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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第五章 生真面目マリーは生きるために嘘をつく

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#13.1 マリーの罪 解説

 ヴィクトリアはリア・クローバーに手紙でこう言われた。

「万が一に備えて、俺が来なかったら時間を稼いでくれ」

「いやいや、間に合ってよ」と思ったが、そんな返しが手紙でできるわけもなく、仕方なく議場に座っていた。

ヴィクトリアは確信していた。

私ができることはない!

だからこそその場で居直った。びくついて仕方がない体を抑え込んで、まるでここに座るのが当然とばかりの態度で居座る。

でも、できることがないからって何もしていないわけではない。

貴族はその場にいるだけで仕事をしている。部屋のどの位置に座るのか、どのタイミングで部屋に入るのか、誰と親しいのか、誰の親族かなど、ただその場にいるだけで、情報の塊として存在できる。

ヴィクトリアとてそんなことはわかっている。

だが、同時にもどかしくあった。友達が犯罪扱いされて尚、違うと証明できないのだ。その法律の知識もなければ、友達を救うための弁論に優れているわけでもない。ましてやこの議場をひっくり返せるほどの権威のある友人もいない。彼女は議場に座る小娘に過ぎないと彼女自身感じている。

 だが、ヴィクトリアがいなければ、そもそも裁判は成立しなかったことなど、彼女は知りようもない。マリーがこの場で最も感謝を伝えたい人物である自覚もない。リア・クローバーが後にヴィクトリアを慰め、「あの馬鹿女のことだから、多分お前が行かなかったなら、きっと誰にも迷惑をかけず、自分で死にますとかほざくぞ。あいつはそういう奴だ」という言葉を彼女に伝えたが、ヴィクトリアはその時でさえ、自分の無力感を嚙み締めていた。


 彼女の無力感を大きく占めるものがあった。

「ねえ、ボイル公爵?」

「うん。なんだい?」

「マリーって結局なんで疑われているの?」

「え!?」

 ヴィクトリアは結局マリーがどうして責められているかわからなかった。だが、ヴィクトリアを強く非難するのは難しい。なぜならば、彼女はここ二カ月、マリーの情報を避けていたことに加え、実際にこの問題は宗教、政治、言語、建前が混ざるちょっと理解が難しいものだった。彼女と親しいリア、マリー、生徒会長などは理解していたが、その面々とも実際に会えなかったことで、彼女は問題を説明してもらう機会を得なかった。

「どこがわからないんじゃ? ちょっと説明しきれるかわからないぞ」

「じゃあ、まずどうしてマリーが送った手紙が疑われているの? 手紙なんて私ですら書いているし、お友達と暗号文の送りあいをしたことあるわよ」

「なるほど、そこじゃな。そこは確かに理解するのが難しいものがある」

ボイル公爵は素晴らしい方である。リア様に何も喋らないでいいからそこにいてくれと言われ、本当に何も喋らずにいることができる方なのだ。マリーを心配しながら一言も話さない豪胆さは私もいつか目指したいものである。だからこそ、ボイル公爵なら聞いてもいいんじゃないかという目算があった。

「ふむ、それには二つの観点がある。どうして暗号文が疑われているのかという話とそもそもマリーの暗号文は実は疑いの建前しかないということだ」

「えっと?」

「まずどうして暗号文が疑われるかという理由であれば、無限にある。毎日畑を耕す農夫にすら秘密があるように、秘密というものは誰もが持っているものだ。例えば、敵国に対して軍隊の規模や状況を教えたり、国内の政治情勢、金儲けの手段、君たちが通う学園もそうだな。情報の価値は無限にある。特に戦争を起こすためにはね」

それは私も理解するところだ。西の国の民は蛮族国家と近いため、日ごろから考えさせられるところである。

「つまり戦争を起こしたい人にとって情報は千枚の金貨にも勝るということですよね。民衆の不安を煽ったり、もし何か弱みを見つけたら、そこを責める。そのための情報が欲しい」

「そういうことじゃ。だが人が情報を伝えるのは限界がある。伝言すればという話もあるが、伝言ゲームのように情報とは人を介せば介すほど、情報が歪んでしまう。だからこそ、手紙の出番という訳だ。だが、デメリットがある」

