#7 ヴィクトリアの視点②
仮面舞踏会からしばらく経った。その日から私はマリーを避けるようになっていた。いや、マリーもまた私を避けていた。しかし、それは仲違いしていたわけではないし、敵対したいわけでも無かった。
「今日こそは…」
マリーは休みがちになった。どうやら生徒会にも顔を出していないらしい。いや、それはリア様が顔を出さない以上、マリーがいるという正当な理由がないのもまた事実だった。
マリーの居場所を奪ったのは私だ。
リア様は言った。
マリーが望むなら恋人でも、仕事でも用意してやると。
それは決してマリーの心の穴を埋めたりはしない。しないが、それ以外に何もできないのも事実だ。
リア様を冷たいと謗ることはできない。
リア様は同じ立場になれないと言った。
それは純然たる事実だった。
「でも、ずっとそれでいいなんて訳が無い」
ずっと迷っていた。
どんな顔をしてマリーと喋れば良いか、わからなかった。だからマリーの為と嘯いてマリーを避けていた。
でも、一つだけ大きな勘違いをしていた。
マリーの選択をまだ聞いていなかった。
私は愚かにもまた勝手に決めつけようとしていた。
私はマリーの選択を聞く責任があった。
マリーが知りたいと言えば、リア様の口を開かせ、マリーが知りたくないと言えば、隣に黙って立つのだ。それでも、もしマリーが偽物のリアを返せと言われたら…言われたらどうすればいいかわからなかった。これがわからないのが私の無責任さだろう。でも、行動しない訳にはいかなかった。マリーは大事な友達なのだから。
雨が降っていた。
雨は嫌いだ。嫌な時はいつも雨が降っている。
今日もまた最悪なことが起こるような気がした。
「マリーお話があるの」
空き教室にマリーを呼び出した。寮にいるよりも、話を聞かれづらい。それでも人はいるが校内自体が何だかんだ騒がしいので、騒音に紛れる。
マリーは普段よりも痩せて見えた。学園にこそ来てはいたが、日が経つたびに弱々しくなってくる。
「マリー…」
マリーはあれから私と目を合わせることはしなくなった。
「マリー、私は、あの時…」
私が喋ろうとした時、部屋に男の人が入ってきた。
「何よ! あんたたち」
咄嗟に吠えたが、男達の恰好はどう見ても部外者だった。学校の制服でない制服を着て、かつ、立ち振舞からそれなりの身分を感じる。
「失礼。レディ。それでマリー・スプリングフィールズさんはどちらかね?」
そのリーダーらしき男は顔に傷があり、強面だった。しかし、口調そのものは優しいのが、アンバランスで不気味だった。
「私です」
マリーは恐る恐る言った。
「ふむ、それでは」
そう言って部外者たちはマリーに近づいた。
「待ちなさいよ!」
震える右手を無理矢理押さえつけて言った。
「貴方達、何者よ。誰の許可があってこの学園に入っているの!?」
ここは政治的な中立地帯だ。基本的に生徒と先生という立場でしか、この学園に入るのは憚れる筈だ。
「わかりました。と言っても私達が入り込むのに学園の権限は意味しないですが、改めて名乗りましょう。中央王国王家直属の執行官、テネシー・ディスモンドと申します」
「執行官?」
そんな役職聞いたこともない。
「聞いたことがないのもそうでしょう。私たちは特殊な任務にしか任命されません。マリー・スプリングフィールズの国家反逆罪、並びにスパイ容疑で逮捕する為に来ました。危険なのでお離れ下さい」
「は?」
国家反逆罪、その言葉は軽々しく使って良い訳じゃない。
「ま、待って下さい。身に覚えがありません」
こんな状況だが、マリーが反論する元気があって良かったと思った。
「そうよ! いくらマリーが優秀と言えど学園生活を抜け出してスパイなんてできないわ」
「学園のことを手紙に書いたことは、ありますが、そんなの誰でもやっています」
「いえいえ勘違いされないで欲しいのですが、この学園の教育技術も国家機密という建前はありますが、確かに学園の生徒の手紙程度で咎めたりはしません」
「じゃあ」
「ですが、貴方の手紙は暗号によって交わされていますよね」
