第三話 仕組まれた罠
私が生き返って数日、自室のソファに腰掛けて私は手に持った手紙をテーブルの上に放った。
「それは?」
「茶会の招待状。生き返ったっていう噂が広まっているんでしょう」
「行くのか?」
「まあ、イヤイヤだけど、こういうのって行っても行かなくても悪いように言われるのよ。
なら行って反論してきたほうがマシだわ」
すっかり執事が身についたミルヴァートンに尋ねられ、そう答えるとふ、と笑われた。
「そうか。少しは好戦性が備わってきたらしいな」
「どう考えてもミルヴァートンの影響だよね?」
まあ。今の少し柔い微笑にはドキッとしたけど。
「待て」
「え?」
そんなことを考えていたら待ったをかけられた。
「私のことはチャールズと呼べ。お前のように前世の記憶を持つ者がいないとも限らん」
「あ、そっか」
確かに脅迫王ミルヴァートンって、ホームズシリーズ読んだことあるなら知ってるもんね。チャールズだけならありふれた名前だし。
「お嬢様」
不意に部屋の扉がノックされる。
「お客様がいらしています」
使用人の言葉に、つい胡乱な目になってしまう。
嫌な相手じゃないといいけど、と考えながら客室に向かった私を待っていたのは三人の令嬢。伯爵令嬢ミレーヌ、子爵令嬢サンドラ、男爵令嬢アガットの三人だった。
「聞いたわよ! ダリア! 一回心臓止まったんですって!?」
「まあ、うん」
最初に食いついてきたのは明るく活発な性格のミレーヌだ。
「すごいじゃない。それで生き返るなんて」
「す、凄いのかな」
「凄いわよ」
「私の手柄じゃない気がする……」
なんせ、チャールズのおかげだし。
「それで? どこまで本当なの?」
「なにが?」
「クリス殿下とイリーダが広めてる噂」
「全部嘘だよ!」
どんな噂かは知らないけど、あの二人が広めるならりくでもない噂だ。
「まあ、そうよねー。あのダリアがそんなことするはずないし。
あの二人、ダリアが死にかけたって言うのに口を開けばダリアの悪評ばっかり。
耳を疑っちゃう」
内心白々しく聞こえるかな、と思ったが、ミレーヌは納得した様子で頷いている。
「ミレーヌ……、信じて、くれるの?」
「ん?」
「私のこと」
「もちろん。あなたは誰かを傷つける真似が出来る人じゃないわ」
はっきり言い切ったミレーヌに泣きそうになって堪える。
嘘じゃない、と思う。でもこの数日で人間不信になるには充分すぎる経験をした。
ミルヴァートン、もといチャールズの顔を見る。ミレーヌが嘘を吐いているなら、彼にはわかるはずだ。
小声で「嘘ではない」と言われて泣きたいくらい安堵した。
「それで、その後ろの執事さんは新しい執事さん?」
ずっと気になっていたという様子で尋ねてきたサンドラに、私の背後に佇んだチャールズがにこりと笑む。
「あ、そ、そうなの。チャールズって言うのよ」
「すごい美人……。人外っぽい美しさって言うのか、とにかく綺麗……」
ほうっとため息を吐いてサンドラは見惚れている。
そうなのよね。チャールズってすごい美人なんだ。それもこう、人外っぽい綺麗さ。
白蛇みたいって言ったらいいのか、なんだろう。
楽園でアダムとイヴを唆した蛇のような、そんな美貌。
「サンドラ。どんな噂が広まってるの?」
「んーと、とにかくあなたがイリーダを加害したって噂」
「具体的に」
「具体的にかあ。なんか、付け焼き刃の嘘って感じじゃないのよね。
証拠があるの」
はっきり言ったサンドラに、私は想わず、
「証拠!? そんなことしてないのに!?」
と叫んでしまう。
「ああ、ごめん。証拠じゃなくて、証言。
あなたがイリーダを貶め加害したところを見たって証言する者たちがいるのよね」
サンドラの言葉に私はテーブルの上に突っ伏して弱々しく零す。
「絶対嘘だぁ……!」
