勇者業・1-13
いや! もちろん見失わぬぞ! 余は魔王ゆえな!
なんだかんだと鬱陶しく纏わりつかれながらも、だからこそ成果は上々。オレは無事勇者の株を上げるための初手がうまくいったことにとりあえず満足し、その他の件には目を瞑って結果よしとした。
そうして一夜が明けた明朝。睡眠も特段必要としない身ながらも、それでは人間としては不自然だろうと、狸寝入りなるものを試みていたところ、ふらふらと覚束ない足取りでやってきたユフォル。どうやらハーピーの子の治療が終わったらしい。
ひとまずオレとベイズで様子を見るからと、ほかの人間どもはまだ休むよう言い置いた。疲れているのはオレのほうではと要らぬ心配をされもしたが、問題ないと伝えれば無理をするなとだけ言われ、存外あっさりと引き下がられる。
ふむ……。どうやら夕べの言いぶんはあながちうそというわけでもなかったらしい。
ほかのふたりはともかく、ユフォルはハーピーの子の治療に自身の内包する魔力のうち、随分多くを費やしたようだ。ハーピーの子を治療した旨だけ伝えきると、そのまま倒れこむように寝てしまった。
まあ、いまのうちに存分に寝ておけばよかろう。どうあれ、町に戻るための予定を変える予定はないからな。
そうしてオレはいま、ベイズとともにハーピーの子のもとへ向かっている。狸寝入りというのも楽ではないからな。起きているための体のいい理由としたのだ。
ハーピーの子に与えられた家もどきまでくれば、ヤツは上体を起こしておった。ふむ、意識はすでにはっきりしておるようだ。
ハーピーの子はオレとベイズを視認するとすぐに目を瞬かせる。それから、あ、とちいさくつぶやくと、慌てた様子で姿勢を正した。
「あ、あの……。ルウさん、と、ベイズさん、ですか? えと、わたしを助けてくれたという……」
「確かにオレがルウでこやつがベイズだが、そう畏まるな。病み上がりだろう」
魔王としてここにいて、かつ仕事中とあらばはなしはべつだが、人間であるオレに畏まる必要はない。そう意味して片手を上げ、ハーピーの子を制す。ハーピーの子は戸惑ったように視線を彷徨わせながら、それでもすこしだけ力を抜いた。
「訂正しておくが、おまえを助けたのはルウ様だ。私は居合わせたに過ぎない。それと、一応確認しておく。おまえを襲ったのはだれだ?」
む。あくまで拘るのか、ベイズ。まあ、そうさな。勇者の株を上げねばならぬ以上、オレが立てた功績はあくまでオレの勇者としての功績にせねばなるまいか。
そうひとり納得してから、ふとその先のはなしにも意識を向ける。オレはもう興味を失っていたのだが、確かになにかあれば対処も必要か。ベイズが放った問いに、ハーピーの子は困った様子で俯きがちに首を振った。
「ごめんなさい……その、わからないんです。わたし、ただ空を飛んでいて……。急にどこからか呪詛をかけられてしまって、耐性、ないから、どうしようもなくて……」
「相手は見なかったと?」
「……はい。あまりにも急で、パニックになってしまったということもあって……。どうにかしないとと焦っても、焦るだけでなにもできなくて、息苦しくなってきて落ちてしまってからはあまり記憶もはっきりしないんです」
「落ちた場所があの場所だったわけか」
「たぶん、ですが。移動するだけの気力も意識も体力もなかったので、落ちてそのままだったと思います」
「相手のこころあたりもないのだな?」
「……はい」
申しわけなさそうに頷くハーピーの子は、本当にどうして自分がこのような目に遭ったのかわからないのだろう。ぎゅっと両手を握りしめ、すこしばかり震えておる。
ふーむ。とにかく進展はない、ということだな。無差別に狙われたという線のほうが強そうだが、自分の知らぬところで恨みを買うこともままあるものだ。
かくいう魔王としての余も、代替わりしてからしばらくはいろいろな手法で狙われもしたものよ。直接余に挑んでこられたものはよい。だが、そうする気もなかったのか、それともそうするだけの実力がなかったのか、遠隔で狙ってくるものもそこそこいてな。そういう小狡いやりくちの輩の中には、呪詛を用いるものもいたのだ。
まあ当然、あっさり返り討ちよ。直接余に挑むだけの度胸と実力があるものであらば命は取らぬが、小手先だけのなまっちょろいやりかたを選ぶような輩はお呼びではない。呪詛を返り討ち、というのはすなわち当然、相手の命などもうなかろう。
だから呪詛なんぞというものは使わぬに越したことはないというになあ。
あ、もちろんオレが使えばどんな相手だろうと呪い殺せるだろうが、オレはそんな真似せぬぞ。面白くもなんともないからな。
「もう充分か、ベイズ」
「……そうですね。とりあえず、様子を見るほかないでしょう。偶然、あるいは今回だけの騒動だったのであれば、なにも気にする必要はありませんし」
「うむ。今後この件からの派生でなんらかの問題が生じることでもあれば、それはまたそのときに対処すればよい」
「御意」
まあもう相手は死んでおるだろうし。確認していないから一応確定して言わぬが、間違いなく死んでおると言いきっても差し支えはなかろう。オレが呪詛返しをして……それももとの何倍ものかたちで、だ。それでなお生きておるというなら、是非死合ってもらいたいところだ。
それで生きていられたならそう願うだけの実力者であると言いきれるからだが、それはかつての勇者レベル以上に匹敵するくらいのものなので、やはり無理でしかないだろう。
