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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第三章 仮面の少女

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#7 ヴィクトリアの企て

 ヴィクトリア・エバーグリーンは怒っていた。

もちろん自分の感情を振りかざして、周りに当たるわけでもない。

ただ、暖炉の火を消さない様にするが如く、怒り続けていた。

「何なのよ、イットウもマリーも」

君はゲームを全てぶち壊す。

イットウの言葉に対して、そんなことはないと言い返したかった。

でも、マリーが勝手に認めてしまったのだ。

いや、マリーなんて関係ない。私自身が違うと言えば良かったのだ。第一マリーが一生懸命でリアが付いていくなんてのは悪いことではない。

一生懸命な人間に誰も付いてこない。これほど悲しいことはないのだから。

「私にちょっと悪いことがあったとしても、言い過ぎよ」

イットウは皮肉屋で口が悪い。それでも反感を受けないのは魔術の技術がリアを除けば一番上手いからだろう。そのイットウですらリアとの差は天と地程の差があるが。イットウは実力主義者だ。だからこそイットウに言うことを聞かせたいのなら、口で言い負かすよりも魔術戦で賭けて勝てばいい。イットウも自信があるから乗ってくるだろう。そうすれば奴から仮面の少女について話させることが可能だ。しかし、問題なのは奴が腐ってもこのクラスで二番目に強いということだ。私ではハンデを貰っても勝てないということだ。

ふとリアに戦わせてはどうかと考える。

癪だ。

なんで私がお願いしなければいけないのだ。

では、マリーをけしかけて、リアを引っ張り出すのはどうか?

それは別に癪ではない。

癪ではないが、イットウのセリフを思い出した。

あれはマリーの価値がリアを呼び出すしかないと言ったようなものだ。それは勝つことはできるだろうが、私がリアにお願いするよりも癪だった。イットウは私達の勝利条件を器用に潰していた。そこだけは感心してしまう。だってこれは私達がリアに恥じもなく、お願いすれば、分かってしまうのだから。そういった意味で奴は私達を信じ切っている。お前達は腐っても貴族なのだろうと言っている。

 恐らくいつもであれば、マリーがそれを無視してリアに頼んだのだろう。マリーの怖い所をイットウはリアの付属品と言っていたが、それは違う。ボードゲームに例えるならマリーはルールを分かりつつ、何でも使ってくることだ。まるでルールに従っていますよなんて顔をして、盤外戦術もイカサマも同じルールとして使ってくる。そこが怖いのだ。それは自分自身さえも駒として使えてしまうからこそ怖いのだ。

そのマリーがリアにお願いしないのは少し違和感がある。

ただ単に生徒会が忙しいだけなのか、それとも…

そう、あれ以来マリーとは一緒に行動をしていない。

表向きは生徒会が忙しいからだからだ。でも、何だか避けられている気がしないでもない。

生徒会で夜も遅いのだから仕方がないか。

就寝時間前に部屋を訪ねたが、そこにもいなかった。

「はあ」

何だかおかしい。

マリーを中心に考えている。

私らしくない。

今までの私であればこんなにも勝ち方に拘ったか?

多かれ少なかれマリーに影響を受けている気がする。

いや、マリーだけじゃない。エバーグリーン領にいた時の何倍もの人に囲まれて私は変わっていた。

「いや、それは私だけじゃない」

マリーだって、リアだって少しずつ変わっている。

イットウも変わっているのだろうか?

ふと気付かされる。

一つだけ違和感があった。どうしてイットウは知らないと言わなかったのだろうか?

そう、それは知っているからだ。

思考がクリアになる。

そう、イットウは確かに知っているのだ。

では、何を知っている? 下級貴族達は何も知らなかった。では、上級貴族だから知っているのか? いや、違うだろ。私だって興味がない下級貴族のことなど知らない。自領のことですら知らない。

でも、イットウは知っているのだ。もちろんイットウが知っていることはわかっていたが、そもそも『イットウが知っている』こと自体がそもそもの情報になるのだ。

では、イットウは何を知っている?

それはイットウと近い立場にあるからだ。

更に言えば血縁関係。

では、似ているから仮面を被っているのだろうか?

その時、イットウと仮面の少女について考えるのを止めた。これ以上は妄想だ。決めつけて動けば、それ以外の判断をできなくなる。

「でも、どう動くべきかはわかった」

しかし、これをマリーに教えようとは何故か思わなかった。


 夕暮れが教室に射し込んでいた。まだ、人の気配こそあれど、この別館にある準備室は人が全く来ない。つまりは人に秘密に会うには最も適した場所ということだ。と言っても秘密裏に会いたい者などこの学園にいくらでもいるので気をつけないといけないのだが。

 そこには1人の少女が現れた。少女の身体は細く、子供みたいに小さい。しかし、あまりにも印象的な特徴がある。仮面をしていたのだ。

その少女は紙を一枚持っていた。それは東の国の修辞(レトリック)、東の国独自の植物の炭を使った文字を書く技法だ。これは東の国の古めかしい貴族が使う方法だ。必然的に送り主は東の国の高貴な人間だとわかる。


 そしてもう1人がこの場に現れた。

「おい」

開口一番から嫌悪が滲み出ていた。

「お前、俺を呼び出すとは随分と偉くなった様だな」

彼の名はイットウ、東の国の公爵の息子の1人だ。

彼もまた修辞された技法を施された紙を持っていた。

少女は首を横に振り、紙を見せた。

「黙ってんじゃねえよ。喋れ」

「え、アッ、アッ、…ない」

「ちゃんと喋れ」

「…私じゃない」

そう言って手紙をイットウに渡す。

イットウが手紙を受け取ると手紙の筆跡を確認する。東の国の修辞技法は非常に巧拙が分かりやすい。絵を描くように筆で文字を描くため、その人の技量や心理状態などが著しく出るのだ。

