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第八話 反撃

 私は茶会の招待状を手に、部屋で悩んでいた。

「それは?」

 不意に(曲がりなりにも執事なので)紅茶をワゴンで運んできたチャールズがそれを覗き込む。

「茶会の招待状」

「誰から?」

「マゼイラ公爵の令嬢、ミランダ様から」

 私の返答に、チャールズは顎に手を当てて少し思案する。

「マゼイラ公爵一派というのが、イリーダという小娘の壁となる邪魔な一派だったはずだな」

「うん」

「なら、この茶会。その小娘もいる可能性が高い。

 なにか仕掛けてくるだろうが、行くか?」

 そう、それが私が悩んでいた理由でもあった。

 だけどいつまでも、やられっぱなしでいられない。

 私はぐっと恐怖を抑え込むとぱん、と顔を叩く。

「行く。攻撃は最大の防御! これ以上やられっぱなしでいられない!」

「その心意気だ。

 私も最善を尽くそう」

 私の言葉に不敵に笑んだチャールズが紅茶を淹れてくれる。

 そこで部屋の扉が急に開いた。

「ダリア!」

 飛び込んで来たのは姉のミディアだ。

 艶やかな黒髪に豊満な肢体の、私とは正反対に魅力的な令嬢の、自慢の姉。

「ミランダ嬢から茶会の誘いがあったそうね。

 わたしも行くわ!」

「お姉様も?」

「ええ。これ以上、あなただけを危険な目に遭わせられないもの」

 真剣なまなざしで私の手を握ったお姉様に、私はまさかと思って傍らのチャールズを見上げる。

「チャールズ、まさか、クリス殿下の雇った男に私が襲われかかったこと……」

「聞かれたから話したな。安心しろ。お前の家族以外には話していない」

 涼しい顔で答えたチャールズに「やっぱり」と思った。

「ダリア! わたしにもあなたを守らせてちょうだい!」

「あ、う、うん」

 私はやむなく頷く。こうなった姉はうんと言うまで収まらないからだ。

「ただ、お願いだからお姉様も無茶しないでね」

「わかってるわ」

 にっこり笑顔で頷いた姉に、どうしても不安が募る。

 姉が退室した後、私はチャールズに念を圧した。

「チャールズ、お姉様から目を離さないでね」

「なにかあるのか?」

「ううん、ただ、すっごい無茶するのよ。私たち家族が絡むと。

 私が自殺未遂したことで相当殿下たちに対して怒ってたから……」

「なるほど。直情的なのか。ある意味血筋だな」

 チャールズは得心したように呟いている。

「とにかく、よろしくね」

「ああ、わかった」

 頷いたチャールズにも少々不安を覚えた。

 脅迫材料が手に入るなら、チャールズってある程度の無茶は見逃すからなあ。




 そして招待状の日付通りに開催された茶会に、私と姉とチャールズは参加した。

「ようこそいらっしゃいまし。

 ダリア嬢。そして、……おかしいですわね。ミディア嬢のことは招待していないのですが」

 主催者のミランダ様が笑顔で私を迎えた後、真横に立つ姉を見て困ったような表情になる。チャールズになにも言わないのは、どこにでもチャールズを連れて行くことを聞いていたからかもしれない。

「ごめんなさい。妹が自害したばかりで、心配だからついてきたの。

 おおらかで寛容なミランダ様ですもの。帰れなんて仰らないですわよね?」

「……まあ、いいでしょう。

 こちらです」

 わざとらしく強調した姉に、ミランダ様も仕方なさそうにため息を吐いて奥のテーブルに私たちを案内する。

 多くの令嬢たちが庭に並んだテーブルについていて、テーブルの上には沢山の菓子と紅茶が置かれている。

「まあ、いらしてくださったのね! ダリア様!」

 歓声を上げたのは奥のテーブルについていた金髪の令嬢、イリーダ。

 やはりいたわね。イリーダ。

 不自然なほど好意的な演技、でも。

「まあ、自分を加害した相手になんてお優しい」

「あら? でもそれは嘘だったって」

「そうなの?」

「モルダー伯爵令息が仰っていたから確かなはずよ」

「でもミランダ様はイリーダ嬢のことを信じていらっしゃるのよね?」

「どちらが正しいの?」

 ダスキュリーが証言を撤回したことで、噂にも影響が出ているみたい。

「わかっているな。ダリア。

 ここが、お前の評判をひっくり返す契機だぞ」

「うん」

 小声で話しかけて来たチャールズに、私は小さな声で頷く。

「なに、してくると思う?」

「そうだな。お前を処刑する許可が出そうなこと…………、暗殺未遂あたりか」

「暗殺未遂?」

「そう、お前がイリーダを暗殺しようとしたという証拠が得られれば、お前を処刑してもやむなしという状況に持って行けるかもしれん」

 チャールズの言葉に私は眉を寄せた。

「でも、そんなのどうやって」

「脅迫の初歩的手段だ。

 相手が暗殺の証拠を持っていないなら、作ればいい。

 お前は私が行った脅迫の手段を見ていたはずだぞ」

 チャールズの脅迫の手段を思い出していると、イリーダが笑顔で座るよう促して来た。

「さあ、早く席にお着きになって」

「ええ」

 私が椅子に腰掛けると、程なくタルトが運ばれてくる。

「まあ、美味しそうな苺のタルト!」

 無邪気に喜ぶイリーダの横で、ミランダ様が笑顔で私にケーキナイフを差し出した。

「ダリア嬢、切り分けていただける?」

「……はい」

 頷いて立ち上がり、ケーキナイフを受け取ってタルトを切り分けながら考える。

 なんでわざわざ私に?

