#14 竜との闘い
「さあ、始めようか」
この不遜とも言える態度は、裁判所にいる他の貴族の不興を買った。
「リア・クローバー。お前がどんなに魔術が優れていようが、貴族としては、子爵に過ぎないんだぞ」
その貴族の発した言葉を無視して、私達の席へと向かった。私、ヴィクトリア、公爵で埋まっていた。ボーっと見つめていると公爵が席を立った。
「こちらへどうぞ」
「ああ、ありがとう。ボイラー」
初めて公爵の名前を聞いた。というか今呼び捨てしなかったか?
「いえ、若き公爵に席を譲るのが老骨の唯一の役割でありますから」
その一言で議場の時が止まった。
「公爵、今なんと?」
「うん? ありがとうボイラーと言ったが」
リア様は聞かれていないのにわざとそう答えた。公爵に聞かれた言葉を。
その時、周りの貴族の顔が青ざめていったのがわかった。
「待ってくれ。それはいつの間に」
「既に西の国には昨日広まっています。もうすぐ早馬が来て告知することでしょう。いやあ、皆様が知らないのも問題ない。リア様が早馬より早く移動できるとは思わないでしょうから」
そう、ボイラー公爵が言った。
この人達はわざと言った。わざとこの状況を作り出した。
「いやあ、遅れて申し訳ない。裁判に間に合う筈だったのだが、途中竜に出会ってしまって倒すのに時間がかかった」
普通の人だったらあり得ない言い訳をしたため、若い貴族が突っ込んだ。
「竜を倒すなんて冗談でも言うべきじゃない。それに神聖なる裁判に遅れるなんて」
ただ止めた方が良い。その人は普通の人じゃないのだ。
「貴方のお名前は?」
「は?」
「仮にも公爵に嘘つき呼ばわりをしたんだ。名乗るのがスジでしょう」
「ウィ、ウィルモンド、ステューシー」
「ウィルモンドさん。貴方は勇敢な人だ。私が竜を倒したかどうか確認しに行ってくれるなんて」
「…は?」
「城壁の外で倒しましたからね。探すのが大変だと思いますが、お願いしますね」
「何を…」
「それとも貴族の名前をかけて私を嘘つき呼ばわりしますか?」
そこでやっと若い貴族は気付いた。この男が本当に竜を殺したようだと。リア様が周りを見渡すと誰もが目を背けた。
呆然と立ち尽くす貴族を無視して裁判長に話しかけた。
「もし裁判長。竜を倒すのと、裁判に遅れるのどちらが悪いでしょうか」
「え?」
「もし裁判に遅れるのがまずいとしたら、今度竜に会った時に、無視しないといけませんが」
裁判長は一瞬でリア様の言っていることを理解した。
「いえ、竜を倒すのが優先です。当然」
「ええ、そうでしょう」
リア様が竜を倒さない理由を作る訳にいかなかった。
ザワザワと議場が騒ぎ出した。しかし、周りの貴族たちは皆顔を真っ青にして、不安気だった。ここにいる者達はリア様を噂でしか知らない。リア様の噂は嘘ではない。それが今のたった一瞬の出来事でわかってしまったのだ。ただ少し喋っただけで周りの空気を変えてしまった。
「皆様、静粛に。トラブルがあったので一度休止いたします」
この混乱を収められないと思った裁判長は、裁判を一時休止した。それを合図に私たちは別室へと連れていかれ、個室を与えられた。個室に入るや否やリア様は開口一番に言った。
「さて、それじゃあここから逆転するための策略を始めようか。まず改めて自己紹介しようか。改めまして私はリア・クローバー」
リア様はまるで初対面で会ったかのように自己紹介した。
「まず情報共有から始めようか———」
この二カ月で最初にしたことは西の国へ飛び立つことだった。
飛行魔術は早馬でも三日掛かるところを約一日も掛からずに移動することができた。
「ありがとう。冬の精霊よ」
冬の精霊は俺に対してお辞儀をする。