それで今回の話に繋がるわけだ。

「そのデメリットというのが、今回みたいに検閲されて見つかってしまうことですか」

「うむ。封蝋に紋章を刻んだりするだろう。あれも検閲されたかどうかを確認するためのものだ」

「なるほど」

「だが、そもそも手紙を開けて中身を読んでも、暗号文ならわかるまい」

暗号文の恋文を見た時、リア様とそれで通じ合いたいと何度思ったことか。

「そうじゃ。一般的な暗号は対応表を使う。例えば、aを1、bを2としたとき、121とすれば、abaだとわかる」

「それだったら私もやったことあります」

「恋人同士で使ったりもするだろう。誰にも見られたくない情報というのは戦争も恋も一緒じゃからな。だが、こんなに簡単に暗号を作るとすぐにばれてしまう。そんなときは対応表を変えればいい。aを〇、bを▽とするだけで、対応表を持たない人は全くわからなくなる」

マリーが前に手紙の前文が予想できてしまうから暗号を解読をするのは、簡単だと言っていたけど、そんな解決方法があるとは。

「だからそんなに簡単にできてしまうということが今回の騒動に繋がっているのだ」

「というと?」

「さっき情報が無限にあると言っただろう。であれば、軍の人間が外部に情報を漏らすために、暗号を使ったとすればどうする?」

「それだったら検閲されてバレて捕まるんじゃないの?」

「恋人に送った手紙だとしても?」

「え?」

なんだか物騒な話だと思ったけど、そう聞くと軍で厳しい生活の中、どうしても愛の言葉を送りたい良い人に聞こえる。

「暗号文の中身は解読するまでわからない。そしてその解読には大変な労力がいる上に対応表を変更してしまえば、努力が水の泡じゃ」

そうか。暗号文を読もうとする人は対応表を持っているわけじゃないから、対応表が変えてしまえば、また一から解読しないといけないんだ。

「だからこそ、疑わしいものは全て罰してしまおうという発想がある」

「何それ! 本当に恋人の手紙だったらどうするの?」

「そもそも怪しい行動をする奴が悪いという話だな。だからこそ、今回マリー君が狙われている」

「うん? でもマリーの暗号文って結局リアの精霊語なんでしょ。それが証明できれば、無罪なんじゃないの?」

「まあ、そもそもその証明が難しいという話はおいて、別にマリー君が書いたものは暗号だろうが、暗号でなかろうがなんでもいいんだよ」

「は? じゃあ、なんでこの裁判やっているの?」

「だからさっき言ったことに繋がる。結局疑わしいものを罰してしまうのじゃ」

「———なにそれ。それがこの国の法律だと言うの?」

私がそう言うと侯爵は笑うような悩むような難しい顔をした。

「じゃが、暗号文の中身を証明するまで罰してはならないとすれば、それもそれで厄介じゃ。本当に軍事機密などを送っていた場合、手遅れになってしまう」

「でも、別にマリーは軍事機密なんて知らないでしょ。学園の秘密って言ったって、そんな大したことがあるとは思えない」

冤罪というのは最初からわかっていたけど、意味がわかると怒りが湧いてくる。

「そこで最初の二つ目の答えになる。そもそもマリー君がこうして捕まえられていることこそ、ただの建前だ」

「え?」

「本当に捕まえたかったのは、マリー君が手紙を送っていた仲介者、チョムスキー夫人じゃ」

「あれ? マリーが言っていたけど、とても素晴らしい学者だと聞いていたけど」

「うむ。素晴らしい学者であることと政治犯であることは決して矛盾しないのじゃ。発端は彼女が始祖言語が蛮族国家にあると主張したことにある。始祖言語というのは、どこで言葉が始まったかということじゃ」

それを聞いて最初に私は思った。

「どこで言語が始まったということなんてどうだっていいじゃない」

「マリー君と言語学者が怒るぞ。だが、君の認識もあながち間違っていない」

「あっ、それは肯定されるんだ」

言葉なんてただの道具。マリーがそれをライフワークとしているのは知っているけど、所詮茶器を集めるのが趣味ですという人となんら変わらないだろうと思ってしまう。茶器に興味がない人にとって茶器もまた道具だ。

「じゃが。もし、戦争によって君が蛮族国家に仕えることになった時、君の気分は良いものだろうか?」

「どうして関係ない話を———」

いや、公爵が関係ない話をするとは思えない。

「多分少なくとも気持ちが良いものじゃないです。下手したら町を出ていくかも」

蛮族国家はお父様も嫌っている。西の国では近いせいもあって、何度も撃退に赴くことが多いのだ。

「それが君が持つ民族意識というものだ。中央国含む五大大国は王家によって成り立っている。それら全てが同じ血を持つという話もあるが、実際は本当かはわからない。じゃが、実は君の王様、わかりやすく言えばクローバー王の祖先が蛮族国家だったらどう思う?」

