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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第四章 意味をなさない言葉

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#5 変わらない関係性はない

 しばらく眠っていた。眠っていれば、この心に巣食う嫌な気持ちが消えてしまうと期待していた。リア様の元で働き初めて休んだ気がする。こんなのはズル休みだ。

重い身体を起こした。鏡を見ると怖い顔をしている人が映っていた。

「酷い顔」

顔を洗って、涙で腫れた瞼を化粧で覆い隠す。多分同性にはわかってしまうだろうな。でも、お化粧をしている間に少し気分もましになって来た。

「よし」

何だかまるで何事もなかったみたいだ。


 朝一の授業には遅れてしまったが次の授業には間に合いそうだった。ただいざ教室が近付くと心臓が跳ね上がった。ダーシーさんとは向き合わないといけないのだ。昨日は色々どうすればいいかわからず、張っていた糸がプツンと切れてしまったかの様に泣いていたのだ。あれから別に何か決めた訳ではない。取り敢えず私はいつも通りにすると決めたのだ。決断を保留した。

「おはようございます」

「マリーさん。体調は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」

アンナには、体調が悪いと言っておいてくれと頼んでいたので、どうやらそれが周知されていた様だった。

「貴方も風邪になるのね?」

その声に嫌でも心臓が跳ねた。今顔を合わせたくないのは、もちろんダーシーさんも、リア様もそうだが、それよりこのことを知られたくないのが、ヴィクトリアさんである。そうだ。いけない。ヴィクトリアさんには軽口を返さないと怪しまれる。

「ヴィクトリアさんも心配することができたんですね」

そう言うとヴィクトリアさんは笑顔になった。

「昨日は本当に調子が悪かったようね」

何だかこれで健康がわかるのは納得できないが、それより誤魔化せたのなら何でもいい。

今日は普段通りにするのだ。

「マリー君は体調は大丈夫なのかい」

しかし、大丈夫ではないのは、私だけでない。

「はい、ダーシーさん。大丈夫です」

本当は内心大丈夫ではないが、表面上だけでも平静を装った。

「あら、珍しく気にかけるのね」

私の思惑と違い、ダーシーさんの態度はあまりにも不自然なのだ。

「なっ、君が休んだのならともかく、マリー君が休むのは珍しいだろう」

あからさまな態度に心臓が飛び跳ねるが、周りの女子から思わぬ助け舟が来た。

「ヴィクトリアさん云々は置いて、マリーさんが休むのは珍しいですね」

「そうですね。私なんて一カ月に一回は休みたいです」

「ふふっ、そうですね」

一カ月に一回? 何かあるのだろうか?

「殿方の前でそういう話は…」

顔を赤くしながら1人がダーシーさんをチラリと見た。

「では、失礼するよ」

ダーシーさんは気まずい顔をしながら、そそくさと去った。

「皆さん、何の話をしているのですか?」

そう言うと意外な顔をされて見つめられた。

「もしかしてマリーさんは来ていないのですか?」

「来ていないって何がですか?」

ヴィクトリアさんですらびっくりした顔だ。

「来るのが遅い方も、いるらしいですしね」

「だからいつも元気だったんですね」

「いや、納得していないで教えて下さいよ」

何だか私が知らない話題で盛り上がっているのが、耐えきれなくて聞いた。

「はあ、誰か教えて上げなさいよ」

その呆れた様なヴィクトリアさんの言葉で、説明するのも気まずそうな同級生に性教育をされた。恥ずかしいというよりも、何処か冷静にそれを受け止めていた。私の身体は知識によってできていた。相応の身分を装うには、膨大な知識と経験がいる。私には1年ほどしか学ぶ時間が無かったから、後は知識の詰め込みでどうにかした。見た目をドレスと装飾品で誤魔化し、身分だって養子に入って肩書だけは立派なものに。それだけではない。言葉までも私は飾っていた。と言ってももう私がどうやって喋っていたか覚えていない。