「嘘だよねえ。でもその証言のせいで、あなたの社交界での評判は最低って感じ。
わたしやミレーヌみたいな一部の令嬢しかあなたのことは信じてないかも」
「そっかぁ……」
ううむ、これはせめてミレーヌとサンドラだけでも味方がいてよかったと思うべきなのか。
「失礼。サンドラ様、その証言をしていた者たちの名前は記憶されていらっしゃいますか?」
不意に身を乗り出したのはチャールズだ。
その質問にサンドラは頬を赤らめて、
「あ、は、はい」
ぽうっとチャールズに見惚れて頷く。
「教えていただけませんでしょうか? 一人ずつ、名前を」
「……はい」
チャールズの聴取に答えて覚えている限りの相手の名前を羅列するサンドラを横目に、私は屋敷に来てからずっと黙っているアガットに視線を向けた。
なんで来たんだろう。ずっと黙ってるけど。そもそもそんなに親しいわけでもないし。
「アガット。ねえ」
「ひっ」
「え?」
声をかけた瞬間、アガットは悲鳴を上げて身を引いた。
その反応に私のほうが頓狂な声を上げてしまう。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! なにも言わないからぶたないで!」
「え? え?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
急に頭を庇うようにして謝りだしたアガットに、私は戸惑う。
「わたし、本当のことなんてひと言も話してないから……!」
なにこれ。
これじゃ、まるで私がアガットを苛めていたみたいな反応。
「ちょっと、アガット。演技はやめなさいよ。
ダリアがそんなことするはずないでしょう?」
茫然とした私に変わって反論したのはミレーヌだった。
「そうよ。大体なによ。自分からついて来たいって言い出しといて」
次いでサンドラも私の擁護に回る。それに顕著にアガットは狼狽えた。
「そ、そんな、ただわたしは……ダリアについてひどい噂を聞いたから」
アガットはもごもごともっともらしい嘘を口にする。
「ダリアが、第二王子殿下に言い寄ってる、なんて、クリス殿下が言っていらしたから……」
「なにそれ! ダリアはクリス殿下に婚約破棄された後、この屋敷から一歩も出ていないのよ!?」
「で、でもそれは嘘で、本当は隠れて外出したかも……!」
「あんたいい加減にしなさい!」
「きゃあ!」
怒ったサンドラが手を振り上げる。アガットはぎゅっと目を瞑って悲鳴を上げた。
「嘘ですね」
その矢先、チャールズが静かにそう指摘する。
「へ?」
「お嬢様に暴力を振るわれていたというお言葉は、嘘ですね。
他人から暴力を振るわれている人間は、振り上げられた手に過敏になるものです。
即座に頭や顔を庇うくせがつく。
しかしアガット様はサンドラ様が手を振り上げても悲鳴を上げるだけでなにもしなかった」
「あ……」
理路整然と語るチャールズにアガットが擦れた声を漏らした。
「そ、それは相手がダリアじゃなかったからで……」
「アガット様?」
「う」
「見え透いた嘘を吐く時、人は目をそらすものです」
念を圧すように、チャールズは言葉を続ける。
確かにさっき、アガットは目をそらしていた。
「…………………」
「仰ってください。一体誰にそうするよう頼まれたのです?」
「え?」
「え?」
「頼まれた?」
押し黙ってしまったアガットにチャールズが尋ねると、ミレーヌ、サンドラが間抜けな声を漏らし、私が問い返す。
「アガット様のお家は男爵家。昨年の冷害で大層お困りだそうですね?
そんな時、条件と引き換えに資金援助を申し出られたら頷いてしまうのでは?」
「アガット! あんたそれで……!?」
「まさか!」
「う……っ」
ミレーヌとサンドラの怒りに震えた声に、怯えたようにアガットは泣き出した。
「ご、ごめんなさい……!
