1 ホワイト・ライヤー〜十三夜の生贄〜
未来なんて、知らないほうがいい。
優しい顔した嘘つき悪魔。
天使のふりした嘘つき悪魔。
さぁ、殺せ。
過去も未来も狭間の時も。
みんなみんな混沌へ帰れ。
ケイオスは、書から目を上げる。
「殺せ……混沌へ」
白い服の少年を思い浮かべる。
「そうして、新しい秩序を」
少年を抱きしめる。白銀ではなく──金色の髪の少年を。
★ ⭐︎
ヘヴンはクリームシチューを皿によそって、ダイニングテーブルに載せる。
シチューを一口含んだケイオスに嬉しそうに訊ねる。
「おいしいですか、ケイオス?」
ケイオスはスプーンを置き、もう皿に手をつけようとはしない。
「……ど、どうしたんですか、ケイオス?
か、風邪ですか? それとも、腹痛? それとも何か……」
「──もうすぐだ」
「は?」
「もうすぐ、十三」
「? あ、ぁあ! ボクの誕生日……三日後ですね!」
「十三歳。十三夜。十三年前……」
「……?」
「ヘヴン」
「は、はい」
「……なんでもない」
ケイオスは珍しくコーヒーにミルクを入れると、それを別のスプーンで掻き混ぜる。
黒と白が渦を巻くように混ざって、どこまでが黒で、どこからが白だったのか、わからなくなる。
シャツを脱ぐ。背中の傷に触れる。大きな十字の傷。
自分ではうまく触れない。鏡に映してみる。
「……ライト」
ケイオスはそのままベッドに横になる。
目を閉じる。
「ライト……」
「……兄さん」
崖の下、ライトは最期に言った。
青灰色の瞳を細めて。
「未来が、視えたよ……」
朝、目覚める。ヘヴンの十三歳の誕生日。
ケイオスは自室の白い壁に歩み寄ると、隠し倉庫から十二種の血色の武宝具を取り出す。
剣。短剣。槍。鉾。根棒。ヌンチャク。類。環。弓。快。爪。銃。
「後は、鎌だけ……」
ケイオスは、左耳のピアス──黒と白のクロス、縦が黒。横が白──を外す。
「随分と信用してくれたもんだよな、ヘヴン……いや、ウィープ」
「……⁉︎」
ヘヴンは飛び起きた。
「……なっ、」
遠くに、ケイオスが立っている。
ヘヴンはどこかの広間の大きな魔方陣の上──中央に寝かされていた。
「おはよう、ウィープ」
「……⁈ な、なに、いって、ケイオス……」
そこは、ケイオスの家の隠し地下室だった。ヘヴンには知らない場所。
壁も床も天井も皆白い。
「俺が知らないと、思っていたか ?俺は、<過去視のダーク>だぞ」
「ケイオス……」
赤い魔方陣に閉じ込められて、ヘヴンはそこから抜け出せない。
時計の数字のように、十二の武器が、魔方陣の外側に配してある。
「俺の家に不幸を運んだのは──おまえだ、ウィープ」
「……‼︎」
「罪滅ぼしのつもりだったか?
生憎だが、おまえじゃ役不足だよ、ウィープ」
「…………」
「おまえは、ライトじゃない」
「ケ、ケイオス、オレは……!」
「言い訳なんかするな。壺に憑いてバカ正直な男の家に不幸を呼び込んだように、おまえは、俺の家の……よりによって、女神像に憑いて、俺たちが不幸になるを見て嘲けて楽しんでいたんだ」
「……あ、あの頃、オレは……いろいろあって、酷い人間不信だったんだ……」
「知るか! そうだ、父さんが新しい女神像を買ってきてからだ。
父さんが……おかしくなったのは」
「あ、あ……ケ、ケイオス、そ、そんな眼で、オレを、見ないで……」
ヘヴンの瞳から涙が流れる。
「俺は、ライトが死んだときに、俺の過去視と、あいつの未来視で、すべて知ったんだ。
最初っから、知ってたよ。おまえが──ヘヴンじゃないことくらい。
おまえは嘘つきだ。大嘘つきだ!」
ホワイト・ライアー。
「俺は、あいつの未来視──俺の過去親とほぼ逆の能カ──に従って、過去視のダーク>や、探偵をしながら、秘かに十二の武具を集めた。──この日のために」
「違う、オレは……知らなかったんだ。おまえが、女神像に憑いていたオレのことを知っていたなんて──……。
オレは、本当に、嬉しかったんだ…………おまえが、オレに、キスしてくれたこと……」
「思い出しただけで反吐が出るぜ。
わっかんねぇな、悪魔って。たった一度のキスで落ちちまうなんてよ。眠り姫かよ」
「だ、だって、誰も、誰も、オレなんか……見ちゃくれなかったんだ、
あんな優しいキスをしてくれたのは……ダーク……君だけ」
「黙れ、ホモ野郎」
「……オ、オレ、別にそういうつもりじゃ……。
オレ……他の女にキスされても、心が動かなかった!
