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エンディオはサーシェス辺境伯家のホールで真っ赤な薔薇の花束を抱えてイリーナを待っていた。エンディオに似合う真っ黒なスーツにはアクセントに赤いネクタイが合わさっていた。後ろにはナテラが控えているのが見える。
「お待たせいたしました。エンディオ様」
「っ、あぁ」
ビクリとまるで借りてきた猫のような反応をするエンディオに疑問を抱く。いつもの堂々としたエンディオの様子からはかけ離れていたのだ。
エンディオはジーっとイリーナの方を見つめる。いつものエンディオからは考えられない行動に、彼も緊張しているのかもしれないなどとイリーナは思う。
「綺麗だ」
「ふぇっ!?」
うん。おかしい。あのエンディオがイリーナの容姿を褒めるのだ。そんな事は初めてだ。
急な出来事に、かあぁっとイリーナは真っ赤になってしまう。
(きっとナテラに入れ知恵されたんだわ)
とイリーナは普段言わないような事を言う不思議なエンディオを堪能することにした。
「要件は聞いていると思うが改めて言わせてもらう」
「はい」
「イリーナ・サーシェス。どうか私エンディオ・レイトンと結婚して欲しい」
そう言ってエンディオは薔薇の花束を差し出してくる。イリーナは丁寧に差し出される花束を受け取り「もちろんです」と笑いながら応えた。
すると、エンディオは顔を真っ赤にしながら「そうか、うん。それならば、いい」などと言い目を逸らす。
明らかにいつもと様子がちがうエンディオにイリーナは恥ずかしがっているのかしらなどと思う。
ずっと立ちっぱなしではなんだからとサロンへ案内し、いつものお茶会のような席を設ければ、エンディオは少し落ち着いたのか、リーガルの修行日の時のような顔を見せた。
「この間はお断りされましたのに、どういった心境の変化なのですか?」
それは純粋な疑問だった。イリーナは婚約を打診して一度断られているのだ。
エンディオは何も話さなかった。お茶を飲むカチャリという小さな音だけが響く。
「悪いことをしてしまったなと思ったんだ。私は君に月桂樹を渡してしまったから」
あぁやっぱりかと。イリーナは納得する。やはり彼は月桂樹を渡した責任を果たそうとしてくれているのだ。
「まぁ!私は役得で嬉しかったのですよ!こんな幸せな事他にはありません!」
ニコニコと笑いながら本当に嬉しかったのだと伝えると、またエンディオは先程のように顔を赤らめて「そうか」と一言だけ言った。
それからしばらくいつもの茶会のように些細なことを話していたが、どうもエンディオからは歯切れの悪さを感じた。
エンディオ様って照れるとこうなってしまうのかしら。
などとイリーナは結論づける。
それから、これからの事を色々と詰めた。業務連絡のようなそれはエンディオにとって照れる対象ではないのかいつものようなハキハキとした傲岸不遜な態度に戻った。
「では再来月から我が家に来るということでいいな?」
「はい!分かりました」
あれよあれよといううちにイリーナがレイトン公爵家に入る日まで決まってしまった。
イリーナは嬉しかった。もっと棘のある態度で来られるかと、嫌々さが滲み出るような態度で来られるかと覚悟していたから、こんなに穏やかにスムーズにプロポーズが行われていることに安堵していた。
「嬉しいですエンディオ様っ」
「う、あぁ」
そう笑いかければエンディオは視線を彷徨わせると立ち上がった。
「そろそろ帰る。今日は時間を取らせたな」
「いえ!」
見送るろうとイリーナも立ち上がりエンディオの横に並ぶ。
エンディオはまたジイッとイリーナの方を見てきた。
「どうかされましたか?」
「っいや」
また例の歯切れの悪さでエンディオは前を向いたが、意を決した様子でもう一度イリーナの方を向いてきた。
「君が来るのを楽しみにしている」
「!?!?!?は、はひぃ」
するりとイリーナの頬を覆うように手を添えまた視線を外しながらエンディオがそんな事を言うのでイリーナは若干混乱していた。
まるで大切なものを扱うかのように触れられ、逆に身を固めてしまう。驚きすぎてとても情けない声が出てしまった。
エンディオが帰ってからも真っ赤になったイリーナは今日のエンディオはどうしてしまったのかと考え続けるのだった。