35(sideエンディオ)
エンディオにとって誕生日とは母の命日であった。
早くにエンディオに家督を譲り地方に引っ込んでしまった父は、とても愛妻家であり母をとても愛し、大切に思っていた。
母を失った父はたいそう悲しみ、エンディオを遠ざけるようになる。
幸い、教育や引き継ぎなどはしっかりとしてくれたので今のエンディオがあるが、幼い頃から誕生日といえば女神のもとに旅立った母を悼む催しであり、あまり自分が祝わわれたという記憶は無い。
父が屋敷から居なくなってからも、どことなくその風習は残り今に至っている。
あまりこういう風に祝われたことの無いエンディオは嬉しかったのかもしれないと、このすこしふわふわとした気分に答えを出した。
書類仕事に一段落つけ、イリーナに貰った万年筆を眺める。造りのいいそれは書き心地がよくインクの入れ替えも簡単ときた。質のいい漆黒のボディに金色のラインが入っておりセンスもいい。
「通常、誕生日プレゼントの礼は、やはり誕生日にするものだろうか?」
「リーガル様のお誕生日はもう過ぎてしまいましたし、イリーナ様のお誕生日は春。かなり先になりますよ」
ぽそりとそれはひとりごとのつもりだったが、一緒に仕事をしていたナテラは聞き逃さなかったようだ。
「リーガルには動きやすい服でも何枚か仕立ててやろうと思っているんだ」
「それは良いお考えですね。」
リーガルがいつも着ているサーシェス辺境伯から支給されている侍従服は動けるには動けるのだが、鍛錬中によく破いて帰っていくのだ。毎回新しい物を用意させているのはエンディオとしても心苦しいものだった。こちらから破いてもいい服を与えれば鍛錬の時は与えた服を着てくれるだろう。
「イリーナ・サーシェスへの礼は何がいいだろうか」
アクセサリーか、ドレスを贈るか?いや、それではまるで恋人に贈るものではないか。それはなんとなく嫌だった。
イリーナが渡してきたプレゼントも万年筆と地味にお礼加減が難しい。
「悩まれているのでしたらリーガル様の服を仕立てる名目でイリーナ様とお出かけするお約束をしてみてはいかがですか?その道中で欲しそうになさっている物を買って差し上げるのです」
なるほど、それならプレゼントできるものの幅は広がりそうだ。
「そんな事でいいのだろうか」
「断言します。イリーナ様は閣下がお誘いされるだけでも跳び上がって喜ばれる事でしょう」
うっとエンディオは少し嫌な顔をする。イリーナ・サーシェスからの好意はありありと感じていた。
リーガルの雇い主である関係から関わり合いが無くなることは無い。もし過剰に好意を向けてくる女であれば突き放すことも考えたが、彼女はきちんと弁えてくれている距離感なのだ。毎度リーガルについては来るが鍛錬の邪魔はせず、休憩時間だけ話してこの話している時間もエンディオを不愉快にさせるような事はない。そして終わったら大人しく帰っていく。
積極的なのか消極的なのか測り兼ねる絶妙さだ。何よりリーガルがとても懐いているのだ。それが突き放しずらく今に至っている。
今のところそこまで不愉快ではない女性。それがイリーナ・サーシェスだった。
「……そ」
「そ?」
「……そんな手紙書いたことないのだが……」
「わたくしめが指導させていただきます!!!」
蘭々と目を輝かせるナテラは少し怖かった。