「手紙自体は普通のものです」
「レポートを書いていますよね」
「…レポート」
マリーは何かを知っている顔をしていた。
「待って下さい。あのレポートは違います。あれはリア様の言語のレポートで」
リア様の言語。
それは精霊語を意味する言葉だった。
確かにマリーはそれをライフワークとしていた。
「誰かそれを証明できる人はいますか?」
「います。います! リンゴォ氏が。西の国の王の下で客人として呼ばれています。あの方の下で言語学を習っていたのです」
そうマリーが言うとテネシーは笑った。
「おや、おかしいですよね。リンゴォ氏は既に死んでいる筈です」
「は? ...死んでる?」
マリーが反論するより早く私が反論した。
「それこそおかしいじゃない。私はリンゴォ氏の手紙を見たわ。死人に手紙がかける訳ないじゃない」
「ええ、ですからそれはリンゴォ氏ではないんですよ。さらに言えば、彼女が手紙を中継していた倶楽部がスパイ容疑で礼状が発行されています。ここまで揃って彼女も無関係と思える訳が無い」
コイツら最初からマリーを嵌めるつもりなんだ。
「マリー!」
一先ずリア様のところまで逃げよう。
「リンゴォ氏が死んでいるってどういうことですか?」
しかし、マリーの時間は止まっていた。見たことがないくらいに弱々しく、大粒の涙が見えた。彼女が泣いている所なんて見たことがない。
「マリー、それどころじゃない!」
逃げようと目の前で言う訳にはいかなかった。目の前の人達は私達を女だと舐めていた。今だったら隙を見て逃げ出せる。しかし、マリーは縮こまっていた。
「マリー!」
声をかけるが、反応すらしない。
「チッ」
私を待ちきれなく、窓を【第二術式 射弾】でこじ開けた。後ろにいた執行官達が剣を抜き、魔術を構えた。
私は魔術が上手いわけではない。もし、次に何かをやったら私は剣か魔術で串刺しになるだろう。それにマリーの身体は自分を守るように赤子の様に縮こまっていた。私の力ではマリーを引っ張ることさえできなかった。
「ヴィクトリア・エバーグリーンさん。次に何かをしたら、貴方も国家反逆罪で捕まえなければなりません。貴方の父君も」
違う。逃げようとして窓を割った訳では無い。
雰囲気が一瞬にして変わった。窓から強大な魔力が肌を撫でた。執行官の顔がみるみる変わる。
「いやあ、何か窓が割れる音がしたと思ったらどうやら手違いがあったようですね」
彼らは私を舐めていた。でも、この学園にいるある人物だけは決して下には見ていなかった。人数も揃えて準備もしていた。しかし、リア・クローバーの前に立つということは、竜を前にするのと変わらないのだ。竜を前にしても変わらないということは人数を揃えても意味がないということだ。
「ふむ、なにやら手違いがあったようですし、取り敢えず武器やら魔術やらを下ろしませんか?」
そう言われても誰も下ろしたりはしない。それもそうだ。彼の前で武器を下ろすということは竜の前で裸で突撃するのと何ら変わらない。餌になるとしてもまだ武器を持ちたい。
「ふむ。私は手違いだと思っていますが、もし手違いでないとしたら––––––」
人数は執行官の方が上回る。それにも関わらず、ただ、冷徹に宣言した。
「–––皆さんを皆殺しにしないといけないかもしれない」
私ですらゾッとした。端っこにいた執行官は顔が真っ青になり、気づいているか、いないのか剣がカタカタと震えた。
テネシーが手をあげた。執務官達は、その一挙手に目が釘付けになった。
「皆さん、武器を下ろしましょう。どうやら手違いがあったみたいだ」
テネシーがまず武器を下ろすと他の者達も武器を下ろした。それを見てリア様は笑顔になった。
「いやあ良かった。運悪くちょうどヴィクトリアも気が立っていて、もし彼女に傷でも付けようものなら八つ裂きにする所だった」
ハッと冗談っぽく言ったが、冗談だと思った者はこの場にいないだろう。
「どうやら手違いがあったようだが、私はそちらのマリー氏を逮捕しに来たのです。これには令状があり、正当な…」
「ええ、どうぞ。どうぞ」
は?