私の身なりはリア様のお父様が揃えてくれた。私の身分は顔も知らない老紳士が捧げた。

私の言葉は、リンゴォ氏が教えてくれた。

改めて私が貰ったものは全て男性がくれた物だと気付いてしまった。

そして、「そういったこと」は男性が教えてくれる訳が無い。きっと彼女達は母親から教えて貰ったから私は知らないのだろう。

その事実の前で私は立ち尽くした。羨ましいとか嫉妬とかそういった感情とは、また違う。

言葉にできない。

ただ、私が持っていないものを何処か冷静に見つめていた。それと同時に今までの彼女らの行動に納得が行った。そうか基本的には彼女達は16歳なのだ。年齢を偽っている私とは年齢が2歳も違う。これからも私の身体の成長は、2歳差もあるのだ。2年の差は決して努力で消せるとは思わなかった。

そうか。

私って身体的にも精神的にも未熟なんだな。


 今日の授業が全て終わり、リア様に近づいた。あからさまに離れすぎていても不自然だと感じたからだ。

「リア様」

「…#?」

しかし、気の所為かもしれないが、今日のリア様は何処か素っ気ない気がした。

「生徒会室まで一緒に行きませんか?」

「…%」

リア様はしばらく思案して断った。

「え?」

断った? 

私はそれを受け入れられなかった。

「リア様生徒会室まで行きませんか?」

「%」

「現実が受け入れられずもう一度繰り返すな!」

ヴィクトリアさんがツッコミを入れるが、それどころではない。

「リア様が断るなんておかしいです」

「…おかしくはないでしょ」

気が付けばリア様は何処かへと消えていた。

「…嘘」

「まあ、珍しくはあるかもだけど」

珍しいなんて話じゃない。

「そんなこと一度も無かったです」

「まあ、リアも何かあったんじゃないの? あんたが体調が悪いのと一緒で」

スッと一瞬嫌なことが思い浮かんでは、無理矢理頭から消した。

いやそんな筈はない。だってリア様にはまだバレていない筈なのだから。少し違和感を感じたが、ヴィクトリアさんにもバレていないのだから、この質問は文字通り体調が悪いからということだ。

