3 赤い服のタブー
「ま、待って」
動物たちの命に別状はないと判断し、少女はヘヴンについてくる。
「待って、待ってください、天使様」
「──は?」
解せない言葉に、ヘヴンは足を留めた。
折しもそこは、噴水の隣だった。
「でなければ、ウルズの王子様です」
「な、何……⁉︎」
少女はいきなり飛びついてきた。勢いあまりすぎて二人して落ちる。──階段状に凹んでいる感じの大きな噴水のちょうど降り口の所だったのだ(この国はなぜか公園開発に力が入っている)。
ヘヴンはとっさに手を伸ばした。何かに触れる。──てすり? だが、その手はすぐ離れ──
「うわぁぁぁぁっっっ⁉︎」
「きゃあぁぁぁ⁉︎」
弾丸のように二人は転げ落ちていった。
全身を濡らして、池のような噴水から身を起こし、てすりにすがって階段を昇りつつ、ヘヴンは嘆息した。
なんかしらんが奇跡的に二人とも無傷だった。
背後にもう一匹濡れ鼠がいる。濡れ鼠と一緒にヘヴンは階段を昇りきり、近くのベンチに腰を下ろした。濡れ鼠も横に座る。
「……あぁぁ、服が、服が濡れてしまった……」
ケイオスが今日買ってきてくれたばかりの服だったのに……。
「うぉぉ、汚れてる、汚れてる、濡れてるだけじゃ済まされねぇ」
壊れそうに震える声で遠くを見つめるヘヴン。
「っつーか、破れてる、さりげにもしかして、肩の辺りとか、脚の辺りとか……や、破れ……」
「それは先ほど大乱闘したせいでは?」
無邪気に少女は言った。
癖の強い緑の髪に、大きなブラウンアイズ。いたずらっぽい、ヴィヴィッドな女の子。
だけどそんなのヘヴンは見ていない。
「あ
「ぁぁぁぁ、売り尽くしセール品だっていってた。おんなじ服を入手するのは困難か。いやいや、ハシゴすればなんとか……」
「大丈夫! それはそれでちょっとワイルドですてきです♡
服の汚れなんて気にしてたら、遊べませんよ? あ、そうだ」
少女はいきなりヘヴンの頬に手をやると、
「さっきのお礼です」
キスした。──唇に。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ⁉︎」
フリーズから解けたヘヴンは、少女に蹴りを入れた。
「何すんじゃ何すんじゃワレェ⁉︎ オレにキスしていいのは、ケイオスだけだッッッ‼︎」
「や~~ん♡」
更に数発蹴りを入れる。
「いや、やめてください♡」
少女はなぜか喜んでいる。ヘヴンはヒイた。
いきなり身を翻すと、家に向けて全力疾走した。
「ど、どうしたヘヴン?」
服を濡らしたヘヴンは、大きな瞳から涙を溢れさせ、ケイオスに抱きついたまま何も言わない。
ケイオスは読んでいた本を捨て、リビングルームで慌てた。
「へ、ヘヴン?」
なんかもう説明がメンドくさかったので、ヘヴンは泣きまねでごまかすことにした。
「へ、ヘヴン……い、一体何が……」
珍しく顔を青くし、ケイオスは汗を流した。
「ま、まさか……」
その頭で思いついたアンサーを口にしようとしたとき、ベルが鳴った。
探偵所(と二人が呼んでいる部屋)のほうからだ。
「あ、お客さまだ!」
営業スマイルを浮かべ、ヘヴンは駆け出す。
「ま、待て、ヘヴン」
探偵所には、濡れた服の少女が立っていた。
ヘヴンの顔がひきつる。
「あ~! ウルズの王子様だぁ~♡」
思わず蹴りを入れそうになった。
服を着替たヘヴンと少女が、探偵所のソファーに座っている。
少女の着ているのは、彼女の持ってきた替えの服だった。今度はミントグリーンのジャンパースカートだった。
ケイオスは煙草を吸いながら壁に寄りかかっている。ヘヴンに抱きつかれて濡れたので、一応ケイオスも着替えてはいたが、先ほどと全然服装が変わっていない。同じ服かと思うくらいだ。よく見ると、心なしか安心したような顔をしている。先ほど思いついたアンサーが外れていたからだろうか。
「あ~おいしいなぁ♡」
黒いマグカップに入ったミルクココアを飲みながら、少女は幸せそうに笑む。
「……で?」
ケイオスの手前スマイルを崩さずに、ヘヴンは訊く。
「お客さま、一体、どういったご依頼でしょうか?」
「あ、は~い! ウルズね、人を捜して欲しいの」
なんでかしらんが、公園で会ったときより、少女はなれなれしい。まさか、アレをされたせいか……。ヘヴンは身構える。スマイルを張りつけたまま。
「それは一体、どんなお方で?」
「えぇ~とねぇ、な、なんだっけ?」
少女は腕組む。天井を見上げて考えまくる。
「ん~、なんだつけな、ウィ……? し、し……? しに、し……。
あん、思い出せなあい!」
「お帰りください」
「あぁ~ん、待ってよお。えとね、ウルズのお師様に頼まれてぇ、そのウィなんとかにお礼をしなきゃいけないの!」
「というか、お客さま。こちらも仕事ですので……」
「あ、お金? 大丈夫、ウルズのお師様お金持ちだから! 隠し宝物庫にいろいろあってえ。んとね……」
ウルズはソファーに置いたリュックから、ペンダントや指輪、黄金の宝石箱、などなどなど。どこに入っていたのかと思うほど、光り物を出し、テーブルに並べた。
「これで、足りる?」
