#11 開廷
ここからは上手く見えないが、目の前には、裁判官がいた。
「マリー・スプリングフィールズ、前へ」
私はその言葉に従って前に出た。
「聞いてください」
私は声を張り喋った。
「マリー・スプリングフィールズの罪状は国家転覆を企てたこと」
「聞いて下さい!」
しかし、裁判官は聞く耳を持たなかった。
「よって死罪とする」
「え?」
群衆の怒鳴る声が聞こえた。視界は固定され、群衆が石を投げてくるのを見るしかできなかった。
「…私は。痛ッ」
石が首と手を固定する木製の錠に当たった。
違う。本当に違う!
「マリー・スプリングフィールズは国家転覆を企てた。この者は流言によって国を二つに割ろうとした罪で死罪とする。異論がある者はいるか?」
群衆の同意する声が聞こえる。
「私は嘘なんて吐いていない!」
声高に叫んでも誰一人信じない。
その時、群衆の波が真っ二つに割れた。そこからもはや懐かしく感じる二人が腕を組んで現れた。二人なら弁護してくれる。リア様とヴィクトリアさんなら。
「マリー、どうしてそんなことを?」
「え?」
「###?」
え? リア様今精霊語を、いや、私はやってなくて
「マリー、貴方は罪を償わないといけないわ」
「違う! 私は!」
いくら自己弁護しようとヴィクトリアに一切届かなかった。
私はギロチンの刃を見ていた。
死刑執行人の顔が見えた。
「マリー、罪を償いなさい」
死刑執行人の声はヴィクトリアさんの声だった。
違います!
私じゃない!
しかし、その声すら出なかった。
死刑執行人の姿形が、ヴィクトリアへと完璧に変わった。
「さようなら」
ギロチンが下ろされた。
「ハアッ、ハァ、ハアッ」
心臓が早鐘を打ち、背中にはべっとりと汗が付いていた。
そうだ。これは夢だ。これは夢なんだ。
わかっているのに。
わかっているのに怖くて仕方ない。
誰かに会いたい。
なのに周りを見ても石壁だけだ。
心臓がまだバクバクと鳴っている。これは違う。こんなのは幻だ。あんなこと二人が言うはずがない。
だと言うのに、私は怖かった。
二人が信じてくれないことを。
裁判は明日に迫っている。
こんな夢を見たのは死ぬのが怖いからじゃない。
あの二人は私が牢獄に入れられてから、一度も面会に来てくれないのだ。いや、面会に来てくれると思うことこそが、傲慢で、見当違いだ。
リア様にとって私はただの侍女で、ヴィクトリアさんにとって私はただの友達の一人だ。
来てくれないことに何もおかしなことはない。来て欲しいと思うことこそ、おかしいのだ。
今頃、あの二人は仲睦まじく手を取り合って…
「ッ!」
その瞬間、まるで酷い痛みがやってきたような錯覚に陥った。実際に痛みなどない。だが、あの二人が浮かぶ光景をどうにか消そうとした。でも、それは上手く消えなかった。
なんでこんなことを考えているんだろう。
あの二人がくっつくのは良いことなのに。
私がいらなくなったって。
そこまで思い浮かんで、私は納得した。
そうか、私はあの二人の一番になりたかったんだ。でも、あの二人の一番はあの二人だ。私が入る余地なんてない。そして、それは皆が偽物のリア様と呼ぶ”リア様”も同じだ。”リア様”も同じ気持ちだったんだろうか。生徒会長は”リア様”は自分から望んで精霊術式を起動したと言っていた。でも、気持ちはわかる。ヴィクトリアさんとリア様は一緒になるべきだ。くだらないと思われるかもだけど、私はリア様と一緒なのを喜んでいた。
なのに、なのに涙が自然と出た。
どうして”リア様”は一緒に連れて行ってくれなかったのか。あの時、もう少し早く着いていれば、いや、あの時、「精霊王」の前に出れたら私が代わりになれたんじゃないだろうか。あの場で最もいらない人はどう考えても私だった。今私は迷惑をかけながら死のうとしている。それぐらいなら、あの時、死ねば良かったんだ。
