#16 行軍訓練④
目が覚めると地面に寝転がっていた。でも、地面より硬くはない。これは人の肌だ。何かの上に膝枕をされているのに気付いた。ずっと眠っていたいくらいに穏やかだ。
「魔獣!」
寝ている場合じゃない。
さっきまで何とか騎士団に辿り着いた。意識を失いかけながら騎士団に要請した。あれからどうなった? 私はきちんと役目を果たすことができたのか?
「落ち着いて下さい」
痛む身体を無理矢理起こした。今はまだ寝ている場合じゃない。
「それより騎士団は!」
リア様に乗せていって貰い、中央国の騎士団に連れていって貰った。そこまでは覚えている。しかし、何を喋ったのかまでは覚えていない。ただ必死に喋ったことは憶えている。
「騎士団の方たちは来てくれています。今ここに野営を準備して、半分はここを守り、半分は奥の森で救護をしています」
周りを見ると確かに騎士団らしき人がここを守っていた。それと同じく疎らに座っているのは私達と同じ学園の生徒。そして一列に並んで寝ている人達がいる。
「あれは」
その人達は布が被せられていた。その傍らでなく生徒や恐れて目を背けている人がいる。
「どうしてこれだけの死者が出たのかと他の人は言いますが、私としては少なかったと思います」
そうあれは死者だ。私が間に合わなかった。
「命があるだけ儲けものです。かく言う私もマリーさんに救って貰わないければ、死んでいたでしょうから」
改めて私を膝枕してくれた子を見た。
彼女はこの間まで私を虐めていた筈だ。
昨日までとは別人のように私を膝枕してくれている。
何か悪いものでも食べた?
「何だか雰囲気変わった?」
いっそのこと顔の似た双子とかであって欲しい。
「はい、マリーさんのお陰で心を入れ替えました」
「そ、そう?」
何か彼女にしたっけ?
正直自分のことでいっぱいいっぱいで記憶が曖昧だ。
「そうだ。リア様は?」
「申し訳ないですが、わかりません。私がここに連れて来られた時には、マリーさんはここで寝かされていました」
「そう…」
ということはまた魔獣退治に戻ったのだろう。リア様に城壁の側まで連れていってもらうかどうかは迷う選択肢だった。だって確実にリア様がいないことによって魔獣に襲われていた者も居たはずだからだ。私が救った命は多い。これは自信を持って言える。しかし、私が殺した命も少なくない。
「イタッ」
身体を起こそうと気づいたら全身が痛い。
「気をつけて下さい。全身に打ち身と切り傷があるのですから」
「いえ、リア様がまだ動いているのに私が休む訳にはいかないです」
「いえ、良いから寝てください」
「いたた、肩触るのやめて下さい」
「ごっ、ごめんなさい」
起き上がろうとしても、体を押さえつけられてしまえば、流石に起きることができなかった。
もう一度膝枕されると空を見上げることしかできなかった。
空は雨の予感こそしなかったが、巨大な雲が見える。
開けた場所なのでリア様の姿を一目見れないかと少しだけ考えるが、普通に考えて無理だろう。そんなことを考えていると空に黒い点が見えた。
「あれ、何でしょう」
「アレって?」
「あの頭上にある黒い点です」
もしかして鳥の魔獣?
こんなことしている場合じゃない。
「ちょっと起き上がらないで下さい」
「大丈夫だから」
本当は大丈夫じゃない。動くたびに冷や汗が出る。
「衛兵さん、ちょっといいですか?」
「上に鳥の魔獣が」
「ああ、アレか。確認しているよ」
衛兵さんは私を安心させようと笑顔で笑った。
「私達は魔獣退治のエキスパートだ。近づいてきたら第四術式で串刺しさ」
「そうですか」
当然ではあるのだが、リア様みたいに彼らは空を飛べる訳では無いのだ。
「心配ならそっちの後ろに隠れているといい」
「はい」
そうしてもう一度上を見ると改めて鳥の魔獣の大きさに気付かされる。あんな巨大な生物が来たら当然ひとたまりもない。
しかし、何か違和感があった。
それが何かわからない。
何が違和感なんだろうか。特徴と言ってもデカいことしかない。
デカい?
