#2 カルロスの視点
何もわからなかった。あの場にいたのは、可愛い後輩が俺を頼ってくれたからであって、別に何かを知っていたわけではない。あの舞踏会の日、後輩の口車に乗せられて生徒会長に詰め寄った。と言っても生徒会長が今までの悪事を企てたと言われ、信じたわけではない。特に何も考えずに付いて行った。でも、生徒会長はそれを認めた。そして、その裏では何かあったみたいで、気づけばリア君が喋れるようになっていた。
結局何もわからない。この結末が良いことだったのかも、悪いことだったのかも。
でも、何もわからなかったからって何もしなくても良い訳じゃないだろう。
「という訳でリア君。僕と話し合おう」
「どういう訳ですか? カルロス先輩」
隙を見てリア君を呼び出した。今度は談話室なんて邪魔が入りそうな場所ではなく、人気がない空き教室へと呼び出した。
「どういう訳かは僕が知りたい。君は一体何者なんだい?」
「私はリア・クローバーですよ。正真正銘の」
リア君を目を細めてよくよく見てみれば、確かに昨日までのリア・クローバーと外見に変わりない。だが、中身はどうだろうか?
「正直言えば、君が精霊魔術の召喚を使ったからということと急に喋れることになったこととの関連性がわからない」
「そりゃあ、奇跡みたいなことでも起こったんでしょ」
ヨーゼフみたいに嘘か本当かわからないことを真面目に言いやがる。
「マリー君やヴィクトリア君、そして会長の言うことを考えるに、君は別人なんじゃないのか?」
「おや、喋れる用になったくらいで別人みたいとは、良く言われますね」
とぼけているのはわかる。わかるが、どうやって変わったのか見当もつかないのだ。ここはいっそのこと脅してみるか?
「君が隠そうとするのならいい。僕は君が別人だと言いふらすぞ」
「ふむ、別にいいですよ。ただ狂人だと思われるのでおすすめはしませんが」
リア君の言うことにも一理ある。
「それだと困るな。一体どうすればいいと思う? リア君」
リア君は困った顔をして笑った。
「仮にも尋問をするなら聞かないで欲しいですが、まあ先輩の美徳ということにしましょう」
僕には前までのリア君と何が違うのかわからなかった。
「まあ、先輩ならいいでしょう。下手に関わってしまったことですし。先輩の言う通り、昨日までいたリアを一人の人とするのなら、私は別人ですよ」
意外にもあっさりと白状するのだと思った。
「でも、どちらが本物かと言われれば、まあ私が本物となるだけです」
「つまり、僕らが今まで出会っていたリア君は偽物、もしくは影武者ということかい?」
「簡単にいってしまえば、そういうことです」
「それはどうして...」
「そこまで教える義理はないです」
先ほどまでの柔和な雰囲気から一転、リア君は固く拒否した。
「じゃあ、前のリア君、君が言うところの偽物のリア君は戻らないのか?」
それだけが聞きたかった。
「はい」
あっさりと決まり切った事実を認めるかのようにリア君は頷いた。
僕はこの事実を知ったところで、何かできるわけではない。
「じゃ、じゃあ、もう一つだけ質問」
何もできないからって何かやらないわけには行かない。
「君はマリー君をどう思っているんだ?」
「マリーですか?」
そう言うとリア君は口籠った。
「最初に勘違いされないように言っておくのですが、僕はヴィクトリアが好きなんです」
「それは...」
リア君を慕っていたマリー君を思い出す。おそらく舞踏会前までは彼女は敬っていたから慕っていたのだ。しかし、それは恋慕へと変わってしまった。いや、それを変えた一端の責任は僕にある。そして、ヴィクトリア嬢にもあるだろう。
「その上で彼女を好ましく思っていますよ」
それがどこまで社交辞令なのかわからなかった。
そう疑いの目を向けると彼は弁明するように言った。
「別にすぐに捨てたりしないですよ」
「それは当然だ」
「ああ、そうじゃないです」
そう言って口に手をやって言葉を考える素振りをした。
「先輩が僕に戸惑っているように、僕も周囲との関係性に戸惑っているんですよ」
「...それは」
それがおかしいとは思えない。ただ、言い訳として上手すぎて不信感が拭えなかったのだ。
「正直言えば、僕は周りの目なんて気にせず、ヴィクトリアといちゃつきたいんですよ。でも、そうはいかないんです。今はどれだけ僕自身が誠実であろうと僕たちの関係性は手遅れなんです。先輩が僕を疑っても、嘘も何もでないんです。先輩が僕が変わったのが気持ち悪いというのなら距離を取りますし、マリーが僕を恨むのならそのままにしようと僕は思っているんです」
リア君は他人事のように言った。