ケイオスが無言でそれらに手を伸ばす。どことなく嬉しそうだ。
ヘヴンは「ヤバ」と誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
あぁ見えて、ケイオスは結構金に弱いのだ。まぁ、貧乏くさい探偵(?)なんかやっているし、家のローンもまだ残っているし(ダークの頃に荒稼ぎした金も、無限ではないし、ここだけの話、ケイオスは毎月実母に無名で金を送っていたりする)──ヘヴンはまだまだ将来のある少年だし、……金はあるに越したことはないのだ。
ちなみにヘヴンは学校には行っていない。まあ、この街──特にケイオスたちの住む裏エリア──ではよくあることだ。学力よりも、実力やコネやなんかがモノを言うのだ(へヴンは将来探偵になるつもりだし、ケイオスはケイオスで、ヘヴンを手元に置いておくつもりだろう)。
「…………、ど、どうします?ケイオス」
「……やる」
「それはあ、依頼をお受けくださるってことですかぁ♡」
ヘヴンは苦虫を噛みつぶしたような顔で、こめかみの辺りを音を立てて掻くと、少女のドタマを蹴りまくった(頭の中で)。
ウルズは、客用寝室で瞳を輝かせた。
「ほ、本当に、ウルズ、ここに泊まってもいいんですか?」
「……仕方ねーよ。ケイオスがいいってゆーんだから。とりあえず捜して欲しいって奴のことを思い出すまでは、おまえ宿泊費とかは払えよ。臨時宿屋開業だ」
「ああうっとり♡ ウルズは王子様と一つ屋根の下~♡」
一応掃除をしただけの、簡素な白い寝室で、ウルズはヘヴンに飛びついた。
ヘヴンは今度はよけ、不機嫌もあらわに部屋から出ていった。
「いいんですか、ケイオス」
リビングに戻り、ヘヴンはコーヒーを飲むケイオスに言う。
「あの子、捜索願いが出てるかもしれない。きっとどっかのバカ金持ち家出娘です!」
「…………」
「厄介なことになる前に、追い出すべき! 絶対そうすべきッ!」
「二、三日だけだ」
「は?」
「そうしたら、追い出す」
「な、なんで?」
ケイオスはめったに綻ぶことのない口元を、微かに緩めた。
「学校……」
「は?」
「……行きたかったか?」
「え? 別に。行ってない人なんてたくさんいるし。お金かかるし」
ケイオスはもう何も言わず、本に目を落とした。
翌日。ヘヴンはウルズと服屋にいた。
「昨日のお詫びです、どれでもお好きな物をお買いください、天使様♡」
両手を組んで、ウルズは瞳に星を浮かべる。
今日はウッドブラウンのツーピースを着ていた。緑の髪は変わらず下ろしたままだ。
「バカ娘、オレはケイオスがおまえと出かけてこいといったから来てやっただけだ、図に乗るな」
腕に抱きつくウルズを無下に振りほどいて、ヘヴンは店の奥に向かう。
カラフルな服。カジュアル、フォーマル、いろいろあるが、ヘヴンはまっすぐに白い服に手を伸ばす。かわいい系のしゃれた奴。ケイオスが買ってきそうな奴。
姿見の前に立ち、それを体に当てる。
「天使様王子様♡」
ウルズがたくさんの服を引きずりまくってやってきた。店員に見つかったら注意されること必至だ(床にこすれて汚れてそう)。
「どれにいたしましょう? ワイルドなブラックレザー? 大胆にセクシーカット入ったパープルなシャツ? う~ん、それともこの学者然とした、INT上がりそうなブルー系の服?」
「お呼びじゃねぇーよ」
ヘヴンは手持ちぶさたげに店内をうろつく。ウルズが行きたいとしつこいから店内に入っただけで、別に何も買うつもりはないのだ。
「王子様天使様♡」
袋をたくさん抱えて、ウルズがやってきた。
「うわ、おま、そんな買ったのか!」
「えへへー♡ 服、あんま持ってこなかったから」
「おまえ、どこから来たんだ?」
「内緒です。お師様の塔は、秘密の隠れ家なのです」
「ふーん?」
そっけなくいって、ヘヴンは店から出る。
「昨日の、公園に行きたいです」
「あっそ」
公園につくと、どこからともなくカラスや犬がやってきた。
「レ、レッツ・リヴェンジ?」
と思ったが、ヘヴンはシカトされ、ウルズを動物たちは追いかけた。
「アイツ、ヘンなフェロモン出てんじゃ……」
ベンチに座って、ヘヴンは先ほどウルズに渡された一つの白い袋を開く。
『えへへ、買っちゃいました、王子様の服♡』
「……よけーなことを」
五着もあった。うち四着はモロにキてる服だったので、ヘヴンは黙殺した。
こんな愚か者ゲージマックスな服は死んでも御免だ。
最後に広げたのは……赤い服。
「…………だめじゃんよ」
シンプルなティーシャツ。色はブラッド系で、実は好みだ。
銀のドクロに同色の二振りの剣が刺さっているプリント。
まーその辺はいまいちだが、おめでたいヒマワリ柄なんかにくらべれば数倍マシか。
「…………ケイオスの、趣味じゃない」
正確には、ライトの……。
いや、ライトの趣味だと思いこんでいるケイオスの趣味か。
「着れねぇな」
ヘヴンは袋に服を戻す。
ふと見れば、ウルズは動物たちに囲まれているが、もう逃げず、楽しそうに笑っている。なんか仲良くなったらしい。
「王子様は、人間が好きですか?」
ウルズが、嬉しそうにそういった。




