#11 舞踏会の始まり
私は反省するでもなく、頭の中では「仕方無い」という言葉が跋扈していた。申し訳ないとは思っている。思っているが、それよりもアンナに最低となじられたことの言い訳を探そうとしていた。私はズルをしてしまった。対した苦労もなく、対した努力もなく、私に都合が良いズルだった。勝手にやってくれたと言っても良い。私はこの罪に対して、罪悪感は感じていたが、一切責任感を感じていなかった。
この時の私は、告白することがどういうことかわかっていなかった。そして、告白をするということがどれほど勇気をもった行為なのかも想像できてはいなかった。
舞踏会は豪華絢爛としか言いようが無かった。元々学園内にダンスホールが備わっていたのは知っていたが、利用する機会は多くなかった。強いて言うならば、礼節の授業くらいのものである。だから見るのは昼間の時間帯であり、歴史がありそうなシックな雰囲気の建物としか思っていなかった。しかし、夜になればその顔は変わった。ギラギラとシャンデリアが煌めき、夜の闇を光が飲み込む様だった。古ぼけて見えたダークオークもシャンデリアの光を吸い込み、艶やかに見える。そして何よりも人の数が多かった。その全てが仮面を付けていた。目だけを隠した仮面、動物を模した仮面、奇術師の様な仮面。それらが一斉にこちらを見た。ギョッとする。これらは仮面の裏側に欲望を忍ばせていた。それがどの様な目的かは推し量れない。しかし、どうしてこちらを見たのかはわかる。私を見たのではない。
私の後ろにいるリア・クローバー子爵を見た。当然仮面によって隠されてはいるが、意味がない。その姿で誰か分かってしまうのだ。
「行きましょうか」
「#」
その華麗なる一言に誰もが目を逸らした。あまりにも分かり易すぎる為に、声を掛ければリア様に対して話し掛けに言ったとバレてしまうのだ。それは、身元を隠すという主旨上あまり褒められたことではなかった。
人の波を抜けていくと忙しなく働く二人が見えた。仮面をしていても誰が誰かわかる。
「申し訳ありません。遅れました」
「いや、気にしないでいいよ。遅れた訳では無いし」
カルロス先輩は、道化師の様な仮面をしていた。
「マリー君はともかくリア君は早く来なさいよ」
副会長は犬のお面を付けていた。
「犬のお面いいですね」
「…狼だ」
副会長は狼のお面を付けていた。
「あれ? 会長とイワンコフ先輩は?」
「はは、そのうちわかるさ」
何故か副会長は力なく笑った。
「揃ったし、開会式を始めるぞ」
「え? いや、まだ、会長達が」
そう言う私を置いて副会長は開会の挨拶を始めた。何かを企んでいるのはわかるが、何を企んでいるのか分からないでいた。そうしているとドレスを着た二人の淑女が目に入った。開会式の間にも人の出入りはあるので、二人くらいどうってこともないのだが、何故か目を引いた。
仮面をしているから当然誰かわからない。でも、そのうち一人はガタイが良かった。さっきの副会長の反応と合わせて察してしまった。一人のガタイが良い方の赤いドレスを着た淑女は、副会長の方へと近づいた。もう一人の意外と似合っている黄色いドレスを着た淑女の方はカルロス先輩の元に向かった。周りの人達の反応はわかっている人半分、分からない人半分だった。
「#%###?」
「え? あっ!」
二人の淑女に気を取られ、リア様からのダンスの誘いに動揺してしまった。
「よ、喜んで」
咄嗟で何だか滅茶苦茶になってしまった。それでもリア様は私の手を取って下さった。楽団の演奏が始まった。軽快な音楽が鳴り響き、生徒会の面々は円を作りながら踊り出す。当然ダンスも踊れない様な人達が生徒会のメンバーになれる訳がない。生徒会の6人のメンバーは当然踊れる。私はあまり上手い方とは言えないが、ステップさえ踏めれば、後はリア様が引っ張ってくれた。チラリと周りを見るが、本当に踊るのが上手い。カルロス先輩と黄色のドレスの淑女は少しぎこちなさがあったが、副会長ともう一人の赤いドレスの淑女は二人とも手足が長く、見応えがあった。リア様と踊っていなければ、見入っていただろう。事実、踊りを見ている誰もが彼らを見ていた。別に派手に動いている訳では無い。二人の息が合っていて、二人の動きが洗練されているだけだ。真っ直ぐに流れる川に波が見られない様に、二人の踊りは洗練されている。
