2 空の音叉
黒い空に、赤い十三夜の月。
ケイオスは月を窓辺から見ながら、右手でクロスピアスを弄ぶ。
ふと、ピアスが落ちる。
左手で反射的に拾う。それをそのままパンツのポケットにしまう。
窓を閉めるとき、少年の幻が、一瞬だけそこに見えた気がした。
──白銀の髪の。
階段を下りてくる靴音がする。
扉を開いて、黒ずくめの男が現れる。
ヘヴンは立ち上がって、ケイオスに向けて、左手を差し出す。
「ケイオス。もう、バカな悪魔に目をつけられないようにね……」
ケイオスは無視して、魔方陣の前に立つ。ソウル・イーターが加わり、魔方陣はコンプリートしている。
手にした魔法書を開く。表紙の取れ、隅が折れ曲がり、最初のほうや最後のほうのページが失くなっている分厚い書。
だが、本文のほとんどのページは生きていて、この儀式を行うことに関しては、なんら問題がない。
「…………十三の赤い月の夜に、十三の武宝具を媒介として生み出した魔方陣。其に捕らえた十三の少年を時の響神に捧げる。
空の音叉よ、振動し、混沌と秩序よ共鳴せよ。
我、混沌に帰して、新たな秩序を……」
「⁉︎」
ヘヴンが動いた。
「ま、待って、ケイオス! その呪文、違──‼︎」
我、混沌に帰して──《《我が死して》》、
新たな秩序を──《《他者の再生を》》──
「一体、何を読んで──!」
ヘヴンは魔方陣の端、近づける限界まで走り、ケイオスを止めようとする。
「だ、だめだ、ケイオス! やめろ、そんなことをしたら君は……っ‼︎」
悪魔の言葉に、ケイオスは耳を貸さない。
「誰だ、誰が、君を陥れようとして──……」
未来視のライトー
「ライトか⁉︎ ライトなのか⁈」
嘘つきの──ライト。
「ライトは、君を怨んで、こんな手の込んだ嘘を……?
君と──オレを、陥れるため……?」
ケイオスは呪文を紡ぎ続ける。武宝具も魔方陣も血色に光り、部屋の中は赤だらけ。
「……最低なライアだな……オレは、オレは、こんなにケイオスが好きになっちまった……見事な復讐だよ、ライト……」
ケイオスはヘヴンを──悪魔を信じない。
ホワイト・ライアのライトしか信じない。
「あ、あはははは……」
ヘヴンは泣きながら嗤った。
「そんなに、オレが嫌いか?」
嫌われて当然だけど……
「……混沌よ来たれ! 秩序よ今こそ──」
「だ……だめだよ、ケイオス……。
そんなことしたら……」
嘘つきが嗤うだけ──……
ヘヴンが最期の望みをかけて、ピアスに働きかけるのと、ケイオスが書を閉じるのは、ほとんど同時だった。
不幸を呼ぶ嘘つき悪魔のお守りは──小さなピアス。
愛しきただ一人の者だけに小さな幸福をもたらすピアス。
小さな幸福。
きっと、こんなんじゃ、ケイオスを救えやしないけど。
ケイオスは、閉じた書を投げ捨てた。
魔方陣が武宝具が光を失い──。
そこには、黒い服の男と、白い服の少年が立っているだけ。
「…………?」
ヘヴンは呆然とケイオスを見つめる。
……何? ちっぽけな辛福しか呼べないピアスだ、それでこんな奇跡起こるはずはない
「どうして?」
「読めない……」
「は?」
まさか、読めない字があったとか……んなアホな。
「済まない、ライト……」
黒い瞳から涙が……本当に珍しい、ケイオスの涙が光る。
その瞬間、ヘヴンは理解した。
ケイオスはやめたのだ。──途中で、自分から、呪文を唱えるのを……ライアの儀式を。
「ど、どうして……」
「──殺せない……」
ヘヴンは目を見開いた。
世界から音が消えた。色が消えた。
ただ、ケイオスの優しい黒しか感じられない。
……いま、なんていったの?
殺せない? 誰が……誰を?
ケイオスが…………オレを…………?
部屋が前触れもなく揺れだした。
「な、なんだ?」
「後式……途中でやめたから!」
こういうのは、一度始めてしまったら、途中でやめてはいけないのだ。
「は、早く……ケイオス! 逃げなきゃ‼︎」
「で、でも、武宝具……鎌が……」
「んなん、どうでもいいよっ‼︎」
ケイオスとヘヴンは、階段を駆け上がる。
「は、早く、く、崩れる……っ‼︎」
間一髪、脱出すると、家は地下へ向かって、凹み崩れる。
「……口、ローンが……まだ……」
「命あっての物種だぜ、ケイオス」
ヘヴンは小悪魔的に笑い、ケイオスを見上げる。
「…………」
「…………」
どちらからともなく言った。
「もう、一緒にいないほうがいいのかもしれないな」




