第二話 獅子身中の虫
「ひとまず、獅子身中の虫を駆除しておくか」
そう、私が納得したところでミルヴァートンは立ち上がり、杖で床を突いてそう言った。
「へ?」
意味がわからず、目をぱちぱち瞬いた私に、馬鹿にでもするような表情を浮かべてミルヴァートンはため息を吐いた。
「その小娘は『父親が謀反を企てた罪に問われる』と言ったのだろう?」
「は、はい」
「それがお前を自害させるための嘘ならばともかく、本気でなにか手を打っている可能性もある。娘のお前に聞くが、お前の父親は謀反の企みを抱くような男か?」
わざとらしく丁寧な口調で確認してきたミルヴァートンに、私は座っていたベッドの上に立ち上がり反論する。
「滅相もない! そんなこと絶対しない!
お父様は国一番の将軍だよ!」
「だろうな。少し話しただけですぐわかったが、あれは反吐が出るほどの善人だ。
謀反など企てる頭はない」
ミルヴァートンは私の言葉を聞くまでもなく確信している口調で、
「つまり、謀反が嘘であり、なんらかの証拠をその小娘が持っているならば、何者かがその証拠を仕込んだということだ。
だが他人の家に証拠を仕込める人間は限られる」
と語る。
「……客で来た時においていく、とか?」
「お前は阿呆だな」
「はいど阿呆です」
自分でも「これじゃないよなあ」と思いながら口にした策はやはり間違っていたらしい。すっごい呆れた顔された。
「私が最初に獅子身中の虫と言ったのを忘れたか」
ミルヴァートンは眼鏡のつるを指で押しあげてそう諭すように言う。
「あ、獅子身中の虫って腹の中の裏切り者って意味……って、ことは?」
「この屋敷の中で疑わしい犯人を探しに行くということだ」
やっと意味を理解した私に、ミルヴァートンは杖で再度床を突いて答えた。
「あ、お嬢様。もう出歩かれて大丈夫なのですか?」
よく考えたら私は昨夜、夜会のドレス姿のまま毒を飲んで死んでしまったのでドレス姿のままだった。そのため動きやすいシャツとスカートに着替えてから、ミルヴァートンと一緒に部屋を出たところで執事のダーキリーに遭遇した。
ダーキリーは長くこの屋敷に仕えている初老の執事で、元気な様子で部屋から出て来た私に目を丸くしている。
「ええ。良いお医者様に診てもらったから」
「そうですか。それはなにより。
お嬢様を救っていただき、ありがとうございます」
笑顔で答えた私にダーキリーも安堵に息を吐き、私の隣に立つミルヴァートンに頭を下げる。
「それが本分ですから」
「いいえ、あなたは間違いなく国一番の名医ですとも。
間違いなく助からないはずのお嬢様を救ってみせたのですから。
と、申し訳ございません。旦那様のところにお飲み物をお運びするところでした。
わたしはこれで失礼致します」
「はい」
ダーキリーはにこやかに笑って一礼すると、すたすたと父の書斎のほうに歩いて行く。
その背中を見送って、
「なるほど。奴は黒だな」
とミルヴァートンが無表情のまま呟いた。
「へ?」
「奴が謀反の嘘に手を貸している輩だと言うことだ」
ミルヴァートンの言葉は推測ではなく、断定系だ。
「な、なんでそんなことが」
「私の目には嘘がわかる。建前を口にしながら本心を口にする顔がな。
あの執事、お前の無事を喜ぶふりをして『しぶとい女め。さっさと死ねばよかったものを』と毒づいていたぞ。なにか奴の言葉に違和感を覚えなかったか?」
「……………違和感」
そういえば「間違いなく助からないはずの」という言い方にかすかに引っかかるものを感じたけど。
「あれって間違いなく助からないはずだったのにって意味!?」
「今頃気づいたか愚か者め」
「ひえ」
私はつい引き攣れたような声で悲鳴を上げてしまった。
はい、私が愚か者です。