「衛兵さん」
「なんだい?」
私を落ち着かせようと笑顔を向けるが、緊張感が無いようにしか感じない。
「上を見て下さい! あれは鳥の魔獣にしては巨大過ぎます!」
「何を?」
そう言いながら上を見た。
「雲の高さを見てください! あんなに高いのに、鳥の魔獣と同じサイズなんです! 鳥の魔獣はもっと低い位置を飛んでいます!」
そこまで言ってやっと兵士の顔が青ざめるのがわかる。
「あれは…」
あれは初めて見る生き物だったが、魔獣よりも大きな生物など一つしかいない。
誰でもその生物の名前を知っている。
「竜だ」
目の前の兵士がビリビリとした雰囲気に変わった。
「全軍傾注! 我々の頭上に竜が現れた。我々の頭上に竜が現れた!」
そこからの兵士の動きは早かった。兵士は統率を利かせ、隊列を作り、生徒を守るために動いた。しかし、その生物が降り立つ方が早かった。あんな豆粒ほどのサイズしかなかったのに、いつのまにか急降下してきたのだ。
改めてその姿を確認する。
それは竜だった。
魔獣がサイズの縮尺が大きくなった動物と例えるならば、竜は空飛ぶ城だった。
「全軍集合! 学生達もできるだけ私達の後ろに」
それがどれだけ意味があった掛け声なのかはわからない。兵士が集まってくるのは、早かったが学生達は反応すらできていなかった。私もまた反応すらできなかった1人だ。
しかし、兵士達は遅れた学生を気にする余裕なぞなかった。
「全軍構え」
騎士団の面々は即座に陣形を整え、【第四術式 擲廻転槍】を構える。陣形が崩れてしまえば、救える命も救えなくなってしまうのだ。
そもそもリア様のように空を飛んで自由な軌道で魔術を放つというのは異常な行動だ。騎士団のように、隊列を組み防御の術式を扱う人と攻撃を扱う術式に分かれて戦うのが普通だ。彼らの洗練された魔術はリア様が扱う魔術(最高位)と見た目上は遜色ない。あれが魔獣だったらその槍が身体を貫くだろう。
しかし、これは竜なのだ。
魔力でできた槍が放たれた。しかし、竜の鱗に突き刺さることすらしなかった。ただ槍は跳ね返される様に堕ちていく。それに対して明らかに動揺が走る。
「怯むな! 二の槍を放て!」
隊長らしき声のおかげで動揺が収まった。攻撃してきたものに対して竜が怒った。
怒った竜に対して立て続けに魔術が放たれる。砂埃が舞い、一瞬竜が見えなくなる。砂埃で何も見えない中、魔術を打つ手が止まった。
「全員、次弾準備」
それでも死んだと思ってはいないだろう。
砂埃から竜の体が出てくるのが見えるとそれが突進だとわかった。
「全員! 防御準備!」
騎士団の前面にいる人が【第四術式 創重壁】を構える。
巨大な壁は城壁のように騎士団を守る。
大地がひっくり返るのではないかと思うくらい、大きな音が響いた。
「ひっ」
どこからか生徒の悲鳴が聞こえるが、一度の体当たりでは、流石に破れない。【第四術式 創重壁】は実践使用において防御術式の中で最も固いのだ。しかし、竜の突進は一度や二度ではない。何度も乱暴に壁に体当たりをすれば、当然破れてしまう。
「次の体当たりの隙に、もう一度張り替えるぞ」
竜の体当たりが来ると即座に【第四術式 創重壁】を解除して新たに張り替えた。こうなると千日手だ。お互いに攻撃が効かない。しかし、明らかに違うのはこちらは少しでもミスすれば死んでしまうことだ。でも、学生が散り散りに逃げる時間くらいは稼げた様だった。草木に隠れながら、息を潜めた。しかし、もしこの千日手を維持できるのなら、竜は恐怖の対象ではない。竜の恐ろしいところはそこではなかった。
体は魔獣より固く、魔法は精霊より強く、頭は人間より悪辣。
再び張られた防壁を見ると竜は体当たりを止めた。周囲を見渡し、一番狙いやすい獲物に目を向けたのだ騎士団の【第四術式 擲廻転槍】が効かないとわかるとそれを無視して、一目散に孤立した獲物を狙ったのだ。
そこには少女がいた。彼女は逃げ遅れたのだ。あれは見たことがある。仮面をつけた少女だった。
「あ、危ない!」
竜は少女に狙いを定めると空を飛び襲いかかった。
このままだと喰われるというのに、少女は逃げようともしていない。そこで私はこの目で異常を捉えていた。
