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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第二章 竜と竜

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#17 お茶会

 まだ、初夏に入る前と言えど、木々に新緑の芽が見える。春が終わり、夏の始まりを感じさせるには十分だ。

 コポコポと音を立てながら紅茶を周りに注いでいく。

「マリーさん、そのくらい私が」

「いえ、私こう見えて紅茶を淹れるのが上手いんです」

この学園に来て不思議なことは、私の身分が本来以上に見られることだ。

まあ、本来は城壁の外に暮らしているのだからそれ以上見られて当然なのだが、ヴィクトリアさんと同じくらいに見られているのは、流石に不思議でたまらない。

あまり付き合いが薄い方達が時たま私の代わりに雑用をやってくれるのだ。基本的に丁重に断っているのだが、断るのも申し訳無い。

「やってくれるなら任せてしまえばいいのに」

ヴィクトリアさんの物言いは相変わらずだ。

「同じ学友であり、同じ身分ですよ」

「はっ、唯一1人を除いてね」

ここでの唯一の例外は、リア様だ。基本的に学園にいる生徒に爵位持ちはいない。別に駄目という訳ではないが、爵位持ちが学園に通うのは格好つかない上に、周りからの顰蹙をかう。ではどうしてリア様がいいのか? あの年齢で竜を倒すリア様を例外と扱わずしてどうするのだ。小さな物差しで空をどう測るというのだ。

「そういえばリアといえば、奴は元気なの?」

「リア様は…」

そう、リア様は竜に襲われた日、魔力を使い果たし倒れた。あんなリア様は初めて見た。討伐した鳥の魔獣の数は50にも及ぶらしい。更に言えば【第九術式 飛行】をリア様は軽々と使うが、消費魔力がとても多いのだそうだ。それはずっと使いながら最後の【第六術式 擲葡萄廻転風槍】を放ったのだ。

むしろ1人の魔力だけであれだけの魔獣を倒したことこそがあり得ないと医者に言わしめた。

そんなリア様の状態は…

「滅茶苦茶元気です。私よりも早く退院しましたからね」

痛む身体で看病していた筈なのに気付いたら看病されていたのだ。私も医者も驚いた。流石にすぐに退院という訳にも行かず、暇そうにしていたくらいだ。

「それよりあんたは? 鳥の魔獣に襲われて空から落とされたんでしょ」

「私は大丈夫です。全身に打ち身をしたくらいです。ほら、この通りイテッ」

元気をアピールしようとしたのだが、それ以上にまだ完治していない身体が痛んだ。

「やっぱりお茶会延期したほうがよかった?」

「いえ、こうして誰かと会っていないと気が滅入ってしまいます」

知り合いこそいないが、今回の事件で八人程帰らぬ人となった。親しい人がいなくなった人でなくとも、気に病むものは多い。授業は休みとなり、ずっと人と会う機会もなく周りの暗い雰囲気に当てられ、気が滅入っていた。

