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勇者業・1-14

余にとってのベイズは側近であり親であり兄のようでもある存在だ。


 で。出立に際し、ハーピーの子を連れていくはなしを人間どもにしたところ。



「ねえ、あなた、なまえあるの?」


「あ、えと、メルナです」


「メルナちゃん! わたしはね、シアラっていうの。で、あっちがオーラムで、あなたを治療したのがユフォルね」


「よろしくお願いします」


「おー、よろしく」


「よろしくね。元気になったみたいでよかったよ」


「はい。ユフォルさんのおかげです。ありがとうございました」



 ……なんとまあ、順応力の高いことよ。ハーピーの子……リィナの知り合いということもあるし、なまえを覚えておくか。余の眷属でもあるしな。


 では改めて。メルナはいまハーピーの姿でここにいるが、どうということでもないとばかりに、人間どもは平然と……いや、弓使い(アーチャー)の人間に関しては、どことなくすでにメルナをかわいがっているような節さえ感じるくらいに、和気藹々と会話を交わしている。


 どうでもよいが、ユフォルはメルナ相手であれば敬語ではないのか。



「ねえ、ルウさん、メルナちゃんを連れていくにしても、このままじゃ町には入れないわ」


「問題ない」



 弓使いの人間が案じるため、メルナへと視線を向ける。メルナは幼いながらも察しが悪くはないらしい。すぐに人間に扮する魔法を披露する。



「え、わ、すげー」


「本当に。人間のこどもにしか見えないや」



 メルナの変貌に、オーラムとユフォルが驚きと感嘆を織り交ぜた声を漏らした。


 うむ。この魔法を使える魔族とて、中には未熟に過ぎて半端になるものもおるからな。そう考えると、メルナはなかなかにこの魔法の扱いに慣れておるようだ。


 人間の町に度々赴いていたとはなしておったが、特段問題になっていないのであれば魔王としても放置する。そうした魔族をいちいち気にしておっては仕事が増える一方だからな。いまの余、もとい、オレはとっても忙しいのだ。



 そう、忙しいのであって、決して仕事がいやなわけではないぞ。余はきちんと魔王業を執り行う魔王として名高いのだ。……自己申告で。



 ああ、しかし当然ながら、問題を起こせばちゃんと対応くらいする。とはいえ、その場合は余がどうこうする前に人間どもに殺されてしまうことが多いがな。


 やれやれ。人間は過剰に反応し、魔族相手とあらばすぐに殺しにかかりたがるから始末に負えん。メルナのような好奇心で人間の町に紛れ込んだだけだとしても、大概は聞く耳を持たれない。弱者ゆえの保身だろうが、そうされる覚悟せずしてわざわざ人間の町になんぞ入りおったものの末路とあらば、まあ、自業自得ともいえるか。覚悟をしておっても対処できなかったとあらば、それはそれでそやつの実力不足にほかならない。

 魔王である以上、眷属である魔族を守る義務はあるが、必要以上に過保護にする必要はない。自分の身は自分で守る。身の丈にあった行動をすればいいだけのはなしだというに、自ら首を絞めたもののことなんぞまで面倒見きれるかというのが、魔族として基本的な常識だ。



「すごい、けど……。ねえ、これもしかして、私たちの町の中、実は結構魔族が紛れ込んでたりするんじゃあ……」



 するな。がっつり。まず目の前におるし。


 言いながら想像でもしたのか、一様に顔を青くさせる人間どもの、なんとまあ臆病なことよ。



「確信が持てぬことに怯えるなど、無駄だろう。疑ってかかるなというつもりはないが、確かめる術もないくせにすべて疑ってかかっておったら消耗する一方だぞ」



 と。魔族だが人間に扮しておるオレが言ってみる。


 するとどうだ。人間どもがじわりと落ち着きを取り戻しはじめたではないか。



「そ、そうだよな。うん、ルウさんの言うとおりだ」


「そうね。案ずるより産むがやすしってヤツかしら」


「それは遣いかたが違うと思いますけど。でも本当に、ルウさんに言われるとなんか安心できますね」



 ふ。カリスマだな。


 もしやオレ、人間の世界でも王となれるやもしれぬのか。


 いや、魔族を統べるだけで充分なので、絶対ならぬが。

 王位なんぞどうでもよいから、勇者をどうにかせねばならぬしな。


 ……などと、こやつらが単純なのだという可能性にも気づいておるが、どうせなら自分を上げておくことにするオレだった。



「えーと、とにかく! 確かにこれならメルナも町に入れるな」


「でも兄さん、ふつうに町中を歩くだけならともかく、ギルドまで連れて行ったり、あとはどこか施設を利用したりするときに、こんなちいさい子を連れていたら、だれかしらにはどんな関係かとか訊かれると思いますよ」


