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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第五章 生真面目マリーは生きるために嘘をつく

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#9 元生徒会長との面談

 意外かもしれないが、牢獄の生活は快適だった。いや、むしろ学園の生活が監獄だったのかもしれないとすら思った。

メイドの方にお世話をしてもらったり、監獄長にお食事に誘ってもらったりとおよそ囚人とは思えない生活をしていた。これもクローバー公爵のお陰だろう。

そんな私に面会が来た。

その面会の人は意外な人だった。

「やあ、マリー君。意外にも元気そうだね」

「ええ、クローバー公爵と働きかけてくれたリア様のお陰です」

「監獄の中でも気丈な態度なのは、君らしいというか、何といえば良いのかな」

和やかな雰囲気を「それで」という言葉で切った。

「生徒会長はどうしてここに」

私に会いに来てくれたのは生徒会長だった。しかし、前に見た時よりもやつれていた。

「いやあ、君も情報が欲しいんじゃないかと思って」

「欲しいのは、欲しいんですけど。なんだかやつれていませんか」

私のイメージの生徒会長はもっと野心が強いイメージがあった。以前は身なり、態度こそ小綺麗にしているが、その内心はギラギラとした野望が見えていた。今はその野心が見えない。身なりがそこまで変わっていないとすれば、きっとその野心の変化だろう。

「まあ、なんというか。この間に色々あったんだよ」

憑き物が落ちたというのは、少し違うかもしれないが、まるで別人の様にすら感じる。

「ああ、それと生徒会長じゃもうないんだ。適当にアレックスとでも呼んでおくれよ」

アレックス。何処かで聞いたことがある気がする。中央国での一般的な名前なので聞いていてもおかしくないが、何か引っ掛かる。

「そうでしたね。私も生徒会じゃないですしね」

冗談で言ったつもりだが、生徒…アレックス先輩は沈痛な顔になった。そんな顔になるくらいなら来なければ良かったのに。

「皆は元気にやっていますか?」

「元気にやっていると言いたい所だけど、残念ながら君とリア君がいなくなった穴は未だに埋められないよ」

「リア様も何だか忙しいみたいなこと言ってましたものね」

「ああ、リア君なら消えた」

「え?」

「お空の彼方に飛んでった。文字通りね」

【第九術式 飛行】のことを言っているのだろうが、問題は何処に行ったのだろうかということだ。

「何処に行ったかは知らないよ。あのヴィクトリア君でさえね」

正直言って今のリア様は何を考えているかわからない。昔の噂で言えば女好きだったり、悪辣だったり、天才だったりする。しかし、今のリア様がどの様な方なのかわからないのだ。

「ヴィクトリアさんの様子はどうですか?」

その質問をすると生徒会長は意外そうな、いや、いっそのこと訝しむ様な顔をした。

「君は自分のことが気にならないのか?」

「自分のことと言うと?」

「君は下手したら死刑になるんだぞ」

確かに私は他人事の様にそれを聞いていた。その自覚がある。

「別に自慢じゃないんですが、私死ぬと思ったことが四回あります」

一回目は魔獣に襲われて。

二回目はイスカ様に城壁の外の人だとバレて。

三回目は衛兵に殺されかけて。

四回目は魔獣に襲われかけた時だ。

思い返せば学園の生活は平和だった。

一回しか死にかけてない。

「全てのタイミングでリア様が助けてくれました。でも、五回目はありません。リア様がいないのですから」

「いや、そんなことはない。リア君は助けてくれる」

アレックスは縋るように言った。まるでいっそそうであって欲しいという様な言い方だった。それに違和感を感じたのである質問をしてみた。

「今のリア様でも?」

生徒会長は面白い程に狼狽えた。

やっぱり思った通りだ。

「私を助けてくれたのは今のリア様ではありません。それに何の得があるというのですか? 今のリア様と私に何の繋がりもありません」

生徒会長も今のリア様がどの様な方かわからないのだ。

生徒会長には何故か悲壮感が広がっていた。

自信満々だった生徒会長はまるでその自信を丸ごと失ったかの様だった。

「それに私よりもリア様を信じていないのは、あなたじゃないですか」

違和感があった。今の生徒会長は生徒会長らしくない。

というよりは…

「ふふっ、そういうことですか」

謎が解けたような快楽を得た。いや、これは嗜虐心に近かった。もしくは本物のリア様へと戻したことの復讐心か。

「今のリア様を見て、生徒会長に似ていると思っていたんですが、違ったんですね」

あの自信に満ち溢れていて、自分の成功を疑わない精神性。あれは、生徒会長をやってきた時にずっと感じていた。その自信こそがこの人が成功する理由なんだろう。でも、それは違った。