リア様より、ヴィクトリアさんより、”リア様”よりも死ぬべきなのは、私だった。城壁の外の人の私だ。
ふと、死んだらどうなるのか考えた。西の国では、死んだら精霊の国へと連れて行かれるとされている。
でも、あの時の”リア様”は鳥籠の様なものに、入れられていた。だったら私は二度と”リア様”に会えないのではないだろうか。
「いえ、死んだら会えると考える方が馬鹿馬鹿しいですね」
死んだって何も残らない。灰になるだけだ。
「ああ、リア様に頼んで、私の代わりに”リア様”を召喚して貰えるように頼みましょうか」
せめて意味のある生でありたかった。どうせ死ぬなら有効活用して欲しい。魔術の実験の為に罪人を使うと聞いたことがある。どうせなら私を使えば良い。それに今のリア様は合理的な判断ができる方だ。薄っすらとしか記憶に残っていないが、ヴィクトリアさんは私を助けようとしていた。しかし、もしあれを実際にやっていたらヴィクトリアさんにもリア様にも迷惑が掛かっていただろう。リア様が私を見捨ててくれて良かった。その判断は正しく、もう助からない私とは違い、ヴィクトリアさんの身体にも経歴にも傷をつけなかった。もし、私が同じ立場だったら同じ判断ができる。もし、ヴィクトリアさんが間違って助けていたら、国を出ないといけなかった。下手したらエバーグリーン侯爵だって罪に問われていた可能性がある。
「死罪になったものは死ぬ前に一つ言う事を聞いて貰えると聞いたことがあります」
それがいい。
私を“リア様”召喚の媒介に使って貰えばいい。
そうなったら私の気持ちが報われる。
せめて死ぬ前に“リア様”の役に立ちたい。
そう思うのは贅沢過ぎるだろうか。
私が生きようと足掻くよりはそれが良いに決まっている。
そう思おうとすると心が軽やかになった気がした。
寝汗のせいか急に寒気が来た。
「寒いですね」
ガタガタと震える身体を布団に押し込んだ。
部屋には暖炉がなかった。朝にはお湯を持ってきて貰えるが、それまでは布団に包まって耐えなければならない。
寒いから手足が震えた。
気付いたら牢屋の小さい窓から朝日が射し込んでいた。いつの間にか寝たのかもわからない。全く寝た気がしないせいか、身体が重かった。今の私はメイドに世話をして貰わないと準備さえできなかった。時間もわからない中でメイドを待った。
「おはようございます。マリー様」
だが、思ったよりも早く来た。メイドの顔は私よりも決心に満ちていた。私の顔を見て何も言わぬようにグッと言葉を飲み込んでいた。メイドがいつも通りにしようとする姿が逆に違和感を感じる。
「あの、無理に私に仕えなくても…」
犯罪者の私に仕えなくても。
「いえ、ごめんなさい。私ったら、本当に不甲斐無い」
泣かせるつもりはなかったのにメイドが泣き出してしまった。
「私よりマリー様の方が何倍もお辛いのに」
いや、きっとそんなことはないんじゃないか。
「マリー様の裁判に私は出ることができません。マリー様が頑張っているのに何もできないのが、不甲斐なくて」
メイドの頭を撫でながら何処か既視感を覚えた。
その既視感がわかった時、心が震えた。
「ありがとうございます」
「え?」
リンゴォ氏を思い出せた。
忘れていた訳では無い。リンゴォ氏と別れて辛い記憶しか思い出せなくなってしまっていた。
そうだった。
私は心の温かさをリンゴォ氏から受け取った。
あの時、リンゴォ氏が泣いてくれたから私も泣くことが出来た。私に心の優しさがあるとしたら、その原点はそこにあった。例えリンゴォ氏がこの世から消えようとも心の温かさは消えないのだ。
