エピローグ
「ふ~ん、ふふふっふ~ん」
春の陽気が気持ちいい空模様でした。都市から都市へと繋ぐ街道でも人通りはあまり多くありません。魔獣が闊歩する道を歩きたいと思う人はいないから当然です。魔獣に食われたくありませんから。
私だって用もなければこんな歩こうとは思いませんでした。でも、こんな素晴らしい日はないですから。懐を探ると手紙の感触があった。それを感じると安心して、ニヤついてしまう。
手紙にはこうあった。
リア様と結婚します。
ヴィクトリアより
学園から卒業して早三年、手紙のやりとりはずっとしていたけど、こんなに嬉しいことはない。
大好きな二人がお互いを好きなまま結婚してくれたのだ。これ以上嬉しいことはない。まあ、それまでに波乱万丈があったけど。
唯一惜しむらくは私の懐事情だ。お金が無くて馬車のお金すら出せなくて歩く羽目になった。何とも情けないものだ。
人がいない道にしては珍しく目の前から馬車が通るのが見えた。
まあ、基本的にこの道を通るのは馬車くらいなものである。理由は簡単だ。貴族でもないと安全に通れないのだ。他は大規模な通商隊、もしくは命を省みない若い商人ぐらいなものである。貴族の方はどんな方かはピンキリである。その為目立たない様に道を逸れた。
しかし、御者は私の前で止まった。
「そこの淑女の方。お尋ねしてもよろしいか?」
「はい?」
馬車からは男の人の声が聞こえた。面倒くさいことにならないと良いのだが。
「すまないが、人を探していてね」
彼の喋り方は中央国のものだったが、西の国の方言が混じっていた。恐らく元学園生か。
「私が知っていることなら」
しかし、違和感があった。中央国で人探しなど道行く人に尋ねる内容ではない。中央国だけでどれだけの人がいるのだ。
「ふむ、マリー・スプリングフィールズというのだが知らないだろうか」
それを言うと同時に馬車から出てきた。
その顔を見ると懐かしさと嬉しさでいっぱいになった。
「ダーシーさん!」
「まあ、乗りなさい」
「いえ、私、西の国に行くんです」
「私達もそうだよ」
でも彼らの行く先はどう考えても中央国だった。
「中央国に行かないでいいんですか?」
「探し人がいない街にわざわざいかないだろう」
言われるがままに馬車へと入るとダーシーさんとアンナさんがいた。
「アンナさん!」
今すぐにでも抱きつきたかったが、土埃の付いた旅装で抱きつくのは憚られた。旅装を脱ぐとしっかりと握手した。
「マリーも元気そうね」
「アンナさんも」
何故この二人が一緒かというと二人が学生時代に付き合ったからである。まあ、付き合う前は大波乱があったのだが、それは今はいいだろう。
「しかし、君達の友情は流石としか言いようがないね。アンナがマリーなら歩いて行っているかもしれないから馬車を出してと言われたが、流石にそれは無いだろうと言い返したんだ。だが、まさかいるとは」
「うっ、お金がなかったんです」
「いや、君なら色々頼む先があっただろう」
「あはは」
「だから言ったじゃない。マリーはこういう所があるって。自分に自信があるのよ。考えて行動している様に見えて、行動してから考えているのよ。その癖言い訳は上手いから、まるで思慮深く見えるのよ」
図星だったので、少し言い返す
「アンナさんは私に遠慮がなくなりました」
本当にあのオドオドとしていて可愛いアンナは何処に行ったのか。
「それでマリー君は何をしていたんだ?」
「え?」
「アンナが手紙の話を聞かせてくれるが、実際何があったのんだ」
「あー」
何を話そうかと考えて卒業した後を話すことにした。
「あの後、学園に卒業した後、私は貴族として生きていくのは向いていないと思い、文筆の仕事をしました」
「君が貴族として向いていないのは嘘だと思う」
「いや、向いていないですよ」
「まあ、それで?」
