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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第四章 意味をなさない言葉

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#10 告白の行方

 舞踏会当日も生徒会としての仕事は沢山あった。飾り付けに、食べ物の手配、運ぶ業者のチェックとやることは多い。女の子なら飾り付けを頼むと言われたものの、別に飾り付けなどは今までやったこともなく、これでいいのかと疑問に思いながらも指示を出す。当然運び込むのは業者の方なので、何処に置くとか花は何を置くとかそういった指示をするだけだった。ただ入れ替わり立ち替わりで人が来るのを捌くのだけで大変だった。横目でチラリとリア様を見ると手持ち無沙汰にしていた。当然、他の生徒会の方は忙しいが、リア様は言葉を喋れない以上、指示を出すことすらできないし、力仕事を手伝おうものなら全力で止められていた。総合演習以降、リア様は生徒会の非常戦力というのが、多くの見解の一致だった。

 本来ならば、私が雑談相手にでもなってあげたいところだが、その余裕もない。壁の飾り付けを指示した後は、お花を何処に置くか。その次は机の配置。配置を指示するだけで業者の行列ができていた。

「マリー君。大丈夫かい?」

あたふたしながら指示を出しているとカルロス先輩がやってきた。

「ああ、はい。今の所は問題ないです」

「ああ、いや、そうじゃなくてだね」

カルロス先輩は何か言い辛い様にしていた。

「ああ、いや気の所為だったら良いのだが、もしかしたらダーシー君への返答を忘れているのではないかと思って」

「へ?」

頭の中が真っ白になる。

「何か忙しそうにしているのはわかるんだが、それにしてはダーシー君のことを気にしている様子がない。君のことだから忙しさで忘れてしまおうと思って、そのまま忘れてしまったとか、あるんじゃないかと思って」

忙しさで忘れようとしたわけではない。

だが、ここ最近色々な事がありすぎて最初の方に発生した事件が記憶から抜けていた。いや、違う。目を逸らしていたのだ。ダーシー君への返答を決めていなかった。いや、これも違う。そこまで深く考えてカルロス先輩の言葉で意識が戻った。

「あ、あの」

そういう訳じゃなかったと言おうと思ったが、何の弁明にもならないと気付いた。

「そのまさかという訳か」

「は、はい。でもわざとじゃなくて———」

未練がましく言い訳をする自分を止めることが出来なかった。

「君がどんな回答をするにしても、回答をしないといけない」

そうなのだ。

しかし、それができない。

今でさえ時間はギリギリなのだ。

でも、もしちょっとした時間にヴィクトリアさんを見逃して、その間に攫われでもしたら。

「どうしましょう。戻って支度をしたとして、ダーシーさんに会う時間が取れそうにもありません」

開会式だけではない。開会式の前に色々な仕込みをしないといけない。

「ああ、そうか。女の子だからね。じゃあ、開会式終わった後に、合流すれば」

女の子だから準備がかかる訳じゃないが、都合がいいので黙っておく。

「いえ、ダーシーさんは私が断るのなら来ないと言っているので、開会式まで待ったりはしないでしょう」

間に合うか?

「マリー君には流石に開会式に出て欲しいしね。わかった」

そう言ってカルロス先輩が言った。

「どうせ断るんだろ。僕が断って来よう」

「いえ、それは流石に。それに白薔薇を返さないと」

「いや、返す必要はないだろう」

「でも、心変わりして来るかもしれませんし」

「流石にそんなことしないと思うけどね」

「いえ、でも」

私がまごついているとカルロス先輩は念押しした。

「良いんだね? 僕が断らないでも」

確かにカルロス先輩の言っていることは正しい。もしかしたら先輩に頼んだほうがいいかもしれない。

「…はい。何とか間に合わせてみます」

それがせめてもの誠意だと思った。でも、これが原因でヴィクトリアさんの命を落としてしまっては笑い話にならない。迅速にそして誠意ある対応をしないといけない。

「君の仕事はやっておくから、行きなさい」

「はい、失礼します」

そう言ってまだ準備中のダンスホールを後にした。


 アンナ・カレーニナは北の国出身の弱小貴族だった。自分でも性格は気弱だと思うし、勉強も魔術も得意ではなかった。父はそれでも良い、お婿さんを捕まえてくればそれで良いと言うが、それもどうやら厳しい様だと入学して一カ月もすればわかった。背は小さいし、胸も貧相。マリーみたいな礼儀作法は身に付いていないし、存在感もない。学園に入って良かったと思えることは、そんなに無い。強いて言うなら食べるものが無い北の国より、食べ物が美味しいくらいだ。

 そんな私でも自慢できるモノがあった。マリーと友達になったことだった。自分自身に自慢できることはない。でも、マリーと同室だった自分の幸運だけは、褒めても良い筈だ。実際マリーがいなければ、他の上流階級の方々と喋ることもなかっただろう。

