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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第五章 生真面目マリーは生きるために嘘をつく

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#4 ヴィクトリアの回想②

 新年会が開かれると聞いたその日、西の国では激震が走った。今までリア様は適当な理由を付けて、催しなどには出ていなかった。反対にイスカ様は辺境伯の隣にいた。だから誰もが当主を引き継ぐのは、弟君であるイスカ様だと思ったのだ。しかし、この新年会で大きく変わった。西の国全体が大きく蠢いた。誰もが変化を感じつつ、それが何なのかわからなかった。それを知る為に西の国のある程度力がある者は、その新年会へと向かった。私もそれを知る為に向かった。流石に侯爵である父と言えど、リア様と会う時間は多く取れなかった。

だから、既に会った人に話を聞いて情報収集した。

曰く、どうやらリア様が精霊語を喋っているのは、本当らしい。

曰く、どうやらリア様の通訳をする女の子がいて、その女の子の出自は悲しい出来事があり、スプリングフィールド家の養女となったらしい。

曰く、クローバー辺境伯は、この養女をリア様の婚約者にするらしい。

どれも尾びれ背びれが付いていて真実かどうかわからない様な噂でしかない。それにも関わらず、私は挨拶の時間まで焦燥感を感じざるを得なかった。

「ヴィクトリア」

「はい、お父様」

反射的に返事した。

「そんな顔でリア君と喋る気かい?」

お父様の言っていることにハッと気付かされる。

「申し訳ございません。お父様」

「まだ表情が固いよ。笑って」

「笑っていますよ」

「違うよ。心から笑うんだ」

「それは…」

できているとは、自分でも思ってはいなかった。

「いいかい。私は何があっても娘の幸せを願っている。貴族としての感覚としては別にね。だから、貴族としての最低限を保てば、後は君の選択肢だ」

「はい」

「だから私の最低限を目指す前提で自由に振る舞っていい」

「え?」

「正直言えば、昔のリア君ならヴィクトリアを預けることに何の疑いもなかった。でも、今は信頼できない。しかし、私がそれを全て態度に出せば、ことが大きくなる。でも、ヴィクトリアならば問題ない。君が聞きたいことは君が聞いてもいい」

「お父様」

私はお父様の声が震えていたのを見逃さなかった。お父様は私を信頼して任せるという選択肢をしてくれた。

「ありがとうございます」

正念場だと思った。お父様にもっと強く婚約を解消するなと言えなかった。そして、ここがそれを巻き返せる場なのだ。

「侯爵。こちら」

お父様は態と慇懃無礼に話しかけた。

「リンゴォ氏、知っているから堅苦しい挨拶はいいよ」

「おや此方の方は?」

リンゴォ氏はわざとらしく噂の養女に目線を向けた。

「スプリングフィールド子爵の養女と聞いた。君の父上にご冥福を捧げるよ」

「いえ、そんな恐れ多いです」

「挨拶が遅れて済まなかった。クローバー辺境伯とは話が長引いてしまってね。それでリア子爵は大きくなったな」

「###」

「おっと君は精霊語を喋るのだったな」

「その為に彼女がいますからね。マリー君。こちらエバーグリーン侯爵だ」

「お初にお目にかかります。マリーです」

「なるほどね」

お父様はマリー嬢を値踏みするように見る。それは注目を浴びる行為だった。お父様が態とらしくする理由は簡単だ。

周りの反応を見るためだ。

リンゴォ氏とマリー嬢は緊張した表情でお父様を見つめていた。しかし、リア様だけが虚空を見つめていた。

「そうだ。君に紹介といっても既に会ったことがあるがね。紹介するよ。娘のヴィクトリアだ」

ここからが私の出番であった。

「リア様! 私のこと覚えていますか?」

私はリア様に近づきながら、マリーを観察していた。その人はとても美しかった。その真っ黒な瞳には、知性の光が見え、落ち着いた雰囲気に見える。賢そうという感想が最初に出た。少し昔のリア様の様に似ていた。賢い人は自分に自信を持っている人だ。

「#」

それにしても良くわからないのはリア様だ。

動揺するでもない。ただ明るい表情なのだ。

「覚えていますと」

「それでしたら許嫁の話も当然覚…」

これは別に計算していた訳では無い。気持ちが有り余ってしまって咄嗟に出てしまった。お父様が察して、フォローしてくれた。

「はは、娘は誰に似たのか。情熱が有り余って困る。性急過ぎて困る」

私自身も焦りつつも、マリー嬢の観察は欠かさなかった。マリー嬢が動揺したのが見えた。

「しかし、娘の言っていることは嘘ではなく、本当のことなんだ。クローバー辺境伯と約束したんだがね、君が行方不明となっていたからこの話が無くなってしまったからね」

それをフォローする様にお父様は言った。

「しかし、君さえ良ければ、この約束を戻すことも吝かではないのだが」

それを受けてリア様は笑顔で答えた。

「#゜##」

「今なんと?」

「え?」

お父様はマリー嬢に聞いた。

「この場で答えてしまうことが本当にお互いにとって良いこととは限らない。私の一存では決められないだそうで」

お父様もまた反応を見ていた。本当にそう言っているのなら貴族として正しい対応をしっかりしていると思った。でも、もし違ったとしてもわからない。もう一歩踏み込みたい。だが、リア様と話せない。言葉の壁がリア様に近づくのを許さない。誰もがこのマリー嬢を通さないと喋れないのだ。マリー嬢を見つめていると気まずそうに視線を外した。あからさま過ぎただろうか?