「まあ、それで生きていこうとは思ったのですが、女性の文章なんか買えないって言われて、そこから色々あってお友達の弟の家庭教師になりまして。これが自分でも言うのは何なんですが、評判が良くて、今それで食べていけているという感じですね」
「それなら結構貰えるんじゃないか?」
「いえ、調子にのって自費出版したら大赤字になりました」
「マリー君…」
「マリー…」
「いえ、違うんです。本当に行ける予定だったんですよ。それにそれのお陰で少し伝手が増えてお仕事が貰えたんです」
しかし、やっと手に入れた文筆の仕事が官能小説で、しかもそれが少し売れたことは二人には秘密だ。私としては一生バレないで欲しい。
「まあ、君も色々あったんだろうね」
「それよりも二人のお話を聞かせてくださいよ」
そう言って三人でずっとお話をしていた。恋愛、仕事、思い出話は尽きることがなかった。
リア様のお屋敷に着くと既にお客様でごった返していた。
「うーん。今日は挨拶できるかな?」
当然挨拶したい気はあるが、最低限の人と挨拶するとしても、流石に夕方まで掛かるだろう。結婚式がメインだが、西の国の王様ともなるとそういう訳には行かない。
「まあ、僕らはいつでも会いに行けるよ」
そう話しているとメイドらしき人が話しかけてきた。
「失礼ですが、マリー・スプリングフィールズ様ですか」
貴族はやっていないが、実はその席自体はある。というか無いとこの様な催しも参加できない。本当は養子のことも無かったことにしてもらおうとしたのだが、スプリングフィールズ家から断られた。まあ、これのお陰でクローバー家から色々貰っているだろうからそれの影響だろう。
「はい」
見ると一人のメイドが立っていた。何処か見たことがある気がする。と言っても元々働いているので、嘗て一緒に働いていた誰かかもしれない。
「旦那様と奥様が来たら呼ぶ様にと」
「あっ、ありがとうございます」
チラリとダーシーさん達を見た。
「いいよ。行ってきて。僕達は後から挨拶させて貰うよ。君達はなんというか…」
少しダーシーさんが言いづらそうにしているのを。アンナが付け加えた。
「特別…でしょ。いいよ。行ってきてよ。私と違って友達多いんだから」
アンナさんが寂しく思っているのに気付いた。
「アンナさんも大切な友達ですから」
「…うるさいから行ってこい」
「照れてるね」
「照れてます」
「早く行ってこい!」
追い出されるようにそこから立ち去った。
「仲がよろしいのですね」
「ええ」
メイドが途中話しかけてきた。しかし、こんな大人っぽい人が知り合いにいただろうか?
「すいません。何処かであったことありますか?」
「ふふっ、何処にでもいそうな顔とはよく言われますけど」
「いえ、そういうことではなく…」
「着きましたよ」
「ありがとうございます」
部屋に通されると中には誰もいなかった。
「今呼んできますね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、それではお姫様。失礼します」
「え?」
一瞬訳がわからなかった。
「あっ、ちょっとお待ち下さい」
そう言って追いかけようとするが、見えたのは後ろ姿だけだった。私をお姫様だと思っている人なんて1人しかいない。
「全く美人になっちゃって」
流石にそのまま追いかけるわけにも行かず、部屋で待った。多分、戻って来るだろう。
しかし、戻ってきたのはデイジーではなかった。
「なっ」
もう一人成長した子供がいた。
「イスカ様!」
私を見てイスカ様は固まった。その後、すぐに逃げようとした。
「兄上を呼んでくる!」
「待って下さい!」
イスカ様はドアの前で立ち止まった。
「少しだけお話ししませんか」
イスカ様が立ち止まったので、そのまま話を続ける。
「あの時はごめんなさい。私が余計なお世話をしました。私が余計なお世話をしなければ、あんな大事になっていませんでした。」
「なんで」
え?
「なんで謝るんだよ」
そこにはクローバー家の貴族の一人ではなく、一人の子供がいた。ボロボロと大粒の涙を流して、顔をクシャクシャにした子供だ。
「そもそも私があの時何もしなければ、何も無かったのです」
「でも、俺は殺されそうになったお前に忘れろと言ったのだぞ。しかも、兄上を殺しかけた臣下を守ったんだぞ」
「でも、イスカ様は誰も殺していません。イスカ様なりに命をこれ以上失わない選択をしただけです。当時はその選択肢に酷く傷つきました。でも傷ついたのは、私だけではない。イスカ様もですよね」
「俺のことは…」
「どうでも良くないですよ」
「悪くなかったとは言いません。でも、もしイスカ様が言わなければ関係ない人が処罰されなければならなかった。でも、そうはならなかった。それを喜びたいです」
「それは許しなのか?」
「いえ、誰も私達を許してくれません。でも仲違いをする必要はありません。だから、仲直りです。」
イスカ様の涙をハンカチーフで拭った。
「これで男前になりましたね」
そう言うと顔を真っ赤にさせて言った。
「〜〜〜ッ、冗談を言うな。」
背中を向けて言った
「兄上が呼んでこいと言っていた客人はお前だろう。全く兄上は喋れるようになってから性格が悪くなった」
それはむしろ元々なのだが、そうは言えまい。
「そう言えばお前は付き合っている人などいないのか?」
世間話とばかりに聞いてきた。あんまり女性に振っていい話じゃないぞ。少年よ。
「お生憎様そう言った方は、いません」
それに誰かと付き合う気もない。
「ふ~ん」
そう言ってイスカ様に従って歩き出した。
付いて行った先にはリア様がいた。
「本日はお招き頂き…」
「そういうの良いから早く来い!」
「え?」
私の扱いが雑なのはいつもなのだが、それ以上に急いでいた。手首を掴まれるとそのまま急いで歩き出すので、付いて行くしか無かった。
「全く来るのが遅い」
「いえ、これでも急いで来たんです」
「3日前に来い」
「そんな無茶な」
「ヴィクトリアだってお前と喋るのを楽しみにしていたんだぞ」
「それは申し訳ないですけど、ていうか何処に連れていかれるんですか!?」
「特別ゲストを迎えに決まっているだろう」
そう言って連れて行かれたのは敷地内にある魔術工房だった。
「これは…」
精霊術式の召喚だ。
「ほら、そこに立て」
「え?」
戸惑ってただリア様を見た。意図が分からなかったわけではない。意図がわかったからこそ立ち止まったのだ。
「なんだ。会いたくないのか」
「いや、だって命の危険が」
「俺を誰だと思っている?」
そんなことはわかっている。天才の中の天才。魔術全体の発展を100年短縮させた魔術師。
「リア・クローバーだぞ」
「いや、急にそんな! 心の準備が!」
「もう一度聞くぞ。会いたくないのか?」
「会いたいに決まっていま…イタッ」
粗雑に蹴り飛ばされて魔術陣の中心へと飛ばされた。
「開け。精霊門よ。我が命に沿って彼の者を呼び出せ」
リア様の強大な魔力が魔術陣を満たした。精霊門が創造され、そこから魔力の奔流が溢れ出る。
「我は精霊魔術を極めしもの。名はリア・クローバー。精霊魔術の王である。我に等しいものを呼び出せ。我が半身呼び出せ」
その時、雰囲気が全く変わった。
「お前の名前を呼んでやる。来い。我が半身よ。———エーテル。」
ああ。
これほど嬉しいことなどあるか。
「まだ喜ぶな」
え?
「我が半身よ。お前の身体は私から離れた。お前は魂のみ。お前に新たな身体をやろう」
精霊術式 憑依。
「え?」
予想もしていない痛みがやって来た。そう、精霊魔術 憑依は激痛を伴うのだ。
「イタッ、イタタ、イタッ」
「##€?」
エーテル様が心配してくれるが、それどころではない痛みだった。痛みが治まると少し余裕が出てくる。
まだ身体は痛いが、懐かしかった。精霊語を聞くのも久しい。
痛みで感動ではなく、別の涙が出た。
もう会えないと思っていた。
「おかえりなさい」
また、この言葉を言うとは思っていなかった。
「##♪!」
また、この言葉を聞くとは思っていなかった。
新郎リア。貴方はここにいるヴィクトリアを
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?
「はい」
新婦ヴィクトリア。貴方はここにいるリアを
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?
