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第十一話 思惑

 その日、マクシミリアン伯爵家の屋敷を訪れたサフィール殿下は、応接室で私と向かい合っていた。

「マゼイラ公爵一派がイリーダから手を引いたそうだね」

「殿下」

「まさか君がここまでやるとは、いや、これはあの男の手管か」

 わずかに怒りをにじませた殿下に、私は首を横に振った。

 私に危険な役目をさせたことを、怒ってくれたのだと思ったから。

「いいえ。

 私が私の意思で、やりました。チャールズは手伝ってくれただけです」

「君は……、いや」

 言いかけて、サフィール殿下は首を振る。

「君が、彼をなんとも思っていないならいいんだ」

 なんとも? どういう意味?

「近いうち、イリーダは全ての罪をつまびらかにされ、処罰されることになるだろう。

 兄上への罰も、そのときに」

「クリス殿下は、どうなりますか」

「廃太子になるだろうね。新しい王太子には僕がなる。

 それで、お願いがあるんだ」

 柔く微笑んだサフィール殿下に、私は首をかしげる。

「お願い?」

「君の、」

 サフィール殿下は立ち上がって長椅子に腰掛けた私の前に傅くと、私の手を取った。

 左手の薬指にキスを落とす。

「ここを、空けておいて欲しい」

「それ、は」

 心拍数が速くなる。顔が熱くなった。

「紛れもない、僕の気持ちだよ。

 やっと君に言える。

 だから、僕は王太子になりたかったんだ」




 サフィール殿下が帰った後、私は自室のベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めた。

 求婚予告をされてしまった。

 ドキッとした。

 あれ、でも、あのときよりドキドキしなかった。

 すごくドキドキしたのは、チャールズと、

「おい」

「きゃあ!」

 急にかかったチャールズの声に、飛び上がって壁まで下がる。

「どうした? お化けでも見たような反応をして」

「それ絶対違う反応だよね? 形容詞が間違ってるよね?」

 今のは恐怖のドキドキじゃなくて、…………なんのドキドキだろう。

「な、なんの用事?」

「お前の復讐だ。私はどこまで付き合えばいい?」

 そう言われてみれば、確かに期限を決めていなかった。

「え、ええと、サフィール殿下は近いうちにイリーダを処罰する査問会が開かれるって言っていたから、クリス殿下もそのときに廃太子になるだろうって」

「では、私はそこまでだな」

 あっさり口にされた言葉に、胸が抉られたような痛みを味わう。

「……え?

 そこまで、って?」

「言っただろう? お前の復讐を手伝うと。

 そこまでが、私がここにいる条件だ」

「じゃ、じゃあ、」

 ズキンと胸が斬り裂かれたように傷つく。

 あれ、なんでこんなに胸が痛いの。苦しいの。

「復讐が終わったら、チャールズはどうするの……?」

「地獄に戻る。元より、そこがアーサーの定めた私の居場所だ」

「か、」

 震えた声を漏らして、手を伸ばす。

「帰らなくてもいいじゃん」

 ぎゅうっと彼のスーツを握った。

「帰ることないじゃん。

 別に、チャールズはここにいればいいじゃん」

「なぜだ」

「なぜって、だって、地獄なんて、……好き好んでいたい場所じゃないでしょう?」

「そうだな」

 なんの感情も抱いてなさそうな口調で答えたチャールズに、期待して顔を上げる。

「なら、」

「だが、そう定めたのがアーサーだ」

 なのにチャールズは、そう揺るがずに答えるのだ。

「い、いいじゃん!」

 思わず叫んでいた。

「コナン・ドイルの言うこと、なんでもかんでも聞かなくていいじゃん。

 チャールズはチャールズのいたい場所にいればいいじゃん」

「私のいたい場所?」

「そうだよ!」

 ベッドの上に立ち上がった私を見上げて、チャールズはいつもの冷たい顔で言う。

「そこがどこだと、貴様は思うのだ?」

「それは」

 あれ、私はなにが言いたい。なにを言いたい。

 なんて言って欲しい?

 チャールズに、どこにいて欲しい?

「手を、貸して」

「なんだ」

「ここに座って」

 ベッドの上に座って、チャールズにベッドの縁に腰を下ろすよう促す。

「先に教えておくが、その気のない男にこんな真似はしないほうが身のためだ」

「いいの。いいの……」

「どういう意味だ?」

 ああ、同じだ。

 理解したくない私と、理解出来ないチャールズ。

「おそろいだね」

 泣き笑いの顔で言えば、チャールズがかすかに眉を寄せた。

「意味のわからんことを言う」

 顔をその肩に埋める。

 チャールズ、私ね、


『私は、愛を理解出来ない。

 誰かを愛せるようには、作られていない』


 気づきたくない。なのに、気づいてしまった。

 この恋は、叶わない。




 その頃、王宮の国王の私室で、サフィールは椅子に腰掛けた国王と向かい合っていた。

「では、お前の意思に変わりはないな?」

「はい、父上。

 私の意思は、昔からずっと変わりません」

 父王の威厳ある言葉に、サフィールは背筋を伸ばして答える。

「私が愛する姫君は一人だけ」

 胸に手を当てる。

「私は、ダリア・マクシミリアン伯爵令嬢を我が妃に迎えたく思います」

 そう胸を張って言い、サフィールはわずかに不安をにじませ国王に尋ねる。

「反対でしょうか」

「いいや、私たちは王太子妃になるべく努力してきたダリアを見て来た。

 不足があるなら、お前が補えばいい。

 ダリアをお前の妃としよう」

「父上……!」

 国王の言葉に、サフィールは喜色を顔一杯に浮かべる。

「ただし、ダリアの意思が伴う場合だ。

 あの執事は、問題はないのか」

 静かに、国王は訝しむように尋ねた。

「調べたが、あの執事の出自はまるでわからない。

 人一人が生きて来た軌跡を消せるはずがないのにだ。

 ましてあれほど人目を惹く見目の男、記憶に残らぬはずもないのに。

 あの男が何者か、お前は知っているか?」

「……はい」

 サフィールは意を決したように口にする。

「父上。実は、私には前世の記憶があるのです」

「前世だと?」

「はい、そこで私はダリアに出会い、恋をしました。

 だからあの男が何者かも知っている」

 何度も好きな書物で目にした男、それに間違いないのだとサフィールは思う。

「人を破滅に導く脅迫王、チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン。

 この世の悪魔です」


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