54(sideエンディオ)
決勝のカードは波乱万丈だった。第1予想に指定されていたカイラス・サレンはメディルス・サレンに準決勝の場で敗れた。親子対決となった場はウロボロスの聖印持ち同士の対決ともあって大変見ごたえのあるものだった。常に刃の間には火花が散り、一進一退の攻防はなぜあの場に自分がいることが出来ないのかと残念に思うほどのものだった。
「いやぁ、貴殿とも戦ってみたかったのだがなぁ」
「私もですカイラス殿」
ガハハと豪快に笑うカイラス・サレンは御歳58を超えた老雄だ。その勇姿はアーライル王国にまで届いている。エンディオも今日は彼と決勝を戦うものだと思っていたほどだ。
「不出来な息子であったが近頃聖印を得てひと皮もふた皮も剥けておる。実に良い兆しだ。叩き落とすつもりでいたがまさか叩き落とされるとは」
カイラスはさも面白いものを見たと言う風に笑っている。実の息子の活躍が嬉しくてたまらないのだろう。
「決勝を楽しみにしている。少し調子に乗っている奴の鼻を明かしてやってくれ」
ハハハと笑いながらカイラスはポンポンとエンディオの肩を叩いたが、自分への激励だけの感情ではなく、自身の息子への期待も含まれているのだろうなとなんとなくエンディオは思った。
―――
「やぁエンディオ」
「ジークベルト様!」
カイラスと別れた後にエンディオの元を訪れたのはアーライル王ジークベルトその人であった。彼は最小限の護衛を連れて参加者待機場まで降りてきたのだ。
「どうしてこちらに?」
「うむ。決勝行きを決めた君を鼓舞しようと思ってね」
「ありがとうございます」
「君には期待している。次戦は聖印持ち同士の戦いだ一筋縄では行かないだろうが……」
ジークベルトはエンディオの肩を叩き真面目な顔をすると真剣な声音で言った。
「必ず優勝するように」
エンディオは驚く。わざわざ必ず優勝するようにと厳命されたのだ。四カ国合同親善試合の優勝は栄誉ではあるが、そこまで重要性のあるものではない。エンディオが優勝しないことで起こり得る出来事とすれば……。
「ところで最近イリーナ・サーシェスと仲が良いようだね?どうだね彼女を妻として娶るのは」
「お、お戯れを」
ジークベルトはハハハと笑うと貴賓席に戻ってしまった。
暗にイリーナを国外に出せないと言っているような振る舞いにエンディオは疑問を抱く。
残るは決勝。
はぁとエンディオはため息をつく。
「エンディオさまぁ〜」
ジロリと声の主を睨みつける。こんな娘に何があるというのか。
「絶対勝ってくださいね!絶対ですよ!」
「勝ちはするが何もお前のためではない!」
「それでいいので!もちろんわかってるので!!それでも今の私はエンディオ様しか頼れないんですぅ!!!」
「分かった分かった勝ってやるから泣き喚くな!」
イリーナのせいで変に注目を集めてしまっている。彼女はエンディオの対戦相手から婚約の打診を受けている最中なのだ。そのイリーナがエンディオを応援するとあっては噂好きな観衆どものいい餌ではないか。
「ふふっ、そんなに私は嫌なのかな」
メディルスは口元に手を当てて、悲しそうにそれでいて愛おしそうにイリーナを眺めている。
「勝算のない賭け事をするなど気が触れている」
「試合のことを言っているのですか?それとも彼女の気持ちが僕にないことをからかっているので?」
エンディオは言葉につまる。もちろん試合の事のつもりで言ったのだがそんなふうに捉えられるとは思っていなかったからだ。
イリーナが思いを寄せている相手。それが誰だか分からぬほど馬鹿ではない。今ここでエンディオが何を言っても不正解なような気がして次の言葉を出せなかったのだ。
「いいんです。これは一案に過ぎません。僕はどんな手を使ってでも彼女を手に入れると決めたのです」
そう言うメディルスは彼自身の手の甲に現れている聖印に口付けた。行動の意味がわからない。
「貴方には特に負ける訳にはいきませんから」
「私には関係の無いことなのだが……」
勝手にやっていてくれとすら思う。何故巻き込まれているのか甚だ納得がいかない。どれもこれも全てあのイリーナ・サーシェスのせいだとげんなりする。
(次の茶会で文句を言ってやらねば)
またあのリーガルの修行日にイリーナと会うということになんの疑問も抱いていない、というささやかな事実にエンディオは気づいていなかった。
―――
この大会では聖印持ちは木刀の使用をし、剣が折れたら敗北という大きなハンデをおっていたが、聖印持ち同士の対決ではミスリルの剣の使用が許可されている。
互いに柄までミスリルの刃を手にメディルス・サレンと対峙する。負けるつもりは全くない。
審判が開始の旗を振った。
最初に動いたのはメディルスだった。エンディオは様子見程度にその剣を正面で受ける。
ガンっと大きな音が響く。流石はウロボロスの聖印だ。その力はエンディオでも受けるのがやっと。
ようやく互角の相手と戦える。
エンディオは純粋にその事実が嬉しかった。ハンデをありありとつけた今までの試合は退屈でしかたなかったのだ。
受け止めた剣を弾き返し打ち合いが始まる。
メディルスは上から下からと猛攻を仕掛けてきたが全てエンディオは流した。チリリッと刃がぶつかった場所から火花が散る。
ガンっとメディルスを押し戻したところでエンディオも攻勢にかかった。横凪した剣をメディルスはスルリとかわし、上段蹴りをかましてきた。勢いを殺しながら右腕で受けたがミシリと嫌な音が聞こえたような気がする。
若干の痛みに耐えながら剣を握りふたたび打ち込む。
しばらく互角の打ち合い蹴り合い殴り合いが続いた。
若干パターン化しつつあった攻勢に、先に一味加えたのはエンディオだった。スパンと打たれた拳を受け止めはするがそのまま勢いを殺さず後方に流す。メディルスは勢いのままにエンディオの横をすり抜け膝を着く形となった。が、すぐに体制を立て直すとバシンッと下方から足払いをしてきた。上手く対応できなかったエンディオは後方に尻もちを着く。すかさずメディルスは利き手でエンディオをつき倒そうと体重をかけてきた。
「エンディオ様っ」
何故かイリーナの声だけがはっきり聞こえた気がした。
ガっとつき倒して来た手をひねりあげ逆にメディルスのミスリル剣を離させる。そのまま逆に倒し返し首元に剣を突きつける。
「勝者!エンディオ・レイトン!!」
審判の声が高らかに勝者を宣言した。