#13 マリーの罪
「被告は、学園内の機密情報を暗号化し、言語クラブへと渡した容疑があります。さらにこの言語クラブは政府に反する主張をしています。中央国の言語の発祥が野蛮な蛮族国だと主張しています。被告は生徒会に所属しており、かつ、学歴もかなり優秀で先生からの信頼も厚い。学園内の機密に接することも多かった。」
判事が言ったことに即座に反論する。
「異議ありです。確かに私は生徒会に所属していましたし、先生からの信頼も厚かったです。とは言えど、学園の秘密なんてものには触れたことはありません。それに私は言語クラブへと手紙を渡していたわけではありません。リンゴォ氏へと手紙を渡していました。言語クラブはその仲介だったに過ぎません」
私の発言にすかさず判事も反論する。
「しかし、この手紙に付されたこれは一体なんなのでしょうか?」
そう言われて出された紙には、#だったり、%だったりが書かれていた。これを知らなければ、いかにも暗号によってやり取りをしていると思われる。
「二か月間調査しましたが、残念ながらこれの意味がわかることはありませんでした」
そんなのわかる筈もない。
「その暗号だと思われているものは暗号ですらありません」
「全くのデタラメだと?」
「いえ、ルールはあります。それの読み方もあります。ただそれが指しているものが何なのか分からないのです」
「言っている意味が分からない」
「ええ、そうでしょう。でも、それはリア様の言語を解読する手掛かりに過ぎないのです」
「マリー・スプリングフィールズ、端的に結論を言いなさい」
「いえ、結論を言うともっと分からなくなります。順番に言います」
「最初に発見した時は、風が強く春一番が吹いた日でした———
私はリア様が発した言葉に興奮していた。
初めてリア様が喋っている言葉がわかった様な気がしたのだ。
「リンゴォ氏、聞いて下さい。さっき、リア様が言っていた言葉がわかりました」
そう言ってリンゴォ氏の部屋に入ると咳をしたリンゴォ氏がいた。
「大丈夫ですか?」
近寄ってせめて背中を擦ろうとするが止められた。
「大丈夫だ。この年になると咳が止まらなくてね」
「そうですか。聞いて下さい! リア様がさっき確かに春一番だと言いました。リア様が春一番と言った言葉がわかったのです」
私は興奮気味にリンゴォ氏の様子など気づかないで言った。
「待ってくれ。マリー君。君が言っていることが分からないよ」
「…そうですよね。リンゴォ氏は前にリア様に対して、言葉について尋ねていましたよね」
「ああ」
「同じ物の名前を聞いているのに全く違う言葉が帰って来るということに悩まされていましたよね」
「…ああ」
「でも、春一番を指す言葉だけは春一番だったんですよ!」
リンゴォ氏は私が言った不明瞭な言葉を一瞬理解できなそうな顔をしていたが、直ぐに理解した。
「それは本当か? リア君の言葉が一意を為していたのか?」
「はい!」
「それは何と言っていたんだ?」
「え? シュワ~みたいな。全然違うか。ピカー。これも違う」
「リア君に聞くからいいよ」
「ごめんなさい」
リア様の発音は人間が発声できる領域にないのだ。
「それで思ったんですよ。春一番って要は風のことですよね。だから、精霊語とは自然を模した言語ではないかと思ったんです。確信はないんですけど」
その時はまだ、確信に至るようなものではなくただ直感的なものでした。でも、リンゴォ氏は勇気づけてくれました。
「言語学の発見が直感的であることはよくあることだ。私達の喋る言葉にはルールがあるが、常にルールに従って喋っている訳では無い。私達がやるべきことは、次にそれがルールであることを確かめることだ」
私はその言葉に感銘を受けました。
しかし、それもまた難航しました。何しろリア様の言葉は文字に書き起こすのも難しい上に、同じ物を指しても次の瞬間には全く違う言葉になってしまうのです。それに自然を模すとは言いましたが、何を模すのかも検討がついた訳では無いのです。
そこまで説明して私は泣きそうになった。
「そこで大事になったのは、日記と天気図でした」
「私はリア様と出会ってから毎日日記を書いていました。その日の天気からリア様の喋っていた言葉まで」
リア様の言葉は全て書き記せた訳じゃない。だって聞き取ることこそ難しかった。
「そうしてある一つの発見をしたのです———
「リンゴォ氏見て下さい! 私の日記と天気図です」
「どうしたんだい?」
「これです! この日記を見て下さい。私ずっとリア様がお休みと言ってくれた言葉を書き留めていたんです。ほら、この日。で、その日の天気図を見て下さい。北西の風5メートル。そしてこの日を見て下さい。この日のお休みとこの日のお休み、文字が似ていますよね。そして天気図を見て下さい。北西5メートル。ぴったりです」
リンゴォ氏の目が見開くのがわかった。
「前教えてくれましたよね。北の国の少数民族の中では、雪に対する語彙が大量にあると。水っぽい雪、乾いた雪、大量に降った雪など、それを表したそれぞれの固有名詞があるとそれと同じで風にも固有名詞があると思ったんです。それで天気図を使って風の向きと風速を調べたんです。まだ条件はこれだけだとは思いませんが…」
「マリー君」
「は、はい」
「もうこれは君の研究だ」
「え?」
私は急に突き飛ばされた様な感覚に陥った。
「で、でも、これだけじゃまだ」
私はまだリンゴォ氏の手を借りたかった。
