7 魂食いの大鎌(ソウル・イーター)と、青い空
血を吐く。その額に頬に、傷が走る。
「先ほどの過去視の後遺症か? タイムラグがあるんだな。
──さぁ、ダーク。言ってもらおうか。俺に体を差し上げます──ってね」
リィアルは倒れたままのヘヴンに手を翳す。
「この小僧の命が惜しければな」
「う……ううん……」
長い睫を震わせ、ヘヴンが目覚める。
そこに、片膝をついて自分を見下ろすケイオスがいた。
「ケイオス……」
ヘヴンは微笑む。上体を起こす。立ち上がる。
「…………あの女は?」
「あいつの兄を完全に解放してやったからな。もう俺は用済みとばかりにどこかへ消え去った。もしかしたら、やっと天界へ昇っていけたのかもな。
報酬は、後で届く手筈らしい」
ヘヴンはケイオスと塚を代わる代わる見る。
逆十字のピアスを握り締める。
「誰だ……?」
ヘヴンは後じさる。
「ケイオスじゃ──ないっ!」
「何を言っているんだ? ヘヴン」
ケイオスが右手を上げる。その手に光るピストル。
「おやすみ」
ヘヴンが倒れる。ピストルをコートにしまって、ケイオスは赤くなり始めた空を仰ぐ。
「優しいふりした悪魔は、バカを見るだけだ」
白い服を赤く染めるヘヴンを見下して、ケイオスは最後にその頭を撫でてやった。
優しく優しく優しく。
「おまえの体も勿体なくないこともないが──厄介者は早いところ殺っちまうほうが得策だからな。
俺がダークじゃないと気づいちまったおまえが悪いんだぜ?」
ケイオスはヘヴンにきびすを向けると、コートの裾をはためかせて歩き出す。
「これで、俺は──自由だ」
ヘヴンの握りしめたままの逆十字のピアスが光り出す。それが砕けたとき、ヘヴ ンが悠然と立ち上がる。
「バカは、おまえだ」
ヘヴンはかぶりを軽く振って、嗤った。
「ボクは──オレは、ヘヴンじゃない」
ヘヴンの服は赤く染まったまま。
「オレは、悪魔だ」
「ど、どういうこ……」
「<幸せを呼ぶ魔法の壺>に憑いていた悪魔。
ヘヴンの魂はガキの時にオレが食っちまった。以来、オレはヘヴンの体に入ったまま、ヘヴンのふりをして生きてきた。──なぜだかわかるか?」
「……」
「オレは、ケイオスが好きなのさ!」
ヘヴンはゆっくりと、ケイオスに近づく。
「たとえ、弟の代わりでも構わない!
ああ、オレは利己主義な悪魔さ! ケイオスといればオレは楽しい!! それだけが理由さ。
決してケイオスのためなんかじゃない」
ヘヴンは粉々になったピアスのかけらを投げ捨てる。赤くきらめくそれ。
「封印してきたわけだよ、オレはオレの力を。オレの悪魔の波動もろとも。このピアスに。
──オレは、人間として生きてみたかった」
ケイオスの手に触れる。
「バカでどうしようもなくて、エゴイズムの塊の人間として──‼︎」
ケイオスは手を振りほどいて、後方へ跳ぶ。
「な、なぜ、なぜその体のまま動ける?」
「言ったろ? オレの力を解放したって。治癒術くらい心得ている‼︎」
ヘヴンは左手を軽く振るう。そこに現れる血色の<魂食いの大嫌>。
「し、死に神⁉︎」
ケイオスは息を呑む。
「まー別にそう呼んでくれてもいいぜ?