「まあ、それもそうだろうね。まあ、昔ならともかく『西国の竜』の正妻は難しいと思っているからね」

「お父様!」

そんなこと冗談でも言わないだけではないで欲しい。

「昔みたいに女好きだったら乗ってくれると思ったが、男子3日会わざれば、刮目せよ。だね。流石落ち着いているね」

お父様も薄々とリア様が変わってしまったのを感じている。だが、どうしてもこのマリーという少女が阻んでくる。ここが引き時か。お父様もそう思ったのだろう。

「あまりリア君を独り占めしてしまうのもよろしくないだろう。ではここらで失礼するよ」

リア様との会話は終わった。

早くお父様との答え合わせをしたかったが、ここでするわけにはいかなかった。馬車まで待つ必要があった。


 馬車に乗り込むと開口一番に言った。

「正直言えば、何もわかりませんでした」

「僕もだよ」

「でも、収穫はありました」

「ああ、あの少女だろう」

「違います」

「だが、あの少女の所作は目を見張るものがあったぞ」

「確かに会話を主導していたのはリンゴォ氏でしたが、会話をコントロールしていたのはあのマリーという少女でした。でも大事なことはあの少女ではなく、クローバー辺境伯がリア様を学園に連れて行く気があったということです。となればいくらでも機会はあるということです」

「それは確かにあるね。もし通訳がいなかったら、学園にすら出さないつもりだったかもしれない。辺境伯は明らかに今までパーティーに出す気がなかった。それが変わったのは今回の新年会からだ」

学園にすら来なかったら、何も接触する機会がない。

「しかし、あの少女はどこから出てきたんだろうか。スプリングフィールド家に養女がいたなんて今日初めて聞いたよ」

「案外本当に拾ってきたのかもしれませんよ」

お父様と冗談で笑い合った。

しかし、お父様には言わなかったことがある。

それはリア様で気づいたことだ。

私が知っているリア様であれば、例え未知の言語しか喋れなくなろうと自分自身に自信を持つと思うからだ。相手が理解しなくても、雄弁に喋り、相手に理解させる。そういう人だ。でも、今のリア様はそういったことにまるで興味がない。あの瞳には、何も写っていない様に見えた。リア様はもしかしたらもう私のことなんて見ていないとお父様には言えなかった。

それに強烈な違和感があった。リア様らしくないというより、まるで違う人みたいだ。影武者ではない、当然見た目はリア様が成長した姿そのものだ。でも、私にはそれがリア様だとはどうしても思えなかったのだ。


 その違和感がきちんとした確信に変わったのは、あの馬車でのことだった。

私は生まれて初めて人を殺そうと思った。私はリア様の首を絞めた。人の首の絞め方なんてわからない。でも、目一杯首を絞めた。

「あんたのせいで」

そうして目の前の男の顔を見ると首を握る力が弱まった。手が震え、足で立つことも難しい。

リア様の形をした男は、抵抗しなかった。多分このまま力を込めても、うめき声すら上げなかっただろう。男は殺されても仕方がないと思っていた。そんなのはリア様ではない。

でもその顔はリア様のものだ。端正で眉目秀麗で優し気な顔だ。

その顔を見ると幸せの記憶が私を満たしてくれた。

これはリア様ではない。

でも殺すことは出来なかった。

その後はずっと黙っていた。

長い後悔と苦痛の馬車の後、私は元通りの様子を装った。

そう言えば、約束を果たさなければいけない。服をあげる約束だったのだ。約束を守らないのは、お父様にもリア様にも笑われてしまう。


 その時私は一人の少女を見た。

私が憎む相手に健気に仕える少女を見た。

私はその時初めて気付いた。

この男を慕う者だっているのだ。

私がリア様を慕うように。

もし私が目の前の男を殺したら、この少女は私と同じ様に苦しむのだろう。

それだけはできなかった。それだけはしてはいけなかった。

いつの間にか私の殺意は霧散していた。

私はここ十年で初めて胸がすくような思いになった。

「これもあげる」

私は馬鹿みたいに少女にドレスをあげた。この少女に何かを与えるのが気持ち良くなっていた。乞食に施しを与えるが如く、気持ち良くなった。

私は自然と見下していたのだ。見下すことで私の心を保とうとしていた。

でも、それから直ぐに見下せる様な相手ではないと気付くのだが、それはしばらくしてからのことである。

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