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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第四章 意味をなさない言葉

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#14 生徒会長の答え

「ねえ、マリー君。僕も推理をしていいかな?」


まるで勝ち誇ったように生徒会長は言った。

その一言一言に毒でも紛れているのではないかと思うくらい、嫌な予感がする。

喋らせてはいけない気がした。

「駄目です」

「まあ、君がどっちがいいかはどうでもいいんだけどさ」

「———」

だけど、無理矢理黙らせようとは思わなかった。何か嫌な気がしたが、私が知らない事実が沢山あるのは確かだった。生徒会長が喋らなければわからないのだ。それにもし生徒会長が何か反抗しても、カルロス先輩と息を合わせればどうにか生徒会長を打ち倒すことも可能だろう。

「僕もツバキ君の未来視を見たから言えるんだけどさ。一つ大きな、大きな疑問が残らないかい?」

「疑問点?」

「どうやってリア君の目の前からヴィクトリアさんを攫うというんだい?」

「それは————」

考えたけど思いつかなかった。リア様と私では視界の範囲が違う。文字通りの意味ではない。咄嗟に何か起こった時の反応速度と反応範囲が違う。例え群衆の中からナイフを持っていようが、魔術を放たれようが、襲い掛かってきたとしても冷静に対処できるだろう。

「僕は君がその方法を思いつかなかったとは到底思えない。答えを知っている身からすれば、簡単なこととは言えど、君の聡明さはこれを見抜いていると思った。いや、見抜かれている前提で作戦を組んでいたんだ。ねえ、マリー君。君が思うヴィクトリアを攫う方法を教えてほしい。思いついているんだろ?」

「———ッ!」

確かに思いついてはいたのだ。でも、それを言葉に出すことさえ、いや、考えることすら放棄していた。

「どうしたんだい?」

生徒会長の言葉は優しそうな声は、私を貫いた。

唇が渇く。

体が震える。

「君が言わないなら僕が言おうか?」

やめて。

「君はこう考えている筈だ。リア君が本気で守ったのなら、リア君の目の前でヴィクトリアを攫えるはずがない。でも、予言というものが絶対に外れないとすれば————」

「止めてください!!」

それでも私の制止を聞かず生徒会長は答えた。

「リア君がヴィクトリアを攫った犯人に違いないと」

身体の震えが止まらない。私の感情こそがそれを否定していた。しかし、私の理性、知性、理知こそがそれ以外考えられないと言っている。

「それはありえません!」

「どうして?」

生徒会長の質問は私を嘲笑うようだった。

「どうしても何もありえないからです。最初から除外すべき考慮だからです」

「本当に?」

内臓にドロッとした熱い液体が落ちるような感覚がした。

「本当にありえないと考えているのかい?」

手が凍えるほどに寒い。触れたくない。考えたくもない。

「第一、君が根拠とした火の大精霊だってリア君を指さしたのに?」

さっきから執拗にリア様を犯人にしたてあげようとしているのは私を動揺させるためだ。

突如雨音が強く窓を叩いた。雨が降り出したのだ。その音はまるで私を打つようにけたたましく鳴った。

「ありえません。リア様とどうやって言葉を交わすことができると言うのですか」

それは疑問ではなく、否定だった。これが正当性のある疑問だとは思ってはいない。ただ、それくらいしか否定できる要素が見つからなかった。

「ああ、本当に困ったことに交わせなくて困ってしまった。第一リア君と直接喋るのも難しいしね。作戦の共有もまともに出来なかった。だから実行するしかなかったんだよ」

その先は聞きたくもなかった。しかし、カルロス先輩がその続きを聞いた。

「一体何を?」

「もちろん、ツバキ嬢を媒介として大精霊の召喚をさせた、あれ。あれをやったのは、精霊魔術の陣さえ描けば、リア君自身の魔力で精霊魔術を発動させることができるとアピールするためだったのさ」

「は?」

さっきもリア様が発動させたとか言っていた。もし、それが私を動揺させるためのものじゃないとしたら、もしそれが真実ならば。

「君は未来予測でもしていないと遠隔で魔術を発動できないと言ったけど、買い被りすぎだよ。未来予測はそんなに便利じゃない。リア君が誘導してくれないと流石に発動できないよ。まさかあんな形で事故になるとは思いもしなかったけど」

思い返してみれば、確かにリア様が【第五術式 創多重壁】でツバキを覆っていた。だけど、そんなわけない。

「それにマリー君がくれた精霊魔術の本は助かったよ」

「———!」

そうか、あの本のせいでこの計画は実施できるレベルまで押し上げられてしまったのだ。

「あの本がなければ、僕は実行しようとは思わなかっただろうな。僕は精霊魔術に才能がないから机上の空論でしかなかった。でも、あの本のおかげで精霊魔術の正しい陣を知り、あの本のおかげで僕以外が起動させることができると確信が持てた」

私のせいだ。

私があの本の内容を理解していれば、これにはすぐにたどり着けたはずだった。

「ヨーゼフ、一体何を言っているんだ? リアは精霊魔術を起動できるんだったら勝手に起動すればいいし、そもそもヴィクトリア嬢を巻き込む必要がねえだろ」

「そうだね。リア君は魔術陣を起動できるけど、魔術陣を作ることができないんだよ」

「は?」

駄目な子供でも見るように生徒会長は言った。

「いいかい? 魔術というものは人間が使うものなのさ。精霊は魔術陣を書けない」

何を言っているんだ?

