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第十話 赤花の娼館

 チャールズが見た宰相の弱み。それを糾弾する。

 そう決めた私は、夜会の翌日、王宮に足を運んだ。

 宰相の執務室の扉をノックすると、すぐに応答があった。

「失礼致します」

 扉を開けて中に入り、一礼すると宰相は眉をひそめる。

「おや、なんの用事かな。マクシミリアン伯爵令嬢」

「お聞きしたいことがあって参上致しました」

「なんだね?」

「赤花の娼館」

 秘やかな声で囁いた私に、宰相のこめかみがぴく、と動く。

「よくご存じのはずですわね?」

「なんのことかな」

 上手くとぼけるわね。でもそれが嘘だってことはわかっている。

 だってチャールズが見抜いたんだもの。

「その屋敷が今夜、大火に包まれます」

 その言葉に、宰相は感情の抑揚を抑えるような声で、

「まさか君が?」

 と尋ねてきた。

「いいえ、私はそんなこと。

 ただ、そこに大事な宝物がある方は、どうなさるでしょう?」

 私はにこりと微笑んでそう唆すと、カーテシーを披露してひと言。

「懸命な選択を、お勧め致します」

 その言葉を最後に部屋の外に出る。

 私はすぐに壁に寄りかかって、深い息を吐いた。

 緊張した。

「脅迫が板に付いてきたな」

 部屋の外で待っていたチャールズが、薄く笑んで賛辞してくる。

「それ喜んでいいの?」

「私の相棒としては上等だ」

「相棒」

 その台詞にドキンとする。

 この脅迫王の相棒として認められたなら、きっと嬉しい。

「さあ、仕込みに行くぞ」

 チャールズがぽん、と私の肩を叩く。

「……うん」

 私は赤くなりそうな顔を隠して頷いた。




 その日の夜、赤花の娼館にて。

 私とチャールズは仮面を被って長椅子に腰掛け、飲み物を飲んでいた。

 娼館と言うだけあって、男性の客が多い。

 そういう店として機能してはいるのだろう。

 ただ過度に性の匂いがしない。普通の飲食店としても経営を行っているようだ。

「来るかな」

「来るだろうな。こんなものを寄越してくるくらいだ」

「その手紙は?」

「宛名はないが、宰相からだろう」

 チャールズは懐から取り出した封筒を見せる。

 中の便箋を見るとこう書いてあった。


『チャールズという名の執事に心当たりなし。

 手を引かなければお前の出自をつまびらかにする』


「脅迫返しじゃん!」

「この程度、予期していたぞ。脅迫とはそういうものだ」

 小声でツッコむ私に対し、チャールズは涼しい顔だ。

 この程度の意趣返し、チャールズにとっては驚くものではないらしい。

「安心しろ。私の出自を辿れる者などいない」

「そりゃ、フィクションの人間だものね」

「そら、行くぞ」

 チャールズは時計を確認し、長椅子から立ち上がる。

「うん」

 私は差し出された手を取って立つと、チャールズが腰を抱いてきた。

 あんまり、触れないで欲しい。ドキドキする。

「失礼。連れの具合が悪いようだ。

 どこか休める部屋はあるか?」

「ではこちらに」

 店のスタッフにチャールズが言うと、スタッフが案内してくれた。

 休む部屋として案内されたのは二階の部屋だ。

「ではごゆっくり」

「ああ、すまないな」

 スタッフが立ち去った後、チャールズは寝台に腰掛けてにやりと笑む。

「うまく入り込めたな」

「そ、そうだけど、そろそろ手を離して……っ」

「なぜだ?」

「なぜって」

 この男、神をも恐れぬ美貌をしておいてそんな不思議そうな顔すんな。

「言ったでしょ。男性経験ゼロだって」

「では少し経験していくか?」

「へ?」

 言うなりベッドの上に押し倒され、チャールズが覆い被さってきた。

「お前は見違えるくらい美しくなったな」

 甘い囁きが耳を打つ。病的なまでに白く長い指が私の唇をなぞった。

「チャールズ……」

「少し、その蜜を私に味見させてくれ」

 顔を寄せられて、身体が密着する。だけど気づいたら私はふはっと笑っていた。

「駄目だよ。チャールズ。

 こういうことにかけては私のほうが経験あるもん」

 そう不敵に笑んで、手を持ち上げてチャールズの額を軽く小突く。

「チャールズは愛を知らないんでしょ?

 全然駄目」

「チッ」

 チャールズは舌打ちして身を起こした。

 その少し悔しげな横顔を見て、私は内心安堵する。

 びっくりした。ドキドキした。

 私の経験なんて少女漫画くらいだけど、見破られなくてよかった。

「とにかく、行こう」

「ああ」

 頷き合って、部屋の外に出る。

 二階の奥の部屋の前まで行くと、私はわざとらしくならないように気をつけて転んで見せた。同時に扉を開けて、室内に倒れ込む。

「うわあ!」

 思ったより派手にすっ転んでしまった。足が痛い。

「だ、だれ?」

 部屋の主の女性が戸惑ったように声を上げる。

「私の恋人が失礼を。あなたはこの部屋の主でいらっしゃる?」

「そ、そうだけど」

 チャールズがすかさず私を抱き起こしながら、赤子を抱いた女性に尋ねた。

 その腕に抱かれているのはターコイズの瞳の赤子だ。

「そちらの赤子は、宰相閣下のご子息ですね」

「な、なんで、誰に聞いたの?」

「それはもちろん、宰相閣下から」

 嘘です。チャールズの目で見抜きました。

「宰相閣下が今夜迎えにいらっしゃると」

「そう言っていたの? 本当に?

