#6 マリーとヴィクトリア
どうしたらリア様と話せるようになるかは結局分からなかった。だが、ヴィクトリアさんと話すべきだと思った。どうやら、彼女はカルロス先輩と情報を共有しているようだ。それにもかかわらず、奇妙にも彼女は何をするでもなく、私をただ見つめているだけだ。それは私にとって都合が良くもあったが、それ以上に不気味さを感じてしまう。。ヴィクトリアさんと言えば、勝手なことをするという認識にある私としては、それはほかのどのことより異常に思えた。いっそのことわかっているのなら弄ってくるくらいが、丁度良かった。しかし、彼女らしくないとまでは、思わなかった。
むしろ彼女の行動が彼女らしいとまで感じていた。
就寝時間前を見計らってヴィクトリアさんの部屋へと向かう。
「ヴィクトリアさん、ちょっといいですか?」
ヴィクトリアさんの部屋にいるのは、ヴィクトリアさんだけではない。当然リンディさんもいる。できればヴィクトリアさんとのみお話をしたかった。
「大事な話?」
「カルロス先輩から聞きました」
そう言うと納得したように頷きました。
「あの男は口が軽いのかしら?」
実際口が軽いとは思うが、悪気がある人ではないので、擁護しておいた。
「嘘が下手なだけでしょう」
「ヴィクトリア様? 一体何の話ですか?」
ヴィクトリアさんにだけわかるように言ったので当然リンディさんは分からない。御付きの人にも言っていないあたり、本当に口が堅いのだと関心する。
「悪いんだけどリンディ。ちょっと出て行ってくれない?」
「またですか? 女性同士というのは、個人的にはおすすめしませんが」
このリンディさんは、中々困った方ではあるのだが、何故か女性人気は高い。
「黙りなさい。早く妹の部屋でも行ってきなさい」
「は~い」
聞き分けが良いんだか、悪いんだか、リンディさんは部屋を出た。
「あんたこの部屋がどれだけ壁が薄いか知ってる?」
「ええ」
皆が寝静まった時間に秘密の話をしようものなら翌日の朝には広まっているのが、この寮での常識である。
「こっち近寄りなさい」
ヴィクトリアさんの言うことに素直に従う。
「もっと」
ヴィクトリアさんとはそう離れていないと思うが近づいた。
「もっと」
「体がついちゃいますよ」
「体が付くぐらいよ」
ヴィクトリアさんの顔が目と鼻の先くらい近くなった。
「第一術式 盾」
私とヴィクトリアさんがギリギリ収まるくらいの距離で第一術式が展開される。
「確かにこれだと音が漏れずらいですね」
「昔教えて貰ったの。秘密のお話はこうやってやるんだって」
「そうなんですか」
第一術式の中で向かい合いながら座った。
ヴィクトリアさんとの距離がこれほど近付くのは初めてだ。
「何だかこの距離だとドキドキしますね」
「恋バナにはちょうどいい距離でしょ」
「確かにそうかもしれません」
カルロス先輩からの言葉は私にとって大事な機会となった。
私はいろいろ考えた。私が何を考えているのか?
