#9 甘い賄賂
この学園の女子にとって一番の賄賂とはなんでしょうか?
答えは簡単お菓子です。
もちろんお金なり、流行りの美容品というのが、賄賂としては確かに有効なのですが、人を選びます。正義感の強いひとにお金を渡すのは信用を失うことになり、流行りの美容品は入手が難しいものです。また、流行りの美容品は怪しいものも多いので、逆にお肌が荒れるなんてリスクもあります。結果賄賂として有効なものは、入手がしやすく、種類も沢山ある、変化も付けられる、それでいてほぼ全ての女子が好きなもの。それがお菓子なのです。
とは言っても、お菓子を作るのは時間がかかるものです。買えば高いですし、この学園ではなかなか手に入りません。だからこそ、週末に買いにいったり、週末に作ったりしなければいけません。お菓子が入手しやすいと言ってもお金や美容品よりは入手しやすいというだけなのです。ということは、私がお菓子を手に入れることは難しいということです。お金も自由に使えるわけでもないですし、時間は生徒会、勉強の時間で殆ど使ってしまいます。しかし、こんな私でもお菓子を手に入れる方法があります。
「ありがとうございます。マリーさん。これお菓子ですわ」
「わあ、綺麗なお菓子ですね。あとで大事に食べさせてもらいます」
同級生から貰ったお菓子を丁寧に包み、ポケットにしまった。
「いつもマリーさんには勉強を教えてもらっていますし、これだけでは足りないくらいですわ」
「ふふっ、お菓子のためなら勉強を教えるくらいは」
ここで大事なのは無償で教えるとは絶対に言わないことだ。本当にこの学園において無償で何かするというのはあまりよろしくない。相手と何かを交換するという前提で、善意で行動するべきなのだ。
私が差し出すのはもちろん自分の知力だ。
勉強のやり方、困ったときの知恵袋など、知識は元手のいらない通貨だ。嵩張らないし、盗まれる心配もしなくていい。交換媒体としてはあまりにも適している。
生徒会に入っているという地位も私と交換する価値を高めている。交換というのは信頼によってなされる。
勘違いしないでほしいのだが、別に私自身はお菓子がそこまで好きなわけではないのだ。どちらかと言えば、この後で使うのだ。
今日の練習を終えると早めに寮へと向かう。
「何だか最近楽しそうに寮に帰るじゃないか」
副会長から軽く皮肉で言われたが、気にはしない。
「いえ、いつもと違う時間に帰ることで新しい出会いがあっただけです」
副会長は不思議な顔をするがわざわざ教えることでもないので、何も言わなかった。
寮に着くと自室へと向かった。アンナは何も言わないが、私が何かやっていることは察しがつくだろう。簡単に着替えてからお菓子が入った缶を持った。すこし気分が良かったので、この賄賂をアンナにも分けてあげようと思った。
「お菓子入りますか?」
「…私、夜は食べないことにしているの。貴方も夜に食べると太るわよ」
「運動しているから大丈夫です」
自分に言い聞かせた。
自室からこっそりと寮の食堂へと降りた。変に騒ぐ必要もないからである。寮の食堂へと入るとお目当ての人物がいた。
そう、仮面の少女ことツバキである。
私はツバキとこうして夜の秘密のお茶会をすることを楽しんでいた。一応私は夕食をここで取ることになっているので、お菓子の缶を机の下に隠す。しかし、ツバキは夕食よりもお菓子の缶に目が言っていることはバレバレだった。
