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勇者業・1-9

魔王の間での余のスタイルは、実は存外疲れるものなのだ。いや、主に気持ち的なものがだが。無闇に動くことすら許されぬからな。


「でははじめるか。ああ、でもひとつだけ伝えておこう。よいか、貴様らの相手はオレただひとり。ほかのものを狙おうものなら……殺すぞ」


「ぎ、ぎぎ……っ」



 やれやれ、ちょっと凄んだだけではないか。この程度で尻込みして、本当にオレに襲いかかってこられるのか?


 すこし心配になったが、ふむ、なかなかどうして。すぐに態勢を整え直したゴブリンどもは、雄叫びを上げながら各々オレに突進してきた。


 手には若干貧相なこん棒を持つものもおれば、なにも持たぬもの。うん? 樹上におったものは明らかに即席っぽい弓矢をもっておるな。ああ、ただの木の棒をもっておるものもおる。

 武器は貧弱極まりないが、もう一度言おう。それでももともとのつくりが違うのだ。なんの力も持たない人間には充分すぎる脅威となる。そう、武器がアレな感じで、ちょっと笑えそうな感じでも、だ。



「ルウさん!」



 ええい、悲壮な声を出すでない。人間どもが揃ってオレの名を呼ぶが、オレは構わず鞘に収まったままの剣を軽く振るう。



「ふぎっ」


「ぎゃっ」



 手加減、手加減。千分の一。千分の一。


 繰り返し頭の中で唱えながら、右に左に、前方に後方にと、当然のように狙い能わず、襲ってくるゴブリン一匹一匹を確実に打ち据えていく。



 あ、まずい。いまちょっといいところに入ってしまった。



 ……いや、うん。死にはせぬはずだから大丈夫としよう。


 馬鹿正直というかなんというか。とにかく突っ込んでくるだけのゴブリンどもはさっさと一撃に伏していく。先のオレの忠告に従ってか、ちゃんとほかのものを狙わぬあたりは評価しよう。

 時折飛んでくる矢は当然オレに当たることはない。オレ自身が避けるものもあるが、弓の出来栄えのせいか技術のせいか、もともと明後日の方向に飛んでいっているものさえあった。


 おい、あそこのゴブリン、腕に矢が刺さったぞ。


 とにかく。オレは初期位置から動くことさえせずに、ただひたすら襲ってくるゴブリンどもを殴り倒していく。どんどん地面でもんどりうつゴブリンが増えていき、やがて地上にいたものどもを悉く地に伏せさせたあと、残りの樹上のゴブリンへと狙いを変える。


 手加減、手加減。千分の一、千分の一。


 まるで呪文のようにずっと唱え続けながら、オレは剣を持っていないほうの手を樹上にいるゴブリンへと向けた。びくっとからだを震わせたそやつは、その拍子に弓矢を取り落とす。


 ふむ、これは減点だな。


 伸ばした手。それでゴブリンを人差し指で示すように指し、その指をくいっと軽く振った。直後そこから生まれた風の衝撃波……と呼ぶほどではないが、まあそれが、ゴブリンが足場にしていた木の枝を切り落とす。

 ごくごく簡単で低威力の風魔法だが、木の枝を切るくらいはこれで充分事足りる。ついでに、本来ならば人間に扮しておる間は詠唱だなんだと手間をかけねばならぬのだが、オーラムたちも離れておることだし、ぼそっとつぶやいたことにしておけばよかろう。

 そもそも、そんなものを必要とせぬ魔族には、詠唱だなんだという手間は理解できぬ。あれがなにを言っておるものかよくわからぬが、必要に際したときはそれっぽく適当になにか言って誤魔化すとしよう。



「ぎゃあっ」



 そこにいたゴブリンが落下するのを見届けることもなく、そやつと同様、樹上にいたゴブリンどもは悉く同様の魔法で地面へと落下させた。


 ふむ、さすがオレ。的がちいさかろうと的確よな。


 内心で満足し頷く頃には、もはや周囲を取り囲んでいたゴブリンどもの中で立っているものなど一匹もいなくなっておった。



「まあ、この程度か。これで力は示せたな?」



 剣を再び腰に戻し、確認のため、目の前で蹲るゴブリンに問う。あれ。こやつ、人間のことばをはなせるヤツだったか?