 いや、考えろ。私がイリーダを暗殺しようとした証拠を仕込むなら、なにに仕込む?

「どうぞ」

 切り分けたタルトをそれぞれ皿に盛り付け、イリーダに差し出す。

「まあ、これは形が悪いわ。こちらを。イリーダ様」

「ありがとうございます。ミランダ様」

 今、ミランダ様が手に取った時なにかした。なにをした?

 まさか毒? でもミランダがイリーダに毒を仕込む理由なんて。

 ハッとする。

 いや、わざわざ私に切り分けさせたのは、私が毒を仕込んだと見せかけるため?

 まさか、暗殺未遂の証拠を作るために、自ら毒を?

 そう気づいた時だ。

「あら、わたし、それが良いですわ」

 何気ない口調で言った姉ミディアが、その皿を手に取って素早くフォークでタルトを口に運んでしまった。

 それにイリーダとミランダ様が息を呑む。

「まあ、美味し……っ!?」

 途端、姉はテーブルの上に突っ伏し、苦しみ出す。

「お姉様!」

 私は必死で姉に縋り付き、苦しむ姉の冷えた手を握る。

「お姉様! どうして、まさか、誰かが毒をお姉様に!?」

「ミディア様がタルトを口に運ぶ前、手元に持っていたのはイリーダ様。

 まさか、イリーダ様がミディア様に毒を?」

 私の声に反応して、すかさず誘導したのはチャールズだ。

 それにイリーダの顔が青ざめた。

「ち、違います! あたしじゃありません!

 そうですよね!? ミランダ様!」

「……っ」

「どうして黙っているんですか? ミランダ様!」

 ミランダは弁解すれば自分に火の粉が飛ぶと思ったのだろう。

 口をつぐむことにしたらしい。

「まあ、まさか本当にイリーダ様がミディア様に毒を?」

「いえ、もしかしたらミディア様ではなくダリア様に対して毒を盛ったのかも。

 だってモルダー伯爵令息の証言の撤回」

「そうよね。今になって実は違いましたなんて、証言するなんて怪しいもの」

「もし、最初から全部嘘だったら」

 集まった令嬢たちがひそひそと囁いている。

「イリーダ様」

 静かな声でイリーダを呼んだ私に、イリーダが青ざめた顔でこちらを見る。

「ミランダ様が毒を盛ったのか、本当かどうかは、残ったほかのタルトを食べてみればわかる話ではないでしょうか?

 さあ、残ったほかのタルトを」

「う…………」

 食べられないでしょう。自分の身の潔白だけを証明するなら食べればいい。

 でもマゼイラ公爵の後ろ盾を失ったら、王太子妃になんてなれないものね。

「食べないわね」

「まさか本当に、ミディア様が食べたタルトにだけ毒が?」

「それなら、毒を盛ったのはやはりイリーダ様?」

 令嬢たちは好き勝手に噂する。それに追い詰められたようにイリーダが顔を引きつらせた。

「すみません。私は医師の資格がございます。

 ミディア様はまだ毒で苦しんでおられます。

 どこか、診られる部屋を」

「あ、は、はい、こちらに」

 タイミングを見計らって、チャールズが申し出る。

 それにミランダがすぐ応じて、屋敷の中に案内した。




 マゼイラ公爵邸の一室、ベッドに寝かされた姉は今も苦しんでいる。

「……どう?」

「ああ、大丈夫だ。致死量ではない。

 数日で回復するだろう」

「…………よかった」

 チャールズの見立てに、私はほっと息を吐き、体温の下がった姉の手を握る。

「よく泣くのを堪えてあの小娘を糾弾したな」

「チャールズがそう小声で言ったし、それに、あのチャンスを活かさなきゃ、お姉様の行いが無駄になる。

 私が一瞬迷ったばかりに、お姉様が毒を……っ」

「そうだな。お前が毒入りのタルトを口にしていれば、それが一番話が早かった」

 チャールズは冷静に冷淡に、厳しく言い放つ。

「わかってるわ。わかってる……っ」

 それが正論だから苦しい。だけど、今苦しんでいるのはお姉様だから。

「チャールズ、教えて欲しいの」

「なにをだ?」

「弱みを作る方法」

 ベッドのそばの椅子に腰掛けたまま言うと、チャールズがかすかに目を瞠った。

「そのやり方を、貴様は嫌っていたのではないか?」

「そうよ。嫌ってたわ。

 でも、そんな綺麗事言っていたら、私の大事な人がまた傷つく。

 相手は脅迫王より非道な悪人なのよ!

 だったら、私ももう手段は選ばない!」

 これ以上、大切な人が苦しむのを見ていられない。

「……よく言った」

 満足そうに告げたチャールズの大きな手がくしゃり、と私の髪を撫でる。

「私は少し、お前を見くびっていたようだ」

 チャールズはそう言って、不敵に不遜に微笑む。

「この脅迫王チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンの知略を以て、お前に最上の脅迫法を授けよう。

 私より上の悪人などいてはならない。

 最上の悪は、常にこの脅迫王なのだ。

 それを、その小娘たちに証明してみせよう」

 腕を組んで宣言したチャールズに、私は涙を拭ってはっきりと頷いた。


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