声にこそ出さないが、リア様の反応には驚いた。
「待って下さい! リア様! マリーがそんなことするわけがありません!」
リア様は私の口を手で塞いだ。
「ふむ。ヴィクトリアも友達の一人が逮捕されて動揺していると見える」
テネシーに向かって笑って言った。
「逮捕の間際で関係ない人が動揺することはよくあること、違いますか?」
「え、ええ。よくあることです」
「良かった」
一体何が良いのか。
「精霊術式ー召喚」
リア様が魔力を込めると執務官が剣に手をかけたがそれを下ろすように言った。
「落ち着いて下さい。別に戦おうってことじゃないです」
召喚された精霊は、美しく深い紫色だった。まるで花弁の様なドレスを着た精霊は子供の様に小さかった。
「こいつはラベンダーの精霊です。ラベンダーの香りを出すことができる。それだけです。ラベンダーは気分を落ち着かせてくれる。どなたか気付け薬を持っていませんか?」
執務官の一人が鉄製のスキットルを取り出した。それを受け取り、リア様は一口飲むとその後マリーを抱き寄せた。
「ほら、飲め」
マリーは上手く飲めず、口からこぼした。それをハンカチで拭うとそのままスキットルを私に渡した。
「お前も飲んでおけ」
いや、それよりもマリーは…
「精霊よ。歌え」
突如精霊はリア様に従って絡繰人形の様に歌った。それは人間の言語には思えなかった。でも、子守唄の様に穏やかな気持ちになる。いや、穏やかな気持ちに無理矢理なった。これは精霊の魔法だ。
…気付け薬。
そう思い、スキットルを煽った。喉に熱い液体が通った。身体が途端に熱くなり、意識に無理矢理火を着けられた。
それと反対にラベンダーの精霊は無理矢理意識を奪おうとしてくる。もしかしてリア様は今も救おうとしているのかもしれないと思った。恐らくこの気付け薬を飲んでいないものの意識を奪おうとしているのだ
「それでは行きましょうか」
「え、ええ」
しかし、執行官は眠くなることは無かった。
「ラベンダーの魔法は別に強い魔法はありません。ラベンダーの良い香りがして、子守唄がするだけ。気分が落ち着いて眠りの導入にちょうどいいのです。ただ人間不思議なもので、極度の緊張感の後にお酒を飲むと眠くなってしまうのですよ」
身体がぐらりと揺らいだ。
「すいませんが、マリーを預かって頂いても」
「ええ、勿論」
「彼女もよく眠っています。精神的なストレスに身体が耐えきれない。こういった時は眠るに限る」
どうして?
「おっと、危なかった」
そう言って私をリア様は抱き留めた。
ふわりと身体が軽くなった。
私はきっとお姫様抱っこをされたのだ。
眠い。
駄目だ。寝てはいけない。
「失礼ながら噂の貴方はもう少し野蛮だと聞いて驚いています」
「噂というものは大概その様なものです」
「そのようですな」
眠い。
「勘違いしないで頂きたいのだが、ヴィクトリアは友が逮捕されたことに錯乱しただけということは念頭に置いて欲しいのです」
「ええ、別に隣にいただけの人が国家反逆罪に問われる訳では無いですからね。それに年端のいかない女性が錯乱することなどはよくあることですから」
「それは良かった。それとどの様な容疑で逮捕されるかは知らないですが、彼女に乱暴は働かないで頂きたいのです」
「え、ええ。勿論です。彼女を裁くのは私達ではないですし、彼女は容疑によって逮捕されるだけです。裁く側が何を思うかは私達の手にはないですから」
「良かった。これでも彼女は喋れない私に付きっきりだったんです。それに私の一番の友人のことをとても気にかけてくれた。彼女が拷問でもされようものなら、どうしてしまうかわからないです」
二人の会話の様子など何もわからない。ただ眠気に耐えることしかできない。
「ああ、それとこれをお渡ししてください」
「これは?」
「なんてことない香り袋です。彼女が穏やかに眠ってくれることだけが私の願いですから」
「それでは」
どうして?
どうしてリア様はマリーを見捨ててしまうの?
「ねえ、ヴィクトリア。少しお休み」
どうして。
「僕は少し用事がある」
ああ、わかった。
マリーと出会ったのは、偽物のリア様だ。
だから今のリア様には、マリーと一緒にいた記憶など殆どないのだ。
だからマリーより私の方が大事なんだ。