「約束通りお茶会を開くという話だからね。さて、こんなつまらない話してないで、あんた達、喋って良いわよ」

別に私達以外の人は、許可を貰っていないから喋っていない訳ではないと思うが。

「じゃあ、まずは小手調べとして気になっている男の子を皆言っていって。はい、私リアね」

それは何か狡いだろう。

「え? じゃあ、リア様です」

「リア様」

「リア様で」

皆が同じことしか言わないからヴィクトリアさんは不機嫌になった。

「マリー、あんたリア様とか言ったら駄目ね」

なんとなくそうなる気はしたのだ。

「そうですね」

気になる男の子か。実は気になる人はいるのだ。

「‥‥です」

「「「キャ~」」」

何故か黄色い歓声が上がった。

「皆さんのその反応はなんですか?」

ヴィクトリアさんまでもびっくりしている。

「いや、あなただから適当に誤魔化すかと思って」

誤魔化してはいるのだが、わざわざ言う必要はない。

「私も言ったのですから、ヴィクトリアさんもリア様以外で言ってくださいね」

「何でそうなるのよ」

昼下がりのお茶会は和やかに進んだ。

それが平和を象徴する様に。

 クッキーに、マドレーヌに、紅茶に、白磁器。それぞれが持ち寄ったものでお茶会をしたにしては、随分と豪華なお茶会になった。

「それよりもマリー」

ヴィクトリアさんは私の視線から外れていた物に目を向けた。

「そっちのソレは何?」

ヴィクトリアさんの視線の先には、まるまると太ったニワトリの丸焼きがあった。

「これはお茶会よ。ディナーじゃないの! お茶会の持ち寄りでニワトリの丸焼き持ってくる奴が何処にいるの?」

ここにいます。とは冗談でも口に出さないけど、ヴィクトリアさんの指摘はご尤もだ。

「いえ、私も最初はお菓子をお持ちしようと思ったのです。皆さんに良いお菓子をと思ってリア様の部屋を訪ねたのです。リア様はお見舞いに沢山のお菓子を頂いていたので、お茶会に相応しい物を少しだけ分けて頂けたらと思っていたのです。ちょうど暇そうにしていたリア様に声を掛けたら、気づいたらこれを持たされていたのです」

「言っている意味が、わからないわよ!」

「私もさっぱりです」

多分、自分が好きな物を持たせてくれたんだろうなと思う。

「マリーさんって面白い方ね」

「ねえ」

いや、そういう意味で面白みを求めている訳では無いのだけど。

「早く片しちゃいなさいよ」

「では、私が取り分けますね」

「そういう意味じゃないわよ。捨てろって言ってるの!」

「勿体ないので」

そう言って切り分けて皿に分けて配った。当然ヴィクトリアさん以外に。

「待ちなさい。私の分は?」

「え? いらないのでは?」

「言って無いでしょ!」

そう言うとヴィクトリアさん以外皆で笑った。

「ヴィクトリアさんも狡いですわ。私達に隠れてこんなに仲良くなるなんて」

「今のどこに仲が良い要素が見つかるのよ」

取り分けたお皿を渡すとヴィクトリアさんは疲れた様にしながら肉を頬張った。

「美味いじゃない」

小さな声で言ったのだが、お茶会にいる全員が聞こえていたので笑い声が響き渡った。


 お茶会が終わると少し二人で歩こうと言われ、散歩することになった。二人で喋る機会を伺っていたように開口一番とんでもないことを言われた。

「よかった。あんた馬鹿だから自分のせいで救えなかったとか阿呆なことを言い出すかと思った」

ヴィクトリアさんのことをよく知るようになったけど、最初に思っていたイメージとなんら変わらない。容赦がない。ヴィクトリアさんは私に本気でぶつかってくる。だからこそ、少し弱っている身体には、ヴィクトリアさんの言葉は耳が痛い。

