勇者業・1-5
ベイズにすっごいイイ笑顔で止められ、そのままねちねちと嫌味ルートに突入させられたのだが。
どうやら剣士っぽい人間の仲間は町中にある食堂にいるらしい。依頼を終えた報告を剣士っぽい人間が行っている間に、消耗品の補充などをして、それから食堂で落ち合う予定だったとのこと。
「あ、そうそう、まだ名乗ってなかったな。俺はオーラム。魔法剣士だ」
ふむ、この人間の名などどうでもよいが、剣士ではなく魔法剣士か。しかし魔力量はさしたるものでもないな。かつての勇者の足のつま先にも及ばぬ。
その程度の感想しか抱かぬまま聞き流していると、魔法剣士だという人間の足が止まる。どうした、もう食堂に着いたのか。
「おーい、ちょっと、そっちのなまえも教えてくれよ」
む。なぜだ。なぜ貴様なんぞに名乗らねばならぬ。
「勇者の株を上げるなら、ルウ様の名も広めておいたほうがよろしいかと思います」
ベイズに耳打ちされるが、いまいち納得がいかぬ。なにしろ魔王は唯一の存在ゆえ、名などあってないようなものでしかなく、おそらくそれほど余のなまえは広まっておらぬだろう。
それを特段どう思うこともなければ、余も必要に際して告げる口上でもわざわざ名まで名乗りはしていない。とはいえ、魔王たる自分の名さえその扱いだというのに、人間に扮すると名を要すというのは些か奇妙な感覚よな。
だがしかし、これもまた勇者の株を上げるに必要とあらば致しかたないか。
「オレはルウ。こやつはベイズだ」
「よし、ルウとベイズだ、な……」
「貴様ごときがルウ様を呼び捨てにするなど……殺すぞ」
「ひいっ!」
えー……。ベイズが名乗れというから名乗ったというのに、その名を呼ばれたら怒るって、ちょっと意味不明なのだが。
先程の周囲に撒き散らすような殺気と違い、個人を狙ったものだからだろうか。さすがに魔法剣士の人間も竦み上がった。ついでに、個人を狙ったとはいえ、近くにいた人間はとばっちりを受け恐れおののいている。
これで迎え撃とうと戦闘態勢に移るものでもいればまだ見込みがあるのだが、腰を抜かすか慌てて逃げ去るものばかりであるから不甲斐ない。貴様たちが直に受けた殺気でもないというのに、情けないものどもだ。
「え、えーと……そ、その、ル、ルウ、さん……?」
恐る恐るといった様相で敬称をつけた魔法剣士の人間に、しかしベイズの殺気は収まらない。やれやれ。こやつこそ忘れておるのではなかろうか。いまのオレは魔王ではなく、人間なのだということを。
「ベイズ、やめよ」
「……ですが」
「〝オレ〟には地位などない。そうであろう?」
「……御意」
ふむ、渋々といった体ではあるが、引き下がっただけよしとしよう。殺気も収まったしな。
いやしかし、ベイズからのふだんの余に対する態度からは敬意のかけらも感じられぬことが多いのだが、実はこうしてきちんと余を敬っておるのだとわかったことはある種僥倖ともいえよう。
大袈裟ではない。本当にベイズのヤツは割と余を蔑ろにしてくるのだ。
ベイズの殺気が収まったことに安堵の息を吐いた魔法剣士の人間は、気を取り直して会話を続けてくる。こやつ、実は大物に化けるのではなかろうか。
まあ、そんなかたちの大物は必要としておらぬのだが。
「ルウさんとベイズさんって、実はどっかの偉いひとなんスか?」
「いや。ベイズは確かに余……ごほん、オレの臣下だが、〝オレ〟に地位などない」
「え? 偉いひとってわけじゃないのに、臣下なんスか?」
「おまえには関係ない」
ぴしゃりと言いきるベイズに、先程の殺気を思い出したのだろう、魔法剣士の人間はベイズの機嫌を損ねないようにか慌ててその話題を打ち切った。
それにしても。なになにっスという喋りかたをするものに初見ではないゆえ、特段当惑することもないが、それは敬語ではないからな、と、内心でつっこんでおく。まあ、こういう輩は割と直らぬし、人間であるオレにわざわざ敬語を遣えなどと言う気もないのでくちにはせぬが。
ベイズにしても、先程のオレのことばがあってだろう、そこには特段つっこまないようだ。
「まあでも偉いひとって言われても、それはそれでなんか納得できるっスけどね」
訂正。打ち切っていなかった。
「なんていうか……まあ、偉そうな態度もそうっスけど、相応のオーラ? っていうのか、そういうのある感じだし、それにふたりとも、おそろしく見た目がいいっスからね」
「容姿になんぞ興味ない」
「ええー、もったいない。ギルドでもそうだったけど、いまもふたりとも、すっごい視線集めてるのに」
む。この纏わりつくような視線の数々は、容姿によるものだったのか。魔族の中にも容姿を気にするものはおるが、基本的に実力主義ゆえ、そうしたものになんぞ拘らぬものが大多数だからな。オレもベイズもそれに漏れぬため、自身らの容姿の美醜など気にもしておらなんだ。
ふーむ、人間にはそれは判断基準の上位を占めるものなのか。どうでもよいが、纏わりついてオレを煩わせるのはやめてほしいところだ。加減の限度をうっかり超えたらどうしてくれる。