「なんと。そんな干渉をしてくる輩がおるのか」


「あはは……。世間話のつもりとか、お節介焼きのひととか、結構いるものなんですよ」



 図々しいの間違いではないのか……。あるいは、馴れ馴れしいか。

 人間とはかくも面倒な生きものよな、と思いつつも、魔族にも似た輩がいるかと思い至り、ちょっと遠い目になった。



「あ、それなら、ルウさんの妹ってことにしたらどう?」


「え……」



 唐突な弓使いの人間からの提案に、メルナが目を瞬かせる。正直、オレもちょっとびっくりした。どうしても親類に拘るのか。



「似てるか似てないかで言ったら似てないと思うけど、見た目が似てないきょうだいなんてどこにでもいるし」


「……なんで俺たち見るんだよ」



 ふむ。容姿になんぞ興味のないオレではあるが、オーラムとユフォルが似ておらぬことには同意できる。剣を握るに必要な筋肉を纏うオーラムと、それをあまり要しておらぬユフォル。からだつきは当然ながら、顔つきもからだつきに見合う感じで方向性が逆に見えるし、性格もおそらく違うだろう。興味がないゆえ断言しかねるが。



「でもほら、すっごい恰好いいお兄さんに、すっごいかわいい妹ってくれば、大概煙に巻けそうじゃない?」


「それはまあ、確かにな」



 ……そういうものなのか。


 そもそも、魔力の性質が違うのだ。きょうだいという括りには入りようもなさそうだというのに、人間はやはり目に見えるものを重要視するのか。質が低いものよ。



「どうかな、ルウさん、メルナちゃん。そうしておけば無難だと思うけど」



 どうでもよい。というのが、オレの感想だが……。


 気配からしてベイズは反対したそうだができずにいる空気を感じる。ベイズは先々代関係に弱いからなあ……。

 敬う気配とか微塵も感じなかったりもするが、それでも一応魔王が第一で唯一という認識はもっているヤツだ。〝オレ〟はともかく、偽りとはいえ〝余〟の妹だなどと名乗るなど到底容認できぬことだろう。だがそれでも、先々代から交流があるリィナの関係者となると、あまり強く出ることもできず、どうしたらいいか狭間で葛藤しておると見えた。


 さほど大きな問題には思わぬゆえ、オレにしてみればそんなに悩む必要などなかろうにと思うのだが。



「あ、あの……ルウさんがいいなら、お願いします」


「……そうさな。〝オレ〟としては構わぬ」



 連れていくと決まった以上、人間どもの中で活動するに易い方法を取り入れるのはやぶさかではない。ほかでもない、人間がそうするとよいというのであらば、人間の目に人間と認識させるにより有効であるには違いなかろう。

 というわけで弓使いの人間の意見を採用してやるわけだが、その際、ベイズのことを慮ってやる上司としての度量も忘れない。オレの妹としては許可するが、余としてははなしが別だと、わざわざ強調しておいたのだ。もちろん、ベイズにしか通じぬはなしだが、ベイズのためのものだ、ベイズに通じればそれでよい。