家のために、嘘を吐きなさいって言われて……!」
「あんたね!」
「ごめんなさい!」
「サンドラ、落ち着いて。今アガットに怒ったって意味ないわ」
思わず制止した私に、サンドラは怒りが収まらない様子だったがひとまずこちらを振り返ってくれる。
「でもダリア……!」
「それより、アガットの家にそんな資金援助を申し出たのは誰?
イリーダは無理でしょう? 男爵家で、資産がそこまで豊潤ってわけじゃないもの」
疑問を口にして、私は静かにアガットの名を呼ぶ。
「そ、それが、お父様が言うには、身なりの良い紳士で、それ以上は言えないって。
……ごめんなさい」
アガットは身を縮ませて震えた声で答えた。
「はあ、本当に人間不信になる」
三人が帰った後、自室でベッドに突っ伏していた私に、チャールズの冷ややかな声がかかる。
「そんなことを言っている場合か?
お前を貶めようとする輩が何人いるか正確にわかっていないというの」
「そうだけど……。まあでも、ミレーヌとサンドラが信じてくれたのが救い」
「まあ、あのアガットという小娘の家に資金援助をしたのは王太子である可能性が高いな。
普通の貴族にぽんと出せる金額ではない」
「そうかぁ」
シーツに頬を寄せ呟いた私のそばで、チャールズは不意にワゴンを手にした。
「紅茶が切れた。淹れてくる」
「あ、ありがとう」
「これでも執事だからな」
冷淡な表情のまま答えて、チャールズはワゴンを押してそのまま部屋を出る。
するとその場から姿が消え、屋敷の外にその身体が現れた。
「なにを埋めている?」
そう静かに尋ねたチャールズの視線の先には、屋敷の下に穴を掘ってなにかを埋めているサンドラの姿。
「あ、…………チャールズ、さん」
サンドラは少し後ろめたそうに、困ったようにチャールズを呼ぶ。
「確かに、お前の言葉に嘘はなかった。お前は本当にダリアを案じていた。
だからこそ、この行動にはある穴がある」
チャールズはそう言って埋めていたものを引きずり出す。
それは木で出来た人形だ。
「そ、それはお守りだって、あの子、大変なことばっかりだから、もうそんなことがないようにって」
「お前は阿呆がつくほどの善人だな。この人形もそうと信じて埋めたのだろう。
これは、国王の死を望む呪い人形だ」
「え」
本当に知らなかったのだろう。サンドラの呼吸が止まる。
「う、うそ、そんな、だってわたし、」
「使用人を通じてそれを埋めればいいと言われたか?」
真実を見通す目を持つチャールズの追求に、逆らえないようにサンドラは擦れた声で頷いた。
「……う、うん、メイドが、それを持って来てくれて。
メイドも、そうするべきだって」
「メイドもその人形の意味を知らなかったか……。やれやれ」
チャールズは土で汚れたサンドラの手を見て、度しがたいと言いたげにため息を吐く。
「その人形を置いて帰れ。メイドにその人形を渡したのが誰か、ちゃんと聞き出しておくのだぞ」
「は、はい」
泣きそうな顔になったサンドラに言い、サンドラが立ち去ったのを待ってチャールズは屋敷の中に戻る。
そこで廊下に佇んでうつむいている私に気づいて目を瞬いた。
「……お前のせいでもあるし、あの小娘のせいでもある。
無知は罪だ」
「……うん」
冷淡に告げたチャールズが私の前を通り過ぎる。
「私、もう少しでサンドラを罪人にするところだった。
私、もっと強くならなきゃ。
絶対、犯人を捕まえなきゃ。
そう、心を決めるから」
そう震えた声で誓って、チャールズの背中にしがみつくと、額をその背に埋めた。。
「少しだけ、このままでいさせて」
その言葉と、背中にかかる両手の重みを感じながら、チャールズは嘆息を吐いた。
「全く、度しがたい弱虫を主人にしてしまった」
それは、度しがたいお人好しを主人にしてしまったと嘆く道化の声に似ていた。




