#15 総合演習⑤
その時、地響きの様な振動がお腹を揺らした。リア様の【第五術式 創多重壁】がツバキさんを囲んでいた。しかし、驚いたのは、そこではない。重壁が分かりやすいほどにひび割れて、今にも壊れそうだったのだ。今にも爆発しそうなそれをリア様は必死に壁を継ぎ足して防いでいた。何か、何かが起こっている。これは、魔術師同士の攻防戦等ではなく、事故だ。
原因はわからないが、今にもその壁の中は大量な熱量に晒されて今にも破裂しそうだった。
何か重要なことが起きようとしている最中だった。
それにいち早く気付いたのは、生徒会長だった。
「皆さん、緊急事態が起きました。速やかに避難してください。皆さん、緊急事態が起きました。速やかに避難してください」
生徒会長は音を増幅する魔道具を使い、避難を促したのだ。
「会長。何があったのですか?」
近くまで来ていた私は急いで生徒会長に駆け寄った。流石にこの異様な雰囲気で喧嘩するほど馬鹿じゃない。
「わからない。恐らくはあそこにいたツバキ嬢に何かあったんだ。リア君もツバキ君も魔術は上手いが、この雰囲気は異常だよ。悪いが、止めさせて貰う」
「英断だと思います」
本当に異常な雰囲気がした。
まるで地獄の釜から何か出てくるようなそんな嫌な予感がするのだ。
「マリー君、君は避難誘導を頼む」
「わかりました」
「申し訳ないですが、ヴィクトリアさん、イットウさん手伝って下さいませんか?」
「わかった」
ヴィクトリアさんは了承してくれたものの、イットウさんは私を無視して駆けた。
「あっ、ここはヴィクトリアさんお願いします」
「ちょ、ちょっと」
イットウさんを追って走る。イットウさんが駆け寄った先にはリア様がいた。
「おい! リア、あの壁を止めろ。ツバキが焼け死ぬ」
リア様はすぐには頷かなかった。それを見てイットウさんはリア様に詰め寄る。
「あれを止めろと言っているんだ!」
「お辞め下さい。リア様が意味もなく、壁を維持したりしません」
「お前のせいだぞ! お前が参加させたからこうなった」
「・・・・・・」
それに関しては、何も言い返せなかった。
「##€÷#」
「何言ってるかわかんねえよ! 早くツバキを助けろ!」
リア様はその言葉を受けてか受けずか、魔術の壁を解いた。どうすればいいのかわからない。それが正解だったのか、不正解だったのか。
リア様が壁を解くと同時に爆発が起こった。半径100メートルに衝撃波が飛んだ。耳をつんざくような轟音とお腹を切り刻まれているのではと思うくらいの振動が来た。
リア様が咄嗟に出した【第四術式 創重壁】のお陰でまだ直撃は防げた。しかし、それは事態が収まったことを意味する訳ではなかった。
「君達大丈夫かい?」
「会長。皆は?」
「もう終わりだからね。既に帰っているものも少なくない。何とか間に合って逃がせた」
「良かった」
上昇気流で爆発によって飛んだ砂埃が徐々に晴れていった。その爆心地には、炎に燃える彼女がいた。
「あれは大丈夫なのですか?」
「大丈夫かどうかは分からないが、炎の精霊と契約したものは炎に耐性ができる。炎で焼け焦げることはないだろうけど。それよりも問題は下の魔術術式だ」
生徒会長が指す方を見ると確かに彼女の下には魔術術式が存在した。
「あれは精霊魔術の召喚術式だ」
「一体誰が、いや何を召喚しようとしている」
イットウさんは今にも飛び出そうなくらい明らかに焦っていた。
「これは推測だが、炎の大精霊の召喚だろう。しかし、彼女の魔力でも足りなくて失敗している」
精霊魔術のマニアであれば、遠目で見ただけでわかるのか。
「成功するとどうなるのですか?」
「今彼女が燃えているのは大精霊の余熱だ。まだ、召喚に至っていない。もし、正規の条件で召喚するのなら、この熱量もコントロールできる筈だ」
つまりは失敗しているからツバキはあの炎に晒されているのか。
「精霊の召喚には、精霊門の創造が必要となる。彼女の魔力では門の創造に魔力が足りていない。だから、不完全な門では閉じる事も開く事もできない。ただ、力が漏れ出るだけだ」
「門はいつまで?」
「わからない。すぐに閉じるかもしれないし、1年後かもしれない。どちらにしても彼女の命が危ないというのは変わりない。」
「つまりは正常に門を開けばいいのですね」
「そうだ。幸いリア君が魔力を回して門を開けば、きちんと開けると思う。だが、問題はどうやって近づくかだ。リア君が魔術術式を触れさえすれば、術者から精霊魔術の権限を奪えるだろうが、流石のリア君もあれには触れない。ある程度までは第四術式の盾で近づけるが、術式を触っている時間にリア君が丸焦げになってしまう。精霊魔術の術式内に壁を出す訳にはいかないだろう」
どうすればいいんだ。
「精霊魔術に干渉しない障害物があればいいんだよな?」
「イットウさん?」
「だったら生身の身体でも良いはずだ」
「無茶を言うな。死ぬぞ」
「死なない。耐えられる時間があればいいんだろ。だったら考えがある」
イットウさんには焦りが見えた。
イットウは迷っていた。
貴方はツバキの一体何ですか?
