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生真面目マリーは生きるために嘘をつく  作者: 苔茎花
第二章 竜と竜

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#15 行軍訓練③

 ヴィクトリア・エバーグリーンは怒っていた。

「それでしたらヴィクトリアさんはここにいて大丈夫です」

その言葉が何度も何度も聞こえてくる。私を叩きつけるように聞こえてくる。

マリーには、文句の一つでも言ってやりたいが、そのマリーは何処か行ってしまった。マリーとは反対に向かう。すぐにマリーを追いかけなかったのは、足が竦んだからではない。追いかけては効率が悪いからである。

目の前の草むらに一人の男子生徒が隠れていた。

貴族のくせにみっともない。

「そこのお前、ついてきなさい。ただし森に沿って歩きなさい」

「いや、でも」

「そう、じゃあ」

立ち去ろうとすると「待ってくれ」と言われるが、特に待つことはなく、道に沿って森を進んでいた。人を助けるには、マリーと同じ方向に行っては効率が悪い。助けてやろうと言うのに従わないのなら勝手に死ねばいい。

そう私は効率が悪いことが嫌いなだけ。

決して魔獣に臆した訳では無いのだ。

だからマリーが人助けをすると言ったから助けた訳では無いし、むしろ最初から助けようと動いていたのだ。

なのに何でこんなにイライラするのか。

「ま、待ってくれ」

さっきの男子生徒がついてくるが、勝手にすれば良い。こいつなんかよりもマリーのことが気になる。マリーは第一術式を覚えたばかりで力量差がわかっていない。私はリアを見た時、自分との力量差を見せつけられた。それに対して劣等感を覚えたことはない。むしろ感謝した。魔術の特訓なんかで時間を潰さずに済んだ。魔術に固執しなくて済んだ。人は空の高さを理解していない。だから馬鹿どもは空の高さを知ろうと高い建物を建てようとする。しかし、高い建物の上からだって空の高さは測れない。建物を建てる前にわかるしょうもないことだ。

 マリーも馬鹿だ。

馬鹿の癖に。

「ヴィクトリア嬢」

声を掛けてきたのは、ダーシーだった。ダーシー、イットウ、アリー、四人組の内のリアを除いた三人だった。もう1人は今頃空で戦っているだろう。

「そんなにゾロゾロと連れてどうしたんだ」

ゾロゾロ? 後ろを見ると何十人もの人間が付いてきていた。おかしい1人くらいにしか声は掛けていない筈だった。

「あなた達もついてきなさい。第四術式あんたは使えるんでしょ」

「イットウ君は使えるが」

ダーシーも使えると思っていたが、やはり難しいか。

「じゃあイットウ、付いてきなさい」

「いや、魔獣に当てることを期待されてるかもだけど、そんな当たらないよ。発射するまでにかなり時間を食う」

「鳥の魔獣は第一術式を破れないから、ゆっくり準備すればいいじゃない」

「いや、そうかもしれないが、誰かが盾として守ってくれないと準備できないよ」

その盾を誰がやるのかという話か。

マリーの顔がチラついた。

「何? 私がその程度ビビっていると思っているの? 10分でも100分でも稼いであげるから、リクライニングソファにでも座りながら、ゆっくり準備しなさいよ」

マリーができることを私ができないとでも?

「いや、しかし、第一術式が破れたら」

「また、張り直せばいいでしょ!」

三人は閉口した。

道に沿ってどんどんと進んでいく。ただただ進んでいく。後ろなんて気にしない。進んでいくと本来のゴールのはずだった大木へ辿り着いた。

辿り着いた先には教師がいた。

「大丈夫だったか。こんなにもの人数を連れてきてもらって申し訳ない」

「いえ、勝手についてきただけです」

「ハハッ、君のその勇気を見ると元気がでるよ。私たちも何匹か倒したんだが、いくらか生徒がいる以上、ここを離れられなくてな」

言い訳じみているが、ここを離れられないのも事実だろう。

マリーと離れてからかなりの時間が経った。森から出ないように歩いたのだ。当然時間はかかる。恐らくは私達が思っているよりも時間が経っているだろう。反対に行ったマリーが救援でも呼べてればいいが、普通に考えてまだ時間が掛かるだろう。早朝から歩いて昼ごろまで掛かったのだ。途中で馬でも拾えない限りは相当時間がかかるだろうし、呼んでからもまた時間がかかるだろう。

 その時、空気が震えるのがわかった。

森の奥で何かが震える音だ。

「何か震えていない?」

「そうか?」

地響きの様な音がした。分かりやすいぐらいにこちらに音が近づいてきているのがわかる。

「魔獣が来るぞ!」

「全員大木の後ろに隠れろ!」

リア、こんな時に何やっているのよ。

早く空から飛んで魔物に槍でもなんでも当てなさいよ!