飛行魔術なんて燃費の悪い魔術をそのまま使う訳もなく、冬の精霊にやらせていた。冬の精霊を撫でると満足するように消えていった。
庭に降り立つと庭師がギョッとしたように見つめた。
「おい、執事を連れてこい」
「は、はい」
庭師が全速力で走る姿を眺めながら、門へと歩くと執事が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ああ、帰ったぞ」
そう言うとギョッとした反応をされた。
「その反応が不快だから今すぐにリア・クローバーが喋れる様になって戻ってきたと伝えろ」
「わかりました」
執事が見習いの小僧に耳元で囁くとそそくさと小僧が駆けた。
「お荷物は?」
「ない。手ぶらだ。何か召す物はあるか? 父上と話す」
「お父上は今書斎で仕事かと」
「関係ない。俺が最優先事項だ」
「はっ、ではメイドを呼ぶので、ご自室でお着替えなさってください。私はお父様へお伝えします」
メイドに連れられて自室へと向かった。懐かしい気もするが、どちらかと言えば他人の部屋の様な気がする。メイドに手伝ってもらいながら着替えた。
「おい、メイド。父上と話し終わったら風呂に入りたい。入れさせろ」
「は、はい」
本当は風呂に入ってから父上と会いたかったが、一刻も早く話したかった。着替えると直ぐに父上に会いに行った。
待っていた執事長がドアを叩き、俺を書斎へと通した。どうせ聞き耳を立てているのだろうと隙間風の精霊を呼び、聞き取りづらくした。
「ただいま帰りました。父上」
「…喋れる様になったか。いや、元のお前に戻ったと言うべきか」
「気付いていたんですね」
「アレが何なのか知らないが、お前に似ていない。影武者なら別のものを選べ」
「ええ、そうします。次の機会があったら」
中身が違うだけで、外見は全く同じなのだ。何処まで冗談か分からないが、適当に頷いておいた。
「それでお願いがあるのですが、私がクローバー家の当主になりますが良いですね?」
これは問いではなく、確認だった。
「お前にはまだ早い。だが、公爵の座はくれてやる。後はボイルに禅譲してもらえ」
「今のところ地位しかいりません。そして叔父上には中央国の土地を治めてもらいます」
「はあ。お前がもっと早く戻っていれば、私はもう政治の世界からは降りようと思ったのだがな。私も中央国でゆったりと暮らすのも悪くない」
「冗談を言わないでください。王を私が引き継いでも死ぬ迄働いて頂きますよ」
というか平和主義者の叔父上と違って、父上は多分中央国では暮らせないだろう。この人は血の匂いが染み付いている。それは魔物との闘いではなく、蛮族国家との戦いで染み付いたものだった。多分父上は中央国の生活が退屈すぎて、一カ月と持たないだろう。
「領地だってお前が経営すればいいだろう」
「嫌ですよ。面倒くさい。あとリンゴォ氏の遺品を下さい。死んだって聞きました」
そう言うと父上は書斎の引き出しから一冊の手帳を投げ渡した。
「…これだけ?」
「ああ、あとはあいつが燃やしたか、執行官共にくれてやった。それはマリー何某に渡せと頼まれたが、忘れていた。お前が使い終わったら渡しておけ」
「死者のものにぞんざいに扱いますね」
「お前が言うな」
親子揃って感傷も無い様だ。
「それで何時までいるんだ?」
「取り敢えず2ヶ月」
わざわざ学園に戻る理由も無かった。ボイラー公爵にヴィクトリアへ向けた言伝を伝えた。ヴィクトリアもマリーにすぐに会いたいだろうし、すぐに伝わるだろう。
「2ヶ月あればリハビリできる——」
そこから今に至るまで、俺は西の国に滞在していた。
「———それでヴィクトリアさんとは連絡を取っていた訳ですか」
ヴィクトリアさんが時間を稼ぐ様に言った理由がわかった。今この裁判所で一番発言力がある様になったのは、リア様だ。