「さて。ではハーピーの子よ。貴様は状態が落ち着きでもしたら、どこへなりとでも行くがよい。オレたちは日が昇れば町へ戻るからな」
見たところ、ハーピーの子の衰弱具合はかなりよくなっておる。治癒術師は自らの魔力を他者に譲渡する術も持ち合わせると聞くが、事実だったようだ。ユフォルもなかなかやるな、と言いたいところではあるが、あやつがよろよろになるまで魔力を譲渡しても、このハーピーの子が完全に回復するには至っておらぬ。
確かによくはなっておるが、そうさな、本来の三分の一程度の魔力しか補えておらぬといったところか。まあ、その状態でも無理に自分より強いものと戦闘したりなどしなければ、日常的な行動くらいはなんとかなろう。無駄な消耗を控えれば、自己回復も早く済むと思われる。
そういうわけで、あとはすきにせよと放り出したところでなんの問題もないのだ。
ないのだが。
「あ、あの……! わ、わたしも連れて行ってください……! 恩返しがしたいです」
なんと。ハーピーの子がそう食い下がってきたのは、さすがのオレも予想外だ。
ふーむ、しかし恩返しか。その心意気は認めるが、オレとの実力差やその他諸々を考慮しても、オレにこやつの力なんぞ必要ないのだが。むしろついてこられるとそれだけで荷物となるようにしか思えぬ。
「気持ちだけでよい。恩返しなどオレには不要だ」
「でも……わ、わたし、風魔法が使えます! それに、未熟ではありますが、魅了もできます」
ハーピーは声に魅了効果を付加して唄を媒体に放つことができる。それを言っておるのだろうが、魅了と言われてもな……。
「魔族を人間の町に連れ歩くわけにもいくまい」
と、がっつり自分たちを棚上げした理由を、まったくおくびにも出さずさらりと言い放つ。よいのだ、我らはいま、きちんと人間に扮しておるのだから。
この問題は解決できまいと踏んだオレだが、ハーピーの子は急に目を輝かせおった。
おい、まさか……。
「わたし、人間に化ける魔法、使えます!」
言うが早いか、即座にその魔法を披露したハーピーの子。背中の翼は消え、もふもふとしていた特殊な耳はつるりと変わり、瞳孔も人間のそれに変ずる。手や足の鉤爪もなくなり、まさしく人間そのものの容姿だ。
「その、わたし、人間の世界に興味があって……。アオナギ共同区域でこの魔法を教えてもらって、ときどき、ひっそりと人間の町に遊びに行っていたんです。あ! わ、悪いこととかは、してないです。あちこち見て回っていただけなので……」
「アオナギ共同区域か。貴様はそこで暮らしていたのか?」
「えっと、すこしだけ。怪我をしていたところをリィナ姉さまに助けていただいて、それからしばらくお世話になっていました」
「リィナ……」
それはアオナギ共同区域を統括する代表のひとりの名だ。魔族も人間もその混血も纏めて住まうそこでは、それぞれの種族から代表者を選出して同等にトップとしている。各種族平等に選ばれた議員により種々の治世を執り行い、トップを張る三人がその統括を担うのだ。
リィナはその中の、魔族のトップ。もとは祖父がその座についていたのだが、さすがに高齢過ぎて亡くなって久しい。どちらも先々代と懇意にしていた獣人で、先々代がアオナギ共同区域の基盤をつくるのに際し大きく貢献したらしく、それが加味されての選出のようだ。
選ばれた理由自体はどうあれ、その後の仕事ぶりはリィナの祖父にしろリィナ自身にしろなかなかに有能であるようで、現状、きちんとみなに認められてその地位を確立しておると聞く。
ともかく。よりにもよってそのリィナの知り合いとは。先々代の関係者であるリィナと繋がりがある以上、このハーピーの子を無下に扱うわけにもいくまい。
オレの身分証の借りもあるしなあ……。
ちらりとベイズを見やれば、仕方ないでしょう、と言わんばかりに若干不本意そうながらも頷いておった。
「……仕方あるまい。リィナはオレたちとも縁があるからな。ついてくることを許そう」
「あ、ありがとうございます……! わあ、今度、リィナ姉さまにもお礼を言わないと」
ぱあ、と顔を輝かせるハーピーの子に、溜息をひとつ。
「一応言っておくが、離れたくなったらいつでも離れてよいぞ。命を取ったりはせぬからな」
「? それってどういう……」
「時機わかる。オレたちについてくるというのであればな」
もちろん、魔王業に戻る際のはなしだが、いまそれを教えたりはしない。いまのオレは勇者業を営む人間だからな。こういうのは切り替えが大事なのだ。
わけもわからぬ様子で首を傾げるハーピーの子に、しかしこれ以上説明する気もないオレは、出立まで休むよう伝える。人間に扮するための魔法は特殊ではあるが、さほど魔力を要すものではない。だが、もともとの消耗が激しかったのだ、休めるぶんくらいは休んでおいたほうがよかろう。
ハーピーの子はもの問いたそうな顔をしつつも、いま自分に必要なものを弁えておるようで、人間に扮する魔法を解くと、素直に同意しその場で横になる。睡眠も食事同様、魔力を回復する手段として用いることができるのだ。時間もかかるし、あまり効率がよいとはいえぬが、しないよりはよほどマシだろう。
オレとベイズはもといた家もどきに戻ったところで仕方ないので、そのままここで日が昇るまで待つことにするのだった。
えーと……まあ、アレよ。余は唯一絶対の魔王だからな。余のことよりも余の周囲のはなしでもするとするか。