「そういう見た目がいいひとって、貴族連中とかに多いんスよね。あいつら、金にもの言わせて見た目のいいヤツらで婚姻結んだりしてるから」
「ほう。それは随分頭の軽い人間が出来上がりそうだな」
「はははっ! ルウさんサイコー! いいコト言うっスね」
いや、思ったことをそのままくちにしただけなのだが。どうやらそれは魔法剣士の人間の笑いのツボにでも嵌まったらしい。ひとしきり笑っていた。
「なんかちょっとベイズさん怖いとか思ったけど、すげー好感持てたっス。あ、待ち合わせ場所の食堂まであとちょっとなんで、行きましょう」
魔王に好感……いや、みなまで言うまい。いまはむしろそれでよいのだ。
そう自分に言い聞かせながら、それはともかく、人間の好意のポイントは理解できぬなと思った。
それからすこしばかり歩いた先で、ひとつの店に辿り着く。どうやらここが待ち合わせ場所らしく、店先に並んだテーブルのひとつに座る人間を、魔法剣士の人間が指し示した。
「あ、あいつらっス。おーい、ユフォル、シアラ」
魔法剣士の人間の人間が呼びかければ、テーブルにいた二人組の人間が振り向く。ふむ、あやつらがオレの勇者としての功績の宣伝者になるものたちか。
魔法剣士の人間を先頭に、そちらへと赴く。するとすごく不思議そうな顔を向けられた。
「え、オーラム、なにどうしたの、その恰好いいひとたち」
「さっきギルドで会ってさ、これからゴブリンの群れを退治しに行くっていうから手伝おうと思って」
退治はせぬと言っただろうが。
まったく、下手に手を出されてゴブリンどもを倒しでもされては困るからな、宣伝のために連れ歩いてはやるが、余計なことをせぬよう目を光らせねばなるまい。
「ゴブリンの群れ……?」
「ああ、Eランクの依頼だが、ルウさんのレベルじゃちょっと大変なんじゃないかと思ってな」
「レベル……え! 2でその依頼受けたんですか!」
驚いて目を見開くのは、魔法使いっぽいローブ姿の人間。ふむ、こやつも目に見えるもので判別する類か。
……あ、いや、目に見えるもので判別してくれねばオレが困るのか。
「問題ない」
「問題ないって……、ダメよ、いくらゴブリンって言っても群れなんでしょ? せめて8……うーん、余裕をもって10くらいレベルがほしいくらいじゃない?」
「あ、おい、シアラおまえ」
「え、なに?」
焦った様子でくちを挟む魔法剣士の人間。まあ間違いなくベイズを恐れてなのだろうが、事情を知らぬ軽装の人間……うーむ、単純にこう軽装なだけだと、職種もわからぬな。どうでもよいが。
とにかく、そやつは不思議そうに首を傾げた。やれやれ、ベイズも変に拘るところがあるからな。
「構わぬ。呼び捨てにさえされなければよかろう」
確認の意を込めベイズを見やれば、ベイズは眉根を寄せ不愉快です、という意思を存分に表に出しながら、思いきり不承不承頷いた。
「…………ええ、まあ」
間が長いな。
しかし魔王としてなら威厳どうこうというのも理解できるが、何度も言うようにいまのオレは人間に扮しておるわけだからな。いちいち人間のもの言いなんぞ気にするほうが手間であろう。数だけは無駄に多いからな、人間。
もちろん、そうは言ってもなめられるつもりは毛頭ないが。
「あ、マジで? よかった。俺、いつボロでるか心配だったんだよなー」
だからおまえのなになにっスという喋りかたは敬語ではないぞ。
へらへら気の抜けた笑みを浮かべる魔法剣士の人間を、軽装の人間が訝し気に見ておる。まあ、結局なにが言いたかったのかわかっておらぬのだから仕方あるまいが。
「あーそうだ、で、レベルの問題なんだが、だからこそ手伝おうと思ったんだって」
「なるほど。それは確かに放っておけないわよね」
はなしを戻した魔法剣士の人間に、軽装の人間がうんうんと頷く。
……オレが言うのもなんだが、随分甘っちょろい人間ではないか? 人間といえば、総じてもっとこう、狡猾で利己的なイメージなのだが……。
まあ、はなしがスムーズに進むという意味ではよいのだが。
「兄さんのひとが好いのはいまにはじまったことじゃないしね」
ふむ、ローブ姿の人間は魔法剣士の人間と兄弟なのか。どうでもよいが。
「とりあえず、座る? あとなにか食べるなら注文するけど」
「おー、俺は肉! とにかく肉食う! ルウさんたちは?」
「いらぬ」
「不要だ」
オレもベイズも魔族ゆえ、食事など必要としない。食べて食べられぬわけではないが、生命維持に要するものでもないのだ。
魔族は概ね魔力さえあれば生命維持が可能だからな。その吸収方法こそ種々あれど、我らは大気中からでも吸収できるゆえ、他者から奪う必要とてない。
昨今、大量に一気に消耗するようなこととてないしなあ……。それは由々しき問題なので、解決に向け邁進しておるところだ。
ちなみに、食べて食べられぬということもない食物は、食べれば食べたで魔力に変換することができる。なのでまあ、食べて悪いこともないのだが、食にも興味がないからなあ……必要でもなく摂るつもりもない。
いや、うむ。余、存外温厚で温和だしな! ちょっと冗談言ってみただけのことよ。本当に滅ぼしになど行きはせぬわ。……魔王ってなんだろうな。