「時間と根気さえあればこの言葉についてもわかるよ」
まるでリンゴォ氏は諦めている様に見えた。
「僕には時間がない」
ああ、そうか。
「そんなこと」
「君みたいに未来ある若者と違い、時間がない」
ああ、そうか。この時には死期を悟っていたんだ。
「リンゴォ氏も若々しいですよ」
「でも、これは君の発見だ。僕じゃあここまで辿り着かなかった。僕が一人でやっていたら、僕が死ぬ迄に、解読の一歩目にすら辿り着かなかった」
君は天才だ。
その言葉に何が含まれていたのかわからない。
純粋な褒め言葉だったか。それとも皮肉だったのか。でも、確かなことは、これを話した時、リンゴォ氏は自身の死を予期していたということだった。
「私は本来の目的である学園に行く必要がありました。私達の研究はまだ未完成で、発表しようにも証明できるほどの材料がなくなりました。更に言えばご存知の通り、リア様は言葉を取り戻しました」
あの光景を思い出せば、取り戻したというのは正しい表現ではない。
「今も確認できるかはわかりません」
横をチラリと見るとヴィクトリアさんが驚いた顔でこちらを見ていた。
「貴方はそれだけ…」
「それでは結局の所証明できないということですか?」
「ええ、暗号文と書いてある中身は証明できません。なんせ私も何と言ったのか分からないのですから。でも、暗号解読のスペシャリストがいるのなら私が嘘を言っていないこともわかるでしょう」
議場に静寂が訪れた。
「ですが死んだ筈のリンゴォ氏に手紙を送るのは不可解です」
「いえ、それは知らなかったのです。ご存知の通り、私が学園の外について知っていることなど少ししかないのです」
結局リンゴォ氏がどうして手紙を送っていたかわからない。
「それでは自分は騙された被害者だと?」
被害者という言葉選びに違和感を感じたが、冤罪を主張するのならそっちの方が良いと思った。
「ええ。仮に言語倶楽部の方で、何か疑いがあったとしても私の知る由もないことです」
「それでは貴方にはそれをやる理由はないと?」
「ええ、勿論です。少なくともリア様の顔に泥を塗る理由はありません」
「それは果たして本当でしょうか」
判事は演技がかった様子で言った。
「裁判長彼女は身分を偽っています」
ああ、来るか。
「彼女は城壁の外の人なのです」
会場にどよめきが訪れた。
「今ここで裸になって証明しましょうか?」
罪人には入れ墨を入れられる。だから本当に城壁の外の人ならば、入れ墨がある筈だ。
「いえ、その必要性はないでしょう。だって本当の罪人は彼女の親なのだから」
ここまで調べがついていることに、驚きが隠せなかった。
「仮にマリーが城壁の外の人だとしてもそれは親の罪じゃない。マリーは関係ないわ。それにスプリングフィールズ家の後見人はクローバー公爵よ」
「この国の法律において子供まで同様の罪です。ですが、生き残って貴族としてまた生きた前例が無い」
「私が城壁の外の人という根拠は何なのでしょうか?」
わざわざ証拠なく、城壁の外の人だと言わないだろう。 私が城壁の外の人というのは、正確に知っているのは、リア様、イスカ様、クローバー辺境伯、そしてリンゴォ氏だった。この中でバレた経路は…
「それはリンゴォ氏の手紙です」
正直それしか考えられなかった。
「リンゴォ氏は貴方に向けて予め手紙を書き溜めていました。その中でこう書いてあります。君の言語能力は素晴らしいものだが、君の言語能力は一朝一夕のものではない。真に優れた教育が無ければ、君の言語能力は覚醒しなかっただろう。君は親のことを知らないが、君の年齢を推察するに14歳の時に、生まれている。そして君の言語の訛りを鑑みると(君は僕が言葉を聞けば、何処の出身か分かることを知っているだろう)君は南の国の出身、そして、具体的には元クリスト領だろうと推察できる。そしてちょうど14年前、クリスト侯爵が政治犯として投獄され、国を追い出された」
何か途中でリンゴォ氏が言っていることがおかしな方向を迎えた。
「何がどうして君が西の国にいるか分からないが———」
「君はクリスト侯爵の娘だ」
「え?」
私が貴族の生まれ?
城壁の外の人じゃなくて?
思わずヴィクトリアさんの顔を見た。
そこにあったのは拒否感でも、反発でも無かった。
ただ、納得したように頷いただけだった。
何か。
何か反論しないと。
でも、何も思い付かなかった。
頭が真っ白になってしまったのだ。
え?
私が本物の貴族の娘?
何を言っているんだ。
私は城壁の外の人で。
「——なので、彼女は国家反逆の罪だけでなく、城壁追放の罪まで背負っているのです」
聞いていなかった。
頭にまるで入って来なかった。
だって。
「マリー?」
だってここまでの私の能力は、生まれが良かったからじゃない。私の努力だった。
「マリー!」
ヴィクトリアの声で我に返ると周りの人達が私を見ていた。
どうしよう。
何を言えばいい。
「私は…」
その時だった。
議場の宙が割れた。
そこから風が漏れ出て議場中にある紙という紙を吹き飛ばした。
私はそれを見たことがあった。
あの舞踏会の夜、リア様が呼び出した精霊が来た時と同じだった。
その割れ目から球体に入った人物が見えた。風の魔術師として高ランクなことを示す深緑の様な綺麗な髪色と目が見えた。
「リア様…」
「やあ、遅れてすまないね」
否、’リア様’ではない。リア様だ。
「さあ、再開しようか」
目茶苦茶になった議場の中で一人涼しい顔をして言った。