 きちんとオレの意を汲んだベイズの纏う空気が和らいだのを感じる。ふ。よき上司を持ったしあわせを噛みしめるがよい。



 その喜びから、できればデスクワークを減らしてくれれば言うことないのだが。




「あ、ありがとうございます! えと……ルウ兄さま」



 うれしそうにふわりと笑ったメルナを見て、人間どもがなにやら悶えておる。その中でいち早く我に返ったらしい弓使いの人間が、がばりとメルナを抱きしめた。



「か、かわいいっ! メルナちゃん、すっごいかわいい! ねえ、私も姉さまって呼んでもらえるっ?」


「え、あの、えと……でも、わたし、ルウ兄さまの妹で……」


「大丈夫! 血縁関係はないけど、気持ち的なものってことにすれば!」



 オレとも血縁関係なんぞないがな。


 というか、なんだ急に。メルナに姉呼ばわりされることになんの意味があるのかさっぱりわからぬのだが。気持ち的な姉妹とはなんだ。まったくもって理解できぬ。

 だがどうやらメルナは弓使いの人間の気迫に圧されたらしい。



「じゃあ、その、シアラ姉さま」


「っ!」


「く、苦しいです……!」


「あああっ、ご、ごめんね! かわいすぎてつい……っ!」



 ……かわいいと判断すると絞め殺しにかかるのか。人間とは理解しがたい思考回路をしておるのだな。


 ……いや、感情論か?


 人間のことだ、どうでもよいが、とりあえずメルナの訴えは通ったらしく、なんとか解放されたようだ。



「な、なあ、メルナ。俺のことも兄さまって呼んだりとか……」


「……ご、ごめんなさい。あの、兄さまはルウ兄さまだけがいいです」



 ふむ。その心理も理解できぬが、オーラムがあからさまにショックを受けたのはわかった。ついでになぜかユフォルまで似た顔をしていたのだが、そちらの心理もわからぬな。



「もうよかろう。町に戻り、ギルドに報告をするぞ」


「あ、ああ、うん、そうだな」


「お待ちください、ルウ様。ひとつ、解決しておかなければならない問題があります」



 いつまでこの寸劇を見ていなければならないのか。その義理もないと打ち切りをくちにすれば、思わぬところから待ったがかかった。


 はて。問題とな。


 ベイズのことばにしばし思考を巡らせ……そういえば、と、気づく。



「そうだった。おい、貴様ら。ゴブリンのムラについてだが、ほかの人間どもにその所在を漏らすなよ」



 念のため、城に戻ったら巡視の兵に通達して様子を見ながら保護用の結界でも張らせるかと思っておるが、それでも警告はしておく。いまは人間の姿に扮しておるとはいえ、当然ながら魔王が本業であることに揺るぎはない。魔族に害をなすことを見過ごすわけにはいかぬのだ。


 もちろん、うっかり忘れかけていたことに関してはスルーしておく。


 ちなみに、保護用結界に関しては、そのくらいならここのゴブリンどもへの評価に対して妥当と判断してのこと。オレ自身やベイズが張らないのは、いまは人間に扮しているからというところが大きいが、さすがにそこまでの評価には値しないという理由もある。

 魔王は魔族を統べ守る責を負うが、だからこそどこかを依怙贔屓してはならぬのだ。評価に見合った相応の対応が正しい。


 と言いながら、ちょこちょこ私情を挟む余ではあるが、ベイズが目溢しする範囲に収まっているぶんであらば許されると判断している。



「当然だって、ルウさん! ここのゴブリンたちはいいヤツらだったしな」


「そうね。彼らももう人間に悪さしないって言ってたし」


「はい。魔族の中にも、はなしの通じる魔族がいるんだってわかりましたし」



 ……なんか、前と言っていることが違わないか……?


 オレの警告なんぞ受けるまでもないとばかりに快諾し頷く人間どもに、ちょっと戸惑ってしまった。うーむ、確かに昨夜はゴブリンどもとなかなかに盛り上がっていたようだったが……人間とはこうも容易く認識を変えるものなのか? それともこれも奸計だろうか。

 揃ってにこにこ阿呆みたいに笑う人間どもを見ると、疑ってかかるのも馬鹿らしく思えるが、油断はできぬ……できぬ……はず……。



 いや、こやつら単に阿呆なだけな気がするな。短い間ではあるが、ともにいた間の様子を思い返す限りでも、変に裏など作れぬ類に思える。まあ、オレを謀ったのだとすれば、あとで報復すれば済むはなしだし、この件はこれでよしとしておくか。




「ベイズ」


「ええまあ、構わないかと」



 ベイズもこう言っておるし、よし、今度こそもうよかろう。



「これで懸念も失せた。町へ戻るぞ」



 こうしてオレの勇者としての第一歩は、ようやく終幕へと向かうのだった。





いや、余、孤独ではないぞ。ベイズがひとりで何役もこなしているように思えるからといって、決して孤独というわけでは……。


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