3 背中に刻まれた十字架
ヘヴンはソファーから立ち上がり、ケイオスはコートから取り出したピストルをメモリアに向け三連発撃つ。
メモリアは微笑むと立ち上がり、ケイオスに正づき、彼の頬を撫でるように指を動かす。
「だからダメだってばあ。私にはそんな物効かないのよ」
「……捨てた名だ」
殺気の籠もった眼で、ケイオスはメモリアを見下ろした。
「ケイオスはケイオスだ! ダークじゃない!」
ヘヴンもメモリアを睨み上げる。
メモリアは修然とソファーに座ると、ミニスカートを穿いた脚を扇状的に組んでみせる。
「ユーレイネットワーク舐めちゃダメよ? ようやく見つけた相性の合う相手、逃すもんですか。
そう──大変だったのよ、私のことを見られる相手を探すだけでも」
メモリアは長い髪を優雅に払う。
「ちゃんといろいろ調べたわよ。今はケイオスって名乗ってるみたいだけど、あなたの本当の名はダーク。十の歳に実の父を殺し監獄送り。十五の時に脱獄し、今度は二つ違いの実の弟を殺す。その後、旅に出て、無法地帯で始めのが<過去視のダーク>。
あなたには過去を見られるという特殊能力がある。それを商売に結びつけた。まーいろいろ需要的なものがあったらしく、結構な金になった。その代わり……あなたは過去視をすることで、自分の身に消えない傷を負う。まるで、他人の心の傷をその身に引き受けるように」
メモリアはわざとらしく小首を傾げる。
「その左目も、──過去視のせい?」
ヘヴンの体が震える。
「ケイオス、あなたの体──特に背中には、たくさんの傷跡があるわね。
……だけど、ダークは突然店を畳むと、どこかへとえ去った。──こんな辺境の街にいたのね」
メモリアは再び立ち上がると、ケイオスに抱きつくように腕を回す。
「かわいそう。誰もあなたのいうことなんて──……信じてくれなかった。
そう……実の弟でさえ」
……ヤ、ヤメテ、トウサン……
イヤダ。イヤダ。モウ、ヤメテヨ……
「あなたは実の父親に暴行されていた。……あんまり言いたくないんだけど……性的暴行って奴ね……。息子にも手を出す変態バイセク野郎だった。
まぁ、あんたって綺麗な顔してるからね。なんとなくわからなくもないかな……。
あなたは我慢していたわ。さぞ屈辱的な日々だったでしょうね。だけど、そんなこと、家族に──ううん、家族だからこそ、言えなかったのかもしれないわね……。
そして、父親はあなたの最愛の弟にまで手を出そうとした。だから──あなたは殺した。実の父親を。弟に手を出す前に。
そんなあなたに弟は言ったわ。『人殺し』ってね。
彼はあなたの言葉を借じなかった。大好きな父さんがそんなことをあなたにしていたなんて、彼にはどうしたって言じられなかった。
だけどあなたは弟が大好きだったから、ある時とうとう脱識して、逢いに行ったわ。
だけど、弟は崖から落ちて死んでしまった。
あなたは母親に弟の遺体を届け──そう、また信じてもらえなかった。あなたが弟を殺した──そういうことにされてしまった。
幸いあなたは再び監獄送りになる前に逃げ出すことには成功したけど……そう、そのとき──弟が死んだとき──だったわね。過去視の力が目覚めたのは。背中に大きな十字の傷を負うことと引き替えに。
……あなたは過去に強く執着するようになった。だけど、過去を覗くだけの力なんで、無意味だわ。いくら振り返ったって、過去は変えられないんですものね」
ケイオスは喘ぐようにいう。
「や、やめろ……」
「誰にでもトラウマくらいあるわ。……優しい人は、いつも損してばかり。
ねぇ、知ってた? あなたの母親。本当は知ってたのよ? あなたの父親が、あなたにしていたこと」
ケイオスの瞳が大きく揺れる。
「嘘だ……」
メモリアはヘヴンへ顔を向ける。
「彼はあなたの弟の代わり? でも、彼の両親は、あなたの過去視のせいで殺されたのよ?」
「う、ウルサイ‼︎ 消えろ、化け物ッ‼︎」
ヘヴンはケイオスからメモリアを引き離そうとする。
「あなたは、怨まなかったのかしら? こいつがいなければ、おれの両親は死なず、おれは幸せな暮らしを送れていた。そんなふうに思ったことはない?
一度も──ない……?」
「ねぇよっ‼︎ ボクはケイオスが好きだ‼︎ 懇むとしたら、親を殺したバカ男であって、ケイオスじゃない……ッ! ケイオスは親戚のいないボクを引き取って、ずっと育ててくれた……ツ! なのになんでそんなふうに思うかよ!」
「……ふーん?」
メモリアはケイオスとヘヴンを見比べる。
「ま、いいわ。で、──依頼なんだけど、受けもらえるかな?」
「……失せろ」
ケイオスはメモリアを払いのけるようにして、奥へ消えていった。
ヘヴンは飛びかかる寸前の番犬のような眼でメモリアを睨んでいる。
メモリアは嘲笑った。
「嘘つき」
ヘヴンの拳が襲えた。




