3 ホワイト・ライ
★ ⭐︎
とりあえずケイオスたちは、厄介なことになっている家から離れ、夜の裏街を歩く。
月は変わらず空に浮かんでいる。
「……おまえ、違うぞ、いつもと」
いい子のヘヴンは、そんなふうに笑わない。そんなふうに歩かない。
「でも、これがオレさ。……ケイオスだって、違ったぜ? 儀式のとき。
いつもはもっと無口でクールでかっこいいのになぁ?」
「俺だって、人形じゃない」
「あぁ、でも、そっちのほうがいいぜぇ?」
ヘヴンは白い服を揺らし、その場でターンする。
それをやめたとき、ヘヴンは青い瞳を開いて、ケイオスをまっすぐ見た。
「……オレ、知りたいよ。もっと、ケイオスのこと。
もっと、もっと、君の本音を。君の姿を──嘘じゃない、君を」
「幻滅するぞ」
「ははは。今だって、結構マヌケなとこもあるぜぇー? ケイオスは」「俺といても、なんの得もない」
ヘヴンは悲しそうにかぶりを振った。
「やっぱり、オレといたくないんだね?」
「おまえは、これからどうする」
狭い裏通りから、月を見上げて、ケイオスはコートのポケットに手を突っ込んで、ヘヴンを見る。
「もう、おまえには、力がない。人間と変わらない」
「あー……」
ヘヴンはちょっと下を見る。
乱暴に髪を掻いて、ケイオスを見上げる。
ふと気づく。この癖は……ケイオスと一緒にいたからできたものだ。
ケイオスも同じように髪を掻いている。
不潔だとか女に嫌われそうな癖かもしれないが、そんなことはどうでもいい。
「掘るか」
「は?」
「地下」
「う、うーん……いいよ、オレ。もう、あんな力なくって。
埋めとけよ、あんなん」
「…………しかし」
「あ、あー……ごめん、家ぶっ壊れちまったもんな。
マジ、悪魔だな、オレ。不幸ばっか呼び込んじまう」
「いや、あれは俺にも責任が」
ケイオスは煙草を取り出すと、吸いだす。
いつもなら落ち着いていてかっこよく感じるその姿が、今日はいつもとどこか違う風に感じる……
「…………どうして、ケイオスは助けてくれたの? 殺さなかったの?」
「…………」
ケイオスは何も言わない。だから、ヘヴンはその目を見つめる。空音と本音に揺れる黒い瞳。
この、目が、好きなんだ……
ライアでも、大好きなんだ。
なのにどうしてときどき無性に、君の仮面を引き剥がして、君の心を暴きたくなるんだ──。
「オレは、ケイオスが好きだよ」
「こんな、俺がか?」
「ケイオスは、オレが嫌いなんだろう?」
ライはいらない。
それがどんな心から来た嘘でも。
今だけ、君の偽りのない心の音を聞かせて。
「こんなセルフィッシュ・デヴィル、嫌いだろう?」
ケイオスは、ポケットから出した左手を上げる。何か握っている。──クロスピアス。
「おまえは……ライトじゃない」
「そうか……」
ヘヴンは目を伏せる。
「そうだよね……」
ケイオスはおもむろにヘヴンに近づくと、その頭を乱暴に撫でる。
「おまえは、ヘヴンだ」
「ケイオス……?」
「ウィープもライトも関係なく、おまえがそこにいるだけで、俺はときどき小さな幸せを覚えてしまうんだ。その一方で──……」
ケイオスはヘヴンの首に指で触れる。
「おまえを、殺したくなるんだ」
白い首を掴む。細い首。少し力を入れたら、折れてしまいそう……
「こんな屈折してる俺のどこがいい」
「……なのに、殺さないんだね」
ケイオスは、首から離した左手でまた自分の頭を掻く。
「繰り返しだ。おまえといると、俺たちは繰り返しだ」
「オレが……一番悪いんだ……」
「そうだな」
「お願いだ!」
ヘヴンは土下座する。
「お願いだ! そばにいたんだ‼︎」
「やめろ」
「無様でもかっこわるくても、所詮自分のためでも……オレは、ケイオスと一緒にいたいんだ……!」
ケイオスはヘヴンを見下ろして動かない。
「最初はどうでも……オレたちは、ずっと一緒にいたじゃねぇかっ!
