勇者業・1-8
魔王の間では、無駄に豪奢でふっかふかな玉座に深く腰掛け、肘掛部分で頬杖をつき、眼前の階段下に控える謁見者を高圧的に睥睨する。
と。まずいまずい。魔王モードになっておった。いまは人間、勇者としてここにいるのだともう一度自分に言い聞かせておく。
「いや、でも魔族の言うことだぜ?」
「それは確かに信用できないけど……でも、こうして会話をしようとしてるよ?」
「それなんだよな。魔族が人間と会話って、どうなってるんだ」
魔族とて会話が可能なものくらい大勢おるわ。とはいえ、下級魔族であるゴブリンがそれを試みるというのは、オレとしてもさすがに驚いた。まったくとは言わぬが、この種も大概理性なき種族だからなあ。
だからこそ、こうして人間のことばを解しはなしていることは評価に値するのだが。
「ぎ、ぎ……ニンゲン、オソウ、マオウサマ、ハンタイ」
「うん? 魔王が人間を襲うことに反対してるってことか?」
「ソウ。マオウサマ、ニンゲン、オソウ、ダメ」
おお……! 余の執政がここまで行き届いておるとは……!
余の執政では人間が魔族を襲うことをよしとして、魔族が人間を襲うことをよしとしないように見えるやもしれぬが、別に余は人間が魔族を襲うことを黙認したりなどしておらぬ。必要に応じ魔族への救援は行うし、その際人間を殺すこととて当然ある。
余は余のやるべきことをきちんとできる範囲でやっておるのだ。まああくまでできる範囲で、とつくのはご愛敬だがな。
それはともかく。ゴブリンのことばには思わず感動してしまった。
よし、このゴブリンどもには褒章を与えよう。
「で、でも、実際は人間を襲って荷物を奪っているんですよね?」
は、そうだった。ユフォルがおずおずと指摘したことで、一気に現実に戻される。
むう、くちではよいことを言っておいて、その実行動が伴っておらぬとは……。ええい、やはり褒章はなしだ、なし!
感動したぶん不服も大きく、ついくちを尖らせてしまう。魔王として他者の前に立つときは絶対に許されぬ態度だが、いまのオレは人間。それはもうすきなように表情に出させてもらう。
「ぎ……ソレ、シカタナイ。モリ、ケガレテル」
「森が、穢れている……?」
「スコシマエ、ヘンナノ、キタ。モリ、ケガレタ」
ふーむ。ヘンナノが来て、森が穢れた、か。一番可能性が高いのは、当然ながら人間の仕業だ。あやつらは私利私欲のために自然をどんどん穢していくことに躊躇いなどないからな。
自然は純度の高い魔力の宝庫。それをわざわざ穢すような真似、魔族であればそうそうせぬ。まあ、自分の意思とは別に、周囲に瘴気を撒き散らす種もおるから、一概には言えぬのだがな。
ちらりとベイズを見やる。ちいさく頷いたのを目に、ちょっと周囲の様子を探るために魔力を這わせた。この技術はさすがにレベル2でできる芸当ではないのだが、人間どもはゴブリンとの会話に混乱しているようだし、そもそもこやつら程度の能力では薄く伸ばした魔力くらいだと感知できまい。
魔族は魔力に敏感ゆえ、ゴブリンどもが数匹戸惑った様子を見せたが、どこから放たれた魔力かまでは特定できぬようだったので素知らぬふりを通した。
森全体を軽く確認してみれば、なるほど、たしかに異様に澱んだ場所があるな。空気もだが、魔力も汚染されている。ここからだとすこし離れるが、規模はそれなりに広い。森全体の四分の一程度、といったところか。
これはゴブリンどもが魔力供給できぬと騒ぐわけだ。自然物から魔力供給を見込めぬなら、人間どもから食料を奪い、それを糧とする。ふむ、道理よな。
ああ、その汚染された一画の中心付近にひとつ、なお濃い瘴気の塊があるようだ。なるほど、これがヘンナノ、か。
確認を終え、再びベイズを見やる。
「ええ、確認しました」
うむ、さすがはベイズよ。きちんとオレに追随してきておるか。
さて。そうなると、今回の件、穏便に解決する術が見出せたな。
まあ、オレにかかれば造作もないことよ。これを足掛かりに勇者の株を上げに上げ、いずれこれでもかと大勢に挑まれる大人気魔王になってやるのだ。それはもう、日々楽しくて仕方なかろうな。
と、ちょっと気も早くうきうきしながら、オレはゴブリンどもへと向き直る。
……む。さきほどはなしておったのは、このゴブリンだったか? 似たような魔力のものどもだから、判別がつかぬ。まあよい。
「では、森の穢れについて解決してやれば、人間を襲う必要もないのだな?」
