勇者業・1-6
ふ。よくぞここまで来た。余こそが魔族を統べる王なるぞ。さあ、見事余を討ち倒してみよ!
とりあえず、魔法剣士の人間が店員に注文を済ませたところではなしが再開される。だらだらするつもりはないのだが、この人間どもを伴っていくと決めた以上、多少の時間の浪費には目を瞑らねばなるまい。
そのぶんの時間を魔王としての庶務に費やしたほうがよい、という事実には、気づいているが蓋をする。
「とりあえずまずは紹介からするか。こっちがユフォル、俺の弟で治癒術師。で、こっちが俺たちの幼馴染で弓使いのシアラ」
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
ふむ、弓使いはどうでもよいが、治癒術師か。すこしばかり目をかけてもよい職種よな。
というのも、治癒術というものを扱える魔族がおらぬゆえ。治癒術は魔法の一種に違いはないのだが、魔族はそもそもが身体能力に長けるからな。自然治癒力も人間と比するまでもない。つまり、種族として必要としないのだ。
そうは言っても、もちろん魔族とて怪我もすれば病気にも罹る。そんな折に治癒術があればそれはそれで重宝しようが、いかんせん魔族そのものと相性も悪いと理由もあった。単純な分類として、魔族は闇の属性に偏っておるので、光の属性に位置する治癒術は習得できぬのだ。
ああ、いや、一概に言いきるのも間違っておるな。魔族の中でも、エルフなんぞには使えるものも一定数いる。
余談だが、魔族は魔物のみを示すものではない。一般に魔物と呼ばれるものはもちろん、亜人種や精霊種、ドワーフやエルフとて大別して魔族に分類されるのだ。先に魔族と人間がおるとしたが、その中身は魔力の扱いに長けるか否かで判断するのが手っ取り早い。
乱暴な区分けでもあるが、間違ったものでもないのでよかろう。
魔族は扱える魔法であれば、知識やら詠唱やら式の展開やらというまだるっこしい手間を省いて本能で使うことのできる種族だが、治癒術を扱えるものだけは人間のほうが断然多い。ゆえに、オレも治癒術師には一目置いておるのだ。
まあ、この人間はまださした能力者でもないようだが。ふむ、個体名くらいは覚えてやってもよいか。名に興味のないオレがわざわざ名を覚えるというのは、相応程度の認識をしてもよいという表れ。共同区域の人間でもない人間の名を覚えるというのは、そうそうない。
もちろん、かつての勇者並みの実力者ともなれば敬意すら評して名を覚えようが。
「で、こっちがルウさんで、ベイズさん」
両者ともに既知しておる魔法剣士の人間が、この場の全員の紹介をする。とはいえ、オレが勇者として活躍するさまを宣伝するためだけに同行を許可した人間とよろしくする気はまったくない。さらりと流すオレの隣で、ベイズもまたしれっと放置に徹していた。
「えーと、ルウさんとベイズさんね。あんまり似てるとは思わないけど、ふたりで組んでるってことは、兄弟かなにか?」
む。なぜそうなる。人間の思考ではともにおるとイコール親類にでもなるのか。単純すぎるだろう。
まあ、ある意味親代わりではあるのだから、まったくの見当違いということもないな。そう考えるとむしろ鋭いのか?
