#2 精霊魔術
「えー。本日は精霊魔術の歴史について学ぼうか」
魔術歴史学の授業はもっとも人気がない授業の一つだ。殆どの生徒が寝てしまっているが、私としては面白いと思っている。始原魔法は魔法なのか、魔術なのかという講義は大変興味深いものだった。さらに言えば、あの少女が竜を倒すときに見せた魔術もまた精霊魔術ということなので、尚更興味があった。精霊語を理解するためには精霊魔術の理解も必要だと思っている。
「精霊魔術の起源は始原魔術より古いという学説もあるくらいに、起源については謎が多い。また、現代では限られた人しか使えないということもあり、研究が進んでいない分野ではある。精霊魔術は精霊の力を借りる魔術だ。とは言っても精霊自体が使うのは魔法であり、単純に力の現象だけを説明すると精霊魔術は魔法ということになる。精霊に命令を下すまでの行動が魔術であるため、これは魔術という認識なのだ。ただ、真偽は確かではないが、精霊が従うということは才能がなければできないという話があり、この才能こそ精霊魔術ではなく、精霊魔法だとする人もいるね」
先生の話は四方八方に飛んでいくので、眠くなってしまうのもわからないでもない。
「とは言っても精霊魔術自体は覚えれば、誰でもできる。もちろん相応に難しいがね。しかし、先生は精霊魔術自体は覚えているものの、あまり使えない。それはなぜかわかるかね?」
わざわざ質問をこちらに投げかけているが、そもそも起きている人が少数なため必然と質問に答える人は限られていた。
「精霊から好かれる素養が大事だからですか?」
私もその一人だった。
「そうだ。さっきも言った通り、その認識で間違いがない。それに加えて精霊はあまり人の前に表さないという性質もある。因みに精霊魔術を覚えている子はいたりするかね? 授業の進行上助かるのだがね」
先生が見回すが、誰も手を上げたりはしない。
気づくと私の視線の先には、仮面の少女がいた。普段は別のクラスなので会うことも無ければ、喋ったこともない。彼女との接点で言えば、あの竜が襲来した事件くらいだ。その時でさえ喋っていない。そして気になるのはあの火柱をこの少女が操ったという事実だ。おそらくはあれが精霊魔術であるということはあの時誰かから聞いた。
「まあ、いないか」
先生は残念そうに言った。
「使える人は限られるとは言えど、毎年一人か二人はいるのだがね。まあ、いいでしょう」
先生もこの参加率の低さには舌を巻くしかないらしい。
「精霊魔術はあまり実践形式で使われることがない。さてマリー君、これは何故かわかるかね?」
この授業で直接指されることは特に無い筈だが、何故か私はよく指された。前回質問をしてから目を掛けられているような気がする。
「ええと。さきほど言ったようにそもそも使える人が少ないというのはあると思いますが、後は」
冬の時期にリア様の周囲に精霊を呼んでいた時を思い出した。
「精霊魔術を使う場合、精霊がいないと使えないからですか?」
当然と言えば当然なのだが、これが正解に思えた。精霊は割とどこにでもいるが、目の前にいるとは限らないのだ。
「その通り、正解だ。精霊に対して命令を下す魔術に関しては覚えるのが比較的簡単だ。しかし、精霊がいなければその魔術を使っても意味がない。精霊魔術を使う方法は2つある。召喚する方法と契約する方法だ。ただ召喚は魔術の素養が相当高くない限りは自分が想定していない精霊が召喚される。属性に関わらずだ。では、精霊魔術を使う多くの人はどうするか? 契約という魔術による儀式を行う。精霊を自身の体内のオドに精霊を住まわせる。自身のオドを提供する代わりに、力を貸してもらうのだ」
先生の話は一気に専門的な話に飛んだ。石版にメモを取り、頭の中で整理する。整理し終えたら布で消していく。
「とは言えど、基本的には精霊魔術よりも現代魔術の方が優れている。これはのちの授業でも話すつもりだが、現代魔術は途中で大規模な集約と取捨選択が行われたからだ。あくまで基本的にはという話であり、精霊魔術には一般的に使われている現代魔術よりも優れていることがある」
先生は力説した。
「それは、自然現象を意図的に発生させられることだ。現代魔術でも属性を付与することはできるが、規模が全く違う。現代魔術では第三術式炎弾、第五術式炎槍投擲など属性を付与した魔術があるが、これは自然の属性を上手く使えているわけではない。そのせいで風、炎、土、水の順番で優劣があると言われているが、これはそれぞれの副次的な現象が有利な状況に働いているに過ぎない。つまりは、それぞれの属性によるからといって優秀、劣等など決めきれないにも関わらず、属性の優劣が魔術師としての優劣にまで及ぶと考えている人は教師でも少なくない。おっと、また話が飛んでしまったね」