さっきからずっとマリーの声が頭をチラついていた。俺が何なのかわかっていればこんな愚かに迷っては無かっただろう。
魔術式を中心とした巨大な焔が絶え間なく、空気を焼き続けていた。その熱線は黄金に輝くが、それに近づけばただ真っ黒な消し炭になるだろう。まだ近づいてもいないのに肌を焦がす。お前はまた、炎の精霊にその身を灼かれるのか。
お前の半身は炎に置いてきてしまった様に火傷を負っている。
「よし、行くぞ!」
生徒会長が【第五術式 創多重壁】を展開する。重盾は縦一列に並んだ。
リアと一緒にその壁にピッタリとくっつく。
「1枚目消すぞ!」
手前の壁が一つずつ消えていく度に、リアと一歩ずつ進んでいった。
「2枚目」
3枚目、4枚目、5枚目と順調に進んでいくにつれ、熱線は激しさを増す。
「会長、前方の壁が溶けそうです」
マリーの声が響いた。
「まじかよ。でも、今何とかする余裕がない」
「そのまま壁を維持してくれ!」
壁の外に出たら丸焦げだ。
でも、一つだけ丸焦げにならない方法があった。
「おい、火の精霊。俺と契約しろ」
考えたのは、火の精霊と契約し、火に対する耐性を手に入れることだった。ツバキが耐えられるということは、俺もまた耐えられる。
しかし、その声はまるで届いていないかの様に炎の轟く音に消えた。
「おい!」
目一杯叫ぶ。
「火の精霊どこにいるんだ」
壁の外は熱線で満ちている。間違えてでも火の精霊を探しまわることなどできない。だから、火の精霊をこうして呼ぶしかない。
「お願いだ! 火の精霊よ! 現れてくれ!」
しかし、スンともいわない。
「火の精霊よ!」
自分が焼ける限界まで近づいて声を掛ける。
「お前は、いや、お前も俺のことがそこまで嫌いか!」
「でも、お願いだ。一時でいい。これが終わったら好きに俺の身体を燃やせばいい。半身だって全身だってくれてやる」
「だから、ツバキを助けてくれ」
しかし、精霊は存在していないかの様に、その言葉は炎に吸い込まれていった。
昔一度だけその姿を見せてと頼んだことがある。
「ねえ、精霊と契約しているんでしょ」
「…う、うん」
ツバキが何者かも知らない俺は無邪気に声を掛けた。
「見せてよ」
「…奥方様が出しちゃ駄目って」
「ねえ、お願い。お願い」
そう言うとに目を回しながらしどろもどろに言った。
「ちょっとだけ」
そう言うと掌に小さい犬の様な形をした精霊を呼び出した。
「なんか弱そう」
「…そんなことないよ」
「ええー、じゃあ、強い所見せてよ」
「奥方様に怒られちゃう」
「ねえ、お願い。お願い。じゃあ、もう一度見てよ」
「もう一回だけだよ」
そう言って小さな精霊を見せると笑った。
でも、その笑顔が一瞬にして凍りついた。
「何をやっているの! 貴方はイットウを殺すつもりですか!?」
母は、ツバキを折檻した。
待って。
そんなつもりないのに。
そんなつもりなかったのに。
少し成長して周りの人間が見えるとツバキが疎まれているのがわかった。今まで何で気付かなかったのか不思議なくらいに彼女は嫌われていた。そして、気づいたら俺もその一員に成り下がっていた。
俺がツバキより才能がないことも分かっていた。ツバキの才能は3つ上の兄よりもあった。その才能を埋もれさせるのは忍びないと思ったこともあった。でも、ツバキが前に出れば、暴言を吐かれ、石を投げられる。俺が前に出たってそんなことはないのに。だから俺は前に出るしかなかった。前に出てツバキを隠して、守ってやらないといけないと思った。守ってやれているつもりだった。
「イットウさん!」
その声に現実に戻された。
「何故マリーが!」
「会長に無理言って壁を出してもらいました」
「君がここに来たって...」
やれることはない。しかし、俺にはやることはあるだろうか。
「精霊を呼んでください!」
「呼んでいるさ。でも、呼びかけてくれない。恐らくは嫌われているんだ」
俺なんかよりもツバキの友達のマリーが呼んだ方が良い。
「お願いだ。君が呼んでくれ」
自分でもみっともないと思う。でも、みっともなかろうが、なんでもよかった。
「違います。嫌われてなんていません」
「いや、精霊はツバキと一緒にいたんだ。俺のことを嫌っているはずだ」
「いいえ、嫌っていません」
「君は俺のことを知らない!」
はやく、はやく呼んでくれ。誰かツバキを助けてくれ。
「イットウさんのことなんて知りません。でも、ツバキさんが話してくれたことならわかります。だから一緒にいる精霊が嫌うはずはありません。だって、ツバキさんは貴方のことが好きなんですから」
ツバキが俺のことを好き?
「有り得ない。だって、俺は酷いことを沢山して...」
「ツバキさんにとって周りの人なんてどうでもいいんです。最初から気にしていなかった。あの子は嫌ってなんてないです。面倒くさい人たちです。ツバキさんは貴方が嫌っていると思って、貴方はツバキさんが嫌っていると思って。両方大好きな癖して!」
乾いた笑いが出た。
そんなことはないと思った。
思ったのに、もしかしたらって思わされてしまった自分に気付いた。
よりにもよってこいつに俺の気持ちを気づかされるなんて。
自分の好きな気持ちも気付いていない女に自分の恋を気づかされるなんて。
「だから精霊を呼んでください」
「だからさっきからやっているって」
だが、気持ちを気付かされようとできないものはできない。
「名前を呼んでください!」
「は?」
「精霊の名前を呼んでください!」
「精霊の名前なんて知らな…」
いや、俺は一度だけ聞いたことがある。
遠い昔のことで名前なんて覚えていない。でも、名前を聞いたとき、思わず笑ってしまったのだ。名前があまりにも単純で、でも、見た目通りの名前だったのだ。
「来い」
覚えていないが口を開いた。彼女も一緒に笑った記憶しかない。
でも、その記憶があれば、あとは口がなぞるように真名を紡いだ。
「バウバウ」
なんて単純なんだろう。犬のような見た目と炎の擬音語を合わせた名前は思わず笑ってしまうが、いい名前だと思った。
「バウバウ、俺と契約してくれ」
今までは何だったのかというくらい簡単に炎の精霊は目の前に姿を現した。
「棒!」
俺には精霊語はわからない。リアなんていつも何を喋っているかわからないし、おんなじことを喋っているにも関わらず、いつも違うことを言っている。
「俺にはお前の力が必要だ。一緒にツバキを助けるのを手伝ってくれ」
「棒!棒!」
バウバウは俺に飛び込んでくると俺の体内に入っていった。俺との契約を行うのだ。突如体に熱せられた金属の鉄線を入れられたような感覚が襲う。
「ぐあっあ」
こんなに痛かったのか。でも、今はツバキのほうが辛いに決まっている。
「バウバウ、ありがとう」
体は熱せられたように熱い。
壁の外に一歩踏み出す。
「イットウさん!」
マリーが叫んだ。
「うるさい。大丈夫だ」
まだ、何も始まっていないのだ。
「リア、俺の後ろについてこい」
熱線を浴びながら前へと進む。熱に耐性があろうと体は焼けるように熱い。常に出続ける熱風は吹き飛ばされると思うくらいに強い。歩くのも一苦労だ。あまりにも眩い光が瞼越しでも目を焼くので、腕で覆いながら一歩ずつ進む。たどたどしい一歩だが、それでも近づいていた。
「リア、ついてきているか?」
「#」
轟音で耳がおかしくなりそうだが、かろうじてリアの声が聞こえた。
一歩、一歩と進んでいく。
本当に今すぐに弱音を吐いて倒れこみたい。
熱い。痛い。止めたい。
俺がすることなんて一歩一歩前へ進むだけだ。
それだけなのに、辛くて仕方がない。
それでも。
「リアアアア!!!!!」
それでも着実に一歩進むんだ。
魔術式にリアが手を触れた。リアを守るようにして、手を広げて火から守る。
熱いし、痛いし、止めたい。
でも、ここで踏ん張れなければ、一生後悔する。
魔術式に魔力が満ち溢れる。
精霊界の門が正規の手段で開かれた。
炎の奔流が止まった。
否、炎の奔流が意味ある形を成したのだ。それと同時に精霊界の門が地面に現れたことで物理的に地面が無くなった。
「あっ」
それは俺だけじゃなく、ツバキもまた精霊界の門へと吸い込まれた。
それだけはさせない。
もう、離さない。
これからの行き先が地獄だとしても、一生離さない。
ツバキを抱きとめる。しかし、体は重力に従って落ちていく。
精霊門がどんどん小さくなってくる。かなりの距離を落ちてしまった。
馬鹿が。これじゃあ2人無駄死じゃないか。
精霊界の門はどこに繋がっているのか? それを考えていると精霊界の外から一筋の光が降ってきた。いや、これは光ではない。灯だ。暖かく、包み込むように俺とツバキを抱擁した。それと同時に体が浮遊する。ゆっくりと上昇すると精霊門の外まで運ばれた。その光が俺らを降ろした。
「火の大精霊なのか?」
生徒会長がこちらに近づいて言った。
リアの実力を考えれば、呼べてもおかしくはない。
「火の大精霊!?」
何故かマリーがリアを守るようにして立ったが、意味がわからない。
「んんっ」
俺の腕の中でツバキが目を覚ました。
「ツバキ!」
目を覚ましたが、到底無事とは思えない。あれだけの火に炙られつづけたのだ。体温も焼けるように熱く、到底人間の体温とは思えない。
「棒棒」
火の大精霊がこちらに近づいてきて、ツバキの頭を撫でた。
それと同時にツバキの体温が下がっていくのがわかる。
「お前は何者だ? 何のために」
バウバウはまるで犬みたいに火の大精霊の足元を駆け回った。
それを見るだけで悪いものには思えなかったが、それでも理由は気になる。思えば不思議なことはいろいろある。
「お前を呼び出したのは誰だ?」
大精霊は生徒会長がいる方を向いた。
「え? 僕?」
そう驚く生徒会長だったが、すぐ後ろを見るとリアが立っていた。リアが召喚したのは確かな事実だ。
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「棒棒」
「何言っているのか、わからない。マリー何をいっているかわからないのか?」
「無茶言わないでください。リア様が喋っている言語とはまるで違うじゃないですか」
そんなことはわかりきっているが、聞くだけ聞いてみたのだ。
「しかし、リア様が呼び出したのは間違いないのですから」
知りたかったことは魔術を起動させた者じゃなく、魔術陣を描いたものだ
「棒棒」
よくわからない言語を喋ると火の大精霊は手を振るような素振りを見せた。
「何だこいつ」
そう思っていると精霊門へと近づいて行く。
もしかして逃げるつもりか?
「待て!」
追いかけたかったが、ツバキがいて追いかけられない。
「リア! 門を閉じて帰れないようにしろ!」
そう言ってリアを見ると頭を抑えて膝を付いていた。
「リア様!」
流石のリアと言えど大精霊を呼ぶのは無理があったか。そう思っている内に気づけば、大精霊は居なくなっていた。役目を終えた様に精霊門も徐々に閉じていく。
「クソッ、一体何だったんだ」
悪態をつく相手もいない。
演習場には、リア、マリー、生徒会長、そして俺等だけが残されていた。
まるで何も知らないで取り残された様だった。