「違う。ベイズは俺の臣下だ」
「え、臣下? ということは、ルウさんって偉いひと?」
「違う」
「そうそう、ルウさんは特に地位とかないんだってさ」
軽くくちを挟んだ魔法剣士の人間のもとに、そこそこ厚いステーキが運ばれてくる。即行で食いつくこやつは落ち着きがないのか食欲旺盛なのか……いままでの様子から、前者を捨てきれぬ後者やもしれぬな。
「えーと、ルウさんたちはどうしてそんな難度の高い依頼を受けたりしたんですか?」
ふむ。治癒術師だからとすこしばかり目をかけたが、ユフォルとやらもまだまだ見る目がないよな。まあ、経験も未だ浅いようだし、致しかたあるまい。
「勇者の株を上げるためだ」
「え?」
「ゆう、しゃ? ……ええっと、勇者って、あの?」
「なんだ。ほかに勇者を示すものでもあるのか」
「い、いえ、そういうわけじゃないんだけど……」
ユフォルと弓使いの人間が顔を見合わせ困惑する。それから揃って魔法剣士の人間に目を向けた。魔法剣士の人間はくちに運んでいた肉を咀嚼し飲み込むと、視線の意を汲んでだろう、くちを開く。
「ルウさんはさ、なんか勇者として勇者の株を上げて、魔王に挑めるくらいに強い勇者が後続として生まれるようにすることが目的なんだって」
「う、うーん……そうなの……。えーと、それって、魔王になにか恨みとかあるってこと?」
「あるわけなかろう」
なぜ自分で自分を恨むのだ。度し難い、と言わんばかりに目を細めて見やれば、弓使いの人間は若干不思議そうにしながらも頷いた。
「まあ、昔の魔王ならともかく、ここ何百年もあんまり悪さとかしてないしね」
「ああ、でもすこし前に暴れたという記録がありますよ。昔に比べたら規模が小さかったし、なぜかすぐに鎮静化したから当事国以外ではさほど騒ぎにならなかったようですし、当事国もいまはそれほど騒いでもいないみたいですけど」
ふむ、先代のはなしか。あのときは軽く一国の半分くらい吹き飛ばしただけで、すぐさま先代は討ち取られたからな。臣下に。
それよりも弓使いの人間のもの言いよ。悪さとはなんだ、悪さとは。程度が軽いぞ。魔王の脅威をもっと骨身に沁みる表現で表せぬのか。
「でも、魔王に恨みがあるわけでもないのなら、どうして魔王を倒したいと思うの?」
「語弊があるな。魔王を倒したいわけではない。魔王に挑める程度のつわものが育つことを望んでおるのだ」
ものわかりの悪いヤツめ、と鼻を鳴らせば、弓使いの人間も、ユフォルも首を傾げた。なんだ、まだ理解できぬのか。
「え、だって、魔王に挑めるって、挑むということは、倒したいってことじゃないの?」
「魔王を倒せるわけがあるまい。ゆえに、倒す必要なんぞない。挑める程度の強さで構わぬのだ。……まあ、倒せるというのであれば、倒してみるがよいが」
それはそれで重畳。それで倒されるとあらば、余はその程度の存在。魔王として至らぬ結果ゆえ、世代交代するしかあるまい。
「えー……それってなにがしたいのかわからないんだけど……」
「ただ強い人間を育てたいってことですか?」
「ふーむ。まあ、そうさな。強い人間が育てばよいというのが目的なのだから、それで構わぬか」
魔王として死合いがしたいのだ、とまでは言えぬので、そのあたりの認識で妥協しておく。ただし、そのつわものが魔王に挑むことまでは必ずセットとするが。
ユフォルに頷けば、それはそれで新たな疑問を生んだらしい。人間とは面倒な生きものよな。
「でもそれって、なにも勇者でなくてもいいのでは」
「そうね。昨今の風潮からすれば、勇者になりたいってひとを生まれさせるほうが大変だと思うし」
「なにを言う。魔王に挑むものとあらば、勇者と相場は決まっておろう。実際、勇者以外の人間で魔王に挑めたものなどいはしまい」
そもそも人間が魔王のもとまで辿り着くこと自体、歴代通してすくなかったが、その中で人間となると勇者と名乗るもの以外にはいなかったと聞く。
つまり、人間の身で魔王に挑めるものとなると、勇者を置いてほかにいないのだ。
「うーん……そう言われると、確かに。勇者以外で魔王に挑んだものって聞かないわね。魔王城に一緒に乗り込んだひとたちならいたみたいだけど」