つまりリア様が優秀に思われるのはそういった背景もあるのかと思ったが、それを抜きでも優秀だと思われていた事実は変わるまい。
「現代魔術と精霊魔術の規模のイメージは水魔術をイメージするとわかりやすい。一番弱いと言われる水魔術は属性を付与することに対して、メリットが少ない。しかし、大精霊レベルの精霊魔術ならそのまま川を生み出すことができる。水魔術が桶で水を掬って誰かにかけるくらいの力であるとするなら、水の精霊魔術はそのまま川そのものを持ってくることができる」
確かにイメージするとわかりやすいかもしれない。
「例えばリア君のように大量の魔力を持っていれば、竜巻ぐらい起こすことは可能かもしれない。しかし、精霊魔術は同じ竜巻を必要な魔力が低くても起こすことができる。それが人間の魔術と精霊の魔法の違いだ。しかし、威力という点において、どちらが優秀というと現代魔術があげられる。行使の早さ、防御魔術に対する貫通力。事前準備の少なさ。こちらが現代魔術が優れている面だ。また、使う人を選ばないというのも良い点だ。まあ、基本的には普及している技術こそ素晴らしいというのが、一般的だからね。もちろん、例外はあるが」
そこまで言ってからまた、授業に戻った。
「さて、この精霊魔術が発見された手記は...」
前半のほうはまだ聞いていた人間も多かったが、一人一人と脱落していくのがわかる。仮面の少女だけは脱落していなかった。
その日は何もかもうまく行っていて機嫌がよかった。魔術歴史学の先生に質問をしたら褒められたし、さっきリア様と一緒にお茶をしてきたのだ。
「♪〜〜♪〜♪」
自分でも気づかない内に図書館で鼻唄を歌ってしまうくらいには舞い上がっていた。図書室で精霊魔術についての本を探していた。少しでも関連がありそうな資料を中心に取っていくのだが、やはり魔術歴史学の先生が喋っている以上の話はあまり見つからない。どうやらこの図書室には私が持っている精霊魔術の本より詳しく書いてある本はないようだ。このタイトルも書いていない本はリア様の書斎で見つかった。精霊魔術に対する高度な知識が書かれた本だ。博識たるリンゴォ氏でさえも3割しか理解できないと言わしめた。自分でも何故ここまで必死なのかわからないが、この本を理解しようと毎日必死に読み進めている。毎日なんなら懐にずっとこの本を潜ませ、読み進めているのにも関わらず、現状知識が身についたとは言い難い。一ページを理解するにも辞書と複雑な解釈が必要で、もしボタンを掛け違えたように解釈を間違えるとまた最初から読み直さなければならない。確かにこれを読み切ることができれば、精霊魔術について学会で話すレベルに到達するかもしれないが、一ページを読むことさえ難しく、満足に読み進めることもできない。今本当に欲しいものは入門書の様な本ではあるのだが、ここには精霊魔術の触りの部分を扱った本しかない。
『その本』
私が本とにらめっこしているとシズカさんに声を掛けられた。声を掛けられたと言っても、シズカさんは喋れないので、魔力で空中に文字を描くのだ。
『どこにあったの? ここにそんな本あった?』
「ああ、いえ、これは私の本、と言っていいか分からないですが、私が持ってきた本です」
そう言うとシズカさんは不思議な顔をするので、いくつか説明した。これは高度な精霊魔術について説明した本であること。著者がリア様になっていること。そして、これをどうにか読もうとしていることなどだ。
『ちょっと読んでいい?』
「ええ、どうぞ」
彼女に手渡すと丁寧にページを捲った。
『高度というのは少なくとも確かなようね。私じゃあ専門じゃないからわからない』
「ええ、それでどうにか読もうとしているのですが、あまりにも難しすぎるので、補助資料の様なものがないか探しているんです」
『多分だけど、この学園の図書館では精霊魔術に関する資料はそんなにないと思うわ』
「やっぱりそうですか」
『大図書館ならわからないけど』
やっぱり私もそう思っていたのだ。大図書館は学外にあるが、休みの日に外出の許可を取れば、いけないことはない。
「大図書館ですか。行ってみます」
『だけど』
シズカさんが空中で文字を描くと意外なことが書かれていた。
『生徒会長なら知ってるかも』
「生徒会長?」
思いもよらない人があげられた。
『生徒会長はああ見えても精霊魔術に詳しいの。実践魔術が一強として見られている現在に、珍しく学園に精霊魔術を教える講師を呼んだりしていた筈よ』
「それでしたら精霊魔術も使えるのですね!」
やっと知り合いの中で精霊魔術を使える人がいた!