「ぎ、ぐ……ソウ。デモ、ムリ。チカヅケナイ」
むむ。喋れるのはこやつではなかったか。というより、喋れるヤツが限られておるのか。狙いをつけたゴブリンとは別のゴブリンがこたえたため、さらっと自然に視線を移す。
ふむ、とにかく、その件で目をかけるのはここのゴブリン全体でなくともよいということだな。
「できぬかどうかは結果を見ればよい。それよりも、人間を襲わぬという誓約のほうが重要だ。もう一度訊くぞ。森がもとに戻れば、人間を襲わぬな?」
一語一句はっきりと。言い聞かせるように、言い含めるように問えば、ゴブリンどもは互いに顔を見合わせ、それから全員が揃って頷いた。
よし、言質はとったな。
「モリ、モドル。ニンゲン、オソワナイ。デモ、ニンゲン、シンヨウデキナイ」
「ニンゲン、ウソツク」
「ニンゲン、ヨワイ」
「シンヨウデキナイ」
人間のことばを解すものどもが口々に人間なんぞ信用できぬと声を上げ出す。むう。言質はとれたはずだが、どうにも人間なんぞにこの森の異変を解決できるわけがないという考えは改まらぬようだ。解決できればそれでよいが、どうせ人間にはできぬだろうと、そういう判断か。
いや、事実、解決してやるのは人間などではないのだから、その考え自体が誤りとは言えぬのだが。
「ニモツ、ヨコセ」
「ソウダ、ニモツ」
「ニモツ。ニモツ、オイテイケ」
おお……頭が軽いのはどうしようもないが、どうやらもとの結論に戻ったらしい。人間の言いぶんを信じるより、目先の確実な魔力供給源の確保を優先したか。
判断としては悪くないな。それもまた本能に従ってのものともいえるだろうが……こやつらの本能、ちょっと半端すぎるだろう。
やはりスライムだな。スライムが一番評価に値する。
改めてもとの結論を叩き出したゴブリンどもに、人間どものほうも再度臨戦態勢に移り出した。だから黙って見ていろと言っただろうに。手を出そうとするでない。
「よし、わかった。ではこうするとしよう。オレがひとりでここにいるゴブリンども全員を叩きのめす」
「え!」
「ちょ、ルウさん!」
「ええい、貴様らは黙っていろ!」
オレの宣言にざわりと周囲がざわめく。人間どもの声はぴしゃりと切り捨てた。
「それでオレの実力を認めたら、大人しくオレが森の異常を解決するのを待て。それで森の異常を解決したら、改めてきっちりともう人間どもを襲わぬと誓うがよい」
「ぐ、ぎ、ぎ……」
オレのことばの真偽でも探ろうとしているのか、ゴブリンどもは各々戸惑うような躊躇うような仕草を見せる。もうひと押しか。
「これは貴様らの流儀に則ったやりかたであろう? 魔族とは弱肉強食。オレが勝てばオレが強者なのだから、オレに従うのは当然ではないか」
「ぎ、ぎ……ワカッタ。デモ、オマエ、マケル。ニモツ、ウバウ」
「すきにするがよい」
ふ、この流れまで持ってこられればこっちのものよ。オレがゴブリンなんぞに負けるわけがあるまい。それこそ、束になられたところで雑魚は雑魚だ。
気をつけるべきは、そう、加減だ。うっかり加減の具合を誤れば、即行で肉塊に仕上げてしまうからな。千分の一の能力、千分の一の能力……。
改めて自分に言い聞かせつつ、ふと思い出して腰に提げた剣を鞘ごと手に取る。抜いてしまうとうっかり斬り殺す可能性まで生まれてしまうゆえ、鞘から抜くわけにはいかぬ。
本来武器なんぞまったく要しないが、わざわざ手にした理由などほかでもない。勇者として、それらしく見せるため、だ。
とはいえこんなもの使ったこともないからな。使いかたはよくわからぬ。手の延長だとでも思って、打撃すればよいか。
「オーラム、貴様らは離れていろ」
「で、でもルウさん」
「心配などいらぬと何度も言っておるだろうが。よいか、貴様らのすべきことは、オレの活躍をしっかと見て、それを宣伝することだ。よいな」
わざわざちゃんと、かなりしっかりと言い含めてやったというに、どうにも納得がいかなそうなオーラム。そんなそやつと、そやつの仲間ふたりを、ベイズが纏めて有無を言わさず引き摺っていく。
「い、いたっ! ベイズさん、いたいっ!」
「ほ、細身なのにすごい力っ」
「うるさい。黙ってルウ様のご活躍を拝見していろ」
うーむ。ベイズのヤツちょっと力技に過ぎないか?
まあ、邪魔者を引き離してくれたのだ、よしとしよう。
というスタイルが魔王らしいと配下たちが審議したらしく、専ら余の体勢と決められておる。