「え”!?」

どうしよう結構嫌だ。

「それってリア様もそうってことですよね」

「たとえ話だから適当に答えてええぞ」

「別にリア様だったら結婚したいですけど、若干、ほんのちょっと嫌です」

まあ、そんなことないから気にすることはないんだけど。

「うむ。別に恥じることはないぞ。そして、その嫌というのが、今回の騒動の肝じゃ」

「いや、でも今回と関係ないですよね。言葉の始まりが蛮族国家というだけで」

「それはつまり、私たちの祖先は蛮族国家からの移民ということにならんか?」

「あ!?」

そうか、もし私たちの祖先が別にいたら私たち特有の言葉を持っているはずだ。しかし、私たちの言葉が蛮族国家から来たということは、つまり祖先が蛮族国家から言葉が移ってきたということだ。そして、既存の言葉を駆逐してまで言葉だけが移ってくることはないだろう。そこにはきっと大勢の民がいたのだ。

「ということは私の祖先もそうなっちゃうの?」

「うむ。君も自分の中にある蛮族国家に対する嫌悪感を感じただろ。もし隣人が蛮族国家の血筋だと考えると嫌悪するだろう。その一方で自分はそうじゃないと考える。今さっき、もしクローバー王の祖先が蛮族国家だったらと聞いた時、君は自分の子供に蛮族国家の血が混ざってしまうと考えてしまっただろう」

確かにそうだ。リア様とは結婚したいけど、その子供は蛮族国家の血が流れてしまうのが、お父様に申し訳ないと思ったのだ。

「そうなると戦争が起こり、国民がバラバラになる。それに中央国は全ての国を繋げる国じゃ。ただでさえ、五大王国に分かれているのが、さらにバラバラになってみろ。大惨事じゃろ」

「———はい。それが国家転覆罪というわけですね」

「うむ。難しい話だったな」

「はい。調べずにここにいるなんて己を恥じるばかりです」

「自分を戒められるその姿勢は素晴らしい。だが、ここにいる貴族たちはそれを理解してこの場にいるわけじゃないぞ」

「え?」

「ほとんどが何か嫌だから反対したり、賛成している」

「ええ」

それはどうなんだ。

「だが、君もさっきまでそうじゃっただろ」

「———そうでしたね」

「情報を持ち、俯瞰的に判断するというのは、簡単なことじゃない」

「そうですね。みんながマリーの普段を知ったら、きっとそんな大それたことしないことなんてわかってもらえると思います」

公爵は私がなにか思い違いをしているかのように訂正した。

「うん。———うん? 連中もマリー君を疑っているわけじゃないぞ」

「え?」

「さっきも言ったじゃろ。マリー君を疑っているのは建前だと。これの落としどころは多分マリー君を終身刑にして、牢獄に投獄というのが丸いじゃろな。裁判で有罪にして他の言語クラブを潰すための方便じゃろうな」

「いやいや、それじゃあ、彼らも冤罪だと知っているみたいじゃないですか」

「知っているんじゃないか?」

「え?」

「とは言えど、知っているのは検察官だけだろう。別に彼も死刑にしたいわけではないから、終身刑に済ませようとしているのがわかるからな」

「え? でも牢獄に投獄だなんて」

「いや、牢獄もお金を払い続ければ悪いものじゃないぞ。まだ入ったことがあるわけじゃないが」

「え? 悪い人が入れられる場所じゃないんですか?」

「そうじゃが、別に入れられたからと言って、処刑されるわけじゃない。そういうのは一部の本当に悪いやつだけじゃ」

「でも、一生そこから出られないわけで」

困った顔をして公爵は言った。

「例えば君が結婚して家を任せられるわけだ。子供が出来て、子供が成長して、子供が君の家を継いで、そういう未来の中で君は家の外に出るのか?」

「それは———」

おそらくは出ることはないだろう。そして、私がそれに不満を持つとは思えない。むしろ良妻らしいじゃないか。私には母がいないので、そういったことに憧れている。子供ができたら子供のために尽くしてあげたいと思うことのどこが悪いのか。まるで結婚が人生の牢獄と言っているようなものじゃないか。

「ああ、すまないな。それは私の勝手な物の見方じゃ。だが、そう考えると意外と牢獄暮らしも悪くないものじゃろ」

「でも、結婚できないのが最大のデメリットですね」

さっきのは冗談として受け取っておく。

「うむ」

それをあっちも分かって頷いた。

別に人生の幸福度を天秤にかけるわけじゃないが、そう言われると牢獄暮らしも悪くないように感じる。

「でも、無罪なのに罪に問われる筋合いはないですよね」

「そうじゃ」

椅子に座り直した。

リア様が来るまでの辛抱だ。

リア様が来たらきっとマリーの無罪を証明してくれる。

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