でも、そのマリーは現在進行形で困っていた。マリーの困惑した顔を見るのが、辛かった。

「ど、どうしましょう。悪気が無かったとは言えど許されることではないですよね」

声は震えていた。

マリーの顔は、自分のせいで世界が壊れてしまう様を見ている様だった。

「マリー、後どれくらい時間は残っているの?」

早めに帰ってきたものの慣れない舞踏会の準備に時間がかかってしまったようだ。

「正直言えば、今すぐにでも舞踏会に行かないと間に合わないです」

マリーが手にしている白い薔薇は造花だ。しかし、造花と言えど、ダーシーさんの気持ちは、嘘にはならない。

「マリー、最近の貴方が忙しそうにしていたのは何度も見てた」

マリーは私が何を言っているのとばかりに見つめていた。

「悪気もないことも知っている」

少しだけ救われた様な表情をするマリーに釘を刺した。

「でも、これは最低だよ」

きっと救われてはいけないと思った。

「…はい」

これをマリーに言うのは心が痛かったけど、でも、忘れられていたダーシーさんも痛い筈だ。

「その気がないなら断らないといけないし、誠意を持った告白を断るのなら、誠意を持った拒否をしないといけないよ」

正直言えばダーシーさんの告白は上手くいかないと最初から知っていた。だってマリーはリア様を好きなんだもん。

「だからさ」

そう言ってマリーに手を差し出した。

「代わりに返してきてあげる」

「え?」

その驚きは私が言うと思わなかったのか、返すという発想が無かったのかわからない。

「いや、でも」

「でも、覚えておいてね。マリーは相当な悪女だよ」

冗談を言ったつもりが真剣に受け取られてしまった。

「でも、それ以上に最低なことは舞踏会に行ってその顔をすることだからね。仮面が被さっていたってわかっちゃうんだから」

「お気持ちはありがとうございます。アンナさん。でも、それはできません。それに、アンナさんが遅れちゃいます」

なんて痛い所を突くんだ。

「いや、私は行かないよ。マリーと違ってパートナーもいないで行くなんて惨めだし」

「いや、私も生徒会で行くだけなので」

「でも、舞踏会には行くんでしょ」

私だって最近のマリーを見ていてわかる。色恋沙汰でマリーが忙しくしている訳ではないことを。

「知ってるよ。最近何かあって忙しかったんでしょ。それで忘れちゃったのは可哀想だけど、マリーが必死だったのは知っている」

何かまでは知らないけど。竜の襲撃や総合演習での事件の様に何か必死に奔走していたのは知っている。

「マリーが何か背負ってるのは知っている。忙しいからって許されるとは思わないけど、でも、友達だから助けるよ」

何だかこんなことを言うのは気恥ずかしくなった。

「貸して」

マリーから白薔薇を奪い取った。

「アンナさん!」

そのまま部屋を出ようとして、呼び止められた。

「私が言えることではありませんが、お願いします」

後ろを振り向かないが、お辞儀をしてお願いされたことがわかる。

「あ~あ、普段誠実な癖して何でこんな最低なことしてんだか」

マリーに聞こえない距離まで行ってから独り言を言った。

自分でも何で頼まれたのかわからない。でも、友達を最低な人にはしたくなかったし、ダーシーさんにも最低な気分になって欲しくなかった。

「でも、私が最低な気分になる必要はなかったな」

独り言でも言わないと耐えられそうにない。だって今から友達に告白した人を代わりに振らないといけないのだ。

「マリー、本当最悪だよ」

そう言って笑った。

マリーは最初は人間味がない人に思えた。隙がなくて、頭も私より何倍もいいし、偉い人だろうが物怖じしない。物騒な物事が起ころうと動じないし、自分よりも強い人にも立ち向かっていく。その癖、弱い人には優しい。こんなに完璧な人間がいるんだと思った。でも、最近は緊張の糸が解れた様に、気を張ることが少なくなった。何だか弱点が多くなった様にも一見見えるが、付き合いやすくなった。まるで野生の猫が飼い猫になったかのような変化だった。

それが良いかどうかはわからない。

「こうして最低なことしているしね」

マリーを最低となじるのが癖になりそうだ。だってあんなに完璧人間を弄れる機会なんてそうそうないのだ。

「あっ」

このまま見つからなければ良いとさえ思っていた人物が見つかってしまった。もしくは既に仮面でも被っていれば、見つからなかったと言い訳できたかもしれない。でも、ダーシーさんは仮面を被らずに待っていた。ああ、むしろ私が仮面を被れば気まずくならなかったと今頃気付いた。

「あ、あの」

意を決して声をかけたが、声が小さく聞こえなかったのだろう。喉が渇く。

「あの!」

「...…」

自分に声をかけられるとは思わなかったのか、驚いていた。

「悪いが、今待ち人を…」

「その待ち人からです」

そう言って白薔薇を渡す。

しばし逡巡したようだが、次第にわかった様だ。

「……そうか」

本当に。

本当になんて悲しい顔するんだよ。

「マリーは!」

自分でも何で口を出したか分からなかった。

「マリーは、きちんとここに来ようとしてた」

それを言って慰めになる訳でもないのに。

「いや、いいよ。僕だってこの告白が成功するとは思っていなかった。彼女がリアのことを好きなのは分かっていた」

じゃあ、なんで? そう疑問を口に出していないのに、ダーシーさんは答えた。

世界が止まったと錯覚するくらいに真剣で強い気持ちだった。

「でも、この気持ちを抑えることなどできなかった」

私はこの時、ダーシーさんの顔を直視してしまった。

見なければよかったと心から思った。

でも、吸い寄せられるようにして目に入ってしまった。

それは本当に間違えて剣で刺されたと思うくらいに痛かった。

恋ってこんなに痛いの? 

