第四話 脅迫王の本分
その日、私はチャールズを伴ってある茶会に赴いた。
私を視界に入れた茶会の参加者の令嬢たちがざわめいている。
ここはモルダー伯爵家。
サンドラが言っていた、私がイリーダを加害していたと証言した人間の一人、ダスキュリーを嫡男とする家だ。
「これはこれは、ダリア嬢。いらっしゃるとは思いませんでした。
自害なされたと聞いていましたので、お身体の調子がよろしくないのではと」
白々しい笑顔で出迎えたのは茶会の主催者のダスキュリーだ。
「ご心配ありがとうございます。
この通り、ぴんぴんしておりますので。本日はよろしくお願い致します」
そう挨拶を返すと、私はチャールズ仕込みのカーテシーを披露してみせた。
以前チャールズに「お前のカーテシーは下手ではないが華が足りない」と言われていたからだ。
「そうですか。それではお席をご用意致します」
そのカーテシーを目にしたダスキュリーは息を呑んで、かすかに眉をひくつかせた。
「それでそちらの紳士はどちら様でしょう?」
「こちらは私の執事のチャールズです。医師の資格があり、私の身を案じて両親が同伴させました」
「なるほど。承知しました。ではゆっくりお楽しみください」
私の斜め横に佇むチャールズの浮世離れした美しさにも気圧されたのか、ダスキュリーは引きつった笑みで言って背を向けた。
「本当にいらっしゃるなんて」
「面の皮が厚いこと」
「でもあの執事は見たことがないわ」
「美しいこと」
「本当に、美しいわ」
ひそひそと茶会に参加した令嬢たちが囁く中、私たちは開いているテーブルのそばに佇んだ。
「それで、そのダスキュリーいう男はどういう男だ?」
「あまり親しくない。社交界で聞こえる噂はとにかく清廉潔白だということ」
「清廉潔白ね」
小声で尋ねてきたチャールズは、ふんと鼻を鳴らして口角を上げる。
「なにか含みのある言い方だ」
「別に。ただ、そういった評判の人間の大半は、上っ面だけが綺麗な差別主義者だったということだ」
大いに含みのある言い方をしたチャールズは、やはり鼻で笑って囁いた。
「ダリア。あなたよく来れたわね」
不意に一人の令嬢が話しかけて来た。明らかに好意的ではない表情だ。
「イリーダ、あなたのせいで泣いていたのよ」
「へえ、そう。なんて?」
「あ、あなたに香水を頭からかけられたとか」
冷たく見つめ返され、その令嬢は気圧される。
いつもの私ならおどおどとして謝る場面だからだ。
「それを、実際に見た人間はいるの?」
「いるわよ。ダスキュリー様が言っていたもの。
あなたがイリーダを階段から突き落としたところも見たそうよ」
「……へえ、そうなの」
そういう嘘を吐く人たちが、サンドラたちを追い詰めた。
そう思ったら顔に浮かんだのは凄みのある微笑になった。
令嬢が息を呑んで身を引く。
「ダリア、あなた、……なにか変わった?」
「変わったんでしょうね」
変わらないと、私の大事な人たちが傷つくから。
冷たく睥睨した私に令嬢が息を呑む。だが不意に別の令嬢が近寄ってきた。
「ダスキュリー様に近づかないでよね。彼はわたしの婚約者なのよ」
そう言ったのはリゼットという子爵令嬢だ。
「そんなこと、しないわよ」
「どうかしら。あなたったら、クリス殿下という婚約者がいながら男遊びが激しかったとイリーダが言っていたのよ」
「あらあら、そうなの。
悪い噂の発信源は全部イリーダね」
これ見よがしに言ってやると、リゼットが息を呑んで身を引いた。
「な、なにが言いたいの?」
「別に。ただそれになにか思わないのかと言う話よ」
そう言って私は彼女たちに背を向ける。
「お手洗いに行ってくるわ」
チャールズを伴って、私はモルダー伯爵家の屋敷の中に入る。
途中の廊下でダスキュリーが待ち伏せていた。
「ダスキュリー様」
「なにか企んでいるなら、我が家の屋敷の中で自由にはさせられないな」
「そう、先ほどから随分私を悪者のように扱いますが、証拠はあるのですか?」
「証拠ならあるさ。君はイリーダに香水をかけていたし、階段から突き落とした」
そう嘘をねつ造しているのではない。信じ込んでいる口調だ。
「その、確かな証拠は?」
チャールズが不意に尋ねた。
「確かに、あなたのその目でその瞬間を見たのですか」
「それは……、だ、だがその後の瞬間ならば確かに見た。
イリーダに自分で香水をかけておきながら、白々しくハンカチを差し出していたし、イリーダを階段から突き落として振り向きもせずに去って行った」
チャールズの蛇のような目に見据えられ、追求されて初めて狼狽える。
「なるほどな」
それだけで理解したように、チャールズは呟いた。
「つまりはこういうことだ。
お前は自分で香水を被ったイリーダにハンカチを貸した。その瞬間をこの男は見た。
それをイリーダはあとでお前に香水をかけられたと二人だけの秘密のように囁いた。
階段から突き落として振り向きもせずに去った?