「アレックス先輩。貴方は元々が今の性格なんですね。リア様に頑張って似せようとしていたんだ」

図星を突かれた様にアレックス先輩は慄いた。小気味よく思ったのは、もしかしたらあの時のお返しという側面もあったかもしれない。

「ああ、そういうことですか」

わかったのはそれだけじゃない。

私だけでなかったのだ。

あの時を引き摺っていたのは。

「アレックス先輩、別に申し訳なく思わなくていいですよ」

「は?」

「今のリア様を戻したのは間違っていたとは思いません。私、恨めしく思っていない訳ではないですけど、その選択を正しく思っています」

「君は…」

口に出そうとした言葉を飲み込んだ。

「懺悔しないで下さい、許しを乞わないで下さい。私を便利に使って下さい。その代わり私も便利に使わせて下さい」

不思議な感覚だが、アレックス先輩を全て理解した様な気になった。

「君は…」

また、口に出そうとした言葉を飲み込んだ。

「何か情報を持ってきてくれたんですよね。きっと」

私が理解した様に、アレックス先輩もまた理解した。彼は慣れているのだ。

それは、きっと彼の隣にいたリア・クローバーがやっていたことなのだろう。アレックス先輩はリア様に操られるのに慣れていて、それを心地よく思っているのだ。

「僕が思うに、君は政治的な問題に巻き込まれた」

アレックス先輩はまるで操られた様にゆっくりと喋りだした。

「ある中央国にある言語学の倶楽部が最近解散した。その倶楽部のリーダーはチョムスキー夫人。君が所属していた倶楽部だ」

当然会ったことがある。何度か言語学についての知見を求めた。

「君は君が話している言語の始まりを知っているかい」

「言語始祖というやつですね。あまり詳しくありませんね。東西南北、そして中央国の5つの国は共通言語を喋っていますが、都市レベル、国レベルで方言があって、これらは表音文字で表されますが、唯一東の国では表意文字も使うという話しを聞いたことがあります。これは、東の国が違う言語体系を使っていたという歴史があるからですね。だから東の国は違うとして、普通に考えれば文献に載っている古い言葉を強く残している言葉ですよね」

「知らないと言いながらそこまでわかるのは流石だね。そうだね。古い言葉を残している国は、西の国ということになっていて、西の国こそ言語の始祖ということになっている」

「それなら政治的な問題にならないのではないですか?」

「ああ、本当に西の国だったら、そうはならない。だが、西の国の更に西だったら?」

西の国の更に西と言えば、一つしか思いつかない。

「蛮族国家ですか」

リア様のお父様が常に軍を維持し戦争に備えているのは、重大な意味がある。国を守る要所でもあるのだ。敵は勿論魔獣ではなく、人間だ。

「チョムスキー夫人が言うには我々の言葉の元は西の国の更に西にあるのではという主張をしているのだ。政治的な問題というのは、我々の言葉が蛮族国家にあるという主張が許せない奴らがいるみたいだ」

「でも、学術的に正しいのならそれが正解なのでは?」

「それが政治というものだろう。権力がない真実は真実ではないのだから」

確かに支持されない真実は嘘と何ら変わらない。

「それでチョムスキー夫人は捕まったのですか?」

「いや、そこの倶楽部にいた人が何人か捕まっただけだ。中核となるメンバーは誰一人捕まっていない」

「そうですか」

捕まった背景はわかった。唯一知り合いと言っていいチョムスキー夫人が捕まっていないのはこの状況であれば、喜んでいいかわからない。

「しかし、本当にそれだけなんでしょうか?」

「どうゆうことだい?」

「いえ、気のせいかもしれないのですが、そこまで重い罪なのでしょうか?」

「いや、国家機密漏洩は表向きとしても、言葉の始祖が違うと分かれば、国が分裂してもおかしくない」

それぞれの罪自体の価値がわかった。言語倶楽部が言語始祖を研究していたことは知っていたし、それがこの国では国をバラバラにしてしまう可能性があるものだと言うことも。

「…そういうものですか」

納得した風を装っていたが、一つだけ気になっていることがあった。私の出自だ。私が城壁の外の人だと分かれば、恐らくは無事ではすまない。そしてそれがバレれば周りの人にも迷惑が掛かる。

「今日はありがとうございました」

「ああ」

そう言って立ち去ろうとした。

「一つだけ思い出した」

「はい?」

「君とリアは似ているよ」

「はあ」

「それじゃあ」

「はい!?」

捨て台詞の様にそれだけ言って、生徒会長は満足気に去っていった。まるでさっきの仕返しと言わんばかりだった。

「それ言われてどうしろって言うんですか」

独り言は壁に吸われていった。


 アレクサンドル・ヨーゼフは監獄の外に出て開口一番に言った。

「酷い目にあった」

マリー君には、恨まれているとは思っていたけど、その罪悪感に付け込まれる形になるとは思いもしなかった。

正直言えば、もっと悲しんでいると思った。彼女が偽物のリアを好きなことは分かっていた。でも、これは必要なことだった。

「大概僕も狂信者だ」

誰の狂信者かは決まっている。リア・クローバーだ。

この五年の僕の人生はまるで僕の人生じゃなかったみたいだ。リアに出会ってから僕の人生は歪んでいる。初めて会った時、こんなにも天才と呼ぶべきものが存在するのかと思った。僕には魔術の才も勉学の才もあった。それはただの自信でもなく事実としてあった。でも比較対象が悪かった。空の天上を目標として飛び跳ねるものは愚か者くらいだ。でも、僕の周りにはリアしかいなく、比べるものはリアしかいなかった。だから自分の隣にいるのが化け物と気づいていなくて、自信など生まれるはずもなかった。しかし、学園に入ることで僕は一番になってしまった。