少女が座っていた地面が円状に黒く染まった。
その光景は何処か既視感があった。それは昔火の魔石を地面に置いた時の反応と一緒なのだ。あの時は落ち葉に火が燃え広がりそうになった。なんでそんなことが起こったかは一切わからない。しかし、それを竜は知ってか知らずか噛みつこうとした。
しかし、オレンジの光が肌を焼くと共に、竜は大きく仰け反った。
その様子をその場の誰もが見ていた。その仮面の少女から火柱が立っているのだ。
「うそ…」
しかし、その少女は丸焦げになっているでも暑がっているでもない。ただ普通にしているのだ。
「精霊魔術」
誰かがその正体を言った。
少女が手を上げると火柱が伸びた。彼女が手を振り下ろすと火柱が影の様に一緒に動く。そのまま竜に当たると剣の様に火柱が竜を斬った。
「すごい」
竜の鱗は暖炉の火かき棒のように赤熱していた。火で斬ったのが分かりやすい程に、紅く痕が残る。しかし、竜を殺すのは至らなかった。
GAAAAAAAAAAAAAA
痛みの雄叫びをあげた。
竜はもう一度仮面の少女に飛びかかった。
仮面の少女は、もう一度火柱を出した。
それを竜が見えると今度は器用に避けた。
そして、もう一度飛び掛かる振りをすると少女はもう一度火柱を起こした。
「そこの少女! こっちに逃げろ!」
騎士団の団長が叫ぶが、少女は逃げる素振りすら見せない。騎士団達は少女が逃げるまで攻撃ができなかった。
騎士団達は竜が最も怖い生き物である理由を知っていた。
竜の一番怖いところは賢いところだった。
でなければ大魔術師を竜が易易と殺せるはずがない。
竜が狙っているのは魔力切れだ。
何度竜が飛び込むふりをして、少女が空ぶっただろうか。
仮面の少女は肩で息をし始めていた。
誰も近づくことはできなかった。
騎士団は隊列を崩せば竜に太刀打ちできないことがわかっている。学生たちはそもそもできることは何もなかった。
仮面の少女はもはや竜と踊り続けなければいけなかった。
その踊りが止まるとき、つまり彼女の命の灯が止まるときだ。
彼女は長い時間耐えていた。しかし、その踊りが止まるときはもうすぐ来ていた。
竜は集中力が切れ、魔力が切れた今このタイミングを狙っていた。
今度の竜の攻撃は、決して「振り」等ではなかった。
竜はこのタイミングを待っていた。その顎は少女を捕らえた。
仮面の少女は死んだ。誰もがそう思っていた。
竜とは離れた場所で大きな衝突音がした。竜はその衝突音の方向を睨んだ。
それを見た瞬間誰が来たのかわかった。森の間から純白な衣装が見える。
「リア様!」
リア様が仮面の少女を危機一髪助けたのだ。
少女が襲われた瞬間に、【第九術式 飛行】で割り込み、少女を拾った。勢いだけは殺しきれなかった様で周囲の木々をなぎ倒しながら着地したのだ。
GAAAAAAAAA
竜はまるでこの中で警戒する者は一つしかないといった様子でリア様に威嚇する。
それは決して間違った判断ではない。さっきの騎士団20名弱よりもこの一人の男を警戒したのだ。
「########!」
リア様が魔術を唱えると竜の頭上に魔力が集積した。それは形を変えて、槍状に変形した。
周囲の人間が息を飲む。
それを見た人は、今日だけで最も恐ろしい生き物に対する認識を二回も更新することになった。そもそもリア様を人間の枠組みで測るのもおかしい。
その槍の数が尋常でないからだ。
百程の槍が竜を噛み砕く牙の様に今か今かと待ちわびている。
【第六術式 擲葡萄廻転風槍】
それは攻撃魔術としては最強と呼ばれる魔術だった。
先程の騎士団の【第四術式 擲廻転槍】の数が十から二十程だった。
それは一人が一発を撃つので、二十人で打った数と魔術の数が一緒というだけだ。だが、それ以上の槍をたった一人で作って見せた。
何故複数の槍投擲を撃てる【第五術式 擲葡萄廻転槍】を使わないかと言えば、ただ単に難しいからである。それに【第五術式 擲葡萄廻転槍】を撃てる人間もせいぜい2つ、多くて3つしか生成できない。それなら隊列で【第四術式 擲廻転槍】を打ったほうが強い。だが隊列と比べてもさっきの20人が3発生成してもリア様に届かない。