「ヴィクトリアが思ったよりもボイラーと連絡を取るのが遅かったのはびっくりしたが」
「そ、それは今はいいじゃないですか」
何故かヴィクトリアさんが焦った様子で話を止めた。
リア様がこの2ヶ月何をしていたのかわかった。
「それで手帳は?」
「燃やした」
「・・・・・・」
遺品の扱い方には文句があるが、言えなかった。
「そんな顔するなよ。悪いが、お前には不利なことしか書いていない。証拠として残すのも良くないから、燃やした。と言ってもあいつらも持っているだろうから、どこまで意味があるかはわからないが。2ヶ月の合間に調べたが、お前は十中八九クリスト侯爵の娘だ」
「やっぱりマリーはお嬢様だった。城壁の外の人と聞いた時はびっくりしたけど、マリーは本物の貴族よ」
「こいつ自身は知らなかったけどな」
そう言って笑った。
私は貴族ということを喜べないでいた。
「自分が努力してここまで辿り着いたってか?」
まるで心を読まれた様な気分だった。
「何図星みたいな顔してる。わかりやすいんだよ。あれだろ。私は今まで自分の努力と自分の決断でやってきましたって。勘違いした奴が陥る典型的な間違いって奴さ」
言い返せなかった。
「いかに恵まれた環境で育ち、いかに高等な教育を受けたのか、それが貧民に届く筈がないスタートにも関わらず、それに努力で辿り着いたと勘違いする傲慢がどれだけ愚かかわからない訳では無いだろう」
彼の意見は捻くれていた、だが、痛かった。言っていることが真実ではないとは思わない。
「リア様! いくらリア様でも私の友達を虐めるのは…」
リア様はヴィクトリアの口を手で物理的に閉じた。
「聞けよ。マリー、ただのマリー。お前は今何を言うべきかわかっているんだろ」
確かにわかっていた。わかっているが、この人への憎しみが止められなかった。そして、この人へ憎しみを向けるのは間違いだということもまた理解していた。
リア様の顔で、リア様の口で、リア様の声でそれを言うのが、許せないのだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いに無言になった。
私ははっきりとわかった。この人があまり好きではないのだ。
でも、嫌いにはなれなかった。
リア様を見つめた。
「少し時間を下さい。気持ちを整理する時間を」
この人は言い方こそ最悪だが、この人なりに私を助けようとしていた。
私はそれを信じるしかない。
「そうだ。リア様。竜を倒した話を聞かせてください」
微妙な雰囲気から脱する為に、ヴィクトリアが私達に気を遣って話を振った。
「ああ、そうだ。聞いてくれよ。大変だったんだよ」
それを受け、リア様も嬉しそうに話し始めた。
「あれはそう、今さっきのことだ———」
中央国へ向かうのも飛行魔術で帰ろうとしていた。精霊術式の召喚を使う必要などなかった。このまま何も無ければ、間に合う筈だった。しかし、大きな黒い点が見えてしまった。
「鳥の魔獣か?」
一瞬、そう思ったが、嫌な予感がした。1年前の行軍訓練を思い出したのだ。
それに近づくと段々と黒い点が大きくなった。
「あれは、十中八九竜だな。幼体ならいいけど」
行軍訓練の時にいた竜はあまり大きくなかった。幼体から成体へと変わる最中で、幸運なことにそれほど強くなかったのだ。成体になれば途端に面倒くさい。竜は脱皮を繰り返して大きくなる性質上、成体に近づけば近づくほど、身体は固くなる。それに加え飛びながら魔法を放ってくるのだ。俺みたいに飛べないとただ空を飛んで魔法を使っているだけで、都市がが壊せる。
「運が悪いなあ」
急いでいなければ色々と遊べる相手なのだが。
「急いでいるんだよな」
