第十三話 この想いは届かない
査問会から一週間が経った。
イリーダの公開処刑は無事終わったという。
私は見に行かなかった。だから人づてに聞いただけだ。
そして私は別の件で困っていた。
自室のテーブルの上に積まれた大量の見合い写真である。
「なんで急にこんな」
こんな冴えない令嬢に、なんで急に、という思いで一杯だ。
「お前の評判が、全てあの小娘による風評被害だったとわかったからだろう」
部屋の長椅子に腰掛けて煙管を吹かしたチャールズが淡々と言う。
「それに夜会でのお前を見た貴族は多いからな。
あれほどの美姫なら、結婚相手に迎えたいと望む男は多かろう」
「え」
さらっと口にされた内容に、私は息を呑む。
「今、なんて?」
「あれほどの美姫なら」
「チャールズって、私のことそう思ってたの?」
「普段は平凡な小娘だと思っているが、あの夜の貴様は確かに美姫と呼んで差し支えなかったぞ」
なんの感情も抱いていなさそうな口調でチャールズは答える。
それについ、顔が緩んだ。
「へえ~」
「なんだそのにやけた顔は」
「だって、チャールズってよく考えたら出会った時から私の容姿についてなにも言わなかったから。
私だけじゃなく、他人の容姿に無関心って感じで」
そう、チャールズは他人の容姿に無関心なのだと思っていた。
夜会でも、どんな美姫に言い寄られても興味がなさそうだったし。
「当然だ。私にとって必要なのは脅迫するための弱み。
相手の外見など、なんの役にも立たん」
「まあ、チャールズはそうだよね。ふふ」
「楽しそうだな」
「楽しそうじゃなく、嬉しそうって言うんだよ。
チャールズは他人の機微に聡いようで疎いから」
私はそう言って、ベッドの縁に腰掛ける。
「嬉しいの。チャールズに褒められて」
「そうか。それで?」
「それでって?」
「どれを選ぶんだ?
ああ、そもそも新しい王太子から求婚されていたな」
なんてことはなさそうな口調に、ズキンと胸が痛んだ。
「それを選べばいいか」
「わ、かんないよ」
つい、声がどもった。どうしよう。胸が苦しい。
「なぜ?」
「なぜって、だって……。私は、サフィール殿下のことよく知らないし」
嘘。真面目で誠実な方だって、よく知ってる。
でも、知ってるって答えたら、チャールズはなんて言う?
サフィール殿下に嫁ぐべきだって言われたら、私は、
「まあ、貴様が誰に嫁ごうが、私の知ったことではないな。
私の領分を踏み越えた」
そう素っ気なく告げて、チャールズは煙管を置くと立ち上がる。
そのまま突き放すように背を向けられて、瞳が潤んだ。
「チャールズは、どう思うの……」
立って、その後ろに立つ。背中の服を掴んで、頭を押し付けた。
「私が結婚したら、どう思う……?」
「どうもなにも、私にはお前を脅迫する権利はない。
お前の復讐を手伝う条件で地獄から出た以上、お前を不幸にする道理はない。
だから、お前が誰に嫁いで幸福になろうと、私の知ったことではないし、関知する領分にない」
相変わらず、人の感情が理解出来ない彼らしい的外れな返答。
それが可笑しくて、悲しい。
「そうじゃないよ」
ぎゅうっとチャールズのコートを掴んで、その温かな背中に頬を寄せる。
「チャールズは、どう思うの」
「どういう意味だ」
「嫌? 辛い? 苦しい? 悲しい?」
「なぜ負の感情ばかりなんだか」
はあ、とため息を吐いたのがわかって、胸が締め付けられる。
「別に、どうとも思わん」
そう答えて、チャールズは私から離れる。
掴んでいたコートが、手からすり抜けていく。
息を呑んだ。
「客が来たようだ。執事としての役目を果たしてくる」
そう感情の読めない顔で答えたチャールズに、部屋に残された私は涙を堪えてひと言呟く。
「チャールズの、馬鹿」
それから程なく、部屋にやってきたのはサフィール殿下だった。
ベッドに横たわっていた私は、慌てて飛び起きてサフィール殿下を出迎える。
「どうなさったんですか?」
焦ってそう尋ねたら、サフィール殿下が困った顔をした。
「あー、ええと、忘れられてる?