疫病神。悪魔。死に神。などなどなど。どうせ人間が勝手につけた名だ」
「よ、寄るな、寄るな……‼︎」
「ジ・エンド」
ヘヴンは鎌を振るう。
黒い瞳を開くと、白い服を着た少年がいた。
ケイオスは半身を起こし、瞬きする。
「どこだ? ここは?」
「宿屋です。あの塚のある草原の近くの街の」
ヘヴンは天使のような笑顔を浮かべる。
ベッドの上で額を押さえ、ケイオスは唸る。
「……あの女は……? どうして、俺が……」
「行ってしまいましたよ。どうも、ボクらの体を乗っ取ろうなどと思っていたみたいですが──うまく適合しなかったらしく、諦めて新たな器を捜しに……。
もしかしたらもう二百年くらい見つからないかもしれませんね」
ヘヴンはケイオスの額と頬の傷に触れる。
「ケイオスは……優しすぎるよ」
あんな奴の依頼を受けるなんて。
「……兄弟愛に弱いからな、ケイオスは」
心の中で呟いて、ヘヴンはポケットから取り出したピアスを差し出す。
「逆十字のピアス、壊れちゃったから」
それは前のピアスとは似ても似つかない、透明なブルーの輝石。
「こういう青空みたいなのも、似合うよね、ケイオスには」
ケイオスは青い石を見つめ、ヘヴンを見た。
「だって……あのピアスは、おまえの親の形見だったのに……」
それを形見だのお守りだのといってケイオスにプレゼントしたのは、もっと子供だったヘヴン。
「大丈夫、機能的には前のと変わらないから」
「機能?」
「あ、あはは。なんでもないです」
ケイオスはベッドから離れ、窓辺でピアスをつける。
「あれから、何日経った?」
窓の外は、快晴。白い鳥が羽ばたいてゆく。
「二日です。ケイオスをここまで運ぶの大変だったんですよ?」
ヘヴンは少し頭を掻いて、心の中で呟く。
「……ケイオスの魂は、体から離れてから少ししか時が経っていなかったから、戻せたよ」
ケイオスは振り返って、ヘヴンを見つめる。
その黒い瞳に見つめられるだけで、ヘヴンは生きている実感を覚える。何度も何度も。鼓動に感謝する。
「……帰ろう」
ケイオスはヘヴンに歩み寄ると、乱暴にヘヴンの髪を撫でた。
「うちに」
「はいッ!」
青い大きな瞳に輝きを浮かべ、ヘヴンはケイオスの腕に抱きつく。
★ ⭐︎
覚えてますか?ケイオス。
まだ、あなたがダークと呼ばれていたころの話です。
あなたはそう呼ばれるのも、過去を思い出すのも嫌みたいだから、ボクがあなたのことをダークと呼ぶことはもうないでしょう。
だけどね、ボクはとても好きなんです。
ケイオスが──ダークが。
気まぐれで壺に憑いて、バカ男の家に災いをもたらして暇つぶしをしていたボク──オレは、ケイオスに──ダークに出逢った。
あのバカ男に壺を見せられて、ダークはうさんくさそうに壺を見たね?
だけどまぁ、アイツは金を用意していたから──まぁ、もしかしたら犯罪ざたで手に入れた金かもね、空き巣とか強盗とか。
あの男がどうしたか、どうなったかなんて興味ないけど──えぇとなんだっけ?
そうそう、とにかくバカ男は大金を持ってたから、ダークは過去視をしたんだ。
ヘヴンの父親と母親がバカ男に壺を売りつけた過去。
それが元で、へヴンの両親の居所は割り出せた。過去を透視して居なくなった人を捜す、ミッシングハンター的な超能力者みたいに。まぁあんなのはじてないけどね。
だけど、ダークの力は本物だった。
うっとりしたよ。見事だった。君はとても綺麗だった。まだ、あの頃君は二十歳だったか。肌が白くて、きめが細かくて、今より脆い少年っぽさが滲んでた。
勿論、今の疲れたような君も、渋くて色っぽくて、オレは大好きだけどね。
左目が見えなくなっても、君は泣き言一つこぼさなかった。どころか、どうでもいいガキを引き取った。
ヘヴン。
オレはアイツに嫉妬したのさ。
あぁ、でも本当に殺してやりたいのはライトだな。
まあ、もうアイツは死んじまってるから、無理だけどな。
ケイオス……君には思い出したくない過去の一部かもしれない。
君の思い出したくない、ダークという過去にカテゴライズされた終焉。
君はね、この厄介者の悪魔の宿る壺に──オレに、キスをしてくれたんだ。
そうして、君の手で、壺を割った──君だから、壺から憑くのをやめて、割らせてやったんだ。
……初めてだったんだ。
そんなこと、してくれた奴。
オレは、ケイオスが好きだ。