私が何をしたいのか? でも結局これが正しいと思えるものが何もなかった。
「ヴィクトリアさん」
「なに?」
ヴィクトリアさんはいつも声だけで人を突き刺せるんじゃないかというような声色をしている。しかし、意外にも心を許した人には優しい声色になる。ヴィクトリアさんの優しい声色は癖になるくらい甘ったるい。ヴィクトリアさんへ宣言する様に言った。
「私はリア様の結婚相手はヴィクトリアさんが一番適していると思っています」
私が考えられる選択肢の中での結論は、これが一番正しかった。
「それはお礼を言えばいいのかしら」
何だか対応に困っているような微妙な態度だ。開口一番に言うことかと私を軽く叩いた。
「家柄もそうですし、ヴィクトリアさん自身もリア様を別に嫌っているとは思っていません」
「本当にそうかしら?」
ヴィクトリアさんは嫌った態度を見せているが、嫌ってはいない。
「はい」
でも、違和感がある。リア様に恋愛感情を見せている訳ではないのだ。しかし、彼女はリア様に恋愛感情を見せていた痕跡がある。痕跡という表現が合っているか分からないが、彼女は明らかにリア様を好きだった感情や言い回しが残っている。しかし、それがどうして今は違うのか分からないのだ。
「だからこそ、知りたいです。ヴィクトリアさんはリア様をどう思っているのですか?」
しばらくヴィクトリアさんは黙って考えた。
「前に馬車の話をするかどうかの話を覚えている?」
ヴィクトリアさんに秘密を教える代わりにヴィクトリアさんの秘密を教える約束だ。
「...はい」
「あの時、あなたは…」
「———断りました」
それを断ってしまった。嘘でも適当な秘密を教えることはできなかった。だってヴィクトリアさんはきっと本気だろうから。
「そう、だからその話はしない。それだけ」
「それは...」
「じゃあ、あなたの一番の秘密を教えて」
「......」
私は黙らざるをえなかった。だって私の一番の嘘は城壁の外の人であることだ。この学園にいられなくなる嘘であり、ヴィクトリアさんとの友情にヒビが入るものだ。
「私ね。あんたのこと結構好きなのよ。意外かもしれないけど、今のリアとあんたのこと応援しているの」
ヴィクトリアさんが何を思っているのか全く分からなかった。
「あんたに逆に聞くけどさ。リアのことどう思っているの?」
喉にいろんな感情が絡まった。絡まった感情を解きほぐしながら言の葉を紡いていく。
「...好き」
「そう」
ヴィクトリアさんが被せるように言ったので、それを否定する様に急いで言った。
「なんだと思います」
「自分でわからないの?」
「…はい」
今の私は顔が熱くなって、背中にびっしりと汗を掻いている。馬鹿みたいに私の身体は正直だった。
「今まで人を好きになったことないんです」
「誰だって最初はそんなものよ」
「ヴィクトリアさんもそうなんですか?」
「ええ」
そういうヴィクトリアさんは自信を持っていた。羨ましいくらいに自分の気持ちに自信を持っている。ここにリア様を好きになった痕跡が残っている。
「私はヴィクトリアさんとリア様が付きあえばいいと思っています。」
突如話を切り替えるように言った。
「あんたって頭がいいわよね」
「...まあ、はい」
「頭がいい癖して心が子供よね」
それは実際子供なのだから、そうだと思うが、ヴィクトリアさんに言われるのは好きではない。
「自分の気持ちを諦めるために私のせいにしないでね」
「それは...」
突然いつもの突き刺す様な優しい口調で言った。
「あんたいつもどういう気持ちでリアの言葉訳してんの?」
「え? それはリア様の真意が伝わるように…」
「じゃああんたは何やってんの?」
その言葉は今の私の行為全てを否定されているような感覚に陥らせた。
「だってリア様にとっては、理解があって、良い階級の方と結ばれるべきで」
私なんか城壁の外の人とは、違う。年齢だってもっと大人の成熟した身体と精神性を持ち合わせるべきなのだ。
ただ、自分の言葉を喋っているのに関わらず、何もかも違うような気がした。
「それが私ってわけ? 私はあんたのお眼鏡に合ったから結婚しろって?」
「そんなつもりじゃ...」
「じゃあ、どういうつもりなわけ?」
ぐつぐつと煮えたぎる私の心をナイフでかき回されるような気分だ。
「あんたが好きなんじゃないの?」
「好きですよ!」
「じゃあ!」
うるさい! 聞きたくない!