リア様と一級の兵士の間にはそれだけの差がある。
誰か兵士が言った。
「人間じゃない」
それは竜に対して言った訳では無い。
「#!」
百幾許の風を纏った槍が放たれた。
竜に対して使う言葉ではないが、それを形容するならば屠っていたという言葉しかない。竜を倒す子供騙しの童話でもそんな語彙は使われないだろう。槍が竜の鱗に当たるたびに、爆発が起こり、暴風と言える風で肌が切れた。立つことなんて当然できない。耳を閉じて目を瞑って小さく固まる。それしかできない。先程の竜の体当たりなんかよりも余程死を身近に感じる。暴風で塵も石も飛んでくる。それが当たっても痛がることなんてできない。ただ身を捩るだけだ。それ以上本当に何もできないのだ。圧倒的な自然の暴力に対して人は無力で、ただ過ぎ去ることを待つしかできない。それを1人の人間が起こしているだけ。
どれだけの時間を耐えただろうか。
やっと荒れ狂う暴風が収まると恐る恐る顔を上げた。
気づけば地形が変わっていた。目を瞑っている間に別の場所に連れて行かれたと錯覚するほどに地形が跡形もなくなくなっていた。そこには人に掘らせたら一カ月は掛かるだろうという大穴が広がっていた。
未だに土埃が舞うが、それをリア様は風魔力で払った。
土埃から竜が見えるとまず形が残っていることに驚いた。鱗は全身が砕け、砕けた箇所から大量の血が流れ出ている。しかし、あの暴風を受けてそれでも跡形もなくなっていない。そこに竜という生命の強さを感じる。
「お、おい。まだ動いているぞ!」
よく見ると竜が息をする様に前後しているのがわかる。これでもまだ死んでいないのか。
リア様は竜がいる窪地に【第九術式 飛行】で降り立った。
竜は呼吸を求めてか水を求めてか口を広げていた。
そこにリア様がとどめとして【第五術式 擲廻転風槍】を放とうとした時だった。
GAAAAAAA
突如竜は待ち構えていたかのように、リア様に襲い掛かった。
「危ない!」
そう叫ぶが、竜がそれで止まるわけもなく、リア様にその鋭い牙を突き立てようとした。
ドスンと大きな音を立てた。
土煙が視界を防ぐが、しばらくすると土煙が晴れた。
竜の首の後ろに巨大な槍が突き刺さっていた。
竜の鱗は確かに硬いが口内までは硬くないみたいだ。魔力の槍が竜の口を通り、喉を貫いたのだ。
しぶとかった竜もこれで動かなくなった。
動いていない筈だが、その異様な存在感は今にも動き出しそうだった。
口からは血液と脳髄らしき液体が垂れ流しになる。それを視認してやっと死んだのだとわかった。激しい竜との闘いは終了した。
リア様の勝利だ。
穴から【第九術式 飛行】で飛び上がるとすぐに私を見つけてくれた。そのまま降りてくるが、私は言葉にできない感情を抱いた。
「リア様…」
何故ならリア様が仮面の少女を両腕で抱えていたからである。別におかしいことではない。あの時助けた時からその腕にずっと収まっていたのだ。むしろそれこそが当然の流れと言える。しかし、何か言ってしまいたい気持ちになった。だってその場所は私の...
「##%」
疲れた。そう聞こえた。リア様が少女を降ろす。
リア様はにっこりと笑う。本当に綺麗な笑顔だ。何もかも許しそうになる。
しかし、家臣として女の子にベタベタとすると「勘違い」されると注意しないといけないのではないだろうか?
そう考えているとリア様が揺れた。
そして、そのまま私に向かって倒れ込んだ。
「…リア様?。リア様!?」
ずっしりと私に体重がかかるが支えきれない。後ろに転ぶ様にして支えようとするが、支えきれずそのまま寝転がる。
「誰か! 誰か、リア様をお助けください。お願いです。リア様を!」
リア様は全身に汗をびっくりするほどにかいていて、身体が異常に熱かった。
私は家臣なのに何を考えていた? 何をやっていた?
「誰か!」
私の精一杯の叫び声が森に木霊した。しかし、近くにいた少女以外にリア様を助けられそうな人はいなかった。そしてその少女さえもぐったりと座り込んでいた。
「誰か助けてください!」
このままじゃリア様が死んでしまう!