「『まあいい。生きていたなら生きていたで偽の証拠を仕込んでこの家ごと葬り去る』とも言っていた。つまり、偽の謀反の証拠を既に仕込んだか、これから仕込むところだと言うことだ」
さすがにそこまでは言ってなかったはずなんだけど、この脅迫王、本人の言い分を信じるなら嘘と本心がわかるってことだしなあ。
そもそもフィクションの登場人物だ。なにか人外のような力が備わっていても不思議ではない。
「ど、どうするの? それが本当なら急がなきゃ」
「まあ待て。私には生前からある能力があってな。
私は脅迫王としてのし上がったが、どうやって相手の弱みを知っていたと思う?」
「え、それは証拠を掴んで」
「その前の話だ。私には弱みのある人間が見ればわかる。
あの執事には弱みがある。そこを押さえるのだ」
そう、ミルヴァートンは不敵な笑みを浮かべて告げた。
このマクシミリアン伯爵家の当主の書斎では、当主が領主としての仕事に追われていた。
そこに執事のダーキリーがワゴンを押して入ってくる。
彼は書斎の机の前でワゴンを停めると、上に載っていたポットからカップに良い香りのするお茶を注ぎ、机の上に置く。
「旦那様、お疲れでしょう。
薬草茶をお淹れしました」
「ああ、ありがとう……。今日はいろいろあったからな……」
疲れた様子でカップを手に取った当主に、ダーキリーはにこやかに笑う。
「なんにせよ、お嬢様がお元気になられてなによりでございます。
先ほどもお医師様とお屋敷の中を歩かれておりましたよ」
「ああ、一度息が止まる前が嘘のように元気になった。良いことだ」
そう安堵に満ちた声音で口にし、薬草茶を半分ほど飲むとサインの途中だった書類に視線を戻し、サインして積まれた書類の山の上にその紙を置いて、ふとあくびを漏らした。
「……ふぁ、んん、どうしたのかな。急に眠く……」
「それだけお嬢様のことで肝を潰されたのでしょう。
小一時間ほど休まれてはいかがでしょうか?」
「……そうだな。そういえばダリアのことで随分気を揉んだ。
少し休んでくる」
そう言って当主、もといお父様は大きく伸びをしてまたあくびをすると椅子から立ち上がる。
「はい、こちらの書類、整理しておきましょう」
「ああ、ありがとう」
眠そうな顔でダーキリーに礼を言ったお父様が書斎から出ると、そのまま寝室へと歩いて行く。
隠れてやり過ごした私はまた扉の隙間から中を覗くと、ダーキリーが「さて、」と呟いて懐から取り出したなにかを引き出しに入れた、のを確認して扉を開け放った。
「待ちなさい!」
「お、お嬢様……!?」
ばーん!と正義の味方よろしく駆けつけたような佇まいで部屋の扉の前に立った私とミルヴァートンに、ダーキリーは驚く。
「今隠したものを出しなさい」
構わず私は冷たい目をしてそう言った。
「は、はて、なにを仰るのやら。この執事めはなにも隠しておりませぬぞ」
「それはどうかな」
ミルヴァートンがすかさず近寄ると、引き出しを素早く開けて一番上にあった数枚の書類を取り出し目を滑らせる。
「ふむ、内乱の計画書か。さすが執事。筆跡も丁寧に当主のものに似せてある」
「な、なにを仰いますお客人! これは旦那様が……!」
「いや、これは当主が書いたものではない。当主が書いたものなら、今お前がそんなに慌てている理由がないからな」
さすが脅迫王、相手を追い詰める手管が手慣れている。普段脅迫する側だけども。
「旦那様が国王陛下を暗殺する謀反を企てていると知ったなら慌てもします!」
「ほう? 『国王陛下の暗殺』?」
「あっ」
とにかく狼狽したダーキリーはついうっかり口を滑らせた。
ミルヴァートンの瞳が蛇のように怜悧に細められる。
「そんなことは、この書類のどこにも書かれていないな?