「同じ筆跡。文章から察するに東の国の奴が書いたのか」

手紙から類推するが、一つ言わなかったことがある。マリーのことだ。マリーの知識量には舌を巻くことがある。特に言葉というジャンルに関して言えば、専門家の域に達しているだろう。奴の字が綺麗だからと代筆する所も何回も見た。そして、マリーだったらやりかねないことも少し考えられた。

「つまり、ここに来た時点で駄目ということか」

そう納得すると部屋を出ようとした。

しかし、部屋の前に1人の少女が立った。

「マリーの指示か?」

「何でマリーが出てくるのよ。あいつは忙しいのよ」

マリーがいない方が厄介なのか。

マリーがいた方が厄介なのか。

それとも潜んでいるのか。

イットウという人間はマリーが苦手だった。貴族でないアプローチをしてくるからだ。何を考えているかわからないと言い換えてもいい。

「それでヴィクトリア嬢はこんな場所に呼び出して何の用?」

反対に目の前のヴィクトリアは御しやすい。ある種貴族らしいとも言い換えられる。淑女らしくはないが、その傲慢さと無謀さは操りやすくあるのだ。

「用も何もあんたら、どういう関係なのか聞きたいだけよ」

本当に何も策略もなく集めただけか?

ヴィクトリアならあり得そうだと思った。

マリーには注意すべきだとは思うが、ヴィクトリアなら注意するべきことはない。

「ねえ、妾の息子のイットウ」

「は?」

余裕も傲慢もかなぐり捨てて出てきたのは怒りだった。


 ヴィクトリアが最初にしたことはイットウを怒らせることだ。

少女の経歴は隠されているので、調べるのが難しかった。でも、イットウとその父の公爵の経歴は簡単に調べられた。公爵はイットウの母と結婚する前に既に結婚していた。その結婚相手はイットウが生まれた頃に死んでいるが、イットウの母と結婚する前にはかなりの期間がある。つまりは子供がその間に産まれている可能性があるのだ。ここからは全て妄想で何とも言えてしまうので、何も考えない様にしている。この情報はイットウを怒らせる為に、使えさえすればいいのだ。ただ単に調べた事実によってイットウの素顔を暴き出せればいい。

 マリーは一つ勘違いをしていた。イットウは操りやすい。傲慢で、ある種貴族らしい。この世で最も操りやすい人格の特徴なのだ。

「ねえ、妾の息子のイットウ」

「は?」

いつも口が悪く、態度も最悪。

でも、怒ったのを見たのは初めてだった。

「何? 図星だった?」

「お前、家の家系を調べたのか」

「それくらい誰だってするでしょ」

「そうだな。リアの元婚約者」

「それが効くと思ったら大間違いよ」

あっちもこちらを調べているようだが、私が怒るほどの情報は持っていない様だった。

「でも、残念ながらそっちの後ろの子はわからなかった。下衆の勘繰りはいくらでもできるでしょうけど」

そう、下衆の勘繰りは幾らでもできるのだ。

「でも、経歴で察するに元正妻の子供じゃないかと思っているんだけど」

イットウの顔はまるで沸騰でもするように真っ赤に染まっていて、逆にそれが正解なのかわからなかった。しかし、よくわからないのは後ろで突っ立っている仮面の少女だ。私に何を言われようと怒りすらしない。まるで感心がないみたいだ。この少女が何かを喋ることを期待もしていたし、警戒していた。喋らないのならイットウに集中するだけだ。

「そんなに知りたいか?」

だからこそイットウの行動には驚かされた。

仮面の少女を掴み、無理矢理仮面を引き剥がそうとしたのだ。

「や、やめて」

必死に少女は抵抗するが、男子と女子の力の差を考えれば、必然的に仮面は取られてしまう。

少女は私に必死に見られないように後ろを向いた。

「おい! 顔を見せろよ!」

「やめなさいよ。嫌がってるじゃないの」

イットウがこんな手段を実行するとは思わなかった。

「嫌がっている? それなのに君は見ようとしただろう?」

「それは…」

必死に顔を隠そうとする両手を引き剥がし、仮面の少女の顔を白日の元に晒した。

「ヒッ」

「どうした!? お前が見たがっていた顔だろう?」

その貌は私に名状し難い大きな感傷を呼び起こした。

それは顔の半分を覆う大きな火傷の痕だった。

強烈なまでの哀しみと痛みが襲ってくるほど痛々しい火傷の痕。

皮膚と皮膚がくっつき、焦げた肌は決してもとに戻らないのだろう。

一体何があったら人の顔が半分も焼けるのだ。

想像ができない。想像ができないからこそ、もし私があの顔だったらと想像してしまうのだ。

これが私が見たかったものか?

違う。

私はこれが見たかったわけじゃない。

「お前が見たかったものはこれだろう?」

やめてと言う仮面の少女の顔を無理矢理私に近づける。その顔を直視することはできなかった。

少女は涙していた。

この火傷が辛いから?

いや、違う。私が傷つけているのだ。私の恐怖が。私の哀しみが彼女を突き刺すように傷つけたのだ。

私はこの少女を傷つけたかったわけじゃない。

この火傷を怖がりたかった訳ではない。

「違う」

「サーカスの見世物みたいにクラスに見せびらかしてやるか?」

「違う!」

本当に違うのだ。

でも、現実は私を糾弾するかのように責め立てる。

「お前にどうやってこの火傷ができたか教えてやるよ」

イットウは私の心を抉るように話し始めた。


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