだろうとは察した。
やれやれ。目に見えるものばかりを見おる人間の視野の狭さを、オレは何度痛感せねばならぬのやら。
「なんだ、Eランクの認定を受けたものがBランクの依頼をこなすのはギルドのシステムに違反するのか」
「い、いえ! 依頼の開示自体は、ギルドランクに見合ったものまでしかできませんが、意図せず別ランクの依頼をクリアした場合など、それはそれできちんとクリア報酬は与えられます」
「ふむ、ではなんの問題もあるまい」
「そ、れは……そうなのですが……」
なんだ、なぜ言い淀む。
カウンターの向こうの人間が戸惑う理由も意味もわからず眉根を寄せると、その理由を人間どものほうは理解したのだろう。再び揃ってカウンターへと身を乗り出した。
「確かにルウさんはなぜか依頼をクリアしてもレベル2のままだけど、レベル2とは思えないくらいすごいひとなんだって!」
「そうよ! ルウさんが依頼をこなしたのは事実なんだから!」
「ええ、ぼくたちが証人です」
なるほど。オレが偽って設定しているこのステータスが問題となっておったのか。確かに、ゴブリンどもの件の依頼を受ける際にも、分不相応だと抜かされたわ。
これだから目に見えるものばかりを以下略。
なかなかの剣幕でカウンターの向こうの人間に詰め寄る人間どもに圧されながらも、カウンターの向こうの人間はどうにも信用しきれずにいるようだ。愛想笑いを浮かべて人間どもを刺激せぬようにしつつ、ぐるりと視線を彷徨わせる。そうして目を止めたのは、人間に扮しておるメルナだった。
……ああ、なるほど。そうきたか。
「あ、あの、その子は?」
「え? えーと、ル、ルウさんの妹さんだけど?」
「は、はい。妹のメルナ、です」
問われて慌てて視線を彷徨わせながらこたえるオーラム。うそと奸計に長けるはずの人間にあって、わかりやすいことこの上ない。こやつ、せっかく事前に考えた設定を台無しにしたいのではあるまいな。
紹介を受けたメルナはオレの傍らにぴたりと寄り添いながら、ちいさく頭を下げる。なんかちょっとカウンターの向こうの人間の表情が緩んだ気がした。
オーラムたちにも言えることだが、魔族は長命の生きものだ。見た目が人間の思う年齢にそぐうことはそうそうなかろう。そういう点でなら、オレの妹と偽るぶんにはなんの問題もなかろうが、弓使いの人間を姉と称すには事実との乖離が生ずるわけで……。
うむ。その件に関しては、メルナ自身がなにも言わなかったのでオレも放っておいた。メルナとしては望まれるままにこたえただけで他意はないのではなかろうか。いや、知らぬが。
というわけで、メルナを見た目のまま幼子扱いするのは事実とは異なろう。魔族としての寿命と照らし合わせればあながち間違いではなかったりもするが、それはあくまで魔族の中ではのはなし。実際に過ぎた年月が人間と変わるわけでもなし、年齢はそのまま生きてきた年月を表すものにほかならない。まあ人間とは見た目ばかりを以下略。
とりあえず、カウンターの向こうの人間が表情を緩めた理由と、それより先にメルナを気にした理由は別のものだろうな。どちらも目に見えるものによる判断という点はおなじだろうが、こやつがメルナを気にしたのは、そのステータスを確認したからにほかなるまい。
メルナはオレやベイズとは違い、そのステータスまでもは偽っていない。つまりメルナの現在のステータス上のレベルは、オレやベイズ、人間どもよりもよほど高い、37なのだ。
もちろん、本来のオレやベイズには遠く及ばぬレベルではあれど、確認できるステータス上の数値が示すものは、カウンターの向こうの人間に安堵を齎すには充分だったようだ。
「ああ、なるほど。きみはお兄さん想いの子なん……ひっ!」
言い切らせるより早く、ベイズがぶわりと殺気を放つ。カウンターの向こうの人間はそれを直接叩きつけられ、椅子から転げ落ちた。カウンターに身を乗り出していた人間どもも……前回とんでもない鈍さを発揮したオーラムでさえ、身を震わせてベイズを見る。
「……やめぬか、ベイズ」
「………………御意」
物凄く不服そうだな。ベイズらしからぬ舌打ちでもしそうな低い声音でほんっとうに渋々といった承諾をしたベイズは、それでもちゃんとことばどおり殺気を収めた。
オレとしてはこんなところでより、ふだんもっとちゃんと敬ってほしいところなのだが。と、ちょっと遠く思う。
メルナさえも怯えてオレの腕にしがみついてきた。これでもまだまだ甘いほうの殺気ではあったが、この場にいるものたちには充分すぎる威圧となったようだ。本気の殺気を放ったら、失神を通り越してそれだけで死ぬのではなかろうかと思えるほどの脆弱ぶりよな。
もっとがんばれ、人間。
「やれやれ。貴様の理解力はおそろしく悪いようだな。よいか、これが最後だ。此度の依頼は、すべてオレがこなした。……わかったか?」
しっかりと、一語一句はっきり叩き込むようにカウンターの向こうの人間へと告げれば、椅子から落ちた体勢のまま、そやつはこくこくと何度も頷く。まったく、手間をかけるからそういう目に遭うのだ。がくがく震えながら目に涙を溜める姿は、あまりにも情けないものに思えた。
思わず溜息が漏れてしまう。このように堕落した人間どもから再びかつての勇者のような勇者を生み出すには、いったいどれほどの時と手間を要するのやら。予想以上に腑抜けてしまったらしい人間の有様は、より一層情けなさを覚えさせた。
「……貴様の懸念はオレのレベルだったな。よいか、よく覚えておけ。勇者は、目に見えるもの以上の能力を保持するものなのだ」
「え? ゆ、勇者……?」
「うむ。きちんとここでも勇者と登録したであろう」
大仰に頷いてやれば、椅子から転げ落ちた人間は、ぎこちない動きでギルドカードから読み取った情報を見やる。そこに確かにオレの情報として、勇者と記されていることは確認済みだ。
「で、でも、勇者といったら……」
「貴様らは勇者の真実を見誤っておる。勇者とは、魔王にさえ挑める強者。昨今の人間の有様で推し量れる存在と思うなよ」
ふ。言った。言ってやったぞ。
人間どもの勇者に対する認識の変容には業腹だったのだ。オレの活躍により、現実の勇者がどのようなものかをとくと思い知るがよい。
そう思い、腕を組んでちょっと得意げに笑ってやった。なにしろ魔王だからな。様になっておることだろう。
椅子から転げ落ちた人間は、オレのことばを受けだらしなくくちを開け、ぽかんとこちらを見上げておる。ふむ、勇者の真実にことばさえ失ったか。
よしよし。思わぬかたちではあったが、よい感じに勇者の株を上げる第一歩が進んだようだな。満足である。
いや、だから余、孤独ではないって。なにせほら、何百万、何千万という魔族の配下がおるし。…………配下、が…………。




