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「えっ、マジですの?」
ミーチェは目の前の光景に目を疑った。
そして再度使用人から渡されたイリーナ宛の手紙を見やる。
「イリーナ様ひっくり返るんではないかしら」
―――
「えええええええエンディオ様からデートのお誘いの手紙が来たんだけどぉぉぉ」
エンディオからの手紙を受け取り、イリーナははしたなく飛び跳ねていた。
なんたってあのエンディオから手紙が来たこと自体驚くべきことなのだ。正直一生こんな日が来ることなどないと思っていた。
「明日は雨ですか」
「いや雷だよ雷!」
「何言ってんだ雪に決まってんだろ!」
「バカ言ってるんじゃないですわガキども。竜巻、竜巻くらい来るに決まってますわ」
「あしたのてんきは晴れ〜ってよほーがでてるよ」
上からユミエル、パティ、リーガル、ミーチェ、ヒナツの言である。
「リーガルに服をプレゼントしたい。リーガルと一緒に私も王都に買い物に行かないかって」
「俺も?」
「えぇ!さすがは私のキューピットいい働きをしてくれるわ」
ことイリーナの恋路の関係でリーガルは切っても切り離せないキーパーソンだ。イリーナは本気でリーガルには特別手当でも出すべきか考えているほどである。
「絶対リーガルがメインじゃないですか。デートとは」
「い、い、の。世のエンディオ様に懸想するどの乙女よりも近しい関係性だわ……私はこれで充分満足なの」
エンディオ・レイトンが一筋縄では落とせないことなどイリーナは100も承知だった。イリーナはたまたまリーガルというキューピットと出会うことができたから今の立場にいるが、そうでなければエンディオにとって有象無象の女の1人に過ぎないのだ。
勘違いされていそうだが、実はイリーナの1番の目標は、エンディオに好かれることではない。
彼に嫌われずどこまでも無害な女に落ち着くことだった。
もちろん恋人以上になれたらそれより嬉しいことは無いが、イリーナとエンディオの関係が悪くなるのなら1番困るのはリーガルだ。
今のリーガルはエンディオのことを師として慕うようになっている。親子か兄弟のように仲の良い2人の様子を見るのもイリーナは大好きだった。
だから押しかけはしても必要以上には近づかない、彼の話をきちんと1人の人間として聞くを徹底していた。
そして彼がイリーナを強く突き放す事をしないのはリーガルがイリーナに懐いているからだ。
あのお茶の時間はイリーナの恋心と、エンディオの損得勘定と、2人のリーガルへの思いやりで成り立っている。
どうせいつかは父が持ってくる縁談のどれかに収まることになるのだろう。それまでは好きな人に少しだけ近づく努力をして何が悪いと、それでも嫌われないように細心の注意を払わなければとイリーナはそう考えていた。
それはそうとデートは嬉しい。
「どんな服なら重い女と思われないかしら……」
「とりあえず無難にお嬢様に似合う服でいいと思いますわよ」
―――
「髪型よし!服よし!アクセサリーよし!リーガルよし!」
「なんだよリーガルよしって!」
びしりと突っ込まれる。ドラゴンの聖印持ちのツッコミは軽くでも結構いたい。
今日のイリーナは一段と気合いを入れた装いになっていた。長い銀の髪はハーフアップにして銀細工で留め、木陰の模様の入った若草色のAラインのワンピースはイリーナを少し大人っぽく魅せていた。
隣にいるリーガルも普段の侍従服とは別の服を着せられていた。どこからどう見ても貴族のお坊ちゃんという風な茶色のチェックのスーツにイリーナの瞳の色と同じ色のブローチをループタイの留め具にしている。
「なんで俺もオシャレされてんだ?」
「それはね、私がオシャレするからよ」
「いつものでいーじゃん」
「それじゃあデートの特別感が無くなっちゃうじゃない」
「俺がいる時点でデートではないじゃん……」
リーガルとそんな軽口を言い合っている間に約束の時間がやってくる。待ち合わせの噴水公園に着いた馬車から降りると、エンディオは既に待っていた。