しかも生徒会長なのは好都合だ。何よりも聞きやすいし、会う頻度も多い。
『いえ、彼は使えない筈よ』
「え?」
『彼は自分に素質がないと言っていたわ』
「そうですか」
精霊魔術は精霊に好かれる素養が必要だ。それに加え精霊魔術としての強みはあるものの、私達が普段使う実践魔術の方が使いやすくて強いのだ。だから覚える人がいない。もし教えて貰えるのなら理解も深まると思ったが、そう上手くはいかない。だが、そこまで興味があるのなら私よりも詳しいことは確かだろう。
『自分の才能と自分がやりたいことが一致するかは、まさに天運よね』
「それは......」
少しそれを言うのは以外に思った。シズカさんはあまり他人に興味がない。それは興味がないふりをしているのか、それとも本当に興味がないのかはわからないが、あまり人に対して一歩踏み込む様子を見せない。だからこそ、彼女の周りで勝手に勉強していたのだ。だけど生徒会長に対するセリフは一歩踏み出したものだった。いや、というよりはどこか自嘲するような感じだったというのが正確だろうか。
それだけが少し気になった。
『それより———』
そんな私の気掛かりを打ち消すように話が変わった。
『さっき鼻唄を歌ってなかった?』
それで話しかけたとばかりに話題が変わった。
「鼻唄ですか? ―――ああ」
私は覚えている歌が少ないので、上機嫌になるとどうやらあの曲を歌ってしまうのだ。
『その曲なんだっけ』
私の中では強く残る唄ではあるけど、所詮は流行歌。流行った後は廃れるのみだ。
でも、こうして誰かの記憶には引っ掛かる。
「これあれですよ。西の国の王子様は精霊語を喋るぞ———」
『あなた、それ昔流行った流行歌よね』
今更ながら図書館で歌ったことがまずいと思い出した。別に責めたわけではないだろうが、謝った。
「ごめんなさい。図書館なのに歌うべきじゃないですよね」
『良いわよ。どうせ誰も来ないわ。それに私もそれ好きだったし。でも、よくよく考えるとあの歌結構ツッコミどころがあるのよね。何よあの歌、適当すぎるでしょ。土の精霊から言葉を覚えるのはわかるけど、なんで水の精霊から精霊の魔法を覚えるのに言葉を捨てるのかわからないし。それに精霊魔術なんて使ったの見たことないし。リア・クローバーを知らなかったから、その時は何も思わなかったけど、今は実際に会うから逆に気になってきたわ』
「え? 何ですか?」
あの歌には風の精霊以外出ていないだろう。
「いや、だから2番目と4番よ」
「え?」
もしかしてと思うが。
「私、この曲を母から聞いたんです。もしかしてなんですけど、風の精霊の下り以降があるのですか?」
自分が知らないことを知るというのはこんなにも難しいことなのだと改めて実感した。
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th win ejld spiris ho linke
風の大精霊様は彼を好きになった
‘jou ivte je spiri lang’
「精霊の国に招待しましょう」
th estw lans plisn vo liyng,
西の国の王子様は騙されて
kate ho th spiri lang
精霊様の国に連れてかれた
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th ars ejld spiris ho linke
土の大精霊様は彼を好きになった
‘jou ive je wat je wan’
「貴方が欲しい物を与えましょう」
th estw plisn lern spiri lang
西の国の王子様は精霊様の言葉を覚えた。
he lern spiri lang on ast ingh
西の国の王子様は一晩で全て覚えた。
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th atre ejld spiris ho linke
水の大精霊様に気に入られて。
‘jou ive je wat je wan’
「貴方が欲しい物を与えましょう」
th estw plisn wans spiri magie
西の国の王子様は精霊の魔法を欲しがった。
he rop land lang, lern spiri lang
元の言葉を捨てて、精霊様の魔法を覚えた。
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
th estw plisn spek spiri lang
西の国の王子様は精霊語を喋るぞ
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火の大精霊様は彼を知らなかった。
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西の国の王子様は精霊ではないから
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火の大精霊様にカンカンに怒られて。
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精霊様の国から追い出された。
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西の国の王子様は精霊語しか喋れない
私は風の精霊様が出てくる以降の歌を初めて聞いた。でも、シズカさんが言うように本当に適当な話だ。いっそのこと童話みたいだ。これは吟遊詩人が唄った適当な歌詞だ。それなのに本当に火の大精霊と会っても大丈夫かどうかという、変な心配ばかりしていた。だってリア様って不思議な方だから本当に精霊とおしゃべりしてもおかしくないから。