正直言ってがっかりした。

井の中の蛙大海を知らずという諺があるが、大海を知った蛙が井戸の中で無双して何が面白いのか。

失望した。周りの人にも、こんなことにがっかりしてしまう自分にも。

僕は才能がある人を装わなければならなかった。さながら仮面を被るように。手近にあった仮面はリアの顔をしていた。その仮面は居心地が良かった。まるでこんな僕でもリア君に成れた気がした。しかし、そんな虚構の自信もリア君が学園に来るまでの間の短い享楽だろうけどと自嘲するくらいの余裕はあった。

しかし、いざリア君が学園に来てみると僕はがっかりした。あの凶星の如く、禍々しい光が無くなっていた。あの輝きこそがリア・クローバーを信仰する理由に成り得た。それに僕のことを覚えていなかった。リア君にとって僕なんて中央国に滞在している時の休憩拠点でしかないのだろうと思ってはいたが、それでも傷ついた。でも、それよりも横の少女が気になった。彼女は禍々しく光ってこそいなかったが、それでも自信があった。周りに負けない自信が。僕は今のリア君が影武者じゃないだろうかと思った。むしろその隣にいる少女こそリア君本人じゃないかと。きっと何らかの方法で女の子に成りすましているのだ。今思えば笑ってしまう様な妄想だったけど、僕は本当にそう思った。

 だから彼女に心を読む魔法を使った。

家には一子相伝となる魔法が存在する。僕は今までそれを必要としていなかった。でもその時必要になった。魔法を覚えるのは簡単だった。

しかし、決して便利な魔法ではなかった。煩雑な儀式と時間が掛かった上、一人だけの心を読めるわけではなかった。

図書室を対象として魔術を使った。

その時の収穫は思った様なものではなかった。

マリー君は恐ろしいことを考えていたものの、全く関係ない少女だった。これには非常にがっかりしたが、それよりも大きな出来事は、シズカ君の魔法だった。彼女は竜に新入生が襲われる夢を見ていた。そして、驚いたことにそれが現実となった。これは予言の魔法だと気付いた。一つ恐ろしいことを思いついた。もし、その予言を誘導して、予言を叶えていけば、もしかしたらリア君を元に戻せるのではないだろうか。それがどれだけ正しい予想かはわからない。でも、その時すでに僕は狂っていた。リア君の仮面を被って生活している間に気づけば中身は腐っていたのだ。笑うしかない。それに幸か不幸かリア君が書いた書籍をマリー君が持ってきた。一つだけ思うことは実はシズカ君の魔法は予知ではない可能性があるのではないかと思った。根拠はない。リア君を元に戻す方法も全く知らないにも関わらず、一つ一つピースが嵌っていくような感覚があった。予知というよりもむしろ何かに引き寄せられているのではないかと思うことがあった。そして、僕の最後のピースは偽物のリア君その人だった。彼がいなかったら、僕は何もできない凡人だった。いや、それは最初から最後まで変わってない。彼は進んで本物のリア君のため奔走してくれた。彼が消え去ってしまうことをわかりながら。

 そこから僕が走り続けて気づけばリア君に頬を叩かれた。本物のリア君のビンタは痛かった。

そう、やっとのことでリア君を呼び戻すことができた。

できたのに達成感などなく、僕の人生は変わらずくだらなかった。

でも、リア君と話せば僕の人生はまた変わるような気がして、嬉しかった。

だが、リア君はまた僕の目の前から消えた。

まるで運命の操り人形のようだった。いざ運命の糸から解き放たれると何も動けない人形に成り下がる。まるで僕はリア君を助ける為に用意された駒の様だった。どうでもいい存在で、惨めで、格好悪い。だというのに…

「ハハッ」

乾いた笑いが出た。

やっぱりリア君とマリー君は似ているよ。

どうしてリア君の真似をしたのか。どうしてリア君に似たマリー君を生徒会に入れたのか。

そう、僕の中で幸せな記憶はリア君といた時だけなのだ。その代替を探そうと必死なのだ。

「…馬鹿馬鹿しい」

そう呟くが心の底から思っている訳では無い。

僕はリア君になりたかった凡人だ。

凶人にもなりきれず、代役にもなりきれない。

「これからは身分を弁えて生きよう」

そう、思いたかったのに、僕はまだ輝きを放つ舞台を未練がましく見ていた。

「リア君は自分の気に入った人にやさしく、それ以外はどうでもいい」

ああ、だからなんだろうな。彼に好かれたいと思ってしまったのは。

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