その時間が……オレをこんなケイオスといたいって──悪魔のプライド捨てて、土下座しちまうくらい──オレは、ケイオスが好きだ‼︎
オレと暮らした日々に、空音ばかりが響いていても、その中に、なかには──本音だって、あったんだろう?
だったら……オレは」
ケイオスはいつのまにか捨てていた白い煙草を踏み消し、言う。
「それは、なんていう感情だ?」
「え、えぇ? あ、あえて名をつけるなら……家族愛…………なのか?」
「くだらないな」
「な、なんでだよ⁉︎ あ、わかった、兄弟愛っていってほしいんだな?」
「うるせーよ」
ケイオスはヘヴンに背を向ける。
そのまま足早に道をゆくケイオスを、ヘヴンは小走りに追う。
「おい、ヘヴン」
ケイオスは振り返らず言う。
「明日、服屋行くぞ」
「はい?」
「おまえ、不自然なんだよ、白い服ばかり着やがって」
「だ、だってそれは、あなたがッ!」
「もっと、いろいろ着てみろ」
「あなただって、黒い服ばかりじゃ……」
「いいんだよ、俺は。好きで着てるんだ」
「ケイオス……?」
ケイオスは脇道に入ると、足取りを緩めず、ゆく。
ヘヴンの位置からは、彼の瞳が見られない。翻るロングコート。背中が大きく見える。あるいは、それは翼か。
黒くて綺麗な、ケイオスの翼。
「とりあえず、しばらくはラピッドの所にでも転がり込むか。
なんとかナシつけて」
「…………」
「気をつけろよ、ヘヴン。アイツはキまくってる変態野郎だからな。腕は確かなんだが……。
……訊かないのか? ラピッドっつーのは、俺の古い……」
「……いいんですか? オレ、いても、いいのか……おまえの、そばに……」
ヘヴンは駆けて、ケイオスの前に行く。ケイオスの顔を見る。
「…………弟だからな」
ケイオスの頬が……ほのかに、赤い……!
ヘヴンは目を見張る。こんな、子供っぽい顔をしているケイオス……「……照れて、るのか……?」
「うるせーよ」
ケイオスは、ヘヴンの頭をどついた。
ケイオスはまた、歩きだす。ヘヴンはもっと、そんなケイオスの顔が見たくて、精一杯ケイオスに追いつこうとする。速い。ケイオスの足は速い。
背の高さが──脚の長さが違うから、おかしくないんだけど。
でも、こんなにむきになったように速く歩くのは……
見たい。もっと、ケイオスの顔が見たい。
明日になったら、もう、見られないかもしれない。こんな、ケイオス。
今日は、いろいろあったから、混乱しているのか、自分も、彼も。
それとも、あの月のせい? 夜のせい?
あぁ、なんて人間くさいことを考えるようになってしまったんだ。そんなの、自分の本音を漏らしてしまった奴らや、喋りすぎてしまった奴らやなんかの、言い訳なのに。
ケイオスは前を見たまま言った。
「いろいろこれからのこと、考えねーといけねぇな」
未来。そこに自分はいるのか?
ケイオスの弟で、オレはずっといられるのか?
明日になったら、オレたちはもっと冷静になって。空音を紡いで。
もしかしたら、オレたちは殺し合うかもしれない。力のないオレは、あっさり殺られちまうかもしれない。
案外、オレがケイオスを策略にはめて殺しちまうかもしれない。
だけど、今はケイオスのそばにいる。
むきになって歩くケイオスを、むきになって走って追いかけるオレがいる。
白い街灯の光の中、確かに黒い影が歩いている。オレはそれを踏む。抱きしめてるみたいに踏む。抱きしめられてるみたいに踏む。
真っ白な朝がやがてやってきても、ケイオスはきっと黒い服を着ている。
オレも、こんな白い服を脱ぎ捨てて、違う色の服を着てみよう。
そんなオレを見て──ライトの代わりじゃないオレを見て、ケイオスは、ケイオスは、なんていう?
それがオレの望む言葉じゃなくても、
嘘つきな優しさでも、
厳しい現実でも、
オレは、オレは、ケイオスのそばにいたいんだ。
今だけの、変わってしまう気まぐれな心だとしても──。
これは、今の、オレの、偽りのない心の音なんだ。