「#」
リア様に怒られてしまった。私が見入っていたからだろう。
「すいません」
小声で言った。事実目の前のことよりも生徒会長と副会長に魅入ってしまった。少しだけあんな風に踊れたらと思ってしまったのだ。
「##」
でも、そう思っていたのは私だけじゃ無かったみたいだった。
「はい」
あのお二人には、届かないかもしれないが、息を合わせるのなら私達だって得意だ。リア様の一挙手一投足に集中する。リア様の方がダンスが上手いということは、リア様に上手く合わせられれば、きっと上手くいくということだ。そして私はこの場の誰よりもリア様をわかっている。リア様の息遣い、視線、身体の重心に至るまで、私はわかる自信がある。それならばその自信に合わせて、踊るだけだ。それでも踊りの練度は足りないだろう。あの二人と競うつもりはないが、気にしない訳でもない。何か足りないことは…
「#€#」
リア様が笑顔を見せた。
何と言っているかわからないが、笑ってと言った気がした。
そう言われたからではない。ただリア様も同じことを考えていたと思うと、気付いたら笑顔になっていた。
そのままただ楽しく踊っていると曲が終盤にさし迫っていた。何か特別なことをしていた訳では無い。途中からは上手くやろうとか誰かに褒められようとかそういった感情ではなく、ただ楽しく踊っていただけだ。でも、曲が終わると気づけば、拍手によって会場が満たされていた。不思議な充足感に満ち溢れていた。
「さて余興は如何だったかな? ここに開会を宣言する。それでは後は勝手に楽しんでくれ」
真っ赤なドレスを着た生徒会長は高らかに言った。
生徒会のメンバーは控え室兼準備室に集まっていた。
「びっくりしましたよ。全く」
カーテン越しに生徒会長とイワンコフ先輩が着替えている側で、しばし談笑していた。
「驚かすことができたのなら僥倖だよ」
生徒会長は悪戯に成功した子供の様に笑った。
「偶にはこういった悪戯も悪くない」
「僕は嫌でしたよ」
「いえいえ、イワンコフ先輩が一番似合っていましたよ!」
イワンコフ先輩は中性的な顔立ちなので、とても女装が映えた。
「似合っていないよ!」
「今年からの恒例行事にしようか」
「「しませんよ!」」
イワンコフ先輩と副会長が吠えた。
「じゃあ、パートナーでも呼ぶことだね」
まあ、この方々が誘われなかったとは考え辛いので、大方誘いを断ったのだろう。誘いを断る口実としてはちょうど良いのだろう。
「しかし、なんだ。二人とも息がピッタリじゃないか」
カルロス先輩が弄ってくるのを否定する訳にも行かず、「はい、そうですね」としか答えられなかった。
空気が読める方なので、それ以上は弄られなかったけど。
「しかし、あの件はどうなった?」
「あの件?」
聞き返したがすぐに何を言っているかは分かった。むしろカルロス先輩がいなければ、忘れていたのだ。
「何とかはなりました」
自分でも歯切れ悪いと思いつつも答えた。
「え? ああ、それならよかった」
私はどこか他人事のようだった。
それはカルロス先輩も思ったのか、一言。
「禍根だけは残さないようにしなよ。自分が終わりだと思っても相手は終わったと思ってもないかもしれないから」
「は、はい」
確かにそうだ。これは終わった話ではない。
ただアンナが私の代わりをしてくれただけなのだ。せめてこの仮面舞踏会が終わったら謝ろう。
ダーシーさんだけじゃなくてアンナにも。
仮面舞踏会さえ無事に終えることができれば、私にも余裕ができる。
シズカさんの予言を聞いてからずっとこの仮面舞踏会について考えていた。
この仮面舞踏会で何かが起こることが予感めいていた。
いや、予言されているのに、予感めいているというのもおかしな話だろう。だが、予言を何も疑わずに信じることもできなかった。
「きっと...」
「ん? 何か行ったか?」
「ああ、いえ、なんでもないです」
きっと、これさえ終われば、順次上手くいく。
それが今上手くいっていないことも解決の道が開ける。
今までだって、そうやって乗り越えてきたのだから。