「リア君の魔術は魔術に見える魔法さ。魔術を再現した魔法というのが正確かな? 魔術というのは人間が使うものさ。そして精霊魔術に近い魔法は存在しない。これは聞いたことだから、本当だよ。だからリア君は精霊魔術を行使できない。だけど魔術陣さえあれば、魔術の行使自体は可能だ。魔力を流し込めさえすればいいからね。それを前回は示した」

「違いますよ。だってリア様は言葉が認識できないから、魔術陣を掛けず、喋れないから、検索句を使用できないはずです」

その筈だ。だってそうじゃないと生徒会長はまるでリア様のことを————。

「マリー君、それは経験則による間違った理論化というものだ。君ももう少し精霊魔術の見識があったらもしかしたら君も辿り着いていたのかもしれない。さっきも言っただろ。精霊魔術の陣は僕が用意した。それに検索句もヴィクトリア君がなってくれた。あとは魔術さえ流し込めれば、召喚の条件は揃うんだ。リア君が喋れるか喋れるかは関係ないんだ」

これがリア君だけで魔術を起動できない理由と生徒会長は区切った。

「そしてもう一つの回答、どうしてヴィクトリア君が必要かと問われれば、精霊魔術にとって媒介物は重大な意味を持つ。何処へと繋がるのか門なのかを選ぶ鍵になる。今のリア君の大事な物は精霊界の奥へとあるんだよ。そしてその鍵こそがヴィクトリア嬢なのさ」

そう言い切って生徒会長は聞いた。

「ここまで言ってわからないかい?」

「わかんねえよ」

カルロス先輩は苛立ちを隠せない様子だった。私はわかってしまった。今までの何もかもと全てが繋がってしまう。

「だから今のリア君は偽物なのさ。リア君の形をした入れ物に偽物が入っている。だから今本当のリア君を精霊魔術で呼び出そうとしているのさ」

「嘘です」

「嘘も何もリア君という存在そのものが嘘の塊なのだから…」

「嘘です!」

力強く叫べば現実が変わる様な気がした。

「偽物のリア君には、ここで退場してもらわないと」

「ありえません。さっきまで一緒にいたリア様は本物です。仮面を被っていたってわかります」

反論の根拠も何もない。ただそうであったら良いという願望に過ぎない。

「可哀想に」

それが煽りでもなんでもなく、ただ生徒会長がそう思っただけなのがわかった。

「君は本物のリア君を知らないんだもんね。君は最初から会った時から偽物だった」

生徒会長は本当に哀れな生き物を見るように言った。

「——————」

それを理解していなかった訳では無い。でも、認められなかった。ただ私の脳みそだけは理解した。いや、理解してしまった。

「聞いたことがないかい? 昔のリア君と今のリア君は全然違うとか。昔は女好きだったとか。僕の知っているリア君はね。たいそう頭が良かった。それと同じくらいにひねくれていた。そして何よりも天才だった。魔術の腕だけじゃない。考え方も、精神性も、その哲学も、全てが彼の才能を示していた。君に勘違いされないように言うが、それは圧倒的な差。全てを馬鹿にしても許されるくらいに、彼は天才だったのさ」

会長は私の最後の違和感を砕こうとしていた。

「君はヴィクトリア君がどうしてリア君にゾッコンじゃなかったのか疑問に思わなかったのかい? それもその筈さ。だって今のリア君は偽物なのだから」

内心を見抜く様な事実の羅列が私の反発を生んだ。

「それだったらどうしてヴィクトリアさんを攫う必要があるのですか!」

「だから鍵だと言っただろう。本物のリア君を取り戻すためだよ」

突如雷鳴が響いた。

シズカさんが言っていたことが蘇る。

【雨が降っていて、雷が鳴っていたときに仮面の男は精霊魔術を発動させた。】

まずい。今がその時だ。

生徒会長を置いて私は走り出した。


 未来が必ずその通りになるのなら私の努力は意味など成さないのだろう。私が初めて未来が見えると自覚した時、これは精霊様によって与えられた能力なのだと思った。だってそうだろう。現在の自分はいくらでも変えられるのだ。でも、そうじゃないと直ぐに気付かされた。私ができることは何でもやった。死ぬ原因になる行動を止めるように言ったし、何なら縛り付けた。未来が見えることを話し、信じて貰った。それでも駄目だった。未来は変えられなかった。私は簡単に諦めた。友達を捨てた。それでも話しかけてくる人がいる。その人は死んだ。私は言葉を捨てた。西の国の王子は精霊語しか喋れないと聞いて、私も喋れない振りをした。そしたらやっと一人になれた。そしたら不思議なことも起こるもので、その西の国の王子とその側近と話すようになった。私は何処か安心していたのだ。この二人だったら死なないんじゃないかと。この二人だったら運命も跳ね除けてくれるんじゃないかと。