「僕は悪いんですが、憎まれようが、恨まれようが、それに対して怒ることも、悲しむこともできないんです。それは僕の感情じゃないんです。だってそれは僕の記憶じゃないから。それはもう一人のリア・クローバーの記憶だから」
そう言われて僕は何も言えなくなってしまった。
「...君は、君は」
何を言えばいいのかわからない。
だけど、この男が悪者には思えなかった。
彼はきっとマリー君を悪いようにはしないだろうという予感があった。
そう、マリー君の気持ちだけがどこにもやり場がなくなるだけ。
それだけなのだ。
リア君と別れると今度は生徒会長に会いに行った。もう一人何か知っていそうな男と言えば、この男だからである。
「会長いますか?」
生徒会室に入る。僕のほうが早く着いたようで、リア君はまだいない。
「ああ、よかった」
会長は部屋の中にいた。僕を見つけると安堵した表情で、どこに行っていたんだと話しかけてきた。
「いや、それよりも話があるんですが」
「あ~、それは緊急かい? 後でもよかったりしない?」
「え? ああ、いいですけど」
会長に聞くつもりだったのに、何故か怖気づいてしまった。
「因みにリア君を見ていないかい?」
「え? ああ、さっきまで話していましたけど」
「一緒に戻ってきてくれれば、よかったのに」
「いやあ...」
流石にあんな雰囲気で一緒に帰るのは気まずかった。
「じゃあ、呼んできてくれ」
少し足取りが重かったが、ドアが開かれるとリア君が入ってきた。
「呼びました?」
「うん。ちょうどよかった」
生徒会長が朗らかに笑うと座る様に促された。座っているメンバーを見るとマリー君もいた。
「マリー君は大丈夫なのかい?」
「...ええ、ご心配をおかけしました」
マリー君は体調不良ということになっているが、実際はリア君が変わったことによるショックなのだろうと思っている。顔色はまだよくない。
こうして集まっているだけだが、どこか緊張感が走っていた。
「さあ、集まってもらったのは他でもない。ああ、カルロス君。立って、立って」
「え?」
「何だい? 忘れたのかい?」
一体何のことだ? もしかしてリア君のことで何か話すのか?
疑問に思いつつ、会長の傍に近寄った。
「それでは、改めまして。僕、アレクサンドル・ヨーゼフとカルロス・ゼネクは生徒会を今日で辞める」
「あっ」
「本当に忘れていたのかい?」
「あはは」
会長には悪いが、それどころではなかった。ヨリイチ君もイワンコフ君も事情を知らないので、まったく先輩はと呆れられた。
「それでは、カルロス君何か一言」
一言? 何も考えていなかった。会長も何か考えておけくらい言ってほしい。
「あ~、それじゃあ、皆僕らが卒業しても仲良くやるんだよ」
当たり障りのないことを言うが、自然とリア君とマリー君の間を見ていた。
「先輩、最後くらいもっとマシなこと言ってくださいよ」
「うるさいな。考えてなかったんだよ!」
でも、仲良くやってほしいのは嘘じゃない。
「それじゃあ、僕から一言」
きっとこいつは考えてきたんだろうな。いや、考えなくても良いことの一つや二つ言えるのだ。そういうやつだ。
「言ってはなんだが、今年の生徒会は事件ばかりだった。そんな中で君らはよく頑張ってくれた。カルロス君は言わずもがな、ムードメーカーだ。いつもふざけている彼だが、彼の陽気さに救われたことは少なくない。と言っても総合演習では怖気づいていたが」
「一言余計だよ」
「次にマリー君。君は過去を遡ってもいない生徒会初めての女性としてよく頑張ってくれた。正直言えば、君は多くの軋轢の被害者となっただろう。しかし、君は単なる被害者で終わったことは一度もなかった。今生徒会が上手くいったのはそのおかげだと思う。君は女性初という言葉の重みを背負っていたが、その中で君はその名に恥じない働きをしてくれた。」
「・・・・・・」
マリー君は何を思ったか、生徒会長の言葉に無言で頷いた。
「次にリア君。彼の魔術がなければ、文字通り多くの命が失われていただろう。君は魔術を生徒会のために役に立ててくれた。今後もその調子で頼む」
言葉数こそ少ないが、本当に魔術の腕は天才的だった。今もそうかは知らないが。
「あっさりですね」
「リア君。緊急時以外役に立たないから」
「緊急時に役に立ってくれるというのは有り難いことなんだよ」
そう生徒会長は擁護した。それを聞いてもリア君は笑うばかりだ。
「イワンコフ君。君は会計として地味によく頑張ってくれた」
「地味って言いました?」
「実際そうだろう? だが、それを見ている人はいっぱいいる。もし、生徒会で一番役に立った人が誰と聞かれたら、私かリア君になるが、少なくともこの生徒会のメンバーは君こそが立役者だと思っている」
「本当にそう思っているぞ」