ここで逃げるのは駄目だ。貴族としての責任がある。貴族は戦う責任がある。
「よし、倒すか」
ちょうど竜がこちらへと気付いた。
竜がコチラへと向かってくる。それを見てコチラも逃げた。馬鹿正直に相対する意味はないが、体格差のせいかすぐに追いつかれた。でも、小回りはこっちのほうが効く。
急旋回し、竜の懐に入った。
【第四術式 擲廻転槍】
槍状に形成された魔術はしっかりと竜の胴体に当たった。だが、まるで効いていない。
鱗に傷すらついていない。
「やっぱり俺だけじゃ無理そう」
竜が旋回する前にそのまままっすぐ空を飛んだ。行軍訓練の時はアイツがやってくれたしな。【第六術式 擲葡萄廻転風槍】を何百も展開するのは人間にとっては不可能だ。人間はその体内に含まれる魔力でしか魔術を行使できない。俺ですら全ての魔力を使って十数個しか展開できない。そして、全力で魔術を放ったとしても、十数個の第六術式では精々鱗を砕くだけだろう。竜に致命傷を与えるには至らない。
「まあ、だから俺が天才な訳なんだけど」
人間では、その程度の魔術しかできない。だが反対に精霊は自然界に含まれている魔力を使うことができるのだ。
「来い。霜の精霊」
上空では冷たい風が吹き溢れ、冬の魔力に満ちている。だから冬に近い精霊を召喚する。下級の精霊なので、光の球みたいな見た目をしている。下級レベルだと方向性の定まっていない力に過ぎない。
「召喚しろ」
精霊魔術の術式だけを作った。そこに霜の精霊の魔力を注ぎ込む。
「来い。雪の精霊」
今度は下級の精霊に中級の精霊を召喚させる。今度はより人型に近い精霊だ。
「召喚しろ」
また、繰り返す。今度は中級の精霊に大精霊の召喚術式に魔力を込めてもらう。人間の魔力のみでこれをやったら馬鹿みたいに効率が悪いが、外界の魔力は実質的に無限だ。精霊に人間の魔術を使わせるからこそできる非効率的な効果的魔術。
その時、竜がこちらを襲ってきた。
「あっぶな」
間一髪で避けた。移動しながら術式に魔力を込める。中級以上の精霊には、精霊門が必要となる。特に上級となるとその大きさは巨大だ。
「来い。冬の精霊」
その時、精霊門が開いた。竜はそれに対して火の息吹を放った。竜が持つ最大の魔法だ。
逃げようにも避けられない。何か遮るような障害物もなく、守る術がない。空一面を覆うような火の魔法だ。
間に合う、よな?
その時、精霊門から水の魔法が放たれた。水と炎がぶつかり水蒸気を発生させていた。
危なかった。もし間に合わなければ、灰となっていた。
竜はここで初めて雄叫びをあげた。ここで初めて敵として認識されたのだ。
体は魔獣より固く、魔法は精霊より強く、頭は人間より悪辣。
「だが、俺よりは賢くもなければ、強くもない」
固さは俺よりはあるみたいだが。
「愚かなお前に魔術の授業をしてやろう」
竜の突進を避けながら、精霊を引き連れる。
「所詮人間の身体がもつ魔力の容量などお前ら竜や精霊と比べたらカスみたいなものだ」
残念ながら俺でさえ人間では強大な魔力を持っていると言えど、自然物には中々勝てない。
「精霊の魔術なんかは、いわゆる原始魔法と呼ばれ、正直言うと効率が悪い。それを魔力の総量で誤魔化しているに過ぎない。その点、人間が作り出した現代魔術は少ない魔力でより効果的な威力を出すように研鑽してきた。だが結局は自然の魔力に比べたら人間の魔力は非常に少ない。お前みたいなデカブツを相手するには、結局物量がなければいけない。鱗を貫通できても死に至らしめるまで行かない。人間の魔力では、お前みたいな化け物には効かない」
精霊魔術の術式は現代魔術とは、全く違うものだ。
「では、人間の魔力をどうやって効率的に使うか?」
より貫通力を増すか? 属性の力をもっと込めるか?