 あたしはいいけど、せめてこの子は」

 その女性は愛おしげに赤子の頭を撫でて呟く。

「大丈夫ですよ。きっと迎えに来ます」

「ああ、ありがとう」

 チャールズの言葉に女性は安堵したように笑う。

「宰相閣下とは、長い付き合いなんですね」

「驚いた。どこまで知ってるんだい?」

 そりゃあ、なにからなにまでだ。

 チャールズの瞳は、なにもかもお見通しなんだから。

「そうさ。幼なじみだったのさ。あたしも元は貴族でね。

 家が没落してここに売り払われた。

 ピエールが助けてくれると思ったけど、ピエールはその当時、家を継いでいなくてそんな権限がなかった」

 ピエール。宰相閣下のお名前だ。

「ここから必ず連れ出すと約束してくれて、この子を授かったのさ」

「宰相閣下には公にはお子がいない。それが愛の証明です」

「……ありがとう」

 チャールズの言葉に女性は涙ぐむ。

 不意にチャールズが「ダリア」と私を外に呼び出した。

 廊下に出て、会話が聞こえないように扉を閉める。

「宰相閣下は?」

「直に来る。そもそも普段ここに来られなかったのは、引退した父親が妨害していたからだそうでな」

「手を貸して来たんだ」

「ああ、邪魔する刺客を全て排除してきた。

 ……おい」

「え?」

 不意に低い声を出されて私は戸惑う。

「なんだその足の腫れは」

 右足の腫れを指して、チャールズは低く言う。

「あ、さっき転んだ時にくじいたみたいで」

「馬鹿者が」

 言うなりチャールズは私の身体を横抱きにした。

「そういう時は、無理せず男に言うんだ。

 今夜、私はお前の男だからな」

 その言葉に顔が真っ赤になる。

 駄目だ。ドキドキして収まらない。

 この人は、愛を知らない脅迫王なのに。

「じゃあ、触れて……」

 無意識のうちに、誘うように甘えていた。

「今夜、私はあなたの女だから……」

 心臓がうるさく暴れている。チャールズが目を瞠って、そっと顔を寄せた。吐息が頬に触れる。

 だが鼻腔をくすぐった煙の匂いに、動きが止まった。

「な、なにかやった? チャールズ?」

「ああ、あの宰相の父親をたきつけた。

 あの女と子を葬ろうとする宰相の父親の手の者だな」

 大火に包まれるというのは本来狂言だった。

 だが、あの女と子を邪魔に思う者が真実にしてしまった。

「少しの間、走れるな?」

「うん!」

 床に下ろされると、私は走って扉を開ける。

「屋敷が燃えています。急いで外へ!」




 屋敷の外。茫然とする屋敷の主人と娼婦たちがいる。

 スタッフや娼婦たちが全員逃げ出したのは確認した。

「ティア!」

 不意に息せき切って走ってきたのはあの宰相だ。

「ああ、あなた……! 本当に来てくれたのね!」

 あの女性が赤子を抱いたまま、宰相の元に駆け寄る。

「ああ、遅くなってすまない。お前と子を迎える準備は出来た」

「あなた……!」

 感極まって瞳を潤ませた女性と赤子を、宰相はしっかりと抱きしめた。

「ご無事でなによりです」

「君が、この炎を?」

 執事然とした態度で声をかけたチャールズに、宰相はわずかに疑念を宿して聞いて来る。

「いいえ、あなたのお父上の仕業でしょう」

「そうだろうな……。私を行かせまいとした刺客たちも、父上の印章を見たと言っていた」

 だがその疑念もわずかなものだったらしい。

 まあ、唆したのがチャールズなんだけど。

「ティアを助けてくれて感謝する。望みはなんだ」

「おや、よくおわかりで」

「なんの利益もなくこんな真似をする理由がない。

 望みは、イリーダから手を引くことか?」

 さすがは宰相。こちらの狙いもわかっていたらしい。

「ええ。あなたが手を引けば、彼女に後ろ盾はいなくなる。

 宰相閣下までもが手を引いた彼女に、マゼイラ公爵は目をかけないでしょう」

「……ティアの命の恩人だ。よくわかった。言う通りにしよう」

「ええ、よろしくお願い致します」

 そう一礼して、チャールズは彼らに背を向ける。

「ほら、お前もじっとしていろ」

「きゃ」

 急に抱き上げられて、私はびっくりした。

「足首が先ほどより腫れている。

 もう無理をするな」

「心配、してくれた?」

「おかしなことを言う」

 やっぱり、気のせいじゃない。ドキドキする。

「お前は、私の主人だからな」

「……うん」

 私は頬を赤くして、その胸板に顔を埋めた。


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