「そんな雑魚に興味はない。勇者の陰からただ同行していたものたちであろう」
「いや、サポートって大事ですよ」
「……まあ、治癒術師には一目置くが……。結局は魔王と勇者の一騎打ちにしかならぬであろう」
「歴代どうだったかまでの記述は読んでいないので、ちょっとわかりかねます」
役に立たぬな、ユフォルも。しかしまあ、長命である上、相応に種々学んできた余とでは知識量に雲泥の差があるのは仕方ない。よって、その無知さは許そう。
「まあいいじゃん、なんだって。ルウさんの目的はルウさんの目的で、俺らがくち挟むことじゃないだろ。あんまりしつこく食い下がるなよ」
食事を終えたらしい魔法剣士の人間が、軽い口調でくちを挟む。ふむ、こやつ、ただ頭が軽そうなだけではなく、存外はなしのわかるヤツなのやもしれぬな。
まあ、最初はこやつも納得いかなそうにしておったが。考えが変わるのはよくあることだ。それがオレに都合がよければ享受してやろう。
「それはそうかもしれないけど……レベル2でゴブリンの群れと戦おうとしているくらいだよ? 心配になるでしょ」
「無用だな。あまりうるさくくちを挟むのであれば、もうよい。貴様らにオレの勇者としての活躍を宣伝させようと思ったが、代わりはおるだろうし、いないならいないでも構わぬ。どうあれ、活躍を続ければ時機に話題となろう」
鬱陶しい問答をもはや続ける気などさらさらなくなった。むしろいままでよく付きあってやったものだと自分を褒めたい。
オレは存外温和で温厚だが、これ以上はきゅっと絞めてしまいそうだ。実はすこし前からちらちらとベイズが不穏な空気を醸し出しておる。それに気づかぬここの人間どもは、やはり程度の知れるレベルしかないのだろう。
そんなものどもになぜオレが心配されねばならぬのだ。
そう思うと一層これ以上こやつらに付きあってやるのが馬鹿らしく思えてくる。ふむ、もうよい、行くか。
「もはや貴様らに煩わされるのも面倒だ。行くぞ、ベイズ」
「はい、ルウ様」
もとはベイズがよかれと告げたはなしだったが、さすがにこやつも痺れを切らしたのだろう。一も二もなく頷いた。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ! 危ないって!」
「ええい、うるさい。もはや貴様らなんぞに用はない。食い下がってくるな。殺すぞ」
ちょっとだけ。そう、ちょっとだけ殺気を向ければ、慌てて止めようとしてきた弓使いの人間が短く悲鳴を上げる。立ち上がりかけていたようだが、椅子に逆戻りしたあたり、腰が抜けたのかもしれん。
「あーもー、だからしつこくするなって言ったのに。ごめん、ルウさん。もうこれ以上うるさく言わないようにさせるから、一緒に行こうぜ」
ベイズの殺気を受けた前例があるからだろう、呆れたように弓使いの人間にそう言って、魔法剣士の人間が提案する。正直、そうまでしてオレについてくる必要性はこの人間どもにとてないだろうに、人間の心理はようわからぬな。
ともあれ、その殊勝な態度は多少評価に値する。ふむ……。えーと、こやつ、なんといったか。
「貴様、名はなんといったか」
「え? ひどっ、もう忘れたのかよ。オーラムだよ」
「ふむ。覚えておこう」
忘れるかもしれぬが。とはくちにしない。忘れるときはなにを言おうと忘れるものだからな。
「ではオーラム。我らはもう行く。邪魔をせずについてくるというならばついてくるがよい」
「え、ちょ、ま、会計! 会計しないと! って、マジでもう歩き出してる! あああ、と、とりあえず行き先はわかってるし、ユフォル、シアラ連れて先行ってろ! オレはここの会計したらすぐ追うから!」
「え、う、うん。わかった。シアラ行こう」
「ちょ、ちょっと待って。腰が抜けて……」
「えええ」
騒がしいな。まあよい、もはや待たぬと決めたのだ。
なにやらわあわあと騒ぐ人間どもを背に、オレはベイズとともにゴブリンの群れを目指し歩き出すのだった。
「……ところでベイズ、ファリスナ街道はどちらの方角かわかるか」
「…………だろうと思ってました」
……とか、久しく言っておらぬなあ……。