分からない。

恋なんてしたことがなかったから。

マリーは。

マリーは糞だよ。

「なっ、なんで君が泣く」

「泣いてないよ!」

マリーのせいだ。こんなに苦しい思いをしたのも。

「早くこれ受け取って」

良く見たら白薔薇を受け取っていなかった。

「いや、マリー君に宣言した以上行かないよ」

「知らないよ! そんな事情! 私だって行かないんだから」

無理矢理白薔薇を握らせる。

「もう何よ。マリーも、ダーシーさんも、リア様もみんないい人で」

マリーかダーシーさんかリア様が悪人なら良かった。

「誰か悪い人でもいないと皆苦しいじゃない」

「…何だよ。それ」

そう言ってダーシーさんは笑った。

こんなの皆苦しいだけだ。

「何でこんな苦しい思いをしないといけないのよ」

今度はダーシーさんが吹き出す様に笑った。

「何で君が苦しむ?」

「勝手に苦しんでるの!」

そう言うとしばらくダーシーさんは笑った。

「君のお陰で少しは元気がでたよ」

「私は落ち込みました」

そうは言いつつも、少しだけ元気になっていた。

何だか大したことなんてしていないのに、妙に達成感だけはあった。

ああ、月が綺麗だな。

「月が綺麗だな」

驚いてダーシーさんの顔を見る。

「なんだ。どうした?」

「ああ、いや、どういう気分なんだろうって」

単に心が読まれた様な気がして、誤魔化す様に適当なことを言った。

「聞くか? 普通?」

呆れられたが、少し反省する。

「ごめん」

「ああ、いや、良いんだ。自分で思っているより感傷的じゃないんだ。多分本人に申し訳なさそうに断られたら引き摺りそうだったし」

「ああ、うん。マリーはそういう事するよ」

なんだ、ちゃんとマリーのこと見てたんだ。正直マリーに白薔薇をささげるなんて無謀で、全然マリーを見ていないんじゃないかと思った。

「私、マリーみたいになりたいと思っていたんだ」

自分でもこんなこと言うつもりはなかったのに気づけば口を開いていた。

「え? ああ」

もう少しだけ興味を持ってくれれば良いのにと思ってしまった。

「でも、きっとそれじゃあいけないんだろうね。私みたいな駄目人間でも何処か一つだけでもマリーみたいに成れたらって思ってた」

「君にも良いところがあるだろ」

「ううん。まだ無いよ。私ね。学園に入ってすぐはマリーに魔術の腕が勝っていたのを嬉しく思っていたの。多分あの時はうざったく教えてた。でも直ぐに抜かれた。私じゃあイットウ君なんかに勝とうなんて絶対に思わない」

「それを言われたら僕だってマリー君に勝てることなんて一つもないよ」

「でも、ダーシーさんはマリーと同じくらい友達がいるし」

「じゃあ、君は、マリー君が出来なかった告白を断るということが出来た訳じゃないか」

ダーシーさんが真面目に自虐を言うので、びっくりした。

「君に笑い飛ばして貰わないと、僕の傷ついた心はどうすれば良いんだ」

「ご、ごめん。急に自虐されて笑えなくて」

「冗談のセンスまでマリー君以下ということか」

笑ってはいけないのに、笑ってしまった。

「はあ、何で僕が逆に君を勇気付けているんだ」

「ご、ごめん。言いたいのはそういうことじゃなくて」

別に彼を元気付けたかったわけじゃない。でも、マリーとの関係性が悪くならないで欲しかった。

「マリーは凄い人に見えるし、実際凄いんだけど、今回のは、悪気があったわけじゃなくて仕方がないっていうか。まあ、やったことは、最悪なんだけど…」

「ふふっ、大丈夫。君が思っている様に恨んでないよ」

「いや、恨んでも良いんだけど、覚えていて欲しいというか」

私の中のマリーに対する思いはグチャグチャだ。

「一体君はどっちの立場なんだよ」

そう言って笑った。

「覚えておくよ。君のことも」

彼の笑った顔が嘘みたいに消えて、残った横顔が綺麗だった。月明かりがスポットライトで照らした様に、彼を照らした。今舞台に立っているのではと一瞬錯覚した。

世の中には二種類の人間がいると私は考える。

舞台に立つような人間とその観客だ。

彼は舞台に立つ側だった。

マリーもそっち側。そして私は観客側だ。

でも、勘違いしてはいけない。私みたいな凡人は彼らと友達というだけで舞台に立った気になってしまうのだ。

「ああ、月が綺麗だなあ」

「だね」

舞台の上に立ってみたいと小さい時は思っていた。それは今も思っているのかもしれない。舞台の上はきっと華やかで、楽しいのだろう。

でも、きっと舞台上に立つということは、大きな悲しみも演出されてしまうのだろう。

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