「言いたいですよ」

ヴィクトリアさんの笑みが消えた。

「でも、言わないですよ」

自分でもこれをヴィクトリアさんに漏らしたのは意外だった。ヴィクトリアさんにだって言わないつもりだった。

「良いこと教えてあげる」

ヴィクトリアさんに最初に会った時、本当に何を考えているか分からなかった。これが貴族の娘。きっと不幸なことなどあったことがないのだと侮っていた。

「リアはね。あのでっかい両手で何人も救った」

でも、純真な方なのだとわかった。

「でもね。あんたはその口で何百人も救ったのよ」

それはきっと本当に思っているのだろう。

「それはリア様の口を借りただけです」

きっと私がただの町娘、いや犯罪者の娘だとわかっていたら、誰にも相手にもされなかったはずだ。大事なことは何を言うかではない。誰が言うかだ。

「あんた以外じゃその口になれないって言ってるんでしょ」

彼女が言っていることは正しく聞こえる。聞こえてしまうからこそ、それが真実だと認めたくない。彼女の言葉を聞くと許されたかの様に感じてしまうのだ。

「ヴィクトリアさんって不思議な方ですよね」

「何よ」

「怒っているのに、勇気づけられてしまいます」

ヴィクトリアさんを心の底から褒めた。

「はあ!? 私の今のどこが怒っているのよ!」

「ちょ、ちょっと何で怒っているんですか?」

「そんな暴言吐かれて黙っている訳無いでしょ」

「いや、心の底から思っていますって」

「心の底から私がキレてると思ってるの!?」

ヴィクトリアさんが本気で叩こうとするので避けた。

「避けるんじゃないよ」

「無理ですよ。今の怪我で叩かれたら痛いです」

「痛いから叩くに決まっているでしょうが」

「ちょっと来ないでください」

しばらく逃げ回っていると2人して騒ぐなと怒られた。

「逃げるんじゃないわよ」

「叩かなければ逃げませんって」

走って身体が痛む。

実際ヴィクトリアさんは追いついても叩かなかった。その代わり口を噤んで何か言おうとしていた。

まだ、何か考えているのだろうか?

ヴィクトリアさんは少し考え込むと私に言い放った。

「ねえ、私の秘密を一つ教えるから、貴方の秘密を教えてよ」

「え?」

ヴィクトリアさんらしくない言葉が来るとは思っていなかった。らしいかどうかわかるほど一緒にいる訳ではないが、この人にしてはズルさを感じた。それが真っ直ぐなイメージとかけ離れていた。

「昔ね。友達になった奴がこの世で最も仲良くなる方法を教えてくれたの。2人で秘密を共有すること。そうするとどんなに遠い所にいようが、どんなに長い間一緒にいられなくても友達でいられる方法なの」

なんとなく根拠はないがリア様が教えたのではないかと思った。だってヴィクトリアさんの顔は思い出しているだけで幸福に満ちていたから。やっぱりこの人は何だかんだリア様を好きなんだろうな。

一つだけ彼女についている嘘を思いついた。

大切な秘密。

それを彼女に言う姿を想像する。

成る程、どうやら自分は思っているよりもヴィクトリアさんを信頼しているらしい。

だからこそ———

「断ります」

だからこそ断った。

「へ? は!? 今の流れで普通断る!?」

「ヴィクトリアさんに差し出せそうな秘密がないので」

それは嘘だった。多分、私は一言でも話そうものなら、全部言ってしまいそうだった。私の嘘で塗り固められた出自も何もかも。

「今だったらあの馬車で何かあったのかも教えるけど」

知りたい。

そう純粋に思う。

「…ヴィクトリアさんのことは本当に友達だと思っていますけど、私は———」

でもヴィクトリアさんのその秘密の対価はやはり私の出自と同じくらいの釣り合いだろう。

「———それに釣り合っているとは思いません」

だけどそれを喋る訳にはいかない。

だからこそ喋る訳にはいかない。

「はあ? 何それ!? 意味分かんない」

私だって意味がわからない。

私を縛り付ける言葉がいくつもある。その中でヴィクトリアさんの言葉は私にとっての免罪符と成り得る。だからこそ喋れない。

「…ごめんなさい」

咄嗟に謝罪が出た。

「何に謝ってるのよ。怒れないじゃない」

ヴィクトリアさんはこの世で最も仲良くなる方法だと言ったけど、私はそうだと思えない。私が城壁の外出身と言ったら、もうヴィクトリアさんとは付き合わなくなるだろう。

それほどに私の嘘は重い。

楽になりたい。

何もかも喋って楽になりたい。

しかし、私達の関係性はそれ以上に色々なものに縛られている。

「それに…」

その心を知られたくなくて咄嗟に冗談を言った。

「一番の友達になってしまったら、その約束した方が二番目になってしまいますよ」

面白くもないくだらない言葉遊びだ。

ちょっとした意地悪な言葉遊びのつもりだった。

しかし、次の瞬間驚かされたのは私だった。その笑顔があまりにも綺麗だった。

「良いのよ。そいつとは恋人だから」

「——————え?」

そんな言葉が返ってくるとは思わず、ただ驚いた。

「もうあんたには教えない」

年端のいかぬ少女の様にヴィクトリアさんは舌を出して駆けていった。

まだ痛む身体では追いかけられなかった。


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