「いや、そもそもその問いが間違っている。水桶で大海の水を全て掬おうなど考える方が馬鹿馬鹿しい。水を移動させたければ、まず水路を作るべきだろう。最初から自然の力をそのまま使えば良いのに、そんな馬鹿馬鹿しいこと考える方が阿呆だ」
本当に単純な考えなのだ。誰もが思いつくような簡単な考え。でも、今までどうしてそれができなかったのか?
「精霊の魔法であれば、物量を補える。人間の魔力であれば、より効率的に使える。だったら人間の魔術を精霊が使えばいいじゃないか」
大精霊の身体に刻印が刻まれた。
「精霊術式の付与は人間に精霊の魔力を刻む。だったらその逆もできるはずだ」
精霊に人間の魔力を刻む。刻まれた魔術に魔力を流すといくつもの氷の魔力を持った魔力の槍が形成された。俺が使った魔力は精霊に刻んだ魔力だけだ。後は全て精霊の魔力だ。俺だけならば数十個の槍を作るので、魔力を使い切ってしまう。だが、精霊であれば、数百の槍を造作もなく作れる。本来であればただの【第五術式 擲葡萄廻転槍】が、氷の大精霊の魔力のおかげで魔力の性質が氷へと変わった。
「行くぞ。【第五術式 擲葡萄廻転氷槍】」
竜は自身の防御力に自信を持っていた。しかし、迎撃をしない程アホでは無い。またもや魔法によるブレスで氷の槍を燃やし切ってしまおうとした。
「まともにぶつかる訳ないだろ」
数百のうちの三分の一は炎によって消えたが、残りの槍は弧を描くように曲がって炎を避けた。それでもいくつかの氷の槍が蒸発したものの、軌道を変えた氷の槍が竜の鱗へ当たった。
と言っても突き刺さりはしない。氷の塊ではなく、雪の塊を投げたのかと錯覚するほど、竜の鱗にあたると砕けた。全く効いていないかと思われたが、あたる数が一つや二つではなかった。まだ、空中には百の氷の槍があった。
GAAAAAA
突如予想していなかった痛みが来たように竜は、叫んだ。
よく見ればわずか十にも満たない氷の槍が竜の鱗を砕いていた。
氷の魔力が急激に鱗を冷やし、鱗自体を脆くした。その時脆くなった鱗に目掛け、氷の槍を放った。竜は魔法の炎で防ごうとするが、いくつか漏れて当たる。その度に竜鱗が砕ける。だったらと竜は、魔法の炎をこちらへと向けてくる。術者を殺したほうが早いからだ。
「【第五術式 創多重氷壁】」
それを空中に展開した氷の盾で防ぐ。竜の炎と氷の盾がぶつかり、白い煙が空中を充満させた。何もない空中に、雲ほどの範囲に水蒸気が広がった。防げたのはいいが、視界が悪くなった。竜の魔法の炎が止まっても白い煙が立ちこめて視界が悪いままだ。煙の中から飛行術式で抜け出すと竜は驚きの行動を見せた。
「逃げやがった」
竜は翻って逃げた。固い体を持つことよりも、魔法を使うことよりもこっちのほうが面倒くさい。人間程悪辣と言われる所以である。
「冬の大精霊」
だが、それは良い選択とは言えなかった。
リア・クローバーほどには悪辣ではなかったからだ。
そもそも精霊魔術の得意なことはこんなちまちまと攻撃することではない。炎の精霊であれば火を出し、土の精霊であれば大地を隆起させることができる。しかし、大精霊レベルになると規模が違う。少し動けば災害になる。天災は精霊が気まぐれに起こすものとされ、人々は祈るしかない。だからこそ未だに根強く精霊信仰が続いているのだ。
確かに人間の魔術は効率がいいが、規模があまりにも小さすぎるのだ。人間の魔術は瞬発性と貫通力、そして魔力の効率性に優れている。しかし、しっかりと準備する時間があるのなら、精霊魔法の方が全てにおいて優れている。古来では精霊魔術を使うものは神と同等に見られることもあった。それは現代魔術の発展と共にそのベールが剥がれて行くことになるが、それは決して精霊が現代魔術に劣るということを意味しない。