このお人好しがそんな真似をするものか。
イリーダという女はこいつがいなくなってから階段から自分で転げ落ち、人目を惹くように泣いたのだ」
「チャールズ……」
実は、少し悲しかった。みんなみんな、イリーダを信じていることが。
だから嬉しかった。当たり前にチャールズが「私がそんなことをするはずがない」と信じてくれたことが。
「私の言うことが嘘でないと言うなら、決定的な証拠を出せ」
「…………………」
チャールズの言葉を否定しきれなかったのか、ダスキュリーが口ごもる。
「決定的な証拠なら、ある」
「ほう、どこに?」
「クリス殿下が、イリーダ嬢を信じたということだ」
挙げ句、やっとのことで口にしたのはそんなでまかせだった。
「王太子殿下の信頼はこの国で重い。
その信頼を勝ち取ったイリーダ嬢こそ、真に信じるに値する令嬢だということだ」
「は、」
胸を張って言い切ったダスキュリーに、チャールズは目を見開き、そして可笑しくて仕方ないという風に笑い出した。
「はははははははははは!」
「な、なにがおかしい」
「全くもって、聞いて呆れる清廉潔白だ。
他者に冤罪をかける手伝いをした時点で、なにも清廉でなどないというのに」
心からの侮蔑と嘲笑に、ダスキュリーが狼狽する。
「それは彼女の言いがかりだ。
君も悪女に騙されているんだよ」
「良いことを教えてやろう。ためになる悪女の見抜き方だ。
本当の悪女というものは、計画を実行に移すとき常に計算して行動をする。
少なくともここにいるポンコツ娘のように、誰も彼もに同情したりしない」
あ、なんかポンコツ娘って言われた。否定出来ないけど。
「そして後学のためになることをもう一つ教えてやろう。
相手の弱みを握るということは、相手の弱みを見つけるということではない」
チャールズは不遜に鼻を鳴らして、自身の胸に手を当ててこう告げた。
「相手の弱みを“作る”ことだ」
その不敵な微笑に気圧されたように身を引いて、ダスキュリーは強がった笑いを浮かべる。
「い、意味のわからないことを言うな。もういい。
さっさと外に戻れ。
おれは部屋に用事を思い出した」
ダスキュリーはそう言って足早に廊下を歩いて行く。その背中を見送って、私はチャールズの顔を見上げた。
「チャールズ、大丈夫なの?」
「ああ、仕込みは上々だ。しかし、見直したぞ」
「え?」
不意にこちらを見たいつも冷淡な顔が、少し笑って囁いた。
「よく自分を疑う小娘どもやあの男に対して毅然と接した。
やれば出来るではないか」
「だって、サンドラたちを傷つけられたくないもの」
「それでこそ私の主人だ。褒めてやろう」
チャールズのことだから、嘘ではないのだ。
どうしよう。嬉しい。つい頬を赤らめてうつむいた瞬間だ。
「きゃああああ!」
屋敷の奥から女性の悲鳴が聞こえて、私は息を呑む。
「え?」
意味がわからず固まっていたら、ダスキュリーが去った方角から全裸の女性が走ってきた。
あのリゼットというダスキュリーの婚約者だ。
「助けて!」
彼女は私たちを見るなり駆け寄ってきた。
「どうかなさいましたか?」
「わたし、ダスキュリー様に襲われたの!
気づいたらダスキュリー様の部屋のベッドの上に裸でいて、ダスキュリー様が襲いかかってきたのよ!」
チャールズがすかさず優しく声をかけると、彼女はチャールズに縋り付いた。
「なんと、そんな恐ろしいことが」
「ち、違う!」
追いかけて来たダスキュリーがチャールズに縋るリゼットを見て慌てる。
「部屋に行ったらリゼットが全裸でベッドの上に寝ていたんだ。
だからつい、誘われたと思って」
「なるほど。つまりダスキュリー様は女性が裸でベッドにいれば、本人の同意を確認せずに抱いていいとお思いだと。
これは見上げた騎士道精神だ」
鼻で笑って言い放ったチャールズに、ダスキュリーが顔を真っ赤に染める。
「リゼット嬢、ご安心ください。我々があなたをお守り致しましょう」
そう優しく声をかけて、チャールズは自分のコートを彼女の肩にかける。
「ああ、なんてお優しい方……!
ダリア様、わたしあなたを誤解しておりました……!
こんなことをするダスキュリー様の言うことが正しいはずがないのに!」
「そんな、誤解だリゼット!」
瞳を潤ませるリゼットに、ダスキュリーが狼狽する。
「これは困りました。我々はリゼット嬢が望むならば、彼女の名誉を守るために戦わなければならない。
ねえ、清廉潔白な騎士殿?」
「う……」
嫌味ったらしく口角を上げて言ったチャールズにダスキュリーがうろたえる。
それを見て、大股でダスキュリーに近寄ったチャールズがその耳元で囁いた。
「大人しく我々の側につくことだ。さもなくばモルダー伯爵家の嫡男は婚前前に婚約者に乱暴をする非道な男だとばらまくぞ」
それは勝利宣言。
「あ、う……」
敗北を悟って、ダスキュリーはがくんとその場に崩れ落ちた。