 急がないと。

仮面の男を見て走り出した。あの仮面は私が見た未来視と同じだった。

しかし、その仮面の男はヴィクトリアさんと一緒にいた。

一体マリーもリア様も何をしているんだ。

「待ちなさい。そこの貴方!」

姿形はリア・クローバーそのものだった。

「貴方は何者?」

「#?」

「何を言っているの? いくら何でもこれはリアよ」

リアの代わりにヴィクトリアが答えた。じゃあ、それはもっと悪いことだ。

「信じて貰えないと思うけど、私は予言ができる。ヴィクトリア。貴方は仮面の男に攫われるの」

その時、雨音がしてきた。最初は小さな音だったが、次第に雨足が強まる。

雷が暗い廊下を一瞬照らした。

その指を指した先には、リア・クローバーがいた。

「いつその仮面に変えたの?」

さっきまでマリーと一緒にいた時はその仮面じゃなかった。

「#?」

「しらばっくれたって無駄よ」

私とリアの剣呑な雰囲気を感じ取り、ヴィクトリアは明らかに苛ついていた。

マズイ。信じて貰えなかったらと思っていたが、意外にもヴィクトリアはリアに対して怒った。

「リア! あんたが何か企んでいるの!」

見ず知らずの私よりもずっと一緒にいたリアを疑ったのだ。意外に思ったが、好都合だった。しかし、予想以上にヴィクトリアは強気だった。

「駄目!」

ヴィクトリアは言うより早く第二術式を組み立てた。しかし、余裕という表情で蝋燭を消す様にフウと息を吹きかけた。

周りの燭台から蝋燭の火が消えた。それと同じくしてヴィクトリアの意識は眠るように落ちてしまった。

「何を!」

いや、今はアレを解明するよりも、何よりも息を止めて逃げることが優先だ。よくわからないが、毒ガスか何かかもしれないのだ。翻って反対側に走ろうとした。しかし、それをするには、大きな壁があった。比喩ではない。文字通りの【第四術式 創重壁】が聳え立っていた。

これを壊すのには同じく【第四術式 擲廻転槍】で壊す必要がある。しかし、そんなことをしている間にリアがアレで私の意識を飛ばしてしまうかもしれない。それをするくらいならば、時間稼ぎでもした方がマシだ。

「リア・クローバー。貴方は本物のリアクローバーなの?」

「%」

リアは首を横に振った。

「一体いつから偽っていたの?」

リアは困った様に、十本の指を立てた。

案外素直に答えてくれるものだと思った。何と言っているかはわからないが。

「それは、10分前? 10時間前? それとも…」

そこまで言ってある一つの可能性に気付いた。こんな話を聞いたことがある。10歳のころに行方不明になった。類稀なる魔術の才能を持ったリア・クローバーは精霊の国へと連れ去られたと揶揄されてあの歌になった。その後のリア・クローバーはまるで人が変わった様だったと。

「まさか、貴方10歳から入れ替わっていたということなの?」

それは、嘘だと信じたかった。だってそれならば最初から騙していたのと同じだからだ。リアの一挙一動を注視する。

私は何処か首を横に振ってくれるのを期待していた。

「#」

しかし、リアは首を縦に振った。

「一つ教えて」

これだけは聞かないといけなかった。

「マリーは、マリーも騙していたの?」

それを聞くとリアは苦々しい顔をして笑った。不思議なことかもしれないが、私は彼が違うと言ってくれると信じていた。そうであれば、例え騙されていたとしても許してしまう気がした。いや、私のことなんてどうでもいい。せめてマリーとリアが一緒に私を騙していたのなら、私は私だけを責めることができた。馬鹿な私と。

だから二人で騙していたと言って欲しかった。

「#」

プツンと何かが切れた。

それに言葉なんていらない。ただ張り詰めた弓が矢を放つように、怒りのままに魔術を放った。

勝算があったわけではない。

ただ怒りに任せて暴力を振るった。

「うわあああああああああああ」

放った。放ってしまった。

魔術を放った私は冷静さを取り戻していた。

リア・クローバーという巨大な氷山を前にして無謀さを噛み締めていた。

【第四術式 擲廻転槍】

それは人に向けるにはあまりにも過剰すぎる火力だった。

しかし、おそらく冷静だったとしても放っていただろう。

当然人に向ける魔術ではないけど、リア・クローバーを人として扱う方が間違っている。


フウ


「は?」

今度は蝋燭が消えた訳ではない。

第四術式が消えたのだ。

あり得ない。防御した訳でも、避けた訳でもない。ただ息を吹きかけて消しただけなのだ。

そんな魔術なんて知らない。


フウ


これは魔法だ。

急に暗くなった。蝋燭の火が消えた?

いや、これは違う現象だ。

私の意識が暗闇に沈んでいるのだから。

ああ、結局予言は叶ってしまうのだ。

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