あんな七面倒くさいことやってくれるやつはなかなかいない。
「あんたが言うと嘘くさいんですよ」
本当のことを言ったのに。イワンコフ君の会計は信頼できる人にしかできない仕事だ。ある意味、彼は一番能力を買われたといってもいい。
「カルロス君も褒めているんだから素直に受け取りなよ」
「褒めてるんです?」
「褒めてるよ!」
「最後にヨリイチ君。君には生徒会長になってほしいと考えている。それは君が副会長だったからではないよ。君が周りを良く見て、冷静に判断できると思ったからだ」
一言じゃねえじゃねえか。
「それじゃあ、新しい生徒会から一言よろしく頼むよ」
「は、はい」
ヨリイチが緊張しているのがわかる。俺の目から見ても生徒会長、アレックスは偉大な奴だった。ヨリイチがそれに足りないとは思わないが、アレックスは大きな壁として聳え立つだろう。
「先ほど生徒会長から引き継いだ。ヨリイチ・イチジョウです」
「固い、固い」
あんまりにも固いので野次を入れる。
「うるさいですよ。カルロス先輩」
イワンコフが俺を責めるが、重っ苦しい引き継ぎなんて面白くない。
「去年、ちょうどこの時期に副会長に任命されてから1年が経ちました。この1年間大変だろうと思っていましたが、ここまで大変だとは、思いませんでした」
それはそうだろう。1年生は竜と魔獣に襲われ、今度は大規模な精霊魔術の事故、そして仮面舞踏会。どれも事故ばかりだ。生徒会長が糸を引いていないと信じるのならそうだ。
「しかし、それも皆の力があって乗り越えられました」
それもまた本当だ。
「また、次のメンバーで同じ様なことが起きても乗り越えられる筈だ」
うんと一同が頷いた。
「毎年、生徒会では、このタイミングで副会長を決める。通例では1年生がなる。生徒会長に任命されると思っていた訳では無いが、僕の中で誰がなるかは考えていた。」
本当に生徒会長にならないと思った訳ではないだろうが、それを言うのは野暮というものだ。
「次の副会長は…」
「待って下さい!」
その時、生徒会の時が一瞬止まった。その声はマリー君だった。さっきまであからさまに元気がない様子のマリー君からこんなに大きな声が出るとは思わなかった。
「ど、どうした?」
新しい生徒会長は動揺しながら聞いた。
「私は生徒会を辞めます」
「は?」
この場にいたマリー君以外は驚いた。しかし、一番驚いたのは、きっと新しい生徒会長だろう。
「本来、リア様の通訳として私はここにいます。それが建前と言えど、私がこの場にいることの正当性でした。今、リア様が喋れる以上、その正当性はありません」
「い、いや、だが」
新しい生徒会長が反論しようとするが、直ぐに思いつかなかった様だ。いや、この場の誰もが思いつかなかっただろう。だってそんなものは建前で、その建前を責める人はいないと思っていただろうから。
「すいません。それでは失礼します」
そう言ってお辞儀をして、出て行ってしまった。
残された5人には異様な雰囲気が残っていた。
「すまないが、私からもいいか?」
最初に口を開いたのはリア君だった。
「最初に私が言うつもりだったのだが、私も生徒会を辞めようと思っていた」
「なっ」
新しい生徒会長は泣きっ面に蜂という感じでその話に耳を傾けていた。
「というよりも、来年おそらく私は学園を辞める」
「「「は?」」」
「別に今年までは続けても構わないが、来年以降は居なくなる」
「それは…何で辞めるんだ」
絞り出す様にして新生徒会長は聞いた。
「やることがある」
それは答えになっていない。
「…そうか」
でもそれ以上聞ける者はいなかった。
「すまないな。ヨリイチさん。後はマリーに任せるつもりだったのだが」
リア君が謝るが、それを言われたところでだろう。
「君は聞いていないのか?」
「何も…」
ここでやっとのことで元生徒会長ことアレックスが口を開いた。
「さて僕とカルロスはここで辞める。生徒会長、大変だと思うが、メンバー探しも生徒会の仕事だ。頑張れ」
そう言って生徒会室を出た。
「…はい」
ここで弱音を吐かないのは、俺だったらできないと思った。どんな無茶振りでも、叶えるのが生徒会の仕事だった。
「カルロス君」
「何だ。かい…アレックス」
まだ役職呼びしそうになる。
「ふふっ、まあいい。それで聞きたいことはリア君のことだろう」
「ああ」
「それは、少し待ってくれないか?」
「それは…いいぞ」
「ありがとう。どうせならマリー君とリア君がいる時にでも説明するよ」
さっきまでは生徒会長に是が非でも事情を聴きたかった。でも、生徒会でなくなった今、彼らの今後に口を出すのが良いことだとは思えなくなってしまっていた。俺は所詮ここから去る者なのだ。