「イットウ、今から第四術式の準備をしなさい」

しかし、イットウは準備しない。土埃がまるで狼煙の様に立ち、近づいてきているのが分かるにも関わらずだ。

「いや、これは大丈夫だ」

「大丈夫もクソもあるか!」

「ああ、いや、そうじゃなくて」

「早く!」

そうこうしている間に土ぼこりが迫ってくる。

ドドドドドドッ

大きな音が目の前まで迫ってきた。

「何やってるの?」

何でもいいからと第二術式を構える。

「ああ、止めたほうがいい」

「いや、早くしないと魔獣に!」

ああ、埒が明かない。

「いや、そうじゃなくて味方だ!」

「え?」

土埃を伴ったのは、巨大な魔獣、ではなく、馬に乗った騎士だった。

騎士が隊列を成して私たちが通った道を駆けてきたのだ。

「大丈夫か〜」

その声に思わず全身の力が抜けてしまった。

「おっと」

近くにいたダーシー、イットウに受け止められる。

「ごめんなさい」

その瞬間、緊張の糸が途切れてしまったのだ。

「いや、君がいなかったら、ここまでこれなかったよ」

「座るかい?」

いつもは意地悪してくるダーシーも流石に気を遣ってくれる。

「それよりも騎士団の人に確認させて欲しいの。手伝ってくれない?」

肩を貸してもらわなければ座り込んでしまいそうだった。

「お安い御用だ」

まるで足に力が入らなく、手伝って貰ってようやく近づけた。

「あの、私と同じくらいの女の子見ていないですか?」

「悪いが、君と同じくらいの女の子をいちいち覚えられないよ。学園に帰ってから探してくれ」

流石に忙しいのか、ぞんざいに扱われる。この対応を怒ることはできないだろう。今は緊急事態なのだ。だが、マリーが生きているかどうかの確認はしないといけない。

「すまないが、道中で死んだ生徒もいくつか見たが、放置してきた。悪いが今は生きた人間が優先だ」

「あっ」

そんなわけない。そんなわけないが一つ悪いことが思いついてしまう。

「すまないが、恐らくその女の子は、ひと目で違うとわかると思う」

そう、口出ししてくれたのはアリーだ。

「一番偉い人に対して一番物怖じしない子だ」

こんな状況でなければ笑ってしまうくらいその通りの特徴だ。

「ああ、じゃあ、あの泥だらけの女の子かな?」

泥だらけ。怪我をしていないといいんだけど。いや、怪我をしているだろう。

「ボロボロだったけどこちらで保護させて貰ったよ」

「ということは君がヴィクトリアだね」

「え?」

「彼女は恐らく大木側に進んで纏め上げていると言っていたよ」

いや、あの時は私は恐れたのだ。私だけが生きようとしていたのだ。

「なんだ。ヴィクトリア君はそれであんな人数を引き連れたのか」

違う。

「あの有無を言わさないのは演技だったか」

違うんだ。全部、全部マリーが。

そこで気付かされた。

マリーは私を操ったのだ。

咄嗟に考えて、私にこう言ったらこうするだろうと思ったのだ。

私のプライドの高さでその場で立ち戻ることはしないだろうと考えて「それでしたらヴィクトリアさんはここにいて大丈夫です」だなんて言ったのだ。

なんて。

なんて悪い魔女だろうか。

全身に鳥肌が立つ。

全身が痺れるような感覚を受けた。

人を口先だけで動かすなんて褒められた行為とは言えない。

「マリーが提案したのよ」

でも、私は嘘をついた。貴方がメリットをくれるのなら、それを享受する。あなたの嘘を私は利用する。

「私が大木側に近い人間を寄せて、マリーが入り口側に寄せる。そういう計画だったけど、どうやらそれだけじゃなくて助けを呼んできたみたいね。どうやったかは知らないけどマリーは流石だわ」

当然嘘だ。

「彼女はリア子爵に運んで貰っていたよ。いくらリア子爵が強いと言えど広い森を飛び回るのは難しいだろうからね。それにリア子爵だけでは、我々では言葉がわからなかった。応援を呼ぶだけと言えど、咄嗟の判断として素晴らしかった」

リアに運んで貰ったのか。そうしなければここまで早い筈がない。

本当に流石だ。嫉妬しそうなくらいだ。

でも、私は賢い人が好きだ。

賢い人はいつだって私が取ることができない場所にあるものを、取れる場所まで持って来てくれる。

マリーにはお礼を返さないといけない。

敬意を持って、私が私であることを返す。

私の価値は私がヴィクトリア・エバーグリーンであること。

ほとんどがお父様の価値だ。

でも、それは私が無価値であるということを意味しない。

「今回死傷者が少なかったのは君達のお陰と言っても過言じゃない」

いや、マリーのおかげだ。

「マリーを手伝っただけなので、直接褒めてあげてください」

そう、この三人に褒められたい訳では無い。

私が褒めてほしいのは常に一人だけだ。


 しかし、会話に興じれるほどここは安全な場所ではなかった。

「———おいっ、あれを見ろよ」

外野が何か言っていたのが耳に入った。その声に従うと空に何か大きいものが浮かんでいるのが見える。

「あれは鳥の魔獣か?」

「バカ言え、距離が離れているんだから、鳥の魔獣があんなデカい訳ない」

それならば何なのだ。

「じゃあ、なんだよ」

「そりゃあ…」

そんな会話をしていた人の気持ちが分かった。おそらくは自分でもそうでなければ良いと思ったのか、一度口を閉じた。

だが、それしか考えられなくて、もう一度口を開いた。

「———竜とか?」


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