「ぎ、ぎ……。ツヨイ、オマエ、ツヨイ」



 お、おお! また間違えた!


 オレのことばにこたえたのは、横手にいたゴブリン。ちょっとだけ恥ずかしい気がしないでもない。

 とりあえず、今回は咳払いひとつで誤魔化しておこう。ごほん。



「……よし。ではオレの言うことが聞けるな?」


「ぐ、ぎ……。ツヨイ。シンジル」


「シンジル。カンゲイスル」


「カンゲイ」



 よし、これでとりあえずひとつ進んだな。なにやらよたよたと立ち上がり出したゴブリンどもが、カンゲイなどと言いながら、どこかへ案内しようとしはじめた。



「ムラ。カンゲイ」



 どうやらムラまで連れて行き、カンゲイするということのようだ。いや別にそこまでしなくともよいのだが。だいたい、こちらには人間が三人ほどいる。オレやベイズはともかく、あやつらがゴブリンのムラ……と、ゴブリンどもは言っておるが、おそらく集落規模程度だろう、ともかくその場所を知って討伐しようなどという気を起こさぬ保証はない。


 ちらりとベイズのほうに視線を向ければ、すべて察しているらしいベイズに頷かれた。ともにいる人間どもはなにやら放心状態のようで、全員が全員、地面に座り込んであんぐりとくちを開いた間抜け面でこちらを見ている。


 やれやれ。散々問題ないと教えてやったというに。目に見えるものばかり信じるからそんな反応になるのだ。呆れて溜息を吐いてから、オレはゴブリンへと向き直った。



「歓迎はいい。このまま瘴気のもとに向かう」


「ぎ、ぎ……」


「とりあえず、だれかひとりついてきてもらおう。解決した際の証人だ」


「ぎ……! ム、ムリ! アソコ、チカヅケナイ!」


「いや、近くまでで構わぬ。なにもその中心まで付きあえとは言わぬさ」


「ぐぅ……。……ワカッタ、イク」



 よし、こっちのはなしはついたな。あとは……。

 くるりと再び反転。ベイズと人間どものほうへと歩み寄る。



「おい、いつまで呆けている。次へ行くぞ」



 瘴気をどうにかすること自体にはこやつらは関係ないが、どうせオレの勇者としての活躍を見せるなら、一部始終をきっちり見せておいたほうがよかろう。

 ここまできたのだ、連れて行かねばもったいないともいう。



「え、あ、え。えーと、ル、ルウさん? つ、強かったんだな」


「ホント……レベル2なの、に……? え? あれ? なんで? ルウさん、あれだけゴブリン倒したのに、レベル上がってない……?」



 いち早く我に返ったオーラムのことばに引き摺られてだろう、弓使いの人間の焦点もあったようだ。が、余計なことに気づきおった。


 ちっ。それは上がらぬに決まっておろう。これは偽装ステータスなのだからな。どれだけ経験を積もうが、オレが弄らぬ限り、ずっと2のままでしかない。


 本来のステータスはそれはそれで限界突破していてすでに上がりようもないところまで上がっておるレベルだから、どのみちレベルなんぞ上がりようもないのだが。



「ゴブリンどもを倒したわけではないからな」


「いや、でも、それでもまったくレベルが上がらないなんて……。あ、ほら! 私たちは上がってる!」



 なんと! なにゆえオレの功績で貴様らのレベルが上がるのだ。貴様ら、邪魔こそすれ、まったくなんにもしておらぬではないか!