私はこの3日間、夕食を共にすることに成功した。と言っても私が帰るともう食べ終わっているので、どちらかと言えば、お菓子の餌付けに成功したと言ってもいい。初日はそもそも席に一緒に座ってくれた訳ではない。私が来ると席を立とうとするツバキに対して、お菓子を友好の証として渡したのだ。お菓子の数は友好の数と言ってもいいこの学園内で、謎めいた彼女がお菓子を食べれないことは火を見るより明らかだ。そして二日目はわざと焦らした。お菓子を一緒に食べたいからと私が夕食を食べるのを待って貰った。待たないことも考えられたが、久しぶりのお菓子を知った彼女は、わざわざお菓子を食べる為に待ってくれた。それでも仮面を取らず、私に顔を見せずに後ろを向いて食べるが、それはまあいいだろう。こうしてお茶を一緒に取れたのが成果だ。
フッフッフ、どうですか。私の権謀術数に恐れ慄きましたか?お菓子の賄賂、お菓子の横流し、自分が払うコストを最小限にして相手の欲求をコントロールする手管、もうツバキはお菓子無くては生きられないはずです。全く自分が恐ろしいです。
さて、三日目はお茶とお菓子がどの様にマッチするかを教えるとしましょう。
グスッ
「え?」
部屋に入ると突如仮面の少女から鼻をすする音が聞こえた。仮面で表情こそ見えないが、泣いていることがわかる。私はこの状況に驚きつつ、冷静に見ていた。何故ならこれは彼女の明確な弱みだからである。冷酷な私は何か利用価値を見いだせるかもしれないと思った。
「もし話を聞いて欲しいなら勝手に喋って下さい。聞いて欲しくないなら何も言いません」
しかし、それを悟らせてはいけない。
ここで優しく声をかけることは可能だろうが、彼女との関係性はそこまで近いものではなかった。
「ねえ、何で私とお話をしようと思ったの?」
少女は仮面の怖い印象とは違い、あどけない声をしていた。いや、それだけでなく、行動も少し子供っぽい。別にこの3日間で彼女と喋ったことはない。ただ小鳥に餌をあげるかの如く、お菓子をあげていただけだ。だからこそ、彼女の声すらちゃんと聞いたことがなかった。
「貴方に興味があったからです」
「興味って?」
子供の様に質問を重ねてくる。
「私は精霊の言葉を研究しています。だから精霊魔術を使う貴方に興味がありました」
彼女は少し落ち込んだ様に見えた。仮面でいまいち表情がわからないが、その立ち振舞で少しだけわかった。
「でも、今は貴方自身が気になっています」
そう言うと彼女は顔を上げた。
彼女の今の行動には思い当たることがあった。何となく彼女が今からやることもわかる。
「気になっているのは、この仮面の中身ってこと?」
「確かにそれも気になっています」
彼女は恐ろしくて仕方がないのだ。
「じゃあ、見せてあげる」
彼女が仮面を脱ぐと彼女の素顔が顕わになった。
私は彼女と目を合わせた。
「…何で?」
しかし、彼女が想像していた様なことは起こさせる気は無かった。彼女はきっと仮面を外したら私が怖がってくれると思ったのだ。いや、彼女は怖がって欲しかったのだ。本当は怖がって欲しくない癖して。後になってバレて、怖がられるくらいなら、今、怖がって欲しかったのだ。
自暴自棄。とは少し違うかもしれない。自分の傷つき方を選ぼうとしたのだ。
でも、そんなの許さない。
「このままにらめっこでもしますか?」
微笑むと今度は恐ろしいものでも見たような表情になった。
「なんで?」
「それは何に対してですか?」
「———ッ!」
彼女の瞳から涙が溢れるのが見えた。
そのまま、彼女は逃げる様に食堂を去った。
「ふう」
一息ついて食事を取ろうとすると手が震えているのがわかる。背中は冷や汗でいっぱいだったし、太腿を抓っていたので、太腿が痛い。
彼女の顔半分は火傷によって普通の顔とは違っていた。皮膚の一部は癒着し、肉が一部見えていた。いや、別にそこはいいのだ。ただ、私達は普段蝋燭一本を机に置いている。そうなるとどうしても光は人の顔の下から来るのだ。彼女の怖がらせようとする表情と合わせて想像していたよりも怖かったのだ。つまりは
「あ~、怖かった」
「怖がっていたのですか」
「ヒャッ」