僕、君に求婚したんだけど」
「あ、す、すみません。全て片付いて、安堵しちゃってたので」
「そうだよね。やっと平和になったんだもんね。
気が抜けちゃうよね」
「はい、……ごめんなさい」
嘘。実はチャールズのことで頭から抜け落ちていたなんて言えない。
「いや、いいよ。抜け駆けみたいに求婚した僕が悪いんだから」
「あの、」
「うん」
ふと気になって、口にしていた。
「サフィール殿下は、どうして私がいいんですか?」
「それは、君がクリスの婚約者に相応しくなろうと努力しているのを見て来たから」
「それだけで?」
「それだけでじゃないよ」
不思議そうにする私に、サフィール殿下ははっきりと断言する。
「君はね、ちゃんと王太子妃に相応しい努力をしていたんだよ。
だから君が僕の婚約者になることを、父上も母上も認めてる」
「そう、なんですか」
そういえば査問会の日、国王陛下は私を褒めてくださった。
そう、なんだろうか。私で、いいんだろうか。
「うん。もう一度言うよ。
僕の婚約者になってくれませんか」
「わあ…………」
真っ直ぐな愛の言葉に、私はつい顔を真っ赤に染め上げた。
「その反応、脈があるって思っていい?」
「わ、かんないです。
だって、そんな風に言われるの、初めてだから」
「初めて? 本当に?」
「はい、初めてです……」
恥じらいながら、そう正直に答える。
するとサフィール殿下は安堵の息を吐いた。
「よかった。安心したよ。
あの執事が口説いてるんじゃないかと思ったから」
「チャールズが?」
「そう」
「それは、ないですよ」
苦笑したつもりだったけど、ぎこちない笑みになってしまった。
「ないんだ」
「ないんです。……だって、チャールズは人に恋なんかしないから」
そう、だってチャールズは人を愛さない。愛せないから。
「……それが本当ならいいんだけど」
「随分チャールズのことを気にするんですね」
「そりゃあ、恋敵かもしれない男だもの」
そう困ったように口にした後、真剣な顔をしたサフィール殿下は、私の身体をそっと抱きしめる。
「だってね、今度こそ──君を幸せにしたかったんだよ」
温かい腕の中。以前も感じたことがある、男の人の体温、たくましい腕の感触。
なのに、違うと思った。
ここは、違う。
(あなたと違う腕)
サフィール殿下が帰った後、チャールズが部屋に戻ってきた。
ベッドの縁に腰掛けていた私を見て、尋ねてくる。
「王子は帰ったのか?」
「うん……」
「良い返事はしたのだろうな?」
「なんで?」
泣きたい気持ちで問い返したら、チャールズはかすかに眉を寄せた。
「なんで、とは?」
「なんでそんなこと言うの?
私、サフィール殿下を好きだなんてひと言も言ってないじゃない」
「だが、お前を一番好いている男だ。
嘘のわかる私の目で見て、あの男に嘘はなかった」
「だから嫁げって?」
「それのなにがおかしい」
淡々と口にするチャールズが悲しくて、彼の腕を掴んだ。
「おかしいよ! チャールズの馬鹿!」
飛びかかるようにして彼の腕を引いて、ベッドの上に押し倒す。
のしかかって、涙を浮かべた瞳で一心に見つめる。
「あなたが好きなの!」
そう、ありったけの感情を口にした。
「結婚したいのも、抱いて欲しいのもあなただけなの!
それがわからないの!?
馬鹿チャールズ!」
そのたくましい胸に縋り付いて、ひっく、ひっくとしゃくり上げる。
白い袖に覆われた腕がその肩に手を伸ばしかけて、手を下ろした。
「ダリア。諦めろ。
私は混ざり物だ」
静かな声が諭すように告げる。
「数多のホームズシリーズの原典とパスティーシュのミルヴァートンの混ざり物。
その中で、誰も私に愛を用意しなかった。
私が人を愛する話を用意しなかった。
だから私の心に愛はないんだ」
そう、機械的にチャールズは口にする。
「私には、お前の言葉に付随する感情がまるで理解出来なかった。
私は、どうしても誰かを愛せない作り物なんだ」
その言葉にただ泣きじゃくる。チャールズの胸に、この想いは届かない。