「そうですよね」


 その後、生徒会室に向かった。例えリア様と一緒に行かなくても、結局は行先は同じなのだから。

しかし、リア様はここにはいなかった。

「あの、リア様はここに来ましたか?」

ちょうどカルロス先輩がいたので、聞いてみる。

「いや、来てないが、朝から見ていないのか?」

「いえ、朝はいました。先程生徒会に一緒に行こうとしたら断られてしまって」

「リア君が断ったか…」

「…はい。珍しいですよね」

「珍しいか、どうかは知らないが、まあそういうこともあるんじゃないか?」

何か言葉にできないが、カルロス先輩の言っていることに少し違和感があった。ヴィクトリアさんと同じことを言っていたのだ。

「何かご存知なのですか?」

別に何か意図が合って聞いた訳では無い。

「え?」

だがカルロス先輩の声が裏返り、目線は泳いだ。

「僕は、リア君もそういった時があるという話をしただけで…」

「ご存知ないのですか?」

慌てて弁明しようとするカルロス先輩にもう一度聞くと観念した様に言った。

「そんな睨まないでよ」

「…睨んでいないです」

「君達は人に鎌をかけるのが好きなのかい?」

君達? そういえば先程のヴィクトリアさんと同じ反応をしていた。

「ヴィクトリアさんと何を話していたのですか?」

これこそ鎌掛だった。何処で二人が仲良くなったか知らないが、二人とも友人が多い、いつの間にか仲良くなっていてもおかしくない。

「そこまでお見通しか。なら仕方がないか。少し場所を変えようか」

「何を?」

「昨日のこと、いくら生徒会室とは言えど誰かに聞かれたくないだろ」

昨日のことでバレたくないことなど一つしかなかった。


 人気が無い教室へと移動するとカルロス先輩は開口一番に言葉を放った。

「ダーシー君が昨日来たのだろう」

さっきの態度から知られていることを覚悟していたが、いざ聞くと緊張した。

「別に影で聞いていたんじゃなくて、昨日リア君の前で堂々と言っていたよ。その場で同席していてね。僕とリア君以外いなかったからまだそこまで知られていないだろうが」

他の人に知られたってどうだっていい。

問題は、リア様に知られてしまったということだ。

一瞬目の前が真っ暗になる様な感覚がした。

「大丈夫かい?」

「ええ、あのそれならヴィクトリアさんはどうして知っているのですか?」

「ああ、うん。それは申し訳ないけど僕が言った。鎌をかけられてね。君の様子がおかしいことに気付いていたみたいだ」

■■■■■

何か一瞬黒い感情が吹き出した。

「マリー君?」

「え? 何ですか?」

ということはヴィクトリアさんは気づいてあの態度をとっていたのか。ヴィクトリアさんも気遣っているんだか、気遣っていないんだかわからない。

「僕もヴィクトリア君も君達の関係性に何か首を突っ込むこともないよ」

「え?」

それをされたくはないと思っていたが、いざ言われると突き放された様な気がした。

「今の状態が突っ込んでいるというのはそうなんだけどね」

「ヴィクトリアさんが?」

「いや、むしろ彼女こそが君を尊重していたよ。僕はどっちかと言うと出歯亀だしね」

「それは…」

ありがたいはずなのだが、何故か素直に喜べない。

「とは言えど、リア君が何処へ行ったのかは正直わからない」

そうだ。リア様。

「リア様と一度お話したいのです」

「でも、逃げられているんだね」

「うっ、はい」

「それで何を話すんだい?」

「え?」

「何かを話すつもりで呼ぶんだろ」

それは、カルロス先輩にとっては、何でもない言葉だったに違いない。でも、それがまるで致命的なことだったかの様に、私に突き刺さって抜けなかった。

何を話すのかまるで想像できないのだ。何か、何かをリア様に話せば解決すると思い込んでいたのだ。その事実が私に突き刺さった。

「あの、まずお話できればと」

「でも、言いたいことちゃんと考えておかないといらないこと言っちゃわない?」

「それは…」

「口を出すつもりはなかったんだけど、でも、言っちゃうんだけど。いつもはそれで良かったことも恋愛になるとそれじゃあ駄目ってことになるよ」

恋愛。そう他人からリア様との関係性を見られるのは、実感が湧かなかった。

「多分、君達の関係性は良いか悪いかは置いておいて、変わっちゃったんだよ。君達の意思とは関係なく」

変わっちゃった?

「変わらない関係性に戻す方法はないんですか?」

私は恐らくは関係性が変わることは望んでいない。今まで通りで良かった。私がリア様の為に役立って、それをリア様が喜んでくれたら何もいらない。

「君だって戻れるとは思っていないんだろ。」

それは痛いくらいに図星だった。

そうだ。それはもう失われた。

「変わらない関係性は存在しないんだよ。関係性は変わるモノなんだから。変わらない関係性なんてのは悪い所に目を瞑っているに過ぎない。目から逸らしていることだって一度目に入っちゃたら見ちゃうでしょ」

先輩の言っていることは全部正しくて、私が思っていることは、全て間違っている気がした。

夕暮れのせいか先輩の影が大きく見えた。

「柄にもないこと語っちゃったね」

「いえ…」

先輩は誤魔化すように笑った。

「…ていうのが人生をほんのちょっとだけ長生きした先輩からの言葉。聞き流してもいいよ」

「…いえ」

聞き流すなんて到底無理だ。何度も反響するように私を蝕んだ。

秋の夕暮れは、私の心に影を作った。

その日は生徒会が終わってもリア様は姿を現さなかった。

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