「ありがとうございます。最後に会ったのが貴方で良かった。リンゴォ氏のことを思い出せました。私の大事な記憶です。リンゴォ氏も貴方みたいに私の為に涙を流してくれた」
それだけで満足だった。
リンゴォ氏みたいに他人の為に涙が流せる人がいる。それだけで十分だった。
それだけでこの世界は良いものだったと言える。
「私決心しました」
メイドは何もわからないという顔で私を見上げた。
誰にも迷惑をかけない様に死のう。
裁判場は無機質だった。しかし、質素ではなかった。裁判官も貴族で、私の罪を訴える判事も貴族。だと言うのに裁判場は機能的で無駄な要素等ない。だからこそその荘厳さと何の為の場所かというのを教えてくれる。
「被告 マリー・スプリングフィールズ。前へ」
この場に貴族でないものはただ一人私のみだ。それが城壁の外の人というのは笑える話だ。
「はい」
法廷を見渡した。
いないか。
一瞬そう思うと私はヴィクトリアさんとリア様を探していることに気付いた。
何をやっているんだ。
彼女達が来たって良くはならない。むしろ彼らの経歴に傷を付けてしまう。
今更未練がましくしているのか。
彼女らは来ない。そして、それが最善の行動なのだ。リア様がきっとヴィクトリアさんを止めて、いや、きっとヴィクトリアさんもそこまで馬鹿ではあるまい。きっと自分の意思で来なかった筈だ。
それがいい。
きっとそうなのだ。
「マリー君!」
しかし、意外な人がいた。
「公爵!?」
西の国で一番偉く、リア様の叔父になる人、クローバー公爵がここに居た。中央国に住んでいるとは言えど、来るとは流石に思わなかった。
「公爵、どうしてここに? いえ、それよりもメイドのお世話ありがとうございました」
「良いんだ。冤罪となれば黙ってはいられない」
公爵のお屋敷には学園に行く前に泊めて頂いた。
「それにリア君から頼まれた」
メイドから聞いてはいたが、驚きを隠せない。今のリア様とは何の繋がりも無いのに。
「リア様にお気遣いありがとうございましたとお伝え下さい」
「それは君自身が伝えるんだ。私では何の役にも立たないが椅子を暖めることくらいできる」
「いえ、そんなことないです。ここに来てくれただけでも...」
私はこれから断罪されるのだ。
「これでも少しは顔が聞くんだ」
そう冗談らしく笑って、弁護人の席に座った。それを見て法廷がざわめいた。判事は驚いた様に、何か耳打ちしていた。
「被告マリー・スプリングフィールズは学園の技術を暗号によって学園外に持ち出した。更に中央国に対して反抗的な勢力に対して、それを流布した。これに対して異論はあるか」
私は夢の中で見た光景と同じだと思った。今私はギロチンにかけられているのと何ら変わらない。しかし、少し違うことと言えば、そのギロチンを下ろす紐は私が持っている。だからこれを手放してしまえば、私は死ぬことができる。
「私は!」
そう高らかに宣言したのに。手から紐が離れなかった。
「私は」
何を怖がっているんだ。
言え。
言え!
異論が無いって言え!
「異論があります」
凛とした声が法廷に響いた。
それは私の声ではなかった。その声の元を辿ると扉から風が吹き抜けた。
「嘘…」
「私はマリー・スプリングフィールズの無罪を主張します」
カツカツとハイヒールを鳴らしながら、こちらへと向かってくる。その姿は堂々としていて法廷の視線を一身に集めた。
「どうして?」
「どうぞ、レディ」
公爵は立つと席を譲った。
真っ黒なドレスを着たその人は私の隣に座った。
「ありがとう。公爵」
公爵が譲ったこともそうだが、何よりも目の前の人がいることの方が驚きを隠せない。
「どうしてヴィクトリアさんが」
ヴィクトリア・エバーグリーンがそこにいた。