ケイオスだったから──ケイオスのキスだったから、嬉しかったんだ……!
遠い昔に死んでしまった母さんに抱きしめられたときと、似た匂いがした」
「悪魔にも、母親がいるのか」
ヘヴンは下を見た。白い服を握りしめて、ケイオスの黒い瞳を見上げる。
「……嘘だよ……あぁ嘘さ!
たかがキスくらいで好きになるかよッ!
オレはそんなお綺麗な悪魔じゃない。
女神像に憑いて堕としてやったガキが、でかくなってオレの前に現れたじゃねぇか。こりゃあ、おもしれぇ、──そう思ったんだよ」
「…………」
ケイオスの顔が歪む。
「後づけだよ! 自分へのごまかしだ‼︎ なかったことに──女神像のことは、なかったことに──嘘にしたかったんだ……っ‼︎」
ケイオスは魔方陣に歩み寄る。
「さぁ、大人しくソウル・イーターをよこせ」
「な、なぜ……?」
「おまえが十三になり、空に十三夜の赤い月が輝くとき。十三の武宝具で作った魔方陣に閉じ込めたおまえを──生け贄として捧げよ。
さすれば……失われた時は再生する。
呪われた女神像なんてなかった頃の家に戻り、俺は、幸せな普通の暮らしを送れる。
優しい父さんと、あったかな母さんと、誰より純粋で綺麗なライト。みんなで、幸せに……」
「う、嘘だろっ……⁈」
「嘘なものか。俺の過去視が本物なのは、おまえだって知ってるはずだ。
俺の弟のライトの未来視だって本物だ」
「いくらなんでも、そんなの信じられない! 時を戻せる奴なんて、オレは知らないッ!」
「おまえは全知全能なる神か? 自分の知っている世界がすべてなんて思うなよ!」
「……そ、それは……」
ケイオスは右手のひらを上向ける。そこに、黒と白のクロスピアス……。
「おまえ、バカすぎ。こんなもん俺に渡しちまって。十二のやたら頑丈な武具を破壊しない限り、おまえの力は解放されない。そういうふうに変えてやったぜ」
「…………」
「ただし、俺じゃあ、ソウル・イーターは取り出せなかった。
だから、おまえがソウル・イーターを具現化しろ。
おっと、生憎、その魔方陣の中までは、武宝具は入り込めないぜ。
そもそも、おまえにはもう、ソウル・イーターを操れるだけの力もない。──意味、わかるよな」
額に手をやるようにして、ヘヴンは白銀の髪を掻き上げる。
「…………ケイオスは、やっぱり、オレのことが好きじゃないんだね」「大っ嫌いだ。おっと、その魔方陣を舐めるなよ。方陣内にいるおまえを携問することだってできるんだ。
ちょっと加減を間違えれば、力の使えないおまえなんか、あっという間にあの世送りだ」
「オレが、拒否したら?」
「死ぬより辛い目に遭わせてやる。早く殺してくださいと、ソウル・イーターを差し出すようにな」
「──その必要はないよ」
ヘヴンは微笑んだ。
「わかってたさ。オレが、勝手にケイオスを好きなだけだった──……」
クロスピアスが僅かに光って、ケイオスのそばに血色の大鎌が出現する。
「ねぇ」
ヘヴンは言った。
「空に月が輝くまでには、まだ時間があるよね。もう少しだけ、そばにいてよ……」
ケイオスは地下を後にした。
「混沌へ帰り──新しい秩序を手に入れる」
ケイオスにとっては、時の再生とはそういうことだ。
天地創造以前の混地へ帰し、新しい天地と、秩序を手に入れる。
いや、本来あるべきだった天地を。こんな、嘘だらけの世界ではなく──。
そこに、あの白銀の髪のウィープはいらない。金色の髪のライトが微笑む。
「……バカな、悪魔だ」
あの死に神は、バカすぎる……。
「どうして、あんなにあっさり、鎌を差し出す…………ヘヴン」
ケイオスは行ってしまった。魔方陣の中に力なく座って、ヘヴンは前髪を掴む。
「そうさ……オレは、悪魔さ、死に神さ、気まぐれで人間を不幸にし、ソウル・イーターでヘヴンだってラーフだって殺した……。
ウルズも燃やしちまったし、あぁそうさっ! オレは悪魔さ! 嘘つきで、残酷で、利己主義で……」
ヘヴンの瞳にまた涙が溜まり、頬を伝い落ちる。
「人間なんかに執着しちまった、愚かな悪魔さ……」




