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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第五章 生真面目マリーは生きるために嘘をつく

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#10 手紙の正体

 私の頭の中はずっとぐるぐると回っていた。私が捕まったこと。リンゴォ氏が死んでいたこと。そしてリア様が入れ替わったこと。この3つのことをずっと考えても何も思いつかず、私の頭を占領している。一つ考え終わっても、次のことが頭に浮かんでしまう。まるでメリーゴーランドみたいに永遠に追いつくことがない馬と追いかけっこしているみたいだ。

 しかし、一つだけ確実に分かることがあった。

これから私は死ぬ。

国家反逆罪は重い。この罪が冤罪だと証明できなければ、私は死ぬ。これは確かだ。

だから私はどうやったら自分が死なないか考えないといけない。それに思考を割いて、ちょっとでも生き残る可能性に欠けないといけない。

いけないはずだ。

なのに考えることができなかった。

イスカ様に城壁の外の人だとバレた時、私は生きるのに必死だった。嘘をついても、罪を犯しても生きる気があった。死んではなるものかと必死に口を動かした。だけど今では、これから死ぬという実感がない。

そんなことよりも頭を占めていることがあった。

リンゴォ氏が死んだ。

その事実が私の胸に突き刺さって抜けない。

リンゴォ氏との関係性はそんなに長い訳じゃない。でも、多分一番私に物事を教えてくれたのはあの人だ。城壁の外の人である私に言葉を与えてくれた。

言葉が人間を形作る。

リンゴォ氏の言葉は、本当だった。

私とリンゴォ氏の授業の殆どは言葉の時間だった。私は自分が喋る言葉通りの人間になった。私の立ち振舞も、私の品性も、私の人生もリンゴォ氏が形作ってくれた。城壁の外の人である私が騙し騙しやってこれたのは、リンゴォ氏のおかげだった。

 薄情かもしれないが、お父さんが死んだ時もお母さんが死んだ時もこんなに悲しくはなかった。でも、リンゴォ氏は違った。心にぽっかりと穴が開いてしまった。喪失感と言っていい。この喪失感を埋めようと涙を流すのだが、涙が流れても流れても、それは埋まらない。

一つだけわからないことがある。

判事は、あの手紙はリンゴォ氏が既に死んだ時に送ってきた物だと言っていた。

あの手紙は死者が送ってきたものかの様に。

 思考を私の冤罪へと無理やり戻した。

 私はそれよりもどうしたら私が死なないですむか考えないといけない。死に直面した時でも私の思考は止まらなかった。城壁の外の人だとバレたときも。衛兵に殺されそうになったときも。竜が来た時も。精霊が召喚された時も。

 なのに何も思い浮かばない。生きようという気概が湧いてこないのだ。私はリア様の為に生きたかった。リア様の口となり、頭となりたかった。でも、それはもう叶わない。私はそれでもリンゴォ氏の役に立ちたかった。それさえも叶わなかった。私の命はリア様から貰った。私の口と頭はリンゴォ氏が使えるものにしてくれた。私はそれを誇りに思っていた。だからこそこの二人には、恩返ししたかった。

 でも、恩を返す二人はもういない。

「私の生きている意味なんて…」

あるとは言いきれなかった。


私にリンゴォ氏が死んだと知らせてくれた判事と話す機会は、直ぐにやってきた。

「まず最初に貴方の来歴を教えて下さい」

「え? あ、はい。私は西の国出身です。リア様に幸運にも拾って頂いてメイドとして教育を受けて、その後スプリングフィールズ家の養子としてしてもらいました」

まるで本当の来歴のようにスラスラと嘘をついた。殆どの部分が真実であるのに嘘みたいな経歴だ。本当に嘘なのは城壁の外出身というだけだ。

「元々は庶民の出身ということですか?」

「ええ、父も母も死んでしまったので、父と母の来歴は知らないのですが、そうです」

「リア子爵に拾って貰う前は何を?」

少し違和感を持った。どうしてこの方はわざわざ庶民の経歴を聞くのか、わからなかった。

「庶民なので語るべきことはありませんが、普通の庶民の暮らしを想像して頂ければそれにあたります」

私はまるで質問の意図がわからない振りをして、聞いた。

「あの、それで何で私は捕まったのでしょうか?」

養子にすること事態はしばしばあることだ。庶民しかも女の子を養子にするのは珍しいが、だからそれ自体は罪に問われたりしない。それに養子にしたのは、スプリングフィールズ家であってクローバー家ではない。だが、城壁の外の人と知られれば、不味いだろう。私は出自を隠す必要があった。

私の出自を知っているのは、私、イスカ様、旦那様、リンゴォ氏、そして過去のリア様くらいだ。今のリア様は知らなくてもおかしくない。いや、知らないと考えてもおかしくはない。

「いえ、お気になさらず、確かにそうですよね。貴方が出自について知らなくてもおかしくはない」

引っ掛かる言い方だったが、追及する訳にもいかない。

「すみませんが、リンゴォ氏との関係性について聞いても?」

リンゴォ氏。

その言葉を聞くと冷静だった気持ちが一気に暗くなった。

「気付け薬でも入りますか?」

判事は心配そうに聞いた。ここでの心配は私のことではなく、情報が手に入れられるかどうかということだろう。

「いえ、大丈夫です。大変申し訳ございません。どうやらリンゴォ氏の名前を聞くと冷静ではなくなってしまうのです。とは言っても男女の関係ではありません」

「失礼ですが、男女の関係でなくとも、恋慕しても、おかしくないのでは?」

この人には言わないが、それは恋慕ではなかった。きっと恋慕とは、私がリア様に向けた感情だろう。私ですら不思議に思うのだが、今はこの気持ちが理解できた。

「多分、それは尊敬だったと思います。師としての尊敬でした。私の言葉を、私の中央訛りは綺麗でしょう。私の言葉を教えてくれたのは、リンゴォ氏でした。リンゴォ氏は言っていました。言葉が人を形作るのだと。私はリンゴォ氏の言葉によって形作られた人間です」