「それを言うなら、ベイズさんも上がっていませんよ」



 ユフォルまで余計なことを。面倒な人間どもめ。些細なことを気にするでないわ。



「知らぬ。貴様らに吸われたか与えたかしたのだろう。どうでもよいことを気にするな」


「どうでもいいことって……」


「レベルなんぞどうでもよい。いまは受けた依頼のほうが重要だろう」


「あ! そうだ、それ! ……えーと、結局どうなったんだ?」



 問答は面倒だが、こたえを教えるわけにもいかぬゆえ、強引に切り替える。するとそうしたらそうしたで、オーラムが間抜けた質問をぶつけてきおった。


 こやつは……いままでなにを見ておったのだ。


 呆れと苛立ちを織り交ぜた視線を向けてやれば、へらへら笑いながら視線を逸らしたオーラム。笑って誤魔化せると思うなよ。



「いやあ。ルウさんがあまりに強くて、華麗に立ち回るから、つい釘付けになっちゃって」


「ふむ。まあ、致しかたないな」



 この程度でそのような評価は過分だが、まあ悪い気はせぬ。この程度であろうと、昨今戦闘などしてこなかったからな。いや、この程度を戦闘と呼ぶのも烏滸がましいが、ともかく。まあ、うむ。オレの動きに見惚れるというのは致しかたないのだ、うん。


 なんかベイズから冷ややかな視線を向けられている気がしないでもないが、確認しないので気のせいとしておく。



「とりあえず、森の異常を解決しにいく。それが叶えば、ゴブリンどもももう人間を襲わぬと約束した」


「え、ホント?」


「で、でも、魔族の言うこと、ですよね?」



 疑り深いな、ユフォル。ここはあからさまに顔を輝かせた弓使いの人間を見習っておけ。

 魔族にも信用ならぬヤツはおるが、人間ほどではないぞ。特に、ゴブリンなんぞ他者を謀るだけの知恵もないと知らぬのか。


 まあ、ゴブリンでも努力次第で人間のことばを解せるようになるのだとは、オレでさえ今回はじめて知ったのだが。



「ゴブリン、ウソツカナイ。ウソ、ニンゲン、ツクモノ。ツヨキモノ、ヤクソクシタ。ゴブリン、マモル」



 はなしを聞いていたのか、うしろからやってきたゴブリンがくちを挟む。そうよな、納得いかぬよな。



「さきほど言ったであろうが。魔族は基本的に弱肉強食。強いものに弱きものが従うは道理。ここにいるゴブリンどもは、貴様らよりもよほど信用なるぞ」


「ええ! それはちょっと酷いって!」


「うるさい。くち出しせぬと言っておいて、散々煩わしく吠えたものどもがなにを抜かす」


「う……でもそれはルウさんたちが心配で……」


「無用と言い置いただろうが」



 もぞもぞと決まり悪そうに顔を見合わせる人間どもを冷たく見下ろす。こやつら程度の実力でオレやベイズを案ずるなぞ、片腹痛いわ。



「まあよい。この問答も時間の無駄だ。さっさと行くぞ」



 これ以上ことばを交わすことはせぬ、と、オレはさっさと歩き出す。当然ベイズはすぐについてきて、ゴブリンもついてきた。

 ものわかりの悪い人間どもがついてこない可能性も考えるには考えたが、結局ついてくることにしたらしい。結論がそうならさっさと行動に移せ、愚鈍なヤツらめ。


 まったく、オレの勇者としての活躍を広めやすくする、というのも、存外骨が折れるものだな。


 そう考えながら足を進めていると、傍らに並んだベイズが密やかに声をかけてくる。



「……ルウ様。ここはゴブリンに先頭を歩かせ、案内をさせる体を装ったほうがよろしいかと」


「む? うん? ああ、そうか。そうだな」



 一瞬、ベイズがなぜそのような提案を持ち出したか理解が遅れたが、言われて考えてみれば納得がいく。オレはいま、レベル2の設定の人間だ。魔力で周囲を探り、目当ての場所を見つけるなどという芸当、とてもできるはずはない。

 その程度、本来は息をするくらい容易なのだが、それをしてみせてみろ。またあの人間どもがうるさく吠えだすことなど想像に易い。




と、ちょっとだけ、余も実はひっそり努力しておるのだぞというアピールをしてみるのであった。

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