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秋。真夏の日差しがようやくなりを潜めたかという頃。とある情報を得たイリーナは震えていた。


「大変よ一大事よ……」

「どうしたのおじょーさま……」


プルプルと小刻みに震えるイリーナを心配してヒナツが駆け寄る。

尋常ではない主人の様子に他の従者達も注目していた。


「お、お、お、落ち着いて聞いてね」

「うん」


イリーナは自分を落ち着かせるかのように目の前のヒナツの頭一心不乱に撫でている。ヒナツは少しも嫌な顔をせず撫でられるがままになっていた。


「次のリーガルの修行の日ね……エンディオ様のお誕生日だったの」

「それはおめでとうだね〜」


なるほど、で、それがどうしたんだろうと、聞いていた四人はそっと目を合わせた。


「つまりは誕生日を私と過ごしたいと思ってくれているって事じゃない!?」


カッと目を見開いてそんな事を言い始めるイリーナに緊張の糸が一気に解ける。どうやら結構緩い話のようだ。一大事なんていうから構えていたのに。ユミエルは止めていた本のページをめくり始め、ミーチェはお茶を用意する作業に戻った。


「どっちかって言うと、リーガルと打ち合いしたい、の方が勝ってるんじゃ……」

「それでもよ!!」


パティがおずおずと進言したがイリーナは聞く耳を持たなかった。


「脈アリってコトでよろしいかしら」


はぁと頬に手を当てうっとりと頬を染める彼女は、傍から見れば銀髪に紺碧の瞳をした美少女だ。言ってることは少し、いやだいぶん頭花畑すぎるが。


「多分違うと思うぞ」

「そういうシチュエーションの大衆小説はいくらかありますけど、あのエンディオ様に限ってはないと断言できます」

「お嬢様のそのポジティブさは尊敬に値しますわ。エンディオ様も少々隙を見せすぎと同情しますが」

「当たり屋に隙を見せたら付けいられるだけなのにね」

「よかったねぇおじょーさま」


上からリーガル、ユミエル、ミーチェ、パティ、ヒナツの言である。

「えーん!私の味方はヒナツだけなのね!」


イリーナはヒナツを引き寄せると抱きしめる。


「とにかく、せっかく誕生日だってわかったんだから何かしてあげたいと思うのよ」


たとえ偶然だとしても、誕生日だと分かったからには何かしてあげなくてはとイリーナは燃えていた。正直こんな日に被らせるくらいだからエンディオの誕生日に対する覚えはそこまで高くないのだろう。本人は忘れてさえいそうである。


「師匠にプレゼントするんだったら剣が1番だよな。パティまた作ってよ」

「うん、いいよ!材料買いに行かなくっちゃね」


リーガルとパティがそんな事を話しているのをイリーナは聞き逃さなかった。


「あ!それ私がやろうと思ってたのに!」

「じゃあ連名でプレゼントってことにすればいいじゃん」

「ダメよ!弟子から剣を贈るのは感謝を表していて結構意味があるのよ。剣を贈るって決めたなら弟子としてしっかりいい物を贈りなさい」


剣を贈るというのは弟子であるリーガルに譲るとして、何を贈ればいいかイリーナは頭を捻る。


「何かない?そこはかとなく役に立って、重い女と思われない物」

「ちゃんと重くならない物を選ぼうとする理性は残っていたんですのね」

「普段使いできるちょっとした小物でいいんじゃないですか?」


従者達のアドバイスをもとにイリーナはうんうんといっぱい悩んでプレゼントを決めるのだった。

―――


今日はイリーナがいつものようにレイトン公爵家に押しかけて……招かれている日だ。しかも今回は特別である。

なんとエンディオの誕生日であるからだ。

イリーナはいつものように大人しくリーガルとエンディオの修行と称した打ち合いを眺めていた。

リーガルはパティに貰った短剣を武器にエンディオと対峙している。

若干飛び上がり得物を振るうリーガルの刃をエンディオは軽々と流す。

リーガルとエンディオの刃が交わる度に火花が散っている。弾き返される度に受身をとるリーガルにエンディオのげきが飛ぶ。


「うち返されるような軽い剣では首は取れんぞ!」

「うるせー!!」


カンッガンッとミスリルのぶつかり合う音が軽快に響く。

いつもならもうすぐ休憩となる。イリーナは少し緊張しながらエンディオ達の打ち合いが終わるのを待った。



しばらくすると休憩に入ったエンディオとリーガルがこちらに向かってくる。


「お誕生日おめでとうございます!エンディオ様!」

「おめでとうございます!」


もうイリーナがいることになんの疑問も持っていない様子のエンディオが席に着いたところでリーガルと示し合わせた祝いの言葉を贈り、クラッカーを鳴らす。パパパンと軽快な音とリボンや紙吹雪が舞った。

エンディオは一瞬ポカンとしていたがすぐにいつも通りに戻った。


「あぁ。そういえば今日は私の誕生日だったか。ありがとう」

「まぁ。忘れてらっしゃったんですか?」

「誕生日というものに関心が薄いのでな。年齢を確認する時くらいしか思い出すことは無い。そういえば夕食が毎年好みの物で埋まっているような気もするが」

「もう!それだけなんて寂しいじゃないですか」


ほらとリーガルを促すと、彼は裏から抱えるサイズのプレゼント箱を持ってきた。


「これ、俺からプレゼント」

「別にかまわないのに……」

「日頃のお礼って奴だよ。ほらほら開けてみてよ」


リーガルが早く見て欲しいと言う風にそわそわとしているので、エンディオは包み紙を剥がし始めた。

出てきたのは細身の長剣。柄から刀身までミスリルで できており華美な装飾は一切ないがリーガルの短剣と同じように鍔の部分にルビーがあしらわれている。パティ特製の逸品だ。


「ふむ。これは良い品だな」


そう言いながらエンディオはブンッと試し斬りをするように剣を空で振った。


「どう、どう?センスいいでしょ?気に入った?」


まるで褒められるのを待っている子犬のようにリーガルはエンディオの周りをちょこちょこと回っている。


「あぁ。気に入った。ありがとうリーガル」


そう言ってエンディオはぐしゃぐしゃとリーガルの頭を撫でる。その目は実の息子でも見るかのようでとても慈愛に満ちたものに見える。


「やはりうちの養子に来ないか?」

「やだよ。お嬢様んとこ気に入ってんだ俺」


リーガルが本当に養子になりたいと言い出すのならイリーナには止める術はない。が今のところ本人にはその気はないようだ。


「どさくさに紛れてうちの子を勧誘しないでくださいエンディオ様。私からはこちらを」


そう言って用意していたプレゼントを渡す。

手のひらサイズの小箱だ。


「君も用意してくれたのか」


エンディオが包みを開くと中に入っていたのは高級ブランド物の万年筆だ。有名工房の職人が一本一本丁寧に手作りしているもので、書き心地が良いと話題の逸品だ。この日のために急ぎで仕立ててもらった。


「エギオン工房の万年筆か。なにかと話題になっている工房だな。注文するのも大変だったのではないか?」

「ええ。エギオン工房には少々ツテがありまして。気に入っていただけましたか?」

「あぁ。気に入った。ありがとうイリーナ嬢」


上辺のものでない笑顔を向けられて、イリーナは心の内で黄色い悲鳴をあげていた。


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