「はい」
生まれて初めて結婚式に参加した。ヴィクトリア・クローバーはとても幸せな顔をしていた。そしてその顔を見て私もまた幸せだった。
「良い結婚式でしたね」
「#」
エーテル様は嬉しそうに空を舞った。結婚式の騒然とした中でエーテル様と一緒にいるわけにはいかず、クローバー家の端っこで二人で飲んでいた。
私の手には花嫁が持つブーケを握られていた。花嫁が持つブーケを受け取ると次の人が良い結婚ができるそうだ。ただ、これは勝ち取ったのではない。ヴィクトリアさんが私目掛けて投げてきたのだ。
「全く迷惑ですよ」
「##&♪」
迷惑そうじゃないって?
「うるさいですよ。私結婚するつもりないんですから」
でも、ヴィクトリアさんとリア様が誓いの言葉を言うのはとても神聖で美しく、正直言って羨ましかった。結婚式は盛大にやりたいという気持ちがわからないでもない。
「##?」
「え? なんですか?」
考え事をしていて全くエーテル様のことを見ていなかった。
「おいおい、やっと見つかったよ」
「なんでこんな端っこいるのよ?」
そう言って飛行魔術でリア様とヴィクトリアさんが降り立った。
「いや、主賓がむしろ何やっているんですか?」
「興味もない他の貴族の相手なんてしてられるか」
「あなた王様でしょうが!」
私たちに近づくとおもむろに聖書を取り出した。
「何やってるんですか?」
「何って誓いの言葉だろ」
真面目な顔していきなり祝詞を読み上げた。
「新郎エーテル。貴方はここにいるマリーを
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「#!」
エーテル様が元気よく返事するのを嬉しく思うも、いきなりすぎて状況が呑み込めなかった。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか!?」
「新婦マリー。貴方はここにいるエーテルを
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
こんなのはただのごっご遊びだ。意味なんて何もない。
私は結婚するつもりなんてなかったのだ。
「...はい」
でも、エーテル様に恥をかかせるわけにはいかないから。
「ぷっ」
リア様が噴き出した。
「言っただろ。こいつが結婚する気がないなんてただの強がりだって」
「なっ」
「よかった。マリー、結婚する気がないってばかり言うからブーケを渡したの怒っているんじゃないかと思った」
「怒らないですし、結婚する気もありませんから~!」
「おいおい、エーテルが悲しむぞ?」
その一言で咄嗟に反省した。
「ああ、いや、そういうことじゃなくてですね」
「%TT」
エーテル様が悲しむので慰めようと一歩前に近寄った。
でも、それと反対にエーテル様も一歩前に出た。
ヒュー
リア様の口笛が聞こえた。
「やるじゃん」
「あわ、あわわわわ」
何が起こったか描写する必要はないだろう。悲しんだふりをする悪い男とそれに騙された頭の悪い女がいたというだけだ。
顔を真っ赤にする私の横で、ヴィクトリアさんは言った。
「ねえ、結局エーテルって何者なの?」
「わからん。凄い精霊だろ」
「あの籠を持った精霊よりも?」
「その次くらいじゃないか? 精霊王だし、あいつが一番強いだろ。俺が勝手に呼んでるだけだけど」
「どうやって取り返したのよ」
「あの籠の中にいたんだから、籠の中身を召喚されるようにしたに決まっているだろ」
「なるほど? それって気づかれたら怒られない?」
「さあ?」
なんだか少し不穏な回答だ。
「それにしても案外お前は精霊王の子供だったりしてな」
そう言ってリア様はエーテル様の顔を覗くが、エーテル様は不思議そうな顔をするだけだ。
「精霊王の子供ですか。ふふっ」
私が笑うとリア様が気味悪がった。
「お前、まだニヤけているのか? 気持ち悪いぞ」
「ち、違います! そっちじゃありません」
「じゃあ、なんだよ」
「王様の子供ってことは王子様ってことじゃないですか」
「白馬の王子様ってこと?」
「そっちでもなくて!」
「ああ、そういうことね」
ヴィクトリアさんはわかってくれた。
「いや、わかっていたけど弄っていただけだよ」
「尚悪いです」
「エーテル様はわかりますよね?」
そう振り向くが、エーテル様はまるでわかっていなかった。
「どうしてわからないんですか!?」
エーテル様は困ったように笑った。
「だから!」
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
どこかで吟遊詩人が歌う。
ある吟遊詩人が歌った。
これはただの嘘まみれの歌ではない。
歴史を運ぶ歌なのだと。
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