#14 総合演習④
どうしよっかな。
【第四術式 創重壁】の壁の後ろで待ちながら、【第三術式 射葡萄弾】の雨あられを待った。
あれがリア・クローバー。最強の魔術師とも言われている男。竜がやって来た時も強いと思ったが、あの時は仲間だから良かった。今回敵として対峙すると、やはりこの人が一番強いのだと確かに納得してしまう。
「正攻法で勝たなければ認められない」
マリーはそう言っていた。自分はイットウに正攻法で勝つ、だからあなたはリア様にも正攻法で勝つ必要があると言った。結局なんで自分がリア・クローバーと戦うことになるかはわからなかったが、彼女に説得されてしまい、今この場にいる。彼女の言うことはとても力強く、人を動かす力があった。きっと断ることもできたのだろうけど、何故か自分はこの場にいる。そんなフワフワとした状態でここに立ったからこそ、リア・クローバーに対峙するという状況にしり込みする。
でも、マリーはこのルールには穴があると言っていた。槍系統の魔術が使えないこと。それは安全面を考えれば当然だが、どれだけ強い人でもある程度まで弱くなってしまう。どうしたって攻撃の上手さが半減してしまうのだ。だからこそ、マリーはとっておきのズルを考えてくれた。
でも。
それでも、まだ勝てる気はしない。
あの時のマリーの言葉を信じなければ良かった。マリーの言葉を聞いていたら何だかいけるような気がしてしまったのだ。
「さて、今の退場で生徒側の人数が100人を切りました」
私を急かす様に実況は残り人数を言った。
「生徒会の残るメンバーは5人。ここまで来て1人しか落ちていません。ただし、人数は圧倒的です。ですが、その殆どをリア・クローバーが倒しています。誰がこの西国の竜を倒せるのかで勝負は決まります。」
本当に誰が倒すのだ。マリーは100人を切るまで待っていればいいと言ったけど、本当はその前に倒されてくれないかと思っていた。でも、そんな幸運は訪れなかった。
演習場の外をチラリと見るとマリーとイットウが見えた。マリーは倒すと言っていたが、どうなったのだろうか? そう思っているとマリーと目があった。マリーは笑ってサムズアップをした。ギュッと心が暖くなった。それが勝ったことを意味するのか、それとも今がタイミングだと教えてくれたのかはわからない。でも、気づけば壁の外に出ていた。
私の魔力を受け、近くの重盾が赤熱された。私は私の魔力に住むものの名前を呼んだ。
「行くよ。バウバウ」
「棒!」
炎の精霊は犬の様に鳴いた。
一般的な現代魔術では魔力の塊を形成し、それを発射したり、盾にする。付与術式でも、魔術の塊の周りを火、水、土、風の属性で覆うだけで、炎自体を操れる訳では無い。もちろん無理矢理にでも操ることは可能だが、あまりにも効率が悪い。しかし、精霊が扱う魔法は違う。魔力をもった炎を操り、鉄砲水を出現させ、巨大な岩壁を作り、竜巻を呼び起こす。もちろん使用者の魔力はそれなりに必要だが、逆に言えば、魔力さえあれば自然現象を再現し得る。
精霊魔術の契約はその強さを最大限に発揮する魔術だ。
炎を集めて収束し、リアに向けて放った。しかし、咄嗟の【第四術式 創重壁】で防がれる。それも織り込み済みだ。炎は急速に空気を温めて爆発を起こす。砂埃が舞い、【第四術式 創重壁】が火が灯った松明の様に焼けている。
「棒!」
バウバウが鳴いた。
その砂埃から【第二術式 射弾】が飛んでくる。
当然今のでやられる訳が無い。【第二術式 射弾】を焼き払いつつ、炎の波を起こした。
不意打ち気味の攻撃を防がれてしまったが、マリーが言った通り、有利な戦いができている。これで返ってくるのが【第四術式 擲廻転槍】では不味かっただろう。
リアは炎の波を避ける為に全力で走った。走りながら、こちらに第二術式を放ってくる。
それを炎で焼き払う。
「おおっと、ここで真打ち登場か? 炎の精霊魔術を扱う仮面の少女がリア様を苦しめる」
「ルール上は精霊魔術は禁止されていません。ここまで扱える人はいませんからね」
「しかし、【第三術式 射葡萄弾】を焼き払うとは」
「ええ、びっくりしましたね。こうなると攻撃手段がありません」
悪いけど、マリーの言った通りだ。リア様には、ここで負けてもらう。
リア様は壁を展開する。
それは今までからすると少し不思議な動きに見えた。予め壁を出すことなんてしなかったからだ。
でも、何でもいい。壁の後ろまで焼いてしまえ。
魔力を込め、炎を出す瞬間に、リアが出した壁が飛んできた。
「棒!」
咄嗟に壁に向かって高出力の炎を出した。飛んできた壁を炎で溶かす。
「何と言うことでしょう! 壁を吹き飛ばしました」
「あれは【第五術式 創重風壁】です。壁を風の術式で吹き飛ばしました。重盾の術式と風の付加術式は一般的に相性が悪いとされていますが、彼からすればそんな常識吹き飛ばしてしまうのでしょうね。しかし、ルールで禁止されていないだけで来年からは禁止されるでしょうね」
「ええ、正直彼らで無ければ今すぐにでも止めていました」
ああ、もう滅茶苦茶すぎる。壁を風で飛ばした!?
発想の時点で私とは違いすぎる。あれはどうすればいい。高火力の炎はそんなに使えない。いや、違う。あれは炎で受けるべきではない。
「おおっと今度は【第六術式 創多重風壁】だ」
「これら全てが投擲されるとは誰が思うでしょうか?」
私は【第四術式 創重壁】を展開する。それに向かって壁が飛んでくる。でも、これはあくまで壁が飛んでくるのに過ぎない。槍が飛んでくる訳では無い。槍が飛んできた場合は槍が壁を突き刺し、壁を砕く。しかし、これでは私の壁は砕けない。壁の向こう側で聞こえる音に恐怖しつつ、次の作戦を考える。次はどうすればいいのだ。何かないか?そう周りを見ると後ろに壁が形成されたのがわかる。
一体誰がこれを?
壁を私を覆う様にして…覆う様にして!
気付いた時には遥かに遅かった。魔力の壁で囲まれていた。
「見ましたか、スズキさん」
「ええ。攻撃が効かないなら壁で囲ってしまう。第六術式をブラフとした高度な選択です。ここまでの攻防は始めて見ました」
いや、まだ終わっていない!
高火力の炎で壁を溶かす。これで何とかできる!
そこを通り抜けようとするが、壁に当たった。
「嘘」
脳が理解を拒んでいる。
いや、簡単なことだ。私が壁を溶かしてもそれより早く壁を修復しているのだ。
壁を全部溶かす?
無理だ。
圧倒的な力の差、乗り越えられない壁。
悔しい。
私はやっとマリーの気持ちが少しわかった。無視されるのが嫌という気持ちが私はわかっていなかった。
今の私は、無視されてるのと一緒だ。
そして私は、私を可哀想だと今思おうとしたのだ。可哀想だからこんなことしかできなくて、可哀想だから何にも出来なくても許されると思ったのだ。私は何よりも自分自身を可哀想だと思った。可哀想だから私自身を無視した。
マリーはそう思う私を怒った。
マリーは私が逃げられない様にして、約束した。壁に囲まれている状況は、約束した時と変わらない。変わらないのに、壁はこんなにも冷たく硬かっただろうか。
私はマリーが何に怒ったのか理解はしていない。でもそうやって怒ってくれるのが彼女なりの優しさなのだと気付いた。無視とは違う。怒られない様に生きている私はマリーの怒りがわからなかったけど、 マリーに怒られたくないと思った。
怒声が嫌とかそういう理由じゃない。
失望されるのは嫌だった。
可哀想だと思われるのは、無視されるのと変わらない。
私は、ここにいる。
私はこの鳥籠から逃げ出す手段をしっかりと考えていた。そして魔力を込めた時、足元が光った。
リア様とツバキの戦いは初めて勝負になった。
『勝負になった』というのは、決して蔑まれるようなことではない。未熟な学生と言えど、300人もの魔術師がたった1人を攻めきれなかったのだ。むしろ一対一で戦いになったことは、それだけで誰もが羨む存在になれるのだ。
横で驚いているイットウさんとヴィクトリアさんを見た。
「そうか。確かに精霊魔術は禁止されていない。というよりもあのレベルまで使える人はツバキくらいしかいないからね」
納得したような口ぶりだが、その表情は納得している様には見えない。
「君は一体どうしたいんだい?」
「あなた達にツバキさんは強いって教えたいだけです」
「その目論見は確かに上手く行ってるよ。それでリアが負けたら?」
「何を言っているのですか? 負けないでしょう」
別にリア様に勝てなくったって、強さは証明できる。
「ああ、そうかい」
イットウさんは複雑な顔をしている。
押し殺していた感情を抑えきれない様なそんな表情だった。
「君は一つだけ勘違いしているよ。僕はツバキが強いなんてことは知ってるよ。でも、ツバキがいくら強かろうと意味がないことだよ。強くたって周りに認められない」
違う。私が言いたいことは、そんなことじゃない。
「だから、戦わせたくなかった。それを君は戦わせた」
「違います」
「違わないだろ!」
イットウさんは声を荒げた。でも、私にだって言いたいことがある。
「そうやって、そうやって可哀想で何もできない少女という偶像を押し付けるのですか? それは無視されるのと変わらない」
「無視された方がいい人間だって、この世には居るんだよ! 存在が許されない人間だって無視されれば生きることができる。目立たず生きていける人間だって目立てば殺される」
イットウさんは力強く叫んだ。
「君がやっているのはツバキを悲劇の舞台に上げているに過ぎない」
しかし、私はイットウさんに違うと言いたかった。
「劇の舞台に上げたのはあなたでしょ! 見てくださいよ! 今の彼女は誰もが羨む存在です。どうして存在しない人ばかり気にしているのですか! あなたが言う周りの人なんて関係ない! ツバキさんは貴方と…」
「お前に何がわかる!」
「わかっている態度がそれですか!」
イットウさんは口を噤んだ。
「ツバキさんが悲劇のヒロインになる? 悲劇のヒロインになりたいのは貴方じゃないですか! 黙っていろと言うならば、何故ヴィクトリアさんに話したのですか? 自分で秘密をぶち撒けておいて、秘密を知ったら自分の同情を人に押し付けて、触れるなですか? 今度は、私が悪いんですか!? いい加減にしてくださいよ」
口を開こうとするイットウさんに反論の機会なんて与えない。矢継ぎ早に捲し立てる。
「私達は弱くない!」
誰かのために怒ることが素晴らしいとは思わないけど、ここで私は怒るべきだと思った。
「イットウさんと違って、ツバキさんは一人でリア様と戦える。イットウさん、貴方の方が弱いです。私に乗せられるように戦って、春から魔術を覚えた私に負けて、自分が傷つかない様に余裕ぶって。そんな貴方に負けるほどツバキは弱くない! 良くもまあ、自分が守ってあげるなんて思い上がれましたね」
「ちょ、ちょっと、マリー」
さっきから私達を黙って見ていたヴィクトリアが私を制止しようとした。
「ヴィクトリアさんもです! 散々人の関係をひっくり返して、自分が悪くなったら『ごめんなさい。もう関わりません』ですか!? ひっくり返したんだったら、責任持って下さいよ! ふざけないで下さい。貴方がやっていることはわざわざ石をひっくり返して、虫がいたら気持ち悪いって言っている様なものですよ。そんなことをするのなら、最初から関わるな!」
怒りの言葉がいくらでも湧いてくる。
普段怒らない私が怒ったから、こんなにも呆然としているのか、それとも私の言葉が刺さったのかわからない。でも、まだ私の怒りは収まらなかった。
「中途半端に関わるのは止めてくださいよ。ちゃんと仲が良いなら友達になって、ちゃんと仲が悪いなら絶縁でもすればいいじゃないですか。人を宙ぶらりんにしといて、放置するのはあんまりじゃないですか」
人間関係は私が言った通りには、上手くいかない。私が言っていることはただの都合の良い正論で、物事の見方の一部だ。
むしろ中途半端の方がきっと上手くいく。
曖昧で悪意も善意も入り混じった中で私達は生きている。もし、それがきっちり分かってしまったら、人間社会は崩壊するだろう。
でも、友達くらいは例え中途半端に身体が浮いていても手を握ってあげるべきだろう。
「私はツバキさんの友達になると決めました。貴方達は一体何ですか?」
私の問いはその曖昧で安定した関係性を切り裂いた。しかし、2人の答えを聞くには時間が足りなかった。私達が口論をしている間に、試合は進んでいた。