さて、誰に頼まれた筋書きだ?」
「そ、それは」
「あなた、屋敷の財産を横領していたわね」
ミルヴァートンに追い詰められしどろもどろになったところで、私が糾弾する。
「な、」
「あなたの部屋から横領した金貨が大量に見付かったわ」
「そ、それは私めの給金でございます! 横領した金貨という証拠でもございますか!?」
おお、すごい狼狽えている。これ、図星って言ってるのも同然だぞ。
「その見付かった金貨はね、今は造幣されていない旧金貨なの。
もちろんお金だから今でも使えるけど、滅多に流通していないものよ。
お父様もその金貨をあなたたち使用人の給金として渡したりしてないわ。
なぜそんな金貨があなたの部屋に大量にあるの?」
「あ……」
私の理路整然とした言葉に、ダーキリーの顔がさあっと青くなった。
「…………くっ、こんな、容易く見破られるなど」
そして悔しげに、口惜しげに机に手を突いてうなだれる。
「憲兵局に突き出しますか……?」
「いいえ」
「え……?」
「あなたにはフッドマンとして、引き続きこの屋敷で働いてもらうわ。
その上で、あなたにその偽の証拠を仕込むよう命じた人間をあぶり出して欲しいの。
相手が誰か、正確にはわかっていないのでしょう?」
凜々しい表情で告げた私に、ダーキリーは目を見開いて硬直した後、感嘆の息を吐く。
「……お見それしました。お嬢様、あの夜からまるで人が変わったようです」
その言葉にはこう答えるしかない。
「そうね、少し人が変わったのかもしれないわ」
ミルヴァートンっていう、悪魔が憑いてるからね。
「はあ~」
その後、書斎を何事もなかったように片付けてから廊下に出た、ところで私は深いため息を吐いた。
「どうした」
「慣れないことをしたから疲れたのよ……。
あなたが『お前がやったほうが説得力があるからお前がやれ』って言うから」
「そうだろう? 客人の医師より屋敷のお嬢様が言ったほうが説得力がある」
私にとってはすごい山場だったのに、ミルヴァートンはなんてことはない小山を潰したような顔してる。慣れてる。人の脅迫に慣れすぎている。
「さて、次に行くぞ」
「つ、次!?」
「これだけ大きな家だ。獅子身中の虫が一匹きりであるものか」
きっぱり言い切ったミルヴァートンに、私はその場にへたり込みそうになった。
「…………私、人間不信になりそう」
「安心しろ。一番裏切りそうな卑劣漢が目の前にいる」
「そうだったね!」
淡々とした口調と表情でごもっともなことを言われ、私は思わず大声で頷いていた。
本当に、こいついつか裏切りそうだな。脅迫王だもんな……。
そう考えて気が遠くなっていたら、ミルヴァートンがすたすたと歩き出した。
放っておくわけにもいかないのでついていくと、見慣れた部屋の前で足を止める。
「静かに。この先だ」
そう、ミルヴァートンは人差し指を唇に当てて小声で言う。
ぐう、顔がいい。声もいい。は、ともかくとして、
「この先は、お母様のお部屋」
そう、この部屋は母の寝室だ。
「母親は今どうしている?」
「私が無事なのを一通り確認したら倒れちゃったから、部屋で寝ているはず」
ミルヴァートンの小声の問いかけに答えて、私は部屋の中を覗き込む。
するとベッドに寝そべったお母様のそばで、甲斐甲斐しく世話を焼く年配の女性の姿が見えた。
「ハンナだわ」
「誰だ」
「メイド長よ。お母様の看病をしているようだけど」
そう、至って普通の、なにもない光景だ。
「奥様、お食事をこちらに」
「ああ、ありがとう……。そこに置いておいて。少し眠るわ」
「はい」
ワゴンから運んだ食事をベッドサイドのテーブルの上に置いたハンナは、お母様が眠ったのを確認したように注意深く見てから、ワゴンの底からなにか取り出し、ベッドのそばのチェストの引き出しの中に入れて、ってまたこの展開かい!?