「それで尊敬ですか。私は不思議に思います。中央国訛りは、その1年程の期間で、失礼貴方の来歴を調べさせて頂きました。確か1年ほどリンゴォ氏が一緒にいた期間があると調べました。その期間で中央国訛りを学べたのでしょうか?」

私は少しムキになって答えた。

「それはリンゴォ氏が優秀だったからでしょう。私も少しばかりは勉強ができますし」

「ああ、いえ、貴方の優秀さを疑っている訳ではありません。私が不出来なもので、礼節の時間等は怒られてばかりで、今でもあの時間は苦手でして」

「いえ、こちらこそすいません。ただリンゴォ氏のことになってしまうと冷静ではなくなるので」

「ええ、こう言っては何ですが、リンゴォ氏については信頼をしているのです」

ここまで話して違和感に気付いた。この人はリンゴォ氏のことを信頼していた。そして、何故か私のことも信頼していた。普通、私が反逆罪だとするのなら、私を疑ってかかる筈なのに。

「あ、あの、それで教えて欲しいのですが、あの時言っていたことが気になるのです」

「あの時?」

「私がリンゴォ氏が死んだのに気付かずに手紙を出していたと」

「貴方が気付かなかったかどうかは知りませんが、少なくとも貴方が手紙を出していた時期に死んでいたのは確かですね」

「…そうですか」

正直言えば、リンゴォ氏の手紙に違和感がないかと言われると心当たりがいくつかあるのだ。

「自身を弁護しなくてもいいのですか?」

「いえ、ああ、するべきだということはわかるのですが、それよりも物言わぬ人に手紙を出していたと思うと、やり切れぬ思いがあるのです。それに悪魔の証明でしょう。私が知らなかったことを証明できる人はいないのです。もう」

なんというか。不思議な違和感があった。この判事は私を疑っている割には、私に対する敵対心がないのだ。

「それで私から言うのも何ですが、暗号について尋ねないのですか? 暗号ではありませんが」

少し気になって探られても痛くないものについて聞いてみた。そもそも私は暗号なんてものは作っていない。あれは私ですら読めないのだから。

「おや、教えて頂けるのですか」

「先程から不可解なのですが、貴方達は私が書いたレポートを暗号文章だと勘違いしているのではないのですか?」

「それは大きな勘違いをしているようだ。それは捕まえた口実に過ぎません」

捕まえた口実ということは、別の理由があるのか?

そう訝しんでいると判事が不敵に笑った。

「まあ、それは法廷でわかるでしょう」

それが何なのか私には見当もつかなかった。しかし、それについて考えるのも上の空だった。気づけばリンゴォ氏の手紙の方が気になっていたのだ。

今思えば、ここで気にしておけば、この後困らなかったかもしれない。

判事が帰って監獄に戻るとすぐにリンゴォ氏の手紙を考えだした。

 リンゴォ氏の手紙は4つほど手紙を出していた。そして返答はもう何度も見た。見なくても諳んじれる。


 親愛なるマリー嬢へ


 手紙を書くのは、どうも得意じゃない。私は時節の候を省略してしまうのだが、君は気にしないと信じている。君も知っての通り、手紙には時間がかかる。もし手紙の行き違い等があって、会話が噛み合わないことがあっても許してほしい。


リア君はしっかりと学校生活をやれているだろうか? 私はそこが心配でならない。できればそこをマリー嬢にはサポートして貰いたい。反対にマリー嬢には心配をしていない。君は器用だから案外初日から友達を沢山作っているんじゃないかと思っている。ああ、それから君の手紙に関して言えば楽しく読ませて頂いたよ。その調子で頼む。天気に関するレポートは役立っているかな? それとこの文はチョムスキー夫人に読まれていることだけは伝えておく。(中央国で手に入る物を私が届けるのもね)くれぐれも悪口を書かないように。悪口を書きたい場合は暗号で書くように。とまあ冗談はおいて一つ忠告がある。リア君を気にしすぎるのは良いが、自分自身を大事にすることだ。リア君は多分君が思っている頑強だし、君は君が思っている以上に脆弱だからね。


リンゴォより


どの手紙も内容がどこか抽象的なのだ。

手紙には、大きな時間的制約と距離的制約がある。手紙は目の前で直ぐに返事がかける訳では無い。それに手紙が途中で止まったりしたら、それまでに見れない。だからこそ返事のズレがあっても気にならない。それに男性は筆不精な所があるから、違和感があっても男性特有の返事の仕方だと思い込んでしまった。今思えばあれは、違和感があっても気づかれない様にする為のものなのだろう。

 答えを知った上で読み返せば、明らかにどうとでも取れるように書いてあるのがわかる。どうしてリンゴォ氏がこんなことをしたのか? これに気づかなかった自分の愚かさを恨めばいいのか、それともこんな突拍子もないことをしたリンゴォ氏を恨めばいいのかわからない。

 私はずっと監獄の中で答えのない問いをし続けていた。

本当ならもっと考えるべきことがあったのにも関わらず。

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