4 赤月下のスクラップド・ドール
「は?」
公園の石畳が白く光る。高い木々の枝葉が風に揺れ、ベンチに座るヘヴンと、その前に立つウルズや動物たちに影を踊らせる。
カラスや犬だけでなく、鳩や猫まで寄ってきていた。
「ウルズは、人間が大好きです。温かくて、優しくて、ぬくぬくしてて、ギュッて抱きしめたくなるの」
「ペットかよ」
「頭がよくて、大きくて、すてきで、ギュッて抱きしめてもらいたくなるの」
ウルズが手を伸ばす。そこに留まろうとしたのは、黒いカラスだったか、白い鳩だったか、灰色の鳩だったか……。
「とに、おめでてーな」
ヘヴンは立ち上がると、動物たちを蹴散らすようにして歩き出した。
探偵所に客人が来ていた。見るからに金持ちです有閑マダームですってオーラがキてる。
ヘヴンは気の利かないケイオスの替わりに、お茶をお客さまに出して差し上げた。大事なカネヅルさまだ。
「……で、ベティーちゃんは助け出してもらえるのかしら?」
肉付きのよろしい(金持ちの証拠だ)お体を振るわせ、ウルズを相手にオセロをしていらっしゃるお客さまに(お客さまが携帯オセロセット持ってきたらしい)、ケイオスは淡々といいきった。
「帰れ」
愛想のかけらもない。自分がいなきゃお客さま相手の探偵稼業は廃業か。ヘヴンにはそれがなんだか嬉しい。この人は、オレがいなきゃだめなのさ~。
まぁ、裏エリアの探偵は、愛想なんかよりも実力命だが。表の探偵なんかにはできない危険な仕事がこなせなきゃ、ここではやっていけない。
一応探偵という看板は出しているが、辞書に載っているような探偵という職業からずれたような依頼が来ることもある。まあ、このマダムもこんな所に来るくらいだから、何かわけありなお方だろう。
「ラピッドは好かん」
「ワタクシだって好きじゃないわっ!」
ケイオスは腕組んで壁に寄りかかったまま、瞳を閉じてしまう。
「誰ですか、ラピッドって?」
ヘヴンが言うと、ケイオスは微かに目を開いた。
「おまえは知るな」
「え?」
ケイオスは少し顎を掻いた。
「……行くか」
探偵所を出ていこうとするケイオス。
「え、あ、ちょっと待って、うちのベティーちゃんは?」
ケイオスは振り返りもせずに言った。
「明日また来い」
ドアノブに手をかけるケイオス。
「あっ、待ってくださ~い♡」
ウルズが、ケイオスの腰に後ろから抱きついた。
ヘヴンは片頼をひきつらせた。頭の中で蹴りやらエルボーやら裏拳やら、思いつくままに攻撃を食らわす。
「ウルズにも、何かお手伝いできませんか? ウルズ、人間のお役に立ちたいんですッ!」
「…………ヘヴンと遊んでろ」
「え~⁉︎ あ、あの、ベティーちゃんってどんな人なんですか?
ウルズがんばります!」
「あらぁ~、うちのベティーちゃんは人じゃないわ。亀よ、亀! 突然変異の甲羅だけでニメートルはある緑のベリキュートな!」
ウルズは、瞬きした。瞳が輝きだす。
「ウ、ウルズ、動物関係なら、何かお役に立てるかもッ!
さっきも公園でカラスさんや犬さんと仲良くなって! 鳩さんや猫さんともお友だちになったんですよッ!!」
ケイオスは無造作にウルズを引き剥がす。
「……子供同士遊んでろ」
「そ、そんな……!」
ウルズは唇を噛んで、拳を振るわせる。
ケイオスは今度こそ出ていってしまった。
「ごめんなさいねぇ」
お客さまは居心地悪そうに身震いいした。
「でもね、ラピッドは本当に危険な男なのよ。……いろんな意味で。
ボーイ・エンド・ガールは関わらないほうがいいわ」
お客さまはお帰りになられた。
「……なんだったんだ?」
ヘヴンがドアに背を向けると、ウルズが泣いていた。
「な、なに、おまえ……」
「役立たず……ウルズは役立たず」
「なにいって……」
「ウルズ……ウルズ……お役に立てない。バグだらけ。
お師様に教えていただいたデータも消えちゃうの。忘れちゃうの、いろんなこと。覚えられないの、たくさんのこと。
ウルス、ウルズ、お師様みたいに頭よくなりたいのに。ウルズ、ウルズ……データエラー」
ウルズは外へ飛び出していく。
「ち、待てよ……おまえ⁉︎」
ウルズは封鎖された夜の公園の門を軽々と乗り越えて、手近な木に抱きついた。
「木……TREE……好き。お師様は木がお好き。ウルズも、ギュッてする。ウルズ、元気。ウルズも、木、好き」
「おい」
追ってきたヘヴンが、ウルズの肩に手をかける。
「帰るぞ。おまえいなかったら、ケイオスが心配する」
「……天使様……ANGEL……」
ウルズは微笑む。
「覚えてる、覚えてる。大丈夫。まだまだ整理すれば覚えられる。いらないデータ……消せば……ダメ、消せない……イレイズエラー。
ウルズ、エラー修復したい……。ヴァージョンアップしたい……」
「なにいってんだよ、おまえ……?」
ウルズは亡霊のように夜の公園を歩く。
「思い出せ、まだ消えてない。どこかにデータ……。し、しに……ウィーウィーウィー」
「ウルズ」
ウルズは突然何かにつまずいて転ぶ。
「…………う”」
銀色めいた光を放つ物を、ウルズは足元から持ち上げる。
「何、コレ……? ウルズ、ノーデータ」
「ハーモニカだ」
ウルズは訝しげな顔をしているヘヴンを見る。
「おまえ……」
「ハーモニカ? ハーモニカ?」
乱暴に髪を掻いて、ヘヴンはハーモニカを取り上げる。
「こうやるんだよ」
手近な段差に腰かけて、ヘヴンは赤い満月を仰ぐ。
下を向いて、メロディーを吹く。
ウルズは両手を組んで、ヘヴンに見惚れた。旋律に聴き惚れた。
「……綺麗」
ウルズの瞳から涙が溢れる。
「綺麗です。王子様……」
ヘヴンは途中で演奏をやめ、ウルズを見上げる。
「こんな簡単な奴、すぐ吹けるようになる」
「…………、本当に?」
ウルズはヘヴンの隣に腰かける。
ヘヴンはもう一度最初から、曲を奏でる。
ウルズは曲が終わるまで息を詰めるようにして、ヘヴンを見つめていた。
「なんて、なんていう曲なんですか?」
「<スクラップド・ドール>。有名な歌だよ」
そんなことも知らないのか、そう嘲けそうになって、ウルズの異変に気づく。
焦点の定まらない目をし、ウルズは文字どおり頭を抱えている。聞き取れないほど早口で、ヘヴンには理解できない言葉を紡ぎ続ける。
聞き取れたのは最後の方のキーワーズ。
「……ドール……人形……マリオネット……操り人形……──パペット……。思い出した」
ウルズは泣きそうに笑った。
「思い出せた。ちゃんと、データ……残ってた。
プロテクト、かけてた……。解除成功。
パペットパペットパペット。私はお師様のパペット。お師様のお世話になった──死に神のウィープにー復響するっ‼︎」
「し、死に神のウィープ?」
ヘヴンは立ち上がる。
「お、おまえ……ラーフの……パペット⁉︎」