「待ちなさい!」
仕方なく現場を押さえようと部屋に飛び込んだ私に、ハンナが焦ってこちらを振り向く。
「お、お嬢様」
「なにを隠したの?」
「な、なにをだなんて、そんなこと」
私はベッドの上を一瞥し、お母様が眠っていることを確認してから引き出しを開ける。
中から出て来たのは、見覚えのある豪華な首飾り。
「これは、王妃様の首飾り……」
そう、夜会や、王室との食事会で何度となく目にした。王妃様の首飾りだ。
曲がりなりにも王太子の婚約者だったから、王室の方々と食事を取る機会は多かった。
「そんなものをなぜあなたが持っているの?」
「い、いえ、これはレプリカで」
「なるほど。それは王太子が用意したものだな」
「な……!」
この宝石の輝きはレプリカではあり得ないのに、見え透いた嘘を吐こうとするハンナにトドメを刺したのはミルヴァートンだった。
「王太子が自身の母の首飾りを持ち出し、この家に仕込んで謀反の証拠としようとしたか」
「そ、それは……」
「早急にその首飾りをこの屋敷から運び出し、王妃の居室に戻せ」
「そ、そんなことわたしに出来るわけが」
そう、そんなこと出来るわけがない。持ち出したのがクリス殿下なら尚更に。
その上で言って、ミルヴァートンは口の端をつり上げる。
「ほう? 弟が刑務所に入っていることが知られても構わないか?」
「な、なぜそれを……!」
「この屋敷の当主夫妻は知らないことだろう?
見られたくないことは日記には書かないでおくべきだな」
カチャ、と眼鏡のつるを指で押しあげて不敵に笑んだミルヴァートンに、私はハンナを見上げて、
「ひとまずあなたの処遇は保留にします。その首飾りは私が預かっておきますので、それをあなたに渡した人間が来ても『なくした』と言って」
と命じる。
「は、はい……」
ハンナは最早逆らう気力もなくし、覇気なく頷いた。
「あのメイド長の目は節穴だな。この屋敷の当主夫妻なら、弟が刑務所に入っている程度のこと、笑って許しそうなものを」
「…………………」
そして首飾りを持って自室に戻ってきた私たちだが、私はベッドに突っ伏して落ち込んでいる。
「おい、ダリア。この程度で人間不信に陥っていては埒が明かんぞ。
お前には、お前の無罪を証明してもらう必要があるのだからな」
「はぁい……」
だが人の心がない脅迫王は沈んでいる暇も与えてくれなかった。
「でも、執事のダーキリーもハンナも、私たちに悪意を持っていたなんて」
「どうだろうな。少なくともあのメイド長はお前たちに悪意はなかった。
弱みを握られて脅された被害者と言っても良い」
「そ、そっか……!」
落ち込んでいた私だったが、ミルヴァートンの言葉にぱあっと表情を明るくする、も、
「だからと言って、お前たちにとっては加害者なわけだがな」
と上げて落とされた。
「う…っ」
「それよりいいのか?」
「なにが?」
ミルヴァートンは壁にもたれて、ベッドに寝転がったままの私を見る。
「このマクシミリアン家に謀反の疑いを掛けようとした相手が、王太子で確定だということだ。内乱の計画書はともかく、王妃の首飾りは男爵令嬢には手が出せん」
その言葉に胸がずきりと痛んだ。
なに落ち込むんだ。傷つくんだ。今更じゃないか。
もうあのクリス殿下は、イリーダに夢中で私のことなんかゴミ同然にしか思ってないって。
「…………そっか」
「うじうじと落ち込むなよ。鬱陶しい」
「う、はい……」
脅迫王はやはり容赦がなかったが、このくらい容赦がないほうが却って気落ちしている暇がなくていいのかもしれない。
「ひとまず私をこの屋敷の執事にしろ」
「はいはい……………えっ!?」
またいつもの無理難題だ、と思って、やっぱり無理難題だった。
というか思いも寄らないことだ。
「聞こえなかったか? 私を執事にしろと言った」
「な、なんで」
え、この脅迫王、執事になりたい願望なんて…………なさそうだな。
「なんで? おめでたい頭だな。医師のままでいつまでもお前のそばに侍っていられると思うのか?
お前のそばにいなければ、お前の無実を証明出来ないというのに?」
あ、やっぱり、そういう理論からだったか。納得した。
「お、仰る通りです」
「では、華麗にジョブチェンジと行くか」
そう形の良い唇に笑みを浮かべて、ミルヴァートンはスーツの上着を脱ぐとベストを纏った格好で、私の手を取ると傅いてそっと手の甲に口づけた。
「さあ、よろしくお願いしますね? お嬢様」
それに、懲りず私の胸はきゅんと高鳴ったのだ。