これには本当に驚かされた。自分の声ではないかと思うくらいの可愛い声が出たことにも驚く。
暗闇の中から寮長が出てきた。
「今は寮長の方が何倍も怖いです」
隠れていたのか、今来たのか知らないが、寮長はどうやら聞いていた様だった。
「盗み聞きとは趣味が良くないですよ」
「今日は本当に偶然いたんです」
それも本当か怪しい。
「しかし、怖がっていたのですか」
「悪いですか?」
確かに友達の顔を怖いと言ったら失礼だろう。だが暗がりで見える演出も相まって怖く見えた。
「悪いとは思いませんが良いことでもないでしょう」
「それは寮長があの子の人間性を多少なりとも知っているからでしょう。私なんてまともに話したのが今日です」
「それはそうでしょうね」
やっぱりこの3日間見ていたのだ。
「本当はあの子に対して醜くないと言ってあげるつもりでした。そうすればあの子は私に信頼を置いてくれると思ったからです」
恐怖から解放された安心感からなのか余計なことを言ったと思った。
「勘違いしないで欲しいのですが、醜いから言わなかったのでも、恐怖で言えなかったのでもないです」
「それでは何故?」
「だって誰もが仮面を被って生きているのに、自分だけ可哀想なんて思うなんて許せないじゃないですか」
私はあの子の瞳を覗き見た時に思った。
「あの子の本当の仮面は火傷の痕です。ある人は化け物の様だったと思うでしょう。ある人は哀しい出来事の痕だと思うでしょう。でも、それはただの仮面です。あの子ではない」
「では、何なのですか?」
寮長は少し怒っていた。自分でも勝手なことを言っている自覚がある。遠回しに寮長もあの子を可哀想な生き物だと思いたがっていると指摘したのだから。
「知りません」
こればっかりは本当にそうだ。
「まだきちんと喋れていません。でも、今の彼女を知りたい訳ではないです」
怖がらせようとする彼女もまた彼女ではない。ここに来て彼女を知りたいという理由が何故なのかわかった。リア様でも精霊魔術でもないのだ。
「仮面とは印象的な特徴により、第三者に同じ感想を抱かせるものです。そして仮面そのものを自分自身だと思わせるものです」
私だって仮面を沢山持っている。それこそ親を殺された可哀想な少女の仮面だって。でも、そんなのは私のほんの一部で、他人に好き好んで見せて同情して貰いたい訳じゃない。私はそれを決して言わないし、それを理由に泣かない。
だからこそ、彼女がそういう姿を見せるのが、恨めしく思うこともあるが、少し羨ましくも思っていた。
その一方で少し猟奇的なアイデアが私の中に生まれていた。
彼女の仮面を剥いでみたい。
あの火傷の跡を引っ剥がして、彼女の素顔を見てみたいのだ。
そしてもう1人火傷の跡を剥いでみたい人がいるのだ。
「寮長、賄賂は如何ですか?」
渡そうと思っていたお菓子を一つ差し出した。あげることも出来なかったし、自分で食べる気にもならない。
「もう、何も手引きしませんよ」
「いえ、口止め料です。強がってたけど実は怖がっていたなんて、友達に知られたくありませんから」
寮長は笑いながら受け取った。
「賄賂は受け取りませんが、お菓子をくれた可愛い生徒の秘密くらいは墓まで持っていきましょうかね」
「ありがとうございます」
寮長が注いだお茶は美味しかった。
しかし、あれは一体何だったんだろう?
彼女とは親しくなったとは言い難い。でも、仲良くなろうとはしたし、彼女も餌付けされた野生生物くらいには心を開いていた。
それでも彼女の拒絶されにいくやり方は不可解だ。彼女は予め傷つきたくないから、先に私を脅そうとしたのは多分合ってるだろう。だからこそ、何でいきなりそんな態度を取ったのかがわからない。私が近づくのを警戒して? それとも私が傷つける様な行動を無自覚にしてしまった?
それとも他に理由が———?