「ヴィクトリアさんはどうしたいんですか!?」
「違うでしょ! あんたがどうしたいかよ! ごちゃごちゃ理論並び立てて、あんたの意見を言いなさいよ! 好きなら飛び込んで! ぶつかって! 後はどうにかするのよ!」
なんでカルロス先輩と全く違うことを言うんだ。
「私は」
言うべきか迷った。迷ったにもかかわらず口から全てが出ていた。
「その恋愛わかっていますよ。みたいなヴィクトリアさんの態度嫌いです」
「はあ? 何よ! その態度、いつしたのよ! この私が」
「今です! 私の相談相手気取って、私のずっと上に立ってくる!」
「あんたが恋愛雑魚なのが悪いんでしょやめてよね。私があんたのマウント取っているみたいなの。あんたが弱すぎて戦う前から勝手に負けてるのよ!」
「それですよ! その態度!」
「はあ? ビビリにビビリって言って何が悪いのよ。このヘタレ生意気意気地なし」
「人に悪口言って良いと思っているんですか。傲慢マウンティング知ったか」
ヴィクトリアさんがいきなり立った。
立ったので、第一術式に押し出されてバランスを崩した。当然目の前にいるのは、ヴィクトリアさんなので、ヴィクトリアさんを押し倒してしまった。
「「いったー」」
二人の鼻と鼻がぶつかる。
「何私の上に乗ってるのよ」
「ヴィクトリアさんが立ったからでしょ」
起き上がろうとするが、第一術式が球形の為、上手く起き上がれない。
「はあ、それくらい耐えなさいよ。運動音痴」
「その運動音痴に総合演習で落とされたでしょ」
「はあ? 何でそれを今持ち出すのよ!」
「先に悪口を言ったのはそっちじゃないですか!」
「私は事実を言っただけよ」
「事実なら何でも言って良いと思ってるんですか」
「そうよ。告白もできない意気地なし」
「なっ」
それは言っては駄目でしょ。
「だったら私が告白しても良いんですよね!?」
「ビビリに何ができるのよ。一生何もできないで終わりよ。貴方のことは私が責任を持って世にも珍しい貴重な意気地なしとして私が動物園に寄贈してあげるわ」
「でしたら私は傲慢で何もかも知ったかする人を意味する固有名詞としてヴィクトリアさんを辞書に登録してあげます」
「「はあ?」」
どうしてこんなにも分からず屋なんだ。
第一術式が不安定になり、壊れた。
「もう知りません」
「もう知らない」
「明日、私は告白します」
「はあ? やってみなさいよ」
「では」
そう言って部屋を出ると寮の全ての人がドアからこっちを見ていた。
しまった。
そう先ほど立ち上がった瞬間に第一術式は壊れていた。つまりは丸聞こえなのだ。
最後の喧嘩は聞かれていた。
「どうやら終わったみたいだね」
リンディさんが私と入れ替わる様に部屋へと入った。
「え、ええ」
「明日楽しみにしてますわ」
「ええ」
私はポーカーフェイスを崩さず、答えた。
自室に戻ると直ぐに毛布に包まった。
「マリー」
アンナの声が聞こえる。
や、止めてくれ。何故自分でもあんなこと言ってしまったかわからないのだ。
明日が来ないで欲しい。
「寝ちゃった?」
「......」
「ガンバ!」
その応援はヴィクトリアさんの暴言より突き刺さった。
その日は一睡もできなかった。
リア様は放課後は逃げてしまうと言えど、朝の授業にはしっかりと教室にいるのだ。だからこのタイミングしかない。
「リア様、お話があります」
それが例え教室に皆が居ても。
「#?」
例えみんなが私が何を話すかと耳をそばだてても言うのだ。
「どうか今度の休日に付き合って下さいませんか?」
何処かで「ビビったな」とか聞こえたが気にしない。
リア様がしばらく考えた。ここに至ってまた断られることは考えていなかったことに気付く。私ってなんて馬鹿なんだろ。
ここで断られたらどうすればいいんだろう?
断らないで欲しい。
「#」
「え?」
今のはどっち?
私がわからないうちに歓声が湧いた。
そこでやっと私は首肯されたと気付いた。