「墜とせ」
巨大な影が竜に落とされた。それは決して日が沈んだ訳では無かった。
竜の頭上に空を覆うサイズの氷が突如現れたのだ。
竜は驚いた。
初めて自分より強い存在と出会ったのだ。
翼をはためかせ、全速力で空を駆けようとした、しかし、進めど進めど全く避けられない。蟻が人間の足を必死に避けるように、竜は必死に逃げた。小さな生き物にここまで良いようにされて、情けないほどに、逃げた。それでも逃げきれなかった。竜の背中に冷たいものが突き刺さった。竜は少しでも低く飛んで逃げようとしたが、氷が竜に当たると砕けた。砕けた氷が大きな塊となって竜に襲いかかった。耐えきれなくなった竜は、苦肉の策で魔法の炎を吐いた。しかし、溶かせど溶かせども氷の山は減らなかった。やがて氷の山が竜を押し潰す。まるで雪崩に飲み込まれたかのように、竜は空から墜ちた。竜が落ちても、氷の山全てが落ちたわけではない。それら全てが落ちきるまでにしばらくの時間がかかった。
もし、この光景を見ているものがリア・クローバーただ一人ではなかったら、こう言っていただろう。
「これが天災と呼ばれる所以」
リア・クローバーが西国の竜と呼ばれる理由は、決して竜を倒したことがあるからではなかった。
竜という例えは、例えどんなに人知を超えた者だろうと、滅多に人の例えとして使わない。その邪悪なまでの悪質さを人に与えるにはあまりにも規模が大きかったのだ。
だから、鼻息交じりで都市を滅ぼすことが可能な者にしか与えられない。
最強、最悪、手に負えない化け物。
人間を外れた生き物だけが、手に入れる称号。
それは決して機嫌を損ねてはいけない生き物ということを喧伝しているに過ぎない。この精霊を使った芸術と言えるような魔術は、大精霊だけがいればできるわけではない。決して精霊任せではない。魔術師としての技術が卓越していること、強大な魔力があること、精霊に好かれる才能があること、そんな誰もが羨むような才能を持ったものが、三人集まったとしてもできない。一人に集約していなければ使えない。
才能の暴力。
生まれ持った才能を十全に使える男、それがリア・クローバー。
「とは言えど、まだ死んでいないかな」
大雑把に使うなら精霊魔術の方が強い。しかし、防御を貫通するのは現代魔術の得意分野だ。
地上に降り立ち、竜を見ると息も絶え絶えながら、まだ生きていた。
「えいっ」
目から脳漿を貫く様に氷の槍を放った。
やっと竜は死んだ。
「時間を食った。中央国とも離れたし、どう考えても間に合わん」
一つ方法はある。
「まあ、やるしかないか」
「冬の大精霊よ。精霊門を開け」
精霊門を開く為に魔術陣を作ると冬の大精霊が魔術を流した。これだけ強大な精霊門を開くのは5年ぶりだ。五年前、これを開いてしまったから精霊王は現れた。多くの人は大精霊こそが一番上の精霊だと思っている。精霊王がその全ての精霊の上にいる。あの時はアイツを連れて行こうとした。だから、精霊術式付与で咄嗟にアイツを俺の身体に縫い止めた。そうしたらアイツは助かった。これの笑える話は、代わりに俺が持っていかれたということなのだが。
「ハハッ、今度は精霊王は出てこないか」
精霊門の先は次元が歪む。そしてある程度、予想した場所に開くことが可能だ。
冬の大精霊に【第九術式 飛行】を起動させた。
「行くぞ」
精霊門の中に入ると巨大な力の奔流に流される。それに逆らって進んで行く。門の出口が見えた。
「お前も来るか?」
振り返って見ると、冬の大精霊は居なくなっていた。
「はあ、消えるなら言えよ」
そう言って精霊門を出ると丁度議場に飛び出た。




