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勇者業・1-7

あまりに挑戦者への口上を述べる機会に恵まれぬが、いずれ来るそのときのための努力を怠らぬ余は、時折城のものを相手に練習を重ねておる。


 ファリスナ街道。オレがベイズとともに最初に出た街道とはまた別の街道となるここは、けれどあの街道とさしたる違いは見受けられぬ街道だった。


 広く続く草原と、相応に長く続く煉瓦造りの街道。この道には魔族避けの魔法がかけられておるようだが、ふむ、程度としては中級魔族くらいまでにしか効果がなさそうだな。その中級魔族とて、踏み込もうと思えば踏み込める程度だ。気休めとしか思えぬ。


 しかもそれとて、もともとは、のはなし。いまの状態は、もうほとんどその機能など果たしておらぬほどに効力が弱まっている。察するに、魔族の脅威を侮っておる、という表れだろう。

 いまの余の統治下にある魔族は、それなりに理性のあるものであればあるほど、無闇矢鱈に人間を襲わぬよう行き届いておる。だからこそ街道の魔法をかけ直す、あるいは強化する必要性に考え至らぬのだろうことは想像に易い。



 ぐぬぬ。人間どもめ、慢心しおって。あまり調子に乗れば、ちょっと破壊活動に勤しんでしまうやもしれぬぞ。



 内心ですこーしだけ苛立ちを燻ぶらせつつ、オレもベイズも街道の上を平然と歩き続ける。当然ながら、オレとベイズにはこの程度の魔法、まったくなんの効果もないと同義だ。



「さて。例のゴブリンどもは確か、この街道を歩いておると襲ってくるのだったな」


「ええ、そう聞いていますが」


「うむ。まあこの状態なら当然か」



 傍らを歩くベイズと、依頼の内容を確認し合う。いまのこの街道の腑抜け具合では、本来であれば弾けるはずであろうゴブリンさえも弾けぬだろう。それは襲ってくれと人間ども自ら言っているようなものだ。

 余の統治が存外温和で温厚だからと依存して慢心するからこういうことになる。余の統治の結果に胡坐なんぞかかず、自分の身は自分で守る程度の研鑽くらいはせよ。


 なんかもう、苛立ちも通り越し、昨今の人間の有様に呆れてくる。それは勇者とていなくなるよなあ……。人間どもの認識云々ではなく、実力的に勇者が生まれそうにないのがいまの人間どもの有様だ。これはオレががんばって勇者の株を上げ、勇者となりたいと望むものを増やしても、実際に余のもとまで辿り着けるものが出てくるまで相当かかりそうよな……。


 まあ当然、時間程度の問題で諦めたりなどはせぬのだが。


そこそこに広い幅の道を有すこの街道。かけてある魔法はともかく、道だけは整備が行き届いておるようだ。さした劣化は感じられぬ。だがそれで充分とするには人間というものは非力に過ぎる。

 たとえ下級魔族と言えど、なんの力もない人間よりは当然身体能力に優れるのだ。それが群れて襲ってきたとあらば、たとえ護衛を連れていたとして、そのものがある程度以上腕が立つものでなければ無傷では済むまい。物資にしろ、身の安全にしろ、だ。



「このあたりでゴブリンどもが根城にするとすれば……あの森の中か」



 この道を歩いていればゴブリンどもが襲ってくるということだが、わざわざ待っていてやる義理もない。なかなかに忍耐力はあると自負するが……ベイズの評価は別としてな。あやつは厳しすぎるのだ。ともかく、相手もわかっておることだし、こちらからさっさと出向いてやろうと思う。


 そう考え、ざっと周囲を見渡した。わざわざ人間どもの住処の近くに根城を構える奇特な魔族はそういまい。下級魔族ともなれば尚更だ。人間どもにとって魔族が脅威であるのなら、下級や中級程度の魔族にとっては人間も脅威になりうる。奸計を巡らせられれば、というのはもちろんのこと、それなりの実力者どもに徒党を組んで討伐にでも乗り出されても、さすがに分が悪いからな。

 だからこそ、基本的に魔族は人間どもと一線を画した場所に棲み処を構える。上級以上の魔族となれば、種々に別途理由をもって、どこかの辺境に棲まうことも多いが。


 というわけで、このあたりで動いておるゴブリンであれば、すこし遠くに見える森の中に棲んでいると考えて間違いなかろう。この街道を行動範囲内に捉え、かつ、人間が踏み入るには木々という遮蔽物も多く地の利が悪い場所だ。下級魔族どもが棲みそうな場所だな。

 まあもちろん、下級魔族であれ、人間と関わる気がないのであればもっと奥まった場所に居を構えるだろうが。



「そうですね、妥当かと思います」


「では行ってみるか」


「はい」



 そうと決まれば即行動。なんならいっそ、いますぐにでも襲いかかってでもくればはなしが早く済むのだが。残念なことに、いまその気配は感じられぬ。こちらから出向いたほうが早かろう。



「え、ちょ、ちょっとルウさん、街道から外れちゃってるよ!」


「あたりまえだ。こちらから出向いてやるのだからな」


「ええ! そんなわざわざ! 危ないわ!」



 結局本当についてきおった人間ども。その中の弓使い(アーチャー)の人間に焦った声音で声をかけられるが、さくっとこたえて歩み続ける。こたえてやるだけ律儀よな、と、内心で自分を褒めておいた。


 それにしても、下手なくち出しはせぬという条件での同行だろうに。面倒なヤツよ。


 やれやれと溜息を吐いて、振り向くことなど一切せず先を急ぐ。その進行方向にはゴブリン同様下級魔族であるスライムがちらちらと目についた。

 あれが理性のない魔族の筆頭だ。つまるところ、本能の塊でしかない雑魚なのだが……。



「え、なんで……。スライムたちが一斉に逃げていく……?」



 背後から困惑の声が届く。

 そう、スライムたちは本能で生きている魔族。それはつまり。



「本質が察知されているのでしょうね」


「下手な魔族や人間よりも、よほど賢い魔族なのやもしれぬな」



 オレたちの行く手を阻むまいと、全力でぴょこぴょこ跳ねながら逃げていくスライムたち。目に見えているものではないものを本能で感じ取り、きちんと危険と認識しておるようだ。なかなかやるではないか。魔王として、評価を上げておくことにする。


 ぴょこぴょこぴょこぴょこ逃げていくスライムたちを尻目に、なにに邪魔をされることもないからとさっさと歩いていく。そうして森まであっさりと辿り着き、そこから今度は森の内部の探索に励むことになった。


 と、そう言っても、実質あまり時間がかかることもなく。ちょっと森の中に踏み入ったらすぐさまゴブリンどもに囲まれた。


 ふむ。スライムのほうが賢いな。



「ぐ、ぎぎ。ニンゲン。ニモツ、オイテイケ」



 片言ながら、人間のことばを解すとは。これはちょっと賢いと言えるのでは?


 現状、これならば、賢さ勝負はベクトル違いでスライムとトントンの評価としてもよい。



「いえ、駄目です。よりにもよってルウ様に喧嘩を売った時点で、スライムのほうに賢さの軍配は上がるでしょう」


「……声に出ていたか?」


「ええ、すこしだけ」



 うーむ、そうかあ、駄目かあ。


 まあ、確かに。いくら技術や知識を身につけようと、目算を誤り死を迎えるとなれば、そんなものあっさりと水泡に帰す。すべては生きていてこそなのだと思えば、スライムのほうが賢いというのは事実だろう。

 そんな会話をベイズとのんきに交わしている間にも、ゴブリンたちはどんどん数を増していき、周囲の木々の影やその樹上からオレたちをぐるりと取り囲んでいた。



「くっ……数が多い。ルウさん、前衛は俺に任せて、うしろでじっとしていてくれよ……! 援護は任せた、シアラ、ユフォル!」


「ええ、任せて!」


「はい、兄さん!」



 まあ状況が状況だしな。すぐさま戦闘態勢に移ろうとする気持ちはわからんでもない。オレにただじっとして守られているよう命じてきたことは判断ミスでしかないが、オレがそう偽装しているのだから仕方あるまい。


 見破れないという時点で、こやつらがスライム以下であることは確定したが。ともかく。



「余計な手出しをするな。貴様たちこそ黙って見ていろ」



 そう、これはあくまで勇者としての株を上げるための手段のひとつなのだ。横やりを入れられるなど迷惑極まりない。

 オーラムを軽く押しやり、オレは一歩前に出る。



「あ、危ないって、ルウさん!」


「うるさい。黙って見ていろと言ったはずだ」



 軽く睨めば、オーラムはぐっと詰まった。殺気も乗せていないこの程度の睨みで怯んでおいて、オレを守ろうだなどと笑止千万。もっと強くなって出直してまいれ。


 警戒は解かないまでも、困惑する人間どもの気配を感じつつ、オレはまっすぐゴブリンを見やる。どれがどれかなど個体を判別できぬゆえ、とりあえず正面にいたヤツに狙いを定めた。


 直後、若干そやつがたじろいだ。


 ふむ。まだ多少の見どころ程度は残しておるのだろうか。もうすこし本能部分が強ければ、スライム同様逃げ出すことができただろうが、そうできなかったことはむしろオレにとって都合がよい。

 オレはこれから、こやつらが人間を襲わぬよううまく措置せねばならぬのだからな。逃げられてうやむやになっては困るのだ。



「ぎ、ぎ、ぎ……ニ、ニモツ、ニモツ、オイテイケ」


「ふむ、荷物とな。まずはこちらから聞かせてもらおう。貴様らの狙いは荷物のみか?」


「ウ、ニモツ、ニモツ、アレバ、イノチ、トラナイ」


「え? それって荷物を渡せば、逃がしてくれてたってこと……?」


「ホシイ、ニモツダケ」



 ゴブリンのことばに、弓使いの人間を筆頭とした人間どもから当惑の声が上がる。


 なるほど、荷物のみを狙いとし、殺したりはしないということか。まあ、現状、取り囲まれてはいるが、すぐすぐ襲ってこようなどという意思は見受けられないから、うそでもなかろう。

 そもそもこういった下級魔族は他者を謀るような真似はせぬ。そうできるだけの知恵がない、ともいうが。ともかく、そうであるならば事実荷物だけ奪えれば人間どもを殺したりはしなかったのだろう。


 逆に言えば、荷物を奪えなければ殺してでも奪っておったのだろうが。


 そのあたりはまあ仕方あるまい。殺したくて殺したわけでないなら不可抗力だ。オレは責めぬ。

 ただし、荷物を狙うその理由くらいは突き詰めるがな。

 人間の荷物なんぞをわざわざ狙う下賤な所業、私欲のためとあらばさすがに断罪しよう。欲望に忠実なのは魔族としての性でもあるが、余は許しておらぬからな。


 納得がいかぬなら余を倒してから主張を通せばよい。




なんか最近、皆「いいんじゃないですか」としか言わぬ気がするのは